『第5章:半身-改訂』-2
「…俺…一条さんをレイプしかかったんですね…。」
うつむいた五代が呟いた。 「五代…ココアを飲んでくれ。」 「一条さん…答えて。俺、一条さんを…?」 「飲んでくれたら、話すから。」 俺は、うなだれた五代の背中に回って座った。五代を抱くように手を廻し、身体の前に固く組まれた両手を解こうとした。一瞬、力が入って、五代の手はより固く組まれる。まだ細かく震えている…。 それ以上の無理はできず、俺は五代の手を手で包み、そっと撫でた。 (手が…問題なのか?五代?)
別に妙な感触はなかった。怪我がある様子もない。いつも通りのしなやかな五代の指だった。ただ、関節が白くなるくらいに、固く固く組まれている以外は。
「五代…頼む。冷めてしまうから。 五代の肩から、ふっと力が抜けるのが感じられた。俺の手の中の、五代の指も弛む。だが、細かい震えが止まっていない。 「は…い。い…ただきますから…放して…一条さん…。」
そう言って、五代は俺の手をはずし、震える両手を伸ばしてココアのカップを掴んだ。 「ごちそう…さま。美味しかった…です…。」 「…そうか。よかった…。」 「…一条さん…教えてください。…俺、一条さんを?」
俺は、五代の背中を離れ、五代の顔が見える位置に座った。 「そうだな。…そうだった、と思う。だが、未遂だった。心配するな。」
五代の顔が引き攣って蒼白になる。ただでさえ、今夜は顔色が悪い五代なのに。 「…っぱり…め、のかなぁ…」 小さな呟きは、よく聞き取れない。 「…五代?何があった?…聞かせてくれないか?」
俺は静かに尋ねた。どうしても聞きたかった。 「…いつ頃来たんだ?どのくらいあそこで座っていた?」 五代が僅かに首を振った。なんだか、小さな子供を無理矢理尋問しているようだった。 「…いつ来たか、わからないのか…?」 今度は頷いた。 「俺はずっと待っていたのに…おまえは、部屋のすぐ外にいたんだな…」 質問ではなかったから、哀しい沈黙が続いた。それから、五代が呟いた。
「俺…どうしても、一条さんに会いたくて… 俺は待った。 「でも…会いたくて…」 「俺も…会いたかったよ、五代…」 五代の顔がぱっと上がった。俺は普段はこうした甘い言葉は言わないので…素直な五代は嬉しかったらしい。笑顔の影がかすめ、また消えるのを俺は見る。 「でも、俺、一条さんに…乱暴して、しまった…」 五代は、また手を見つめる。 「…覚えて、いるのか?」 五代は力なく、首を振った。
「ただ…一条さん、一条さんって、ずっと呼んでいたんだけど… それから、また長い沈黙の後に、五代は呟いた。今度は、ようやく聞き取れた。 「やっぱり…俺…駄目なのかなぁ…」 寂しく五代は呟いて、また自分の手を見つめる。 「五代…手を見せてくれ…」 五代は、ぱっと身体の後ろに手を隠した。 「だ…めです。」 「見るだけだ。触らない。」 五代は迷ったあげくに、両手を差し出した。ひどく震えている。 「手の平も見せてくれ。」
五代は震える手をゆっくり返した。やはり、何も変わりない、綺麗な手だった。 「駄目…です。一条さんには…さわれない…。」
俺は考えていた。 「五代…おまえが俺を傷つける筈はない…」
俺は、初めて五代を「おまえ」と呼んだ。昼間は他人行儀に「君」と呼びかけるようにしているから。 「だって…俺は…一条さんを…」 「未遂だった。いいか、五代。おまえは、俺を傷つける前にやめたんだよ。」
俺の言葉の意味が染みていくのにつれて、五代の表情が変わる。小さな希望の灯に縋る、遠い目になった。 俺は笑って、五代に言った。
「五代…おいで…寝よう。抱いてくれよ。 蓮っ葉に、露骨な言葉を口にする俺の笑顔を、五代はぽかん、と見とれていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は立上がって、さっさとTシャツとトランクスを脱ぎ捨てた。 (今晩は、パジャマを着る暇もないわけだ…)
それから、振り返った。 「何してる?五代…さぁ、立って…」 俺は五代の肘を持って、無理矢理五代を立たせてしまった。 「…一条さん…俺…今日は帰ります…」 そう言いながらも、五代の目は俺の裸の腕や胸をむさぼっている。五代の喉がごくり、と鳴る。 「駄目だよ、五代。そんな疲れた顔をして…帰さないからな」 俺はかまわず、五代のシャツを脱がせる。 「…一条さん…強引な人だったんだ…」 五代の言葉に、微笑が混じった。だが、まだ五代は俺を抱こうとせず、両手は脇に力なく垂らされたまま、突っ立っていた。 「おまえが…欲しいんだよ、五代…」
俺としては、とんでもない口説き文句だったが、実際そのとおりだったので、口にできて嬉しかった。こんな場合ではあったが、俺は心の底から微笑んで、五代を見つめた。手のほうはせっせと働き、五代のTシャツをまくり上げた。 「俺…でき…ません…」
そう言いながらも、Tシャツを脱がされてしまう。 「!…一条さん…!」 だが、五代には俺に触れることができず、俺の手を拒めない。 「じゃあ、一緒に眠るだけでいいさ。ほら、足を抜いて…」 そんなふうに、俺はとうとう、五代の衣服を総て剥ぎ取ってしまった。
困惑したように立ちつくす全裸の五代は…それでも、美しかった。意外に厚い胸をしているんだよな…と俺は思い、心の中で舌なめずりした。 「五代…綺麗だよ…」 「…綺麗じゃないです!俺は…!」
意外に強い否定が返ってくる。…ああ…そうか…。 「…いいじゃないか…俺には、綺麗に見えるんだから…」
そして、ゆっくりくちづけた。 「…一条…さん…ひど…い…」 目の色が欲情していた。 「そんな…キス…どこで…?」 「さぁ…どこ…かな?」
俺はけだるく笑った。五代の目に嫉妬の影がかすめる。 「五代…抱いて…くれ…」 「…でも…」 五代の目は、欲情と同時に怖れの色も見せている。 「手を使わなくても抱けるだろう…?」 俺は挑発し、五代の身体を引いて、後ろのベッドに倒れこんだ。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ (まだだ…急いではいけない…)
絶えずそう思い続けていないと、俺のほうが熱くなってしまいそうだった。 「五代…寒いのか…?」 「はい…いえ…。」
気温も、自分の体温も、五代にはわからなくなっている…。 (大丈夫だ…。五代が俺を愛しているなら、俺はきっと助けられる…)
ゆっくりゆっくり、五代の背を撫でた。五代の肩を撫でた。二の腕から手首へ、撫で降ろした。 「…一条…さん…放して…!」 「いやだ」 俺は五代の震える手を口元に持って来て、ゆっくり唇を押し当てた。五代がうめく。 「…やめて…ください…!」 「五代…おまえの手は、綺麗だよ…」 「…ちがう…!」 「汚れてなんかいない…大丈夫だ…おまえは俺を傷つけない…五代…大丈夫だよ…」 薄暗がりの中でも、五代の目が見開かれるのがわかる。図星だったようだ。 「一条さん…」 五代の指の一本一本にくちづけながら、俺は話し続けた。
「いくら殺しても…おまえの手は汚れはしない… 「でも…俺は…一条さんを…」
「あれは、おまえじゃなかった… 「…俺は…」
「おまえは、勝ったんだ…これからも、勝てる… 「でも…俺は…!」 五代は、無理矢理に手を引き戻した。自分の手で、自分の握った拳を押さえ込む。
「俺は…負けました…あの時…
「その時に…見えた… 五代の身体が震えていた。俺は五代を引き寄せて、強く抱きしめた。
「とうとうあいつをやっつけて…元の姿に戻った時… 俺の胸に抱かれて、五代が自分の拳を握りしめて…呟いていた。
「俺は!…大丈夫だと思ってた…
「俺はバイクを飛ばして…逃げた…怖くて…
「それから…わからなくなってしまった… 「俺は…負けたんです…」 俺は、目を閉じる。
五代…もういい。やめてくれ。もう闘わないでくれ。 (感情に…流されるな…。) 俺は震えている五代を、しっかり抱いた。冷静な声を出すように努めた。
「一時的に錯乱したのかもしれないな… 「一条さん!俺、やっぱり、そばにいちゃいけない…!」
五代が身体を強張らせ、俺の腕に抗う。 「五代…」 「一条さん!放してください…!」
「五代…聞いてくれ…。 驚いたのか、五代はもがくのをやめた。俺はタオルケットをかけ直し、五代を腕の中にくるみ直した。
「俺は…おまえに犯されてもかまわない。おまえに殺されたってかまわない。 「は…い…」 泣いているような声で、五代が答える。
「おまえの身体は、俺を犯しかけていた…
「その時…おまえは帰ってきた。
沈黙があった。五代は必死に考えていた。俺は待った。 「…一条さん…あの時、俺を呼んだ…?」 「…ああ…呼んだよ…何度も。…聞こえたのか?」 「…わからない…でも、聞こえたような気もします…」 「五代…」 「はい…」
「俺は、信じている。 「は…い…」 五代は、やはり自分の拳をもう一方の手で握り込みながら、小さな声で応えた。 「五代…怖いか?」 「はい…」 「俺も…怖いよ…」 「はい…」
「だが…いつも、おまえの笑顔が見えるんだ…
俺の腕の中で、五代が小さく笑った。今日、初めての五代の笑顔だった。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
小さな接吻を、五代の顔中に降らしていった。 「五代…まだ自分の手が怖いか?」 「…はい…」 「俺を抱くのが怖いか?」 「…は…い…すみません、一条さん…」 「じゃあ、いいさ…おまえはじっと寝てろ。俺が勝手にいただくから。」 「…一条さん!」 「言っただろう?おまえが欲しいんだよ…」 見つめて微笑むと、薄暗がりの中でも五代が俺に見とれるのがわかった。俺は五代の笑顔に完全に参っているが、どうやらそれは五代も同じらしい。 「おまえは?俺が欲しくないのか?」 「…欲…しい…です…」 「じゃあ、じっとしてろ。おまえは何もしなくていい。」 「…一条さん…そんな…」 思いついて、俺は言い足す。
「そうか…いっそ本当に俺に抱かれてみるか? 「一条さん!それは…勘弁してください!!」 五代が泣き笑いの悲鳴をあげる。俺は声をあげて笑った。 「じゃあ、覚悟しろよ、五代雄介。」 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さっきの続きの、くちづけから始めた。 「…いち…じょ…さん、も、ゆる…して…!」
五代の両手は、もう握り合ってはいない。身体の脇のシーツを握りしめている。 「ゆる…して…もう…ゆるして、ください!いちじょう…さん!」 可哀想な五代は、涙目になってしまっていた。 「ん?どうしたいんだ?五代?」 五代の下の毛を撫でながら、俺は猫撫で声で言う。 「だ…出したい…んです!」
相変わらず素直な男だ。 「ち…ちがう…ああっだめっいちじょうさんっ」 「何が違うんだ?出したいんだろう?」 俺はゆるくしごきながら、言葉で攻めた。 「いやっ…やだっ…いちじょうさんの…中でっ」 必死の五代が可愛かった。 「…俺は、少し時間がかかる。一度、いったほうが楽だよ…五代…?」 肩を抱き、浅くくちづけしながら、五代を握る手を動かした。もう寸前だった五代は、すぐに追い上げられていく。手の中の五代が、一段と硬く大きくなった。 「あっだめっいちじょ…さ…ああああ…いい…ああ…いく…い…く…あああああっ!!」 五代の身体が跳ね上がり、がくがく揺れる。五代は俺に握られて、長く長く精を放っていた。 「あ…あああ…ん…」
無我夢中の表情が美しく、愛しかった。俺まで一緒に放っているような快感があった。 「…いち…じょうさん…ひどいよ…」
息も絶え絶えのくせに、文句を言う。俺よりおしゃべりなその口が有り難くて、また軽くくちづけた。 (さて…これからが問題なのだが…。) 五代の身体に跨がって、俺は五代の顔の横に片手をつき、身体を支えた。濡れた手は己の後門を探った。回りに塗り込め、開こうとする。自分で開くのは初めての経験だった。 「…んっ…」 声が洩れてしまう。指一本収めるのがやっとだ。五代と繋がりたい気持ちはあるのだが、苦しかった。無理しようとすると痛みが走り、俺は萎えかけた。急いではいけない、と思う。俺は息を吐き、目を閉じて、己の快感を探そうとした。
急に。その腕を握られて、俺は止められた。
「駄目ですよ、一条さん。無理したら… そして、形勢は逆転した。 |