『第7章:覚悟』 -2


        ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「あつっ…五代…もうちょっと優しくしてくれ…」

 一条さんのシャツを脱がしているところだった。

「だって、この前は一気に剥がせって言ったじゃないですか。」

「今日は、湿布はしてないんだ。俺の皮膚を剥がす気か?…」

 痛がりながら、また一条さんはハイになり、笑って騒ぐ。
 なんとかして脱がしてしまって、一条さんの身体を見て、俺は、ため息をつく。
 肩から背中一面…盛大な打ち身と擦り傷だった。

「…なんで、こんなになっちゃうんですか〜?」

「五代が来る前に、背中で階段を降りたんだ。」

 一条さんは、なんだかちょっと自慢そうで…俺はつい、可愛いな…と思いかけて、またため息をつく。

「医者に行かなかったんですか?」

「どうせ、湿布をされるだけだ。すぐに治るさ。
 生きていればいいんだよ、五代…。」

 本当に雑な一条さん…。自分の命を何だと思っているんだろう…?
 俺には、こんなに大事な、一条さんの命なのに…。
 怖れを知らず、まっしぐらに駆けていく、戦場の神…。
 俺は、少しあなたが怖い…。

 一条さんの無謀をなじる言葉を、何か言おうとした時。
 俺の心を封じ込めるように、一条さんが笑ってたたみかける。

「ただ、手を上げるのがちょっとな…
 五代…今日は、俺の髪を洗えるよ…?」

「はい…。」

 俺が…一条さんの髪を、いつも洗いたがることを知っていて、言ってくれる。
 こんなに優しいのに、あなたはいつも真っ先に闘いの中に飛び込んで行く…。
 人々を守ることは、一条さんの天職だった。勇敢で、過激で、命知らずだ。
 未確認たちと何度も取っ組み合いをして、生き延びているのなんて、一条さんと俺ぐらいなものだ。

 でも、一条さんは俺とは違う。一条さんはクウガじゃない…。

「じゃあ、俺は先に…」
「一条さん。」

 一条さんは、もう立ち上がりかけていたけれど、俺の真剣な声に振り返る。

「一条さんは、普通の人間なんです。クウガじゃない。
 今日だって…俺がもうちょっと遅れていたら、殺されていたんだ。
 こんな…こんな無茶はしないでください。二度と!」

 普通に言うつもりだったのに…言い始めたら、悲鳴のようになってしまった。

「殺されてしまう!わかってるんですか!
 あいつらは、容赦なんかしない!
 あなたがこんなことを続けるなら、俺はさっさとけりをつけます!
 約束なんか、しません!」

(…どうしたんだろう…俺。)

 俺は、いつの間にか、怒鳴っていた。もう立ち上がっている一条さんを睨んでいた。
 一条さんは、上半身裸のまま、俺を見おろしていた。
 目が合った。静かな、冷たい目をしていた。
 一条さんは、俺を見つめたまま、俺の前にすっと胡座を組んで座った。

 それから…ふと表情を緩め、一条さんは、僅かに首を傾げて、俺を見る。

「…五代、怒らないでくれ。
 悪かった…ふざけたりして。」

 俺は、まだ睨んでいた。

「俺も、約束する…二度と、無理はしない。
 だが、まず俺たちにやらせてくれ。
 警察としての面子もあるんだよ…。」

 一条さんは、苦笑した。

「…同行します。危なかったら、すぐ俺が出ます。」

 まだ硬い俺の言葉に、一条さんは頷く。

「新型の神経断裂弾が効かなければ、また五代に頼むしかない。
 だが…」

 一条さんは、一瞬黙った。

「…『凄まじき戦士』には、ならないでくれ。」

(やっぱり…そこまで考えていたんだ…一条さんも…)

 また目が合った。俺たちは、睨み合うように見つめ合った。

「はい…。」

 俺も…最初は、今日の黒い姿でやってみるつもりだった。

「約束してくれ…。」

「はい…。」

 一条さん…それでも、やっぱりあなたは真っ先に敵に向かい、戦場に飛び込むだろう…
 一条さん…そして、やっぱり俺は最後は『凄まじき戦士』になって闘い、死ぬだろう…

「…すみません…怒鳴ったりして…」

 俺は怖くて…。
 自分の死も怖かったけれど、一条さんの死の影が怖くて…。

 でも、言ってみても無駄なことだった。
 怒鳴ってしまったのは、俺の脅えだった。
 俺たちは、今、死に急ぎ合わないように約束を交わしたけれど。
 俺たちは、競うようにして、死への乱舞を踊っていくしかない。

 俺は、両手を伸ばして、一条さんの裸の腕に触れた。

「ごめんなさい。冷えちゃった…。
 先に…入ってください。すぐに、行きます…。」

 一瞬、俺を気遣う目をして、一条さんは軽く頷き、立ち上がる。
 俯きかける俺に、明るく声をかけた。

「五代、髪は洗ってくれよ…?」

「はい。」

 俺は、一条さんを見上げて笑ったつもりだけれど…変な顔だったかもしれない…。

        ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 バスルームから、一条さんがシャワーを浴びる水音が聞こえてきても…。
 俺は、うずくまったまま、動けなかった。

(一条さん…死なないで…お願い…)

 俺は、自分の死以上に、それが怖いのかもしれなかった。
 俺の死は…もう決まってしまったことのように、思えてきていた。
 でも…一条さんまで死んでしまうなら…
 俺が生きてきたことも、俺が必死に闘ってきたことも、俺が死のうとしていることも、何もかも…。
 俺がこの世に生きていたことさえ、何の意味もなくなってしまう…。
 一条さんがいなくなって、一条さんが笑ってくれないなら、一条さんが俺を覚えていてくれないなら。

(なんで…こんなに惚れちゃってるのかな…俺…)

 俺は、少し笑う。
 一条さんと出会う前の俺…どんなだったか、もう思い出せない。
 クウガになる前の俺も、思い出せなかった。
 一条さんと出会ったのと、クウガになったのは、ほとんど同時だった。
 突然に訪れたふたつの…ふたつでひとつの運命だった。
 この運命に出会う前の俺は、ただ準備運動をしていただけ…
 この運命に出会う為に、俺は生まれてきた。

 みんなを守る為に…。
 自分の為に…。
 でも…。
 俺は…ほとんど、一条さんの為に、闘ってきたのかもしれない。

 一条さんの望む闘いだから。
 一条さんの願いを叶える為に。
 一条さんが見ていてくれるから。
 一条さんに応える為に…。

 だから…一条さん。俺は最後まで、あなたを守る。
 あなたを守る為に、生きる…。
 あなたを守る為に、死ぬ…。

 単純なことだ…。それで、いい。

        ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 俺は脱衣コーナーで服を脱ぎ、シャワーの水音が続くバスルームに滑り込んだ。

 一条さんは、浴室用の椅子に座り、俯いていた。
 痛々しい痣だらけの背中は、動かなかった。
 シャワーの湯が、頭から振り注いでいた。
 一条さんはただうなだれて座り、シャワーに打たれていた…。

「一条さん、髪洗っちゃったの?」

 呼びかけると、一条さんはのろのろと俺を振り返った。
 髪が濡れて、顔に張り付いて…ほとんど表情は見えなかった。

「…どうしました?」

 近付いて、シャワーから出ているのが、ほとんど水に近い温度の、冷たいぬるま湯であることを知る。

「一条さん!これ、ほとんど水じゃないですか!」

 俺は、急いでシャワーを止めた。
 一条さんは、ゆっくりと髪を掻き上げ、俺を見て苦笑した。

「冷たいほうが…沁みないか、と思ったんだ…」

 俺は一条さんの腕と肩に触れてみる。

「身体が冷えきってるじゃないですか!駄目ですよ、こんなの!」

「実は…入る時に、ドアに背をぶつけてしまった。
 痛くて…座ったら…動けなくなって、面倒になってしまったんだ…。」

 なんだか奇妙な口調だったので、俺は一条さんの顔を覗き込んだ。
 一条さんはだるそうで、唇が紫色になりかけていた。歯の根が合わず、震えていた。

「俺を…俺を、呼べばいいじゃないですか!
 とにかく立って!浴槽に入って!」

 俺は、浴槽の湯の温度を確かめてから、腕を引いて無理矢理立たせ、浴槽に導いて、湯の中に押し込んだ。

「五代…傷に沁みる…」

「身体が冷えきっているから、よけい沁みるんです!
 自業自得です!」

 頭に来ていたから、俺はぽんぽん言った。出ている肩に湯をかけた。

「さぁ、もっと肩まで沈んで…」

 一条さんは、顔をしかめながら、俺の言う通りにした。
 俺は浴槽の脇に膝をつき、冷たい雫を落としている一条さんの髪を掻き上げた。

「…髪も、こんなに冷たい…風邪をひくかもしれませんよ…」

「大丈夫だよ、五代…」

 一条さんは、なんだかぼんやりと笑っていた。

「…どうして、こんな無茶をするんです?
 どうして、自分を大事にしてくれないんです?
 俺、心配で、し…」

 死ねないじゃないですか…と言いかけて、息を呑んだ。

「…しょうがないじゃ、ないですか?」

「五代…ごめん…」

 一条さんが、柔らかくあやまる。

「俺…心配なんですよ…」

 急に愛しさがこみ上がり、頭を引き寄せて、くちづけてしまう。
 まだ冷えている髪や頬を擦りながら、舌をからませた。
 湯の中から、暖かくなった一条さんの手が伸びて、俺の頭も引き寄せられる。
 いきなり、俺たちは深く深くむさぼり合っていた。

(一条さん…もしかしたら、泣いていたの?)

 一条さんの髪に指をからませて、もっともっと引き寄せ、唇を奪い合いながら、俺は唐突に思った。

 俺が確実な死に向かっていることを、一条さんは知っている…。
 この人は…ほとんど何も口にしないけれど、俺のことは、誰よりもわかっている。
 だから…知っている…。
 もしかすると…この人はああやって冷たいシャワーに打たれながら、俺の運命を嘆いていたのかもしれなかった。

 俺は唇を離して、一条さんの目を見た。
 もう…欲情しかけている。
 でも、涙の跡はなかった。

(そう…あなたに涙は似合わない…)

 この人は、優しく冷たく美しい…俺の神だった。
 俺…死んでも、あなたに憧れる、と思う。
 死んでも、あなたに焦がれ続ける、と思う。
 永遠に、あなたを追い求める、と思う。
 俺は、死んでもあなたを呼ぶ。
 俺は、死んでもあなたのものだ。
 だから、どうか泣かないで…笑って。
 俺をあげる…命をあげる…だから、笑って。
 俺があなたの望みは叶える。必ず、世界を平和にする。
 俺が死んでも…嘆かないで。

「五代…おまえも冷えている…」

 俺の肩に触れた一条さんが言った。

「俺、洗っちゃいますから、一条さんは暖まって…?」

 俺はアマダムに暖められているから、もう寒さを感じることはない。
 でも、一条さんを安心させる為に、俺自身を浄めるために、シャワーを浴び始める。
 一条さんは、放心したような目で、ずっと俺を見ていた。

          ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 自分を洗い終ったところで、一条さんを呼んだ。
 一条さんは、すっかり暖まって、湯からあがった。
 椅子に座って…でも、まるで屈めなかった。
 一条さんは力なく、俯いて座っていた。

「五代…髪は、いい。俺は、屈めない。」

 俺はひざまづいて、俯く一条さんの頭を両手で挟み、覗き込む。

「一条さん…俺が怒鳴ったり、叱ったりしたから…しょげちゃいました?」

 機嫌を直して、元気になって欲しかった。
 俺は生きている限り、優しさと笑顔を注ぎ続けていたかった。
 一条さんは、悲しそうに微笑み、俺を見て小さく頷いた。

「なんとか洗ってあげますから…洗わせてください…ね?」

 頬に軽くキスすると、また弱々しく笑い、俺のほうに顔を傾ける。
 唇にも、そっとキスをした。

「一条さん…どうしたの?」

 いつもの気力と張りが感じられない。
 途方に暮れた子供のように、頼りない表情だった。

「…少し…のぼせた…。
 冷えたり…のぼせたり…今日は、忙しい。」

「じゃあ、じっとしてて…。顔をちょっと上げていられますか?」

 俺は、シャンプーを手に取り、顔や耳に流れていかないように気をつけながら、一条さんの髪を洗っていく。
 梳こうとすると、上体が揺らぐので、途中で肩を抱いて支えた。
 一条さんは、目を閉じて、俺の腕に頭を預け、俺のするままになっていた。
 それから、椅子から降りてもらって、床にじかに座らせ、俺の立てた膝に仰向けに寄り掛からせて、シャワーの湯ですすいだ。

「背中…痛くないですか?」

 囁くと、目を閉じたまま、僅かに首を振る。
 俺の膝によりかかり、投げ出されている濡れた身体は、ひどくなまめかしくて…。
 俺は時々唾を飲みながら髪を流し、そのまま、一条さんの全身も洗った。
 股間を洗うと、少し勃ち上がってくる。後ろの蕾を洗っても、一条さんは目を閉じて、力を抜いたまま、身体を俺に預けていた。
 眠り姫を洗っているような気分になってきた。
 流し終えて、シャワーヘッドをフックに戻すと、一条さんの身体に、湯が落ちかかる。
 俺は、そっと抱いて、くちづけた。
 今、洗い尽くしたばかりの身体を、もう一度唇で辿り始める。

「…寒くない…?」

 からまる声で尋ねると、うっすら目を開く。笑った。

「五代…勃っているよ…」

 一条さんの腕に当たっているんだから、俺の欲望は当然悟られている。

「こんな…姿勢をさせるんじゃなかった…です…目の毒…」

「いい、じゃないか…抱いてくれ…」

 一条さんは、瞳でも誘っていた。

「ここで?」

「濡れて…暖かくて…気持ちいい…」

「でも…背中が痛むんじゃ…?」

「なんとかしろ…」

 瞳のきらめきと目の力が戻って来ていた。
 一条さんは、また、痛みも苦しみも自暴自棄も…欲情で押し流そうとしている。
 そして…一条さんにこんなふうに誘惑されて、俺が抵抗できた試しなんかなかった。

          ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 膝に寄り掛かった一条さんを抱いて、くちづけながら身体に触れる。
 一条さんはもう溶けかけている…さっき洗っている時から、溶けていたのかもしれない。
 腕が上がらない筈なのに、俺の頭を引き寄せる。

「一条さん…腕…それに、背中…」

「治った…。おまえを抱くほうが、大事…」

 うっすら笑って、俺を煽る。

「そんなことを言うと…思いっきり、抱きしめますよ…?」

「…いいよ…」

 また笑う。
 知らないからね…と思いながら、大好きなこの身体を抱きたくて…手を回して、抱き寄せる。
 俺は…好きで、好きで…この人のすべてが、大好きで…
 手加減しながらだけれど、けっこう強い力で抱きしめてしまった。

「あ…う…」

 一条さんの顔が、苦痛で歪んで、仰け反る。
 俺はあわてて力を抜いて、抱き止める。

「ほら…だから…」

 抱き起こして、俺の身体に寄り掛からせた。
 俺の肩にもたれて、一条さんはぐったりしていた。

「大丈夫…?一条さん…?」

「この…馬鹿力…」

 一条さんは、俯いたまま、笑っていた。

(クウガになれば、この百倍くらいの馬鹿力になる…)

 あなたがこれから相手をしようとしているのは…そんな化物だ。
 だから…もう闘わないで…。

 でも、俺には止められない…あなたは俺の戦場の神だ…
 俺と共に、ずっと走ってきてくれたのは、あなただった…
 俺があなたを守る…必ず…

「五代…抱いて…」

 一条さんは…一条さんも、やはりどこか荒れていた。
 俺の肩に頭を預けたまま、呟く。
 俺は椅子に腰掛け直して、呼ぶ。

「一条さん…来て…」

        ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 俺の腿に跨がった一条さんは、俺の頭を抱いて、さっきから深く深くくちづけていた。
 前のような柔らかさのない、性急で執拗なくちづけだった。
 唇で受け止め、舌をゆっくりからめていくと、だんだん落ち着いてくるのがわかる。
 次第に緩やかになり、優しいくちづけになっていく。歯茎の裏を辿られて、俺は震える。

 俺はくちづけに魂を奪われながら、尻を持ち上げて引き寄せた。昂りが擦れ合う。
 シャワーの湯の当たっている滑らかな尻を撫でて、無防備に剥き出しになっている蕾に届く。
 俺はそっと撫でた。一条さんが、くちづけながらうめく。
 一瞬竦んで、窄まりかけるのを、身体の力を抜いて耐えようとするのがわかる。
 もうすっかり俺の指に馴染んでいる身体だった。
 最初は、あんなに脅えて、固かったのに…一条さんは、今はすぐに柔らかく開く。
 髪を掴み、くちづけを浅くして、見つめながら、指を挿した。
 瞳が揺らぐ。唇が開く。表情が空白になる。
 この人が、ひどく美しい獣に変わるこの瞬間が、俺は好きだった。
 指は吸い込まれていく。瞳はぐらついて、喉が僅かに反る。今。

「目を閉じないで…俺を、見て。」

 崩れかけるのを言葉で引き止める。見つめながら、深く侵す。
 揺れ続けながら、俺を見つめ続けようとするのが愛しくて。

 この身体は、この命は、この人は…俺のものだった。
 確かに、俺のものだった。
 こんなふうに、俺は、他の命を所有したことはなかった。
 そんな傲慢なことを、俺は考えたこともなかった。
 でも、今俺は、深く愛し、強く執着し…この命だけを求めて。
 あなたは、俺のものだ…。

 指は引き込まれる。開いた唇から喘ぎが漏れ始める。
 この獣が喜ぶ場所を、急いで探る。ここ。僅かに指を曲げて擦る。
 耐えきれずに目が閉じられて、仰け反る身体を抱き止める。
 叫ぶ形に開く唇を唇で塞ぐ。乱れ、崩れていく身体を深く抱く。
 腕が回されて、縋って来た。腕の中で柔らかく溶けていく。
 いつもより、意識を手放すのが早そうだった…。

 俺を支配しているのは、この人だけれど…
 こうして抱く時には、俺がこの人を支配する。
 啼かせて叫ばせて、堕とす。
 この身体は、俺の為すままに、悶えて狂う。
 俺は、隅から隅まで知っていた。
 俺が触れたことのない場所、舐めたことのない場所なんか、存在しない。
 支配者の交替は、俺たちの場合、スムーズだった。
 俺は、この身体を支配している。
 今は、俺が神。
 あなたを総べ、あなたを食べ尽くす、俺が神だ。

「五代…五代…五代…五代…」

 俺の指に侵されながら、一条さんが呟いていた。
 もう見えていないだろうに、また目を開けて、俺を見つめている。
 半ば開いて、喘ぎが漏れ続ける唇を、舌で辿る。
 湯気がいっぱいだから、そんなに乾いていない…。

「もう…もう…入れて…五代…」

 今日は堪え性がなく、ねだってくる。

「まだ…駄目…もっと、欲しがって…」

「もう…欲しいんだ…欲しい…」

 俺の頭を抱き、半眼になった流し目で、俺の唇を軽く噛む。快感に薄く笑っていた。

 最初から、すごい色気だったけれど。
 今はもう、壮絶だった。
 俺が…大事に大事に可愛がって、何度も何度もどろどろに溶かして、時間をかけて触れ尽くし、舐め尽くし、埋め尽くして…こんなに淫らな美しい獣にしてしまった。

(俺がいなくなったら…)

 俺が死んでしまったら、この身体はどうなるんだろう…?
 この色気は…この眼差しは…この微笑は…誰が受け取るのか…?
 この人は、もう…男なしではいられないんじゃないのか…?

(俺が…いなくなったら…)

 ふいにかっとして、目の前の綺麗な曲線を描く首筋に歯を立てた。

「あああっ!」

 一条さんは、喜んで叫ぶ。

 この身体を…手放したくなかった。
 俺のものなのに…俺のものなのに…
 俺が死んだら、誰かに盗まれてしまう。
 誰かの腕の中で…この身体が喘いで、悶えて、開いて、昇りつめる。
 俺ではない…誰かの腕の中で…

(いやだ…絶対に、いやだ…いやだ…)

 俺は首筋を噛んで吸いながら、片手で抱きしめ、指を増やしていきなり深く挿す。

「あ…うっ!!あ…ああっ!!」

 優しく優しく扱われるとよく溶けるけれど、乱暴にされ、痛みを伴うのも好きなことを、俺は知っていた。
 俺の髪を掴んで少し暴れて、乱れて崩れて、快感を嘆き続ける。

「ああ…いや…いい…いい…いい…ごだ、い…いい…いき、そう…」

(俺が死んだら…誰に、してもらうの?)

 俺が嫉妬に苦しむ間も、この人は快楽の中を昇っていく。

「これで…いく?」

 俺は、意地悪な気分になって訊いた。
 閉じて快感を追っていた瞳が開く。揺らぎながら、必死に俺を見つめる。

「いや、だ…ごだい…いかせない、で…おまえ、と、いっしょに…」

「はい…」

 可愛くて可愛くて…苛めきることなど、俺にはできはしない…。

 俺はゆっくり指を抜き、一条さんはまた仰け反って叫んだ…。

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