『第12章:回復(2002年4月18日〜5月22日)』 -1


 帰るぞ、と言ったのに…椿さんは、まだ帰ろうとしない。

「一応、危ないところは脱したがな。
 まだ急変することもあり得るし…」

 …なんて言っている。
 椿さんがいてくれれば安心なので、俺は嬉しかった。
 まだ、聞きたいこともあったしね。

 俺はずっとずっと、一条さんのベッドのそばにいた。
 ずっとずっと、眠る一条さんの顔を見ている。
 会えなかった長い時間のぶん、いつまででも見ていたかった。

 昼頃に、一条さんはまた目を開けた。

「一条さん…?」

 俺はそっと呼んだ。嬉しくて、嬉しくて、ほっぺたがゆるんでしまう。
 一条さんは、優しい目で俺を見た。
 ずっと俺の笑顔を見ていて…それから口を動かす。
 声はほとんど出ていなかったけれど、俺にはわかった。

「ご…だ…い…」

「はい…」

「ごだ…い…」

「はい…」

 あの頃のように、一条さんは俺を呼ぶ。
 懐かしくて、恋しくて、嬉しくて、呼びたくてしょうがなくて…。
 今は俺にもよくわかった。
 ずっとずっと…一条さんは俺を呼んでいた。
 俺が旅に出て、遠くにいた時も、ずっと呼び続けてくれていた。
 束縛したくて呼ぶ声じゃない。
 自由な空へ放ってくれて、自分で笑顔を探させてくれて、
 はるかに遠く、姿が見えなくなってしまっても…
 一条さんは、静かに俺の名を呼び続けてくれた。
 愛しくて、嬉しくて、ただ呼びたくてしょうがなくて…。

「一条さん…俺を呼んだでしょう?
 俺、聞こえたんですよ、中国の市場で…
 蛙の籠を蹴っ飛ばした時に…」

 一条さんはただ微笑んでいる。

「おい。空を眺めて強盗に撃たれるなよ。
 警官失格だぞ。」

 俺の後ろから、一条さんを覗き込んで、椿さんがからかう。
 一条さんは、少し眉をしかめた。

「…れは、くじった…」

「あれは、しくじった、だそうです。」

 椿さんは、大声で笑った。
 それから、一条さんはうつらうつらし、もう一度深い眠りに落ちていく前に、また俺を見て言った。

「…が…で…ったから、ご…かと…ったん…」

「おい。通訳しろ。」

「いやです。一条さんと、俺の秘密。」

「なんだと?ふん。また除け者かよ。」

 椿さんは、すねてしまったけれど、俺は教えてあげない。

 『鳥が飛んで行ったから、五代かと思ったんだ』

 それは、一条さんの名誉にかかわりますからね。
 一条さんは、微笑んだまま、ぐっすり眠っていた。

           ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 俺はその夜、前の晩に椿さんが仮眠していた簡易ベッドを借りて寝た。
 椿さんは、近くのホテルに泊まりに行った。

 消灯時間前に、その簡易ベッドを取り合っていたんだ。
 椿さんは、簡易ベッドに寝るのは、親友であり医者でもある自分が適任だと言い、俺を追い出そうとした。

「駄目です。一条さんが愛してるのは俺なんだから、俺が付いてます。」

「なんだと、この野郎。昨日は俺は惚れられてない、とか泣きベソかいてたくせに。」

「うらやましいからって、人の恋路を邪魔すると、何かに蹴っ飛ばされますよ。」

「ちくしょう。急に強くなりやがって。教えてやるんじゃなかった。」

 なんて、馬鹿なじゃれ合いをしていて、ふと気付くと、一条さんが目覚めていて、俺たちを見て笑っていた。点滴はまだ残っているけど、鼻のチューブが取れて、気持ちよさそうそうだった。少しだけど、さっきは白湯を飲んだ。
 一条さんは、順調に回復していた。椿さんと俺は、つまりはそれが嬉しくて、はしゃいでいたんだ。

「ほら、椿さん、一条さんの目を覚ましちゃったじゃないですか〜〜。ねぇ、一条さん。」

 すると、一条さんが、笑いながら、まだ少しかすれた声で言う。

「…うるさくて…寝れやしない…」

 俺はまた、犬に戻ってしまった。
 一条さんのベッドの脇に駆け戻る。
 大好きな御主人の声が聞けて、嬉しくて嬉しくてしっぽを振る。
 綺麗な一条さん、俺の一条さん、ぶんぶんぶん。

「薫、おまえが決めろ。今夜、おまえのそばで寝るのは、どっちがいいんだ?
 言っとくがな。俺がついていたほうが安心だぞ。おまえはこいつのほうが可愛いのかもしれんが、この馬鹿は頼りにならん。昨晩眠ってないから、いびきもかくぞ。俺のほうがお勧めだ。」

「一条さん、俺、いびきはかきません。絶対です。」

 一条さんは笑っていたけれど、ちょっとの間、椿さんの顔をじっと見た。
 すると、椿さんは苦笑して言った。

「ちぇっ、はいはい。おまえに勝てたことはないよ、俺は。
 邪魔者は退散するから、勝手にいちゃついてくれ。
 五代、無理はさせるなよ。」

「わかってます。」

「明日、また邪魔をしに来てやるからな。」

 そう言って椿さんは、俺の頭をこづき、一条さんに手を上げて出て行った。


「いてて〜」

 なんて、俺はおおげさに頭をさすりながら、ベッドの横の椅子に座った。
 一条さんは、すごく優しい目で俺を見ていた。

 よかった…一条さんが生きている…よかった…よかった〜〜。

「…五代…」

「はい…」

「笑顔を…とり戻せたんだな…?」

「はい…」

 俺の笑顔の為に…旅立たせてくれた人が、ただそれだけで嬉しそうに笑っていた。
 この綺麗な人にこんなに愛されている…俺は世界一のしあわせ者だった。

「…五代…手に、さわらせて…」

「はい…」

 俺は掛布の中の、一条さんの手の下に自分の手を潜り込ませた。
 昨晩はひんやりしていた一条さんの手は、今は暖かかった。
 一条さんは、ゆっくり俺の手を撫でてくれた。

「髪も…顔も…」

「はい…」

 俺は、一条さんの手を持ち上げて、自分の顔に当てた。
 力は弱かったけど、一条さんの手は、俺の髪をゆっくり撫で、頬に触れた。
 差し出した唇も、指がなぞっていく。
 嬉しくて、ありがたくて、また涙が出そうになって困った。

「五代…会いたかったよ…」

「はい…俺も…」

 一条さんの手が俺の頬を包んだ。確かめるように僅かに動く。

「やはり、待ってる、と言えばよかった…」

「…ごめんなさい、俺…」

 一条さんは少し笑った。

「いいんだ、五代…会えたんだから…」

「…はい」

「未確認はもういない…
 五代は元気に帰ってくれた…
 俺は、しあわせだ…」

 一条さんが疲れてきたようだったので、俺は一条さんの手をベッドに戻し、掛布を直した。
 一条さんは、少し目を閉じていた。眠ってしまったか…と思う頃に、また目を開けて俺を見る。

「五代…これからは、もう少しちゃんと話すから…」

「はい、俺もちゃんと訊きます。」

「そばにいてくれ…できるだけでいいから…」

「俺…もう離れません、二度と…」

「無理しなくていい…できるだけでいいんだ…」

「はい…でも今は離れるほうが無理。一条さん、俺を追っぱらわないと…」

 一条さんは笑って、俺を見つめていた。

「一条さん、また明日も俺いますから…疲れたら、眠ってください。
 明日もあさっても、その次も、俺はずっといますから。」

「じゃあ、あとひとつだけ…五代…」

「はい…」

「愛しているよ…」

「俺も…とても愛してますよ…」

 一条さんは、「愛しているよ…」と言いながら、目を閉じ、眠ってしまった。
 だから、俺の言葉は子守り歌だ。
 一条さん、俺の夢見て、眠ってくださいね…。

 俺は、すっかり昔のようなお調子者に戻ってしまって。
 一人で浮かれながら、簡易ベッドに潜り込んだ。
 俺の元気の源なんて簡単なもんで。つまり、一条さんさえいればいいのだった。
 単純明解馬鹿、それでいい。だって、一条さんは、この馬鹿が好きなんだもの。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 次の日には、一条さんは集中治療室から、普通の病室に移った。
 俺は、あの婦長さんに頼んで、一人部屋にしてもらった。他の患者さんもいる病室では、ちょっと愛は囁きにくい、と思ったから。…うん、俺はいっぱい囁くつもりだった。

 午後には、椿さんは帰るつもりらしい。昼に、俺を食事に連れ出しに来た。
 俺は、一条さんに重湯を食べさせてあげているところだった。

「おい、馬鹿。甲斐甲斐しいな。」

「はい〜。もう愛してますから〜。」

 俺はにこにこ笑って言った。椿さんに「馬鹿」と言われるのは、全然気にならなかった。
 だって、馬鹿だったからね、俺は。椿さんには、馬鹿と呼ばれてしょうがない。
 それに、椿さんの「馬鹿」にはけっこう愛が入っている…俺はそう思う。

「薫、この馬鹿に昼飯を付き合わせていいか?」

 どうしよう…。俺は、一条さんを振り返った。

「行っておいで、五代。
 たまにはまともなものを食べないと。」

 俺が売店のサンドイッチとかおにぎりとかを食べているのを、一条さんは知っていたらしい。
 それでも…一時でも離れたくなかった。

「でも…」

「俺はここにいるから。おまえの帰りを待っているから。」

 一条さんは、優しく言う。
 ああ、ずいぶん元気になったなぁ…と思ったら、また感動してしまった。

「はい、じゃあ、ちょっと行ってきます。」

「おい…おまえら、ずいぶん大胆になってきたじゃないか。」

 椿さんが例によって、やたらと意地悪に言う。
 この人、俺たちをいじるのが趣味になってきてるな。

「俺の恋人は馬鹿だから、ちゃんと言わないと、またどこかに行って帰って来ない。
 未確認はもういない。五代も元気だ。そろそろ俺だって恋人を口説いてもいいだろう?」

 一条さんは、真面目な顔ですごいことを言った。

「おまえ…開き直ったな。
 その口説くところを思いきり邪魔したい誘惑に駆られるが…俺は飯を食ったら、帰るからな。」

「ああ。…世話になったな。」

 一条さんが言うのに、椿さんはもう背中を向けていて、手を上げた。

「おい、馬鹿、行くぞ。」

「はいっ!」

 俺は、急いで一条さんの枕元に駆け寄って、唇に軽くキスした。

「じゃあ、ちょっと行ってきますね。」

 一条さんは、ちょっと上向いて俺の唇を受け、笑って頷いた。
 うわ、綺麗だよ〜。俺の一条さんは、とっても綺麗…。
 綺麗な一条さんに、キスしちゃったし〜…。
 廊下をぴょんぴょん駆けて、先を歩いていく椿さんに追い付くと、いきなり怒られる。

「走るな、五代。」

「はい〜、すみません、ついついうかれちゃってます、俺〜」

 しょうもないな、という顔で椿さんは俺を見たけれど、目は優しかった。

「よかったな。五代。」

「はい。ありがとうございました。」

 椿さん、俺は、すごく感謝してます。本当です。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 近くのファミレスで、食事した。
 俺はすごく腹が減っていて…ハンバーグとステーキと大盛りライスを平らげた。
 ようやく満腹になって…食後のコーヒーを飲みながら、俺は聞きたかったことを、椿さんに訊いてみることにした。

「椿さん…」

「なんだ?」

「椿さんは、一条さんとどういう関係?」

「知りたいのか?」

「はい…。俺、椿さんが一条さんの恋人なのか、と思いました。
 前にも…そう思ったことがあります。
 妬いて、ました。
 …だから、ちゃんと知りたいんです。

 椿さん…椿さんも、一条さんを好き、ですよね。」

 椿さんは、俺を見て…それから、苦笑しながら頷いた。

「ああ…。」

「恋人…だったんですか?」

 椿さんはちょっと黙っていたけれど、真面目に答えてくれた。

「…俺と薫は、高校の時の同級生で…俺は、その頃から薫に惚れていた…。
 薫は…おそろしい程、もてたぞ…男にも…女にも…
 おっそろしい程…美しかったからな…あの頃は…」

「今も綺麗ですよ〜〜…一条さんは…」

 椿さんは、苦笑して続けた。

「確かに外見もだったが…あいつには、昔からただの外見以上の何かがあって…
 大勢のやつらが…俺もだったが…魅入られたようになってしまっていた…。
 だが…薫は…誰にも冷たかった…俺にも…。」

「椿さん…にも?」

「そうだ…俺は、中でも特にしつこかったと思う。
 薫を追い回して、なんとか手に入れようとして…
 薫と離れたくないばっかりに、監察医にまでなった…
 ま、趣味と実益を兼ねてはいたが…」

 今度は、俺がくすくす笑った。椿さんの変人ぶりはよく知っていたから。
 で、ちょっと考えてから、次の質問をした。知りたかったんだ、一条さんのことなら、何でも。

「椿さん…その頃、一条さんを…抱いたの?」

「そうさ…抱いたさ。
 妬けるか?五代…」

「はい…。」

 でも、嫉妬はほんの少しだった。
 俺には、今の一条さんが俺を愛してくれてることだけが大事だったから。

「妬くなよ。妬きたいのは、こっちだ。
 ちゃんとあいつを見ろよ…。」

「はい。」

 椿さんの言う通りだった。
 俺は、過去の一条さんのことを、きちんと聞こう…。

「…薫に言い寄ったやつは、ほとんど薫と寝ていると思う。
 男でも女でも関係なかったな、あいつは…求められれば、拒まなかったんだ。
 …だがな…そんなことをしても、薫はちっとも汚れない…。
 高いところで、一人で孤独に光っていて…
 抱いても…冷たいままで…。」

「冷たいまま…?」

「感じないんだよ、薫は…。
 苛立って聞いてみると、快感はある…と言いやがる。
 だが、ちっとも燃えないし、堕ちない…。
 そういう薫に疲れて…みんな去った…。
 最後まで残っていたのが…俺だな。
 俺は、恋人気取りでいたが、薫は心を開かなかった…。」

 信じられなかった。
 一条さんは、俺に抱かれれば、あんなに妖艶で…あんなに感じて、すごく色っぽいのに。

「こいつは人に何も望まない…
 人に何も求めない…
 決して他人のせいにしないで、自分一人でひたすら光っている…
 それが、薫の美しさなんだろう…
 俺はだんだんわかってきた。」

 それは…俺にもよくわかった。

「月のように綺麗だよね…一条さんは。」

 椿さんは、また苦笑する。昔のことを思い出している、遠い目の色だった。

「そうだな…あれは、月だ。夜空にかかる、ただひとつの月だ。
 月は人を狂わす、というからな。俺も狂っていた…。」

 椿さんは、ふと話しやめて、俺を見た。

「…そうか。おまえは太陽だからな。
 あいつは、ずっと太陽を待っていたのか。
 ふん…かなうわけはなかったな、最初から。」

 俺が太陽?なんのことやらだった。

「…で、どうなったんです?」

「ある日、薫は俺に言いやがった…。
 俺が冷たい薫をアイスドールとか、ののしった後だ。
 友情はあるが、愛情はない…
 抱かれて快感はあるが、辛いのはおまえだろう…
 だから…もうよせ、と。

 俺は…それであきらめた。
 薫の友人になることにしたんだ。
 どうせなら、一番の親友になってやろう…と。

 おい、五代…どうなんだ?」

「なんですか…?」

「薫を抱いて、いいのか…?」

「椿さん…すごい質問…。」

「こたえろ。」

「…俺…一条さんが感じない、なんて…信じられないんですけど…」

「ちくしょう…
 じゃあ、いいんだな?」

「…はい。とても。」

「ああ…聞くんじゃなかった…。」

 椿さんは、頭を掻きむしっている。

「くそ…薫が最初におまえを連れてきた時から、ヤバイと思ったんだ、俺は。」

「…そうなんですか?」

「そうさ…薫は優しい男だが、あんなに熱心に他人に関わらないんだ。
 おまけに妙に嬉しそうで、色っぽくなってやがって…。
 …おい、五代。トンビに油揚を攫われた俺に、同情の言葉はないのか?」

「俺、今度はトンビですか…?」

「そうさ…それも赤、青、緑、紫…しまいには黒にも変身しやがって。
 五色トンビだ。おまけにお日様野郎だ。ああ、俺がかなうわけはないさ。」

「椿さん…ええと…すみません…。」

 椿さんと俺は目を合わせて、少し笑った。

「よかったな…薫も。おまえに会えて。」

「はい…。」

「…俺は、今も薫に惚れているのかもしれん。
 だが、もう自分のものにしたい、と思う気持ちはないんだ。
 あいつがしあわせなら、それでいい。
 おまえが薫を不幸にするなら…ぶっ飛ばす。」

「椿さん、暴力はもうやめたんじゃ?
 昨日も殴られかかったしなぁ…」

「おまえが馬鹿だからだ。」

「はい。」

「素直だな。」

「俺、馬鹿でしたから。」

 馬鹿だと言いながら、椿さんの目はやっぱり優しい。

「薫を大事にしろよ。」

「はい。」

 椿さんは、話し止めて、少し考え込む顔になる。

「…未確認の事件は、誰にとっても辛かった。
 特に、おまえは一番苦しかっただろう。
 だが、おまえを支え続けた薫も…あいつは言わないがな。
 …深い傷を負っているように、見えることがある。」

 亀山さんも、同じようなことを言っていた…。

「来てみたらおまえの姿がないので…あれは消極的な自殺じゃないか…とも思ったりしたんだが…。」

「消極的な…自殺?」

 一条さんを失いかけた夜を思い出して、胸が痛み出す。

「いや…気のせいだろう、俺の。
 ただ…な、あれだけ綺麗な生き方をするのは、かなり苦しいんじゃないか、と…いい加減な俺は時々、思ってしまうんだよ。」

 椿さんは、心配そうな顔をしていた。
 本当に一条さんを愛しているんだ、この人は。
 俺よりも長く一条さんを知り、俺よりも長く愛してきた…。
 やはり…俺は、少し妬いた。

 椿さんは、ふっと心配をやめて笑った。

「まぁ、あれで、それほどヤワなやつじゃないしな。
 可愛いお日様野郎が帰って来たから、もう大丈夫なんだろうが…。
 …気をつけてやってくれ。」

「はい…。」

「ああ、可愛い娘を馬鹿な男に渡す父親の気分だ、俺は。
 俺のほうがよほどいい男なんだがな。薫はおまえだけしか目に入らない。
 俺はあきらめて、せいぜい馬鹿コンビをいびってやる。」

「椿さん…性格悪いですよ。」

 椿さんと俺は、目だけで笑い合った。
 大丈夫だよ、椿さん。俺はもう一条さんを見失ったりしない…。

「じゃあ、俺はこれで帰るぞ。」

 椿さんが、伝票を持って立上がった。俺は財布を出しかけたけれど、素直に奢ってもらうことにした。

「はい、ありがとうございました。
 でも、椿さん。一条さんのこと、薫って呼ぶのはやめてくださいよ。」

「妬けるか?ざまあみろ。一生呼んでやる。」

 憎まれ口を残し、椿さんは東京に帰って行った。

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