『第7章:覚悟』 -2
「あつっ…五代…もうちょっと優しくしてくれ…」 一条さんのシャツを脱がしているところだった。 「だって、この前は一気に剥がせって言ったじゃないですか。」 「今日は、湿布はしてないんだ。俺の皮膚を剥がす気か?…」
痛がりながら、また一条さんはハイになり、笑って騒ぐ。 「…なんで、こんなになっちゃうんですか〜?」 「五代が来る前に、背中で階段を降りたんだ。」 一条さんは、なんだかちょっと自慢そうで…俺はつい、可愛いな…と思いかけて、またため息をつく。 「医者に行かなかったんですか?」
「どうせ、湿布をされるだけだ。すぐに治るさ。
本当に雑な一条さん…。自分の命を何だと思っているんだろう…?
一条さんの無謀をなじる言葉を、何か言おうとした時。
「ただ、手を上げるのがちょっとな… 「はい…。」
俺が…一条さんの髪を、いつも洗いたがることを知っていて、言ってくれる。 でも、一条さんは俺とは違う。一条さんはクウガじゃない…。
「じゃあ、俺は先に…」 一条さんは、もう立ち上がりかけていたけれど、俺の真剣な声に振り返る。
「一条さんは、普通の人間なんです。クウガじゃない。 普通に言うつもりだったのに…言い始めたら、悲鳴のようになってしまった。
「殺されてしまう!わかってるんですか! (…どうしたんだろう…俺。)
俺は、いつの間にか、怒鳴っていた。もう立ち上がっている一条さんを睨んでいた。 それから…ふと表情を緩め、一条さんは、僅かに首を傾げて、俺を見る。
「…五代、怒らないでくれ。 俺は、まだ睨んでいた。
「俺も、約束する…二度と、無理はしない。 一条さんは、苦笑した。 「…同行します。危なかったら、すぐ俺が出ます。」 まだ硬い俺の言葉に、一条さんは頷く。
「新型の神経断裂弾が効かなければ、また五代に頼むしかない。 一条さんは、一瞬黙った。 「…『凄まじき戦士』には、ならないでくれ。」 (やっぱり…そこまで考えていたんだ…一条さんも…) また目が合った。俺たちは、睨み合うように見つめ合った。 「はい…。」 俺も…最初は、今日の黒い姿でやってみるつもりだった。 「約束してくれ…。」 「はい…。」
一条さん…それでも、やっぱりあなたは真っ先に敵に向かい、戦場に飛び込むだろう… 「…すみません…怒鳴ったりして…」
俺は怖くて…。
でも、言ってみても無駄なことだった。 俺は、両手を伸ばして、一条さんの裸の腕に触れた。
「ごめんなさい。冷えちゃった…。
一瞬、俺を気遣う目をして、一条さんは軽く頷き、立ち上がる。 「五代、髪は洗ってくれよ…?」 「はい。」 俺は、一条さんを見上げて笑ったつもりだけれど…変な顔だったかもしれない…。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バスルームから、一条さんがシャワーを浴びる水音が聞こえてきても…。 (一条さん…死なないで…お願い…)
俺は、自分の死以上に、それが怖いのかもしれなかった。 (なんで…こんなに惚れちゃってるのかな…俺…)
俺は、少し笑う。
みんなを守る為に…。
一条さんの望む闘いだから。
だから…一条さん。俺は最後まで、あなたを守る。 単純なことだ…。それで、いい。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 俺は脱衣コーナーで服を脱ぎ、シャワーの水音が続くバスルームに滑り込んだ。
一条さんは、浴室用の椅子に座り、俯いていた。 「一条さん、髪洗っちゃったの?」
呼びかけると、一条さんはのろのろと俺を振り返った。 「…どうしました?」 近付いて、シャワーから出ているのが、ほとんど水に近い温度の、冷たいぬるま湯であることを知る。 「一条さん!これ、ほとんど水じゃないですか!」
俺は、急いでシャワーを止めた。 「冷たいほうが…沁みないか、と思ったんだ…」 俺は一条さんの腕と肩に触れてみる。 「身体が冷えきってるじゃないですか!駄目ですよ、こんなの!」
「実は…入る時に、ドアに背をぶつけてしまった。
なんだか奇妙な口調だったので、俺は一条さんの顔を覗き込んだ。
「俺を…俺を、呼べばいいじゃないですか! 俺は、浴槽の湯の温度を確かめてから、腕を引いて無理矢理立たせ、浴槽に導いて、湯の中に押し込んだ。 「五代…傷に沁みる…」
「身体が冷えきっているから、よけい沁みるんです! 頭に来ていたから、俺はぽんぽん言った。出ている肩に湯をかけた。 「さぁ、もっと肩まで沈んで…」
一条さんは、顔をしかめながら、俺の言う通りにした。 「…髪も、こんなに冷たい…風邪をひくかもしれませんよ…」 「大丈夫だよ、五代…」 一条さんは、なんだかぼんやりと笑っていた。
「…どうして、こんな無茶をするんです? 死ねないじゃないですか…と言いかけて、息を呑んだ。 「…しょうがないじゃ、ないですか?」 「五代…ごめん…」 一条さんが、柔らかくあやまる。 「俺…心配なんですよ…」
急に愛しさがこみ上がり、頭を引き寄せて、くちづけてしまう。 (一条さん…もしかしたら、泣いていたの?) 一条さんの髪に指をからませて、もっともっと引き寄せ、唇を奪い合いながら、俺は唐突に思った。
俺が確実な死に向かっていることを、一条さんは知っている…。
俺は唇を離して、一条さんの目を見た。 (そう…あなたに涙は似合わない…)
この人は、優しく冷たく美しい…俺の神だった。 「五代…おまえも冷えている…」 俺の肩に触れた一条さんが言った。 「俺、洗っちゃいますから、一条さんは暖まって…?」
俺はアマダムに暖められているから、もう寒さを感じることはない。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
自分を洗い終ったところで、一条さんを呼んだ。 「五代…髪は、いい。俺は、屈めない。」 俺はひざまづいて、俯く一条さんの頭を両手で挟み、覗き込む。 「一条さん…俺が怒鳴ったり、叱ったりしたから…しょげちゃいました?」
機嫌を直して、元気になって欲しかった。 「なんとか洗ってあげますから…洗わせてください…ね?」
頬に軽くキスすると、また弱々しく笑い、俺のほうに顔を傾ける。 「一条さん…どうしたの?」
いつもの気力と張りが感じられない。
「…少し…のぼせた…。 「じゃあ、じっとしてて…。顔をちょっと上げていられますか?」
俺は、シャンプーを手に取り、顔や耳に流れていかないように気をつけながら、一条さんの髪を洗っていく。 「背中…痛くないですか?」
囁くと、目を閉じたまま、僅かに首を振る。 「…寒くない…?」 からまる声で尋ねると、うっすら目を開く。笑った。 「五代…勃っているよ…」 一条さんの腕に当たっているんだから、俺の欲望は当然悟られている。 「こんな…姿勢をさせるんじゃなかった…です…目の毒…」 「いい、じゃないか…抱いてくれ…」 一条さんは、瞳でも誘っていた。 「ここで?」 「濡れて…暖かくて…気持ちいい…」 「でも…背中が痛むんじゃ…?」 「なんとかしろ…」
瞳のきらめきと目の力が戻って来ていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
膝に寄り掛かった一条さんを抱いて、くちづけながら身体に触れる。 「一条さん…腕…それに、背中…」 「治った…。おまえを抱くほうが、大事…」 うっすら笑って、俺を煽る。 「そんなことを言うと…思いっきり、抱きしめますよ…?」 「…いいよ…」
また笑う。 「あ…う…」
一条さんの顔が、苦痛で歪んで、仰け反る。 「ほら…だから…」
抱き起こして、俺の身体に寄り掛からせた。 「大丈夫…?一条さん…?」 「この…馬鹿力…」 一条さんは、俯いたまま、笑っていた。 (クウガになれば、この百倍くらいの馬鹿力になる…)
あなたがこれから相手をしようとしているのは…そんな化物だ。
でも、俺には止められない…あなたは俺の戦場の神だ… 「五代…抱いて…」
一条さんは…一条さんも、やはりどこか荒れていた。 「一条さん…来て…」 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺の腿に跨がった一条さんは、俺の頭を抱いて、さっきから深く深くくちづけていた。
俺はくちづけに魂を奪われながら、尻を持ち上げて引き寄せた。昂りが擦れ合う。 「目を閉じないで…俺を、見て。」
崩れかけるのを言葉で引き止める。見つめながら、深く侵す。
この身体は、この命は、この人は…俺のものだった。
指は引き込まれる。開いた唇から喘ぎが漏れ始める。
俺を支配しているのは、この人だけれど… 「五代…五代…五代…五代…」
俺の指に侵されながら、一条さんが呟いていた。 「もう…もう…入れて…五代…」 今日は堪え性がなく、ねだってくる。 「まだ…駄目…もっと、欲しがって…」 「もう…欲しいんだ…欲しい…」 俺の頭を抱き、半眼になった流し目で、俺の唇を軽く噛む。快感に薄く笑っていた。
最初から、すごい色気だったけれど。 (俺がいなくなったら…)
俺が死んでしまったら、この身体はどうなるんだろう…? (俺が…いなくなったら…) ふいにかっとして、目の前の綺麗な曲線を描く首筋に歯を立てた。 「あああっ!」 一条さんは、喜んで叫ぶ。
この身体を…手放したくなかった。 (いやだ…絶対に、いやだ…いやだ…) 俺は首筋を噛んで吸いながら、片手で抱きしめ、指を増やしていきなり深く挿す。 「あ…うっ!!あ…ああっ!!」
優しく優しく扱われるとよく溶けるけれど、乱暴にされ、痛みを伴うのも好きなことを、俺は知っていた。 「ああ…いや…いい…いい…いい…ごだ、い…いい…いき、そう…」 (俺が死んだら…誰に、してもらうの?) 俺が嫉妬に苦しむ間も、この人は快楽の中を昇っていく。 「これで…いく?」
俺は、意地悪な気分になって訊いた。 「いや、だ…ごだい…いかせない、で…おまえ、と、いっしょに…」 「はい…」 可愛くて可愛くて…苛めきることなど、俺にはできはしない…。 俺はゆっくり指を抜き、一条さんはまた仰け反って叫んだ…。 |