『第6章:峠』-2


         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 エネルギーを補充して、点検整備が終わり、磨きあげれば…あとは、ベッドに転がり込むだけ。
 生物兵器の休息時間は短いから…。

 一条さんは、やはり風呂で少し疲れたようで、俺たちは早々に灯を落として、ベッドにもぐりこんでいた。
 狭いシングルベッドだから、俺が一条さんの頭を抱き取り、抱き合うようにしていないと、どちらかが落ちてしまいそう…。

「俺…今日はやっぱり帰りましょうか。
 一人のほうが寝やすくないですか?
 あ、それとも俺、絨毯の上で寝てもいいです。」

 また明日になれば、この人はみんなの先頭に立って、駆けなければいけない。
 せめて、今はゆっくり休んで欲しかった。

「五代…」

 俺の腕の中の、一条さんが俺を呼ぶ。
 薄暗がりの中で、俺を見つめているのがわかった。

「はい?」

 何か言いかけているような気配だったんだけれど…一条さんは、しばらく躊躇ってから、ため息をついた。
 ああ、俺の心配をしているな…と思う。

「なんです?」

「いや、いいんだ…。」

 言ってもしかたのない心配だから、一条さんは言わない…。そうだろう、と思う。
 俺の心は、身体と一緒に一条さんに寄り添っていて…そんなこともわかるような気がした。
 一条さんは、しばらく後にもう一度ため息をつき、また俺を呼ぶ。

「五代…。」

「はい。」

「…抱いてくれ。」

 一条さんは、静かに言う。
 俺は、驚いてしまって…肘をついて上半身を起こし、一条さんを覗き込んだ。
 一条さんは、俺の腕に頭を預けたまま、真面目な顔で俺を見上げていた。

「でも。そんな怪我で…無理ですよ。」

「五代…おまえにも、俺にも、きっと必要だよ…。抱いてくれ。
 俺は…今夜はあまり動けそうにないけれど…。」

「でも…。」

「…欲しいだろう?」

 からかっているんじゃない。一条さんは、まだ真面目に言っている。

「俺は…いつでも、欲しいです…。」

「じゃあ、奪ってくれ。多少痛んでも、俺はかまわないから。」

「一条さん…。」

「五代…おいで…。」

 一条さんの手が、俺の頭を捕らえて、引き寄せた。

 傷ついて、疲れきった俺たちは、長いくちづけをした。
 一条さんの唇がゆるやかに俺を探ってくる。
 互いの指が、頬に触れ、髪の中に差し込まれる。
 暖かい…こんな殺し合いの中でも、俺たちの肌はぬくもっている。
 大好き…一条さんの命が愛しいぶん、俺の命は哀しい。
 体重をかけないように、俺は気をつける。
 それでも、一条さんが舌をからめてくる頃には、夢中になってしまう…。
 俺たちは、むさぼり合った。

 せっかく着たばかりだけれど…裸で触れ合っていたかった。
 パジャマは脱いでしまった。一条さんのパジャマも脱がせてしまった。
 一条さんの身体に負担をかけないように、痣と傷を避けて、触れた。
 でも…肩も掴めない。胸にもすり傷がある。脇腹の痣は大きい。背も腰も痛そうだ。
 優しくすればする程…悲しみがあった。どうしたらいいのか、わからなかった。
 気をつけてさわっているうちに、一条さんは、ひどく焦れてしまった。

「いやだ…五代…もっと…ちゃんとさわってくれ…」

「だって…一条さん…さわれる場所なんて、ないぐらいですよ…」

「だから…いいんだ。かまわずに…」

 一条さんが俺を引き寄せようとして、身体をひねり、脇腹の痛みにうめく。

「あつっ…ちくしょう…。」

「ほら…だから…駄目ですってば。」

 駄々をこねる一条さんが可愛かった。
 わかってる…一条さんは、抱き合いたいんだ。
 強く抱きしめ合って、欲情だけで満たされたいんだ…今の、このただ一時を。
 俺も…抱きしめたかった。

「一条さん…向こうを向いて…。俺、うしろから抱いてあげる…。」

 傷のひどい側を上にして横向きになってもらい、俺は後ろからぴったり重なった。
 首と胸を抱き込んで…抱きしめる。
 素肌の触れ合う部分が多くなった。体温が融け合う。
 一条さんも落ち着いて、深く息を吐くのがわかった。

「ほら…これで…いいでしょう?」

「五代の…顔が…見えない…。」

 一条さんがまだ文句を言うので、俺は笑った。

「俺も見えませんから…おあいこです…。」

 言いながら、なだらかな線の首筋にくちづけた。ここは痣がない。
 俺は一条さんのここが好きで…すぐにたまらなくなって、軽く噛んでしまう。

「ん…」

 一条さんの身体の緊張が弛んできていた。
 俺の腕の中で、ほどけていく瞬間の一条さんが好き…。

「痣を、増やす…つもりか?」

 ほら…。息が弾んで、声が甘くなっている。

「増やしませんよ…」

 俺は、首筋を舐め上げて耳を探しながら言う。辿り着いて一条さんが小さく叫ぶ…。

「増やしても…いいさ。今…なら、誰も、判別…できない…。」

 俺に耳を噛まれて、すぐに一条さんは、口がきけなくなった。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 手を廻して、一条さんを握り込む。もうとっくに硬くなって、先を濡らしていた。
 俺のも、もうきつく張り詰めていて、痛いぐらいだった。一条さんの滑らかなお尻にさっきから擦りつけてしまっている。

(…今日はきっと、中に入るのは無理だ。)

 でも、俺が触れて、一条さんが感じる声を聴くのは…とても、いい。
 軽くしごくと、一条さんが喘ぐ。
 首に廻し、抱き込んでいる俺の腕を、一条さんは両手で掴み、縋っていた。
 一条さんの乱れてしまった髪に顔を埋めて、俺はますますぴったりと、背に寄り添った。
 俺の腕の中に、無防備なこの人がいる…俺に身体を預けて、ゆるやかに溶けて、しなやかに喘いで…。
 今は、このベッドの上以外の世界なんか、なくていい。
 未確認のいる世界なんか、きっと嘘だ。俺には要らない。

(…今夜は、一条さんを喜ばせてあげたい。)

 俺は、手を少しだけ速めて、一条さんを追い上げようとした。
 一条さんが、俺の腕の中でもがく。

「ああ…いや…ご、だい…。」

「一条さん…暴れないで…。」

「いや、だ…いかせないで…。
 おまえと…一緒に…。」

「無理、ですよ…今日は…。」

「欲しいんだ…俺を開いて…入れて、くれ…。」

 一条さんの直線的な誘い文句は、脳髄を感電させる。
 普段は無口で、冷たいぐらいのこの人は、ベッドの中では、素直で妖艶な恋人になる。
 その落差に、また俺は狂いそうになって…この身体にも、深く溺れていた。

「大丈夫なんですか…?」

「五代…して、くれ。」

「…ここ…離してもいいですか?」

「うん…」

 俺は、前を離して、マットの下の潤滑剤を探り出した。
 片手でチューブの蓋を取るのは難しかったけれど、一条さんが縋りついているほうの手は、放したくない。
 片手の中で、なんとか絞り出した。

「一条さん…ごめん…ちょっと冷たいかも…」

「ん…」

 濡れた指で、一条さんの後ろの蕾を探る。もう、一条さんは俺を待っていて、すぐに指が吸い込まれる。
 この頃は…すごいんだ。潤滑剤なんて、要らないぐらいの時もある。一条さんのここは、俺が触れると吸いついて、濡れてくる。

「ああ…」

 一条さんが背中を反らしてまた喘ぐ。いきなり入れてしまったのに、身体は強張らない。かえって全身が弛んだぐらいで…すぐに溶け始めていく。
 中は熱くて…俺の指にからみついてくる。
 一条さんは…一条さんも、俺の指や身体に、もう慣れていた。

「いつもと違うので…ゆっくりしますからね…」

「ん…ああ…ごだい…いい…」

「ちょっと…むずかしいんですけど…いい?」

「ああ…いい…いい…ごだ、い…」

 一条さんが感じていく声は、それだけでもいけそうだ。顔が見たい、と思った。
 乱れ始めた一条さんが傷を痛めないように、俺はもっと深く抱き止める。
 頭を擦り寄せて、仰け反ろうとする一条さんを抑える。

「一条さん…暴れちゃ、だめ。静かに…ゆっくり…。息を…吐いて。」

 身体が密着したので、指は少し深くなった。

「…くっ…ん…ああ…駆け、出して、しまいそう…」

「今日は…駄目です。走らないで、ゆっくり、俺を食べて?」

 俺を食べて、と言ったら、ぐっと締まった。

「食べたい、の?」

「…う、ん。」

 俺の言う通りに深く息をして、快感に抗おうとしている一条さんを、言葉でなぶる。
 これは…一条さんに教わったんだ…。とどまろうとすればする程、快感は内に向かって強くなる…。

「…くぅ…う…ん…」

 蕾は弛んでくる。

「ああ…とろ、ける…」

「指…増やしますから…ね。もっと…とろけて?」

 ゆっくり…指を増やした。次第に深く侵入する。

「あああっ!ご、だい…いや…いきそう…」

 一条さんの身体が俺の指を吸い上げて、飲み込んでいく。

「まだ…指だよ、一条さん…まだ…いかないで…」

 一条さんの身体を後ろから抑えながら、深く深く指で侵す。
 なんだか…俺もすごく良かった。これだけでいってしまいそうだ…。

「だって…ごだい…ごだ、い…たまらない、んだ…」

 一条さんの声は、泣いているように震えていた。脳味噌が溶けそうになる声だ…。

「そんな…声出したら、俺までいっちゃいますよ…。」

 一条さんが少し笑って…笑ったら、また締まった。
 感情が動くたびに反応してくる…可愛くて愛しくて、ほんと、脳味噌溶けそう…。

「ああ…ごだい…もう…いれて…いれて…。」

「まだ…駄目ですよ。もう、少し…我慢して…。」

 俺は少しだけ急いで…広げる動きを始める。
 一条さんがまた悶えて…でも、必死に堪えようとしてくれている。小さく喘ぐ。
 いつもより叫び声も喘ぎ声も少ないけれど…静かにひそやかにシーツが濡れていく。ため息が漏れて、腕の中の一条さんが堕ちていく。

「ごだい…ごだ、い…もう…おねがい…」

 いや、絶え絶えの囁きに追い上げられているのは…俺のほうかも。

「いちじょう、さん…いれますね…。」

「う…ん…。はやく…ごだい…はや、く…。」

 俺も、早く入りたかった。
 でも、難しい…。ようやく浅く入りこむ。

「ごだ…いやだ…もっと…」

「いちじょ、さ…こっちの足…動かせます?」

 力が入らなくなってしまっている足を少し立ててもらって、足の間に俺の足を入れて…いくらか深くなる。

「…ああ…」

 そのままゆっくり動いた。

「う…んん…」

 半端な快感に、一条さんがうめく。
 手を伸ばして前に触れようとすると、その手を握られた。

「いちじょう、さん?」

「さわらなく、ても、いける…から。
 それより…抱いて…。」

 俺の手を胸に引き寄せる。
 そのまま抱きこんだら、身体がぴったり重なった…。

「ああ…いい…」

 一条さんがけだるく喘ぐ。ゆっくりゆっくり俺は動いた。
 密着した肌が濡れてきて、どこがどうなったのかわからないけれど、だんだん深く俺は入っていた。
 大きな動きはできない。少し引いて、また進める。円を描くように、回す。喘ぎに合わせて深く、浅くなる。粘膜が擦り合わされて、曖昧な快感が滲み出していく。

「ああ…いい…たまら、ない…」

 一条さんはますます溶けていく。身体が柔らかく投げ出されている。物憂気に頭を傾け、俺の腕を軽く噛んだ。

「まだ…たりない?」

「わからない…でも…よくて…たまらない…」

 声までとろとろだ…。
 やっぱり顔が見たい…そう思いながら、目の前の首筋を舌でなぞる。一条さんの汗の味がした。

「これ…なら…かなり、もつかも…」

「じゃあ…ずっとずっと…ごだい…」

「はい…ずっと…いっしょに…」

 俺たちは、長く長く交わっていた。静かに、ほとんど動かずに、じれったく喘ぎながら…。
 もどかしさに耐えていると、肌はまた濡れて、吸い寄せあった。
 ろうそくで炙られるように、ゆっくり温度が上がった。
 身体がこね合わさって、混ざってしまいそうだった。
 俺たちは溶けて流れ、ひとつになって、次第に昇っていく…。

「ああ…あ…」

 何度も締めあげられ、からみつかれて、また放される。
 一条さんはいきかけては耐え、またいきかける。俺も耐え続けていた。
 二人とも、もう止めどもなく溢れさせてしまっている。それでもまだ堪え、まだ昇り続けていた。

「まだ…だよ…いちじょう、さん…」

 俺は言葉で止めておいて、腰を引きかける。

「あっいやっ…ごだいっ!!」

   一条さんの身体が俺を追ってくる。吸い込むように俺を引き止める。
 もう一度進むと、俺をまた深くからみ取って、一条さんがうめく。

「ああっ…ごだい…ごだ、い…だめ…いってしまうっ…」

「だめ…まだ…ああ…」

 今の動きで、二人とも一気に稜線を越えてしまったみたい…。
 また締まる。またからまる。だんだん間隔が短くなってくる。

「あ…ああ…もう…とま、れない…ごだい…」

 一条さんが、達しかけている…。
 駄目だ…俺も、もう…。

「ごだ…いかせて…もう…いかせて…!」

 一条さんが啼く。

「ああ…もう…いっしょに…」

 最後に、とうとう耐え切れず、半ば覆い被さるようにして俺は一気に攻めた。
 沸点の寸前にいた一条さんは、一度深く挿しただけで、獣のように叫ぶ。
 腰を引き、もう一度、強く深く結んだところで、俺たちはほぼ同時に、果てた。

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