『第8章:前夜』 -2


         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「…一条さん…まだだよ…
 もっと食べたいから…俺…」

 五代が耳許で囁く。
 俺はけだるく目を開く。
 五代はまた俺を見つめている。
 俺の後門はまだ五代の指を一本呑んでいて。
 五代は微笑んで、俺を見つめていた。

「一条さん…俺、ね。」

 五代の欲情した瞳が、光る。
 ゆっくり俺を開きながら、五代は話す。
 俺は悶えながら、五代の言葉を拾って、意味を繋ぐ。

「俺は、たぶん死んでしまうと思います。
 あいつはとても…強い。
 俺には、よくわかってます。とてもとても強い…。」

 更に深く指で侵され、俺は叫んで仰け反って…それでも、また五代の言葉を追った。

「…あいつと同じ強さに…俺はなれます。
 それも…わかってます。
 そうなります、俺…今度、あいつに会った時には…。たぶん…明日には。」

 俺はうめいて、堪える。

「そして、あいつを倒す…。
 必ず、必ず、倒します。必ずあいつを…殺す。
 だけど…俺があいつと同じになってしまったら…。」

「ごだい…指を…抜いて…話して、くれ。」

 俺は頼んでみた。
 五代は笑った。

「いやです。
 抜いたら、一条さんは閉じてしまう。
 もう…すぐに入りたいんです。
 一条さんの中に…深く、入りたいんです。」

 五代はいつも言葉で煽る。
 深く、入る…と言われて、俺は喘いだ。

「一条さん…こうしていると、とても色っぽくて…とてもとても好き…。
 どんな顔してるか…知らないでしょう?」

 五代の指が、俺の敏感な場所をかすめて遠ざかる。

「ああ…!」

「大好きですよ、一条さん。
 俺のすべてで、愛してますよ…。
 泣きたいくらい…溢れ落ちてしまうくらい…あなたを愛してますよ…。」

 五代は一方の指で俺を侵しながら、一方の手で俺を抱き寄せ、俺の額にくちづけた。
 俺は五代の瞳に見愡れ、寄せて来る波に耐えながら、五代の言葉を聞いていた。

「一条さん…。あいつは…必ず倒します。
 たぶん、相打ちで…俺も死ぬと思うんですけど…
 死ぬ前に、あいつだけは…必ず倒します。」

 五代は、指の責めを止めてくれた。
 淡々と己の死を語る。
 五代はすでに考え抜き、怖れを越えてしまっていた。

「でも、もし…俺が生き残ってしまったら…
 生き残った俺が、あいつと同じになってしまっていたら…
 みんなの笑顔を奪って、殺し尽くすものになるのなら…
 一条さん…約束してくれましたよね。
 約束通り、俺を殺してくれますよね。」

 相変わらず残酷な…俺の太陽。
 愛し合いながら、死を誓わせる。
 天使のように崇めながら、俺に死神の役目を与える。

 だが、おまえが望むならば、俺は誓おう…。

「ああ…約束した。
 必ず…殺してやる。」

「ありがとう…一条さん…ごめんね…。
 最後まで…俺を見ていてくださいね…。」

 五代がそっと俺にくちづけた。
 泣き叫びたい気持ちが迫り、胸が苦しかったが、俺は堪えた。
 五代…おまえが越えたなら、俺も越えていく…。

「俺…一条さんに殺される間ぐらいは、身体を止めてみせます。
 一条さんは、決して殺さない。
 だから、近付いて…俺を殺してください、ね。」

 この上なく残酷な言葉を、優しく明るく五代は語る。
 指が、また俺を探り始めていた。

「…ああ…ごだい…」

 俺は五代に縋りつく。
 すぐにでも、達してしまいそうだった。
 さっき放ったばかりなのに…俺はまた昂っていた。
 とめどもない夜になりそうだった。

「まだ…いかないで…一条さん…一条さん…」

 そう言いながら、俺をえぐる。

「だから…動かさないで、くれ。」

 五代は笑って、指をゆるめる。

「ごめんなさい…でも、両方、したい。
 話しながら、愛していたい。
 もう、時間が…ないから。
 本当はね…愛してますよって…百万遍ぐらい言いながら、一条さんの感じる顔を、見ていたい。
 ずっとずっと、一条さんだけを見ていたい。
 でも…もう、そんな時間は…ない。」

 悲しい声になった。五代も泣き出してしまいそうだ。

「俺…一条さんと離れたくない。
 いつまでも…一条さんのそばにいたい。
 一条さんと…生きていきたい。
 俺…死にたくない…。」

 五代は深く息を吸い、また吐いて、自分を鎮める。

「でも…たぶん、俺は死にます。
 しょうがないです。もう…あきらめた。
 そこまで覚悟して…もっと強くなれた。」

「…五代…」

 死なないでくれ…
 行かないでくれ…
 言葉が出かかって、俺は唇を噛む。

「一条さん…
 それでも、俺…少しだけ、希望も持ってるんですよ。」

「希望…?」

 そんなものが…どこに…?五代…?

「『凄まじき戦士』になって…
 あいつを倒して…
 それでも、俺は俺のままで…
 もしかしたら、生き延びられるかもしれないって…。
 もしかしたら…ですけど。
 一条さん…俺を信じてくれる?」

「俺は…いつでもおまえを信じてきた…。
 疑ったことは…一度もない…。」

 すべて…おまえを信じて、俺はここに在るから。
 五代…生き延びてくれるのか。
 生きて…くれるのか。

「俺はもう…憎しみはないんです。
 怖れもないんです。
 死ぬことも…しかたない、と思う。
 ただ…やっぱりとても悲しいだけで。
 そして…あなたをとても愛していて。
 もう…俺にはそれだけ…。
 だから、俺があいつと同じものになるとは、どうしても思えない…」

 己の内側に在るものを調べ直すように、五代はぽつぽつと語る。

「僅かな可能性ですけど…
 一筋の光のように…俺には…見える。
 だから…一条さんも…信じて…俺を。」

 深いまなざしで、五代は俺を見つめる。
 命を傾けて…五代は俺を見つめる。

「信じてるよ…五代…。」

 俺も見つめて、応える。
 少しでも光があるのなら…五代、俺も信じる。
 細い一本の糸に…俺は縋る。
 五代…生き延びてくれ。
 お願いだ…俺におまえを、殺させないでくれ…。

 五代は、嬉しそうに笑った。

「一条さん…好きですよ…。」

 そして、いきなり指が増やされた。

「ああっ!ご、だいっ!」

「…痛い?」

 俺は仰け反りながら、もどかしく首を振る…。

「ちが…よくて…ごだい…よくて…たまらない…」

 責める指に熱が篭り、五代が俺の耳を噛みながら、囁く。

「…どうして?一条さん…どうして…そんなに綺麗なの?
 俺…いつも、見てるだけで、いきそうになっちゃう…」

 俺を知り尽くした指に、内壁を擦り上げられて、俺は叫ぶ。
 行かないでくれ、と願う気持ちが、五代の指にからまり、引き止めようとしていた。
 抜き差しを始めた指に追われ、俺はまた昇ってしまう。
 抑えていた涙が、快感に狩られて一筋、閉じた目尻から流れ落ちた。

「ああ…あ…ごだ、い…」

「一条さん…いい?」

 五代の腕が俺を抱きしめ、頭が擦り寄せられて、五代の唇が俺の涙を吸った。

 どうして…五代…俺はおまえを世界の為に差し出さなければならないのか…。
 どうして…五代…執行人の刃の下に、繰り返し繰り返し、俺はおまえを送らなければならないのか…。
 どうして…五代…とうとう最後の運命に呑まれていくおまえを、俺は見送らなければならないのか…。

 果てもなく続いてきた苦しみが、もう一度俺を焼き尽くして、俺はうめき、達した。
 とろとろと洩れ出していく浮遊感が、俺を宥めようとする。
 だが、焼かれる苦痛は止まず、俺は世界と己を呪った。

 それでも…五代を想う情は尽きず、精は溢れ続け、俺は萎えない。

「指だけで…いけるようになっちゃったね…一条さん…」

 五代がティッシュで拭ってくれながら、優しく言う。

「…おまえが…こんなに、したんだ…」

 だから、生き延びて責任を取ってくれ…と、息を切らせながら文句を言ってやると、嬉しそうに笑った後、子供のような寂しい顔になる。

「…俺がいなくなったら…誰かにしてもらうのかな…?一条さん…?」

 俺は笑って、首を振った。
 どうせ、俺の身体は、おまえ以外には感じない。
 だから、そんな心配は無用なのに…五代。

 俺は手を伸ばし、五代の身体を引き寄せる。

「おまえが生きて、また抱けばいい…。」

 どうか…生きて、生き延びて…また俺を抱きしめてくれ。
 暖かい身体…しなやかな手足…優しい笑顔…
 五代…俺が夢みたままの、愛しいおまえ…どうか…生きてくれ…。

「はい…。」

 応える五代の笑顔がまた澄み切る。

「五代…来て…。」

 俺は身体を開いて誘った。

「はい…。」

 五代が俺の足を抱え上げ、俺を満たした。

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