『第7章:覚悟』 -3完
「後ろ向きでいいですか…?」 「…いや、だ…五代の顔が見えない…」
俺の首に両腕をからませ、俺の肩に顔を伏せ… 「じゃあ…上で、できます…?」
背中の傷に負担をかけない体位は、他に思い付かなかった。 「ちょっと、腰を浮かしていてください…」
俺は、自分が腰掛けていた椅子を外し、浴室の床にじかに尻をつけ、後ろの壁に背をもたれた。 「自分で…腰を落としていけますか?無理はしないで…」 俺の肩に掴まり、しゃがみこむ姿勢になった一条さんが戸惑う… 「…欲しいでしょう?ほら…」
シャワーの湯が落ちて来るから、潤滑剤は要らない。
一条さんは息を吐き、俺の目を見ながら、腰を落としていった。 「だいじょうぶ、ですか?無理…しないで…」
俺の声もかすれてしまう。 「ごだい…」 声が震えていた。目は閉じられてしまった。 「ごだい…」 また目を開けて、俺を見つめる。自分の中の欲望が高まるのを、一条さんは測っていた。 「一条さん…ちょうだい…」 「ほしい、の?」 「うん…欲しい…あなたが…ほしい…」
一条さんは、優しく目を細めて、笑った。
「あああぁ…」
うめきが交差していた。俺も耐えきれず、腰を捕えて突き上げた。 「ああ!…深い…」 悶えたまま、動き出していた。締められ、からまれ、こね回される。 「い、ちじょうさ…だめ…」 俺は歯をくいしばって耐えていた。 「とまって…おれ、いっちゃう…」
自然に踊ってしまうらしい腰を掴んで、止めた。 「…ゆっくり、なら…いい…?」 低い声で囁く。妙に感じて、俺は震えて頷く。 「…これも…いいな…」
上目使いに俺を見て、笑った。
それから、一条さんは俺を見つめながら、緩やかに動き始めた。 「ああ…う…んん…い、ちじょう、さ…」 また焦らされたのが苦しくて、俺はその昂りに触れた。俺の上に乗った身体が跳ね上がる。 「ごだ…はなして…いって、しまう…」 「おれ、も…いかせて…」 握り込んで、僅かにしごくと、身を揉んで逃れようとした。 「いやだ…はなせ…ごだい、だけで、いきたい…」 「いかせて…くるし、い…」 「いやだ…まだ、ずっと…こうして、いる…」
今日は、妙に意固地だった。
忘れてしまいたいの?
また、微笑んで、一条さんは緩やかに動き出す。 「ああ…いい…ごだい…いい…いい…」
いい…と言い始めると、いつもこの人は急に乱れてしまう。 「ああ!だめ!もっと、もっと、ごだい…ああぁ…いく…」 「いって!いって!…俺も…もう…!」
強く突き上げて、俺は果てた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ほとんど動けなくなってしまったらしい一条さんを助け起こして、シャワーの湯で身体を流した。 「できるだけ…出して…出せます?」 俺の肩に頭を預けながら、一条さんは苦笑して、また内股に流れ落ちた。 「風呂でするのも、いいですね…後始末が…」 俺は、流しながら笑った。 「そうだな…でも…」 「やっぱり、ベッドもいいですよね…」 「うん…」
俺たちは、のんびりとそんな話をしていた。 「もう一度、湯に浸からなくていいですか?」 「もう…いい…入ったら、眠ってしまう…」 俺の肩で、目を閉じかけていた。 「一条さん、ここで眠らないで…立って、ベッドまで行きましょう?」 「立てない…膝が笑っている…」 「俺…クウガになって運んであげましょうか…?」 一条さんは、目を開けて、笑った。 「…やめて、くれ。」
俺も笑いながら先に立ち上がった。 「自分で動けるのはいいが…ハードだな…」 「…長過ぎたんですよ、一条さん…。」 「終りたくなかったんだ…」 俺に縋って立ちながら、一条さんは呟いた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつものように身体を拭き、丁寧にパジャマを着せた。 「重い…だろう…?」 俺の胸元に頭を預け、眠そうな声で呟いて… 「大丈夫ですよ」 応えると、 「痺れたら、退けてくれ…」 もう、眠りかけていて… 「気持ち、いいですか?」 「…うん…五代の心臓の音が聞こえる…」 そう呟いて、寝入ってしまった。
胸にかかる重みと暖かさが嬉しくて… (これを…あきらめていかなければいけないのか…)
あきらめられそうになかった。 (だから…この人に殺されたいんだな、俺は…)
最後まで、最期まで、異形のものに成り果てても。
一条さんが俺を殺すまで、俺は身体を抑えていなければいけない。 (…できるだろうか…?)
できる…と、俺は思う。 (…あれ?)
それならば、俺は身体を制御できる、ということだ。
そんな…調子よくはいかないのだろう…。
でも…どう考えてみても、俺はあいつらとは違う。 (俺は…もう一度、自分を信じてみようか…)
俺は、自分の命をあきらめる。 その時に…もしかすると、奇跡は起こるのかもしれない…。 (聖なる泉涸れ果てし時、凄まじき戦士雷の如く出で、太陽は闇に葬られん…か…)
桜子さんの解読してくれた碑文には、金の力のことはなかった。
つまり…「聖なる泉」が涸れなければいいんだろう?
もう少し、考えなければ。
俺は、真剣に考え始めた。
生きようとしては…いけない。 もしかして…奇跡は起こるかもしれない…。 (でも…な。) 俺は、苦笑してしまう。
もし、俺が本当にクリアな心になり、「凄まじき戦士」になった身体を制御できるとしても…。 (やっぱり…死ぬな…俺は…)
どう考えても…それしかない…。
悲しみが、俺を満たす。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「う…ん…」
一条さんの苦しそうな声で、目を覚ました。
胸元の、一条さんの頭が揺れている。 「…う…だめだ…」
首を振って、もがき出していた。 「…よせ…やめろ!」
きっと、悪い夢だ。起こしたほうがいいのかもしれない。 「う…うわぁああああああっ!!」
一条さんは叫んでいた。 「一条さん!一条さん!」
俺は、呼んだ。暴れかけるのを抱き止める。 「ああっ…やめろっ!!」 また叫んで暴れる。 「一条さん…一条さん…どうしたの?」
強張る身体を抱き込んで、静かに声をかける。 「…う…うぅ…」
腕の中で、一条さんが必死に歯を食いしばっていた。 「一条さん…夢ですよ…大丈夫ですよ…ほら…」
俺は、背中をそっと撫でる。
でも…震えが収まらない。だんだんひどくなって来る。 「一条さん?」
目を開けたまま…一条さんは自分のパジャマの襟を掴み、喉を反らして、息を吸おうとして、もがく。 「一条さん、力を抜いて…息を吐いて…吐いて…吐かないと吸えないから…」
たぶん…過呼吸なんだろう、と思う。 「…ごだ…ご…」 だんだん切迫してきて、とうとう俺を見つめたまま、呼吸が止まってしまった。 (駄目だ…このまま、気を失う…)
俺は顎を掴み、口を開けさせて、強引にくちづけた。 「落ち着いて…ゆっくり吐いて…ゆっくり吸うんです…大丈夫ですから…」 俺は見つめながら、静かに背中を撫でた。 「吐いて…もっと吐いて…吸って…吐いて…吐いて…力を抜いて…もっと…」 俺に従おうとする一条さんの身体は少しずつ力が抜けてきて…それでも、時折、激しく震えた。 「そ…うか。吐かな、ければ…吸え、ない…な…。」 苦笑しようとして、また震え、硬直した。 「まだ…しゃべらないで…息を吐いて…力を抜いて…」 「気が…つか、なかった…。」
一条さんは、しゃべり続けようとする。瞳に残る恐怖から逃れるように、無理矢理笑う。 「五代…あり、がとう…。」 額に触れると、冷たく濡れている。俺は指で拭い、頬を包んで暖めた。 「夢を…見たんですか?」 訊くとまた震える。でも、話してしまったほうがいいのかもしれないから、俺は尋ねた。 「ああ…」
呼吸がだいたい普通になってきていた。 「どんな…夢?」 一条さんの全身に震えが走る。しばらく、一条さんは応えなかった。 「…殺されてしまう、夢だ…」 俺の肩に頭を擦り付けて、震える。俺は抱きしめた。 「…大丈夫ですよ…俺が、必ず守ります…」 一条さんは一層震えて、低くうめいた。 「…殺させません…あなたは、必ず守ります…」
一条さんは、俺のパジャマを掴み、また震えた。 「ご…だい…」 苦しそうな声だった。
「はい…ここにいますよ。 「う…ん…」
また震えて…吐き出す息と一緒に、力が抜けて、俺に預けてくる。 「もう一度…します?目も覚めたんだし…」 耳許で囁くと、一条さんは頭を逸らして逃れ、笑った。 「やめてくれ…明日も早いんだ…俺は…」 俺も、もうする気はなかった。ただ、一条さんが笑ったので、嬉しかった。
「じゃあ…もう、眠ってください。 「うん…」
元のように、抱き込み直した。 「寝苦しくないですか?」 「気持ち…いいよ…おまえの鼓動が、聞こえる…」 また僅かに震えた後、一条さんの息が静かになっていく…。
こうして…腕の中にこの人を抱いて眠る夜…。 「一条さん…?」 俺は、衝動に駆られて、呼んだ。 「…ん?」 「これ…が、終ったら、何をしたいですか?」
何か、楽しい話をしたかっただけだ。 「そうだな…俺は…」 少し、考え込む気配があった。 「そうだな…普通の空き巣とか、かっぱらいを捕まえたいな…」 一条さんらしいので、俺はくすくす笑った。 「…五代は?」 「俺は…」
…やっぱり、こんな話をしなければよかった、と思った。 でも…その時に生きていることを、想像してみるのもいい。 「俺は…一条さんと二人で、ぼぉっとして青空を見たいです…」 一条さんは、しばらく黙っていた。 「…そうだな。それもいいな…かっぱらいを捕まえるより…」 「…はい。」
俺は、その時を思う。
それっきり、俺たちは黙っていた。 もう、眠入ってしまったか…と思った頃、一条さんが静かに俺を呼んだ。 「五代…」 「はい…」
一条さんの身体が、またかすかに強張って、震える。 「五代…」 近付いて来る別れを知っているのか…声まで僅かに震えている。 「はい…」
静かに、髪を撫で続けた。 (一条さん、もうじき…俺は、いなくなります…)
あなたは、誰に抱かれて眠るんだろう… やはり、どうしようもなく、悲しかった…。
涙は出ない。
俺は…死のう。 俺は…死のう。 眠る一条さんの髪にくちづけ、俺はひとつ深呼吸をして、静かに目を閉じる…。 (第7章:覚悟 完) |