『第5章:半身-改訂』-2


         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「…俺…一条さんをレイプしかかったんですね…。」

 うつむいた五代が呟いた。
 前に置かれたままのココアが冷めかけている、と俺は思う。暖かいものの方がいいか、と思い、不器用な俺が一生懸命つくったのに、五代は飲んでくれない。

「五代…ココアを飲んでくれ。」

「一条さん…答えて。俺、一条さんを…?」

「飲んでくれたら、話すから。」

 俺は、うなだれた五代の背中に回って座った。五代を抱くように手を廻し、身体の前に固く組まれた両手を解こうとした。一瞬、力が入って、五代の手はより固く組まれる。まだ細かく震えている…。  それ以上の無理はできず、俺は五代の手を手で包み、そっと撫でた。

(手が…問題なのか?五代?)

 別に妙な感触はなかった。怪我がある様子もない。いつも通りのしなやかな五代の指だった。ただ、関節が白くなるくらいに、固く固く組まれている以外は。
 俺は、五代の背に寄り添い、五代の肩に頭を預ける。そして、そのままの姿勢で、五代の指を丁寧に擦った。いつもは暖かくしなやかな五代の身体が、冷たく強張っているのが悲しかった。

「五代…頼む。冷めてしまうから。
 俺は…一生懸命つくったんだから。」

 五代の肩から、ふっと力が抜けるのが感じられた。俺の手の中の、五代の指も弛む。だが、細かい震えが止まっていない。

「は…い。い…ただきますから…放して…一条さん…。」

 そう言って、五代は俺の手をはずし、震える両手を伸ばしてココアのカップを掴んだ。
 俺は、五代の背に寄り添ったまま、五代が少しずつココアを飲む気配を聞いていた。
 やがて、かたりと音がして、カップがテーブルに戻された。

「ごちそう…さま。美味しかった…です…。」

「…そうか。よかった…。」

「…一条さん…教えてください。…俺、一条さんを?」

 俺は、五代の背中を離れ、五代の顔が見える位置に座った。
 どうしても聞きたいなら、俺は嘘はつけない。

「そうだな。…そうだった、と思う。だが、未遂だった。心配するな。」

 五代の顔が引き攣って蒼白になる。ただでさえ、今夜は顔色が悪い五代なのに。
 蒼白な五代はまたうつむいて、元通り組み合わせてしまった自分の手を見つめた。

「…っぱり…め、のかなぁ…」

 小さな呟きは、よく聞き取れない。

「…五代?何があった?…聞かせてくれないか?」

 俺は静かに尋ねた。どうしても聞きたかった。
 だが、五代は黙っていた。俺は質問を変えた。

「…いつ頃来たんだ?どのくらいあそこで座っていた?」

 五代が僅かに首を振った。なんだか、小さな子供を無理矢理尋問しているようだった。

「…いつ来たか、わからないのか…?」

 今度は頷いた。

「俺はずっと待っていたのに…おまえは、部屋のすぐ外にいたんだな…」

 質問ではなかったから、哀しい沈黙が続いた。それから、五代が呟いた。

「俺…どうしても、一条さんに会いたくて…
 でも、会えない、と思って…」

 俺は待った。

「でも…会いたくて…」

「俺も…会いたかったよ、五代…」

 五代の顔がぱっと上がった。俺は普段はこうした甘い言葉は言わないので…素直な五代は嬉しかったらしい。笑顔の影がかすめ、また消えるのを俺は見る。

「でも、俺、一条さんに…乱暴して、しまった…」

 五代は、また手を見つめる。

「…覚えて、いるのか?」

 五代は力なく、首を振った。

「ただ…一条さん、一条さんって、ずっと呼んでいたんだけど…
 気がついたら…あそこで…俺は…一条さんを…」

 それから、また長い沈黙の後に、五代は呟いた。今度は、ようやく聞き取れた。

「やっぱり…俺…駄目なのかなぁ…」

 寂しく五代は呟いて、また自分の手を見つめる。

「五代…手を見せてくれ…」

 五代は、ぱっと身体の後ろに手を隠した。

「だ…めです。」

「見るだけだ。触らない。」

 五代は迷ったあげくに、両手を差し出した。ひどく震えている。

「手の平も見せてくれ。」

 五代は震える手をゆっくり返した。やはり、何も変わりない、綺麗な手だった。
 俺は静かにかがみこんで、五代の指先に唇を近付ける。五代は震えながら、それを見ていた。
 五代の指の先に、僅かに俺の唇が触れた時…五代の手はわなないて引かれ、また握り込まれた。

「駄目…です。一条さんには…さわれない…。」

 俺は考えていた。
 手…。五代の手は、今日、何をしたのか…。
 42号を狂ったように殴り続けていた五代の姿が浮かんだ。予告殺人…高校生たちの恐怖を楽しんでいた怪人を、黙って怒り、握りしめていた五代の拳を思い出した。そして、42号を倒した直後、俺を振り返った哀しい笑顔。俺が近付いて無事を確認する間もなく、ビートチェイサーに乗って、五代は去った。
 少しだけ、わかったような気がした。

「五代…おまえが俺を傷つける筈はない…」

 俺は、初めて五代を「おまえ」と呼んだ。昼間は他人行儀に「君」と呼びかけるようにしているから。
 五代が、驚いたように顔を上げて、俺を見る。

「だって…俺は…一条さんを…」

「未遂だった。いいか、五代。おまえは、俺を傷つける前にやめたんだよ。」

 俺の言葉の意味が染みていくのにつれて、五代の表情が変わる。小さな希望の灯に縋る、遠い目になった。
 俺は…正しいらしい。

 俺は笑って、五代に言った。

「五代…おいで…寝よう。抱いてくれよ。
 二人とも、シャワーも浴びていないが…まぁ、いいさ。」

 蓮っ葉に、露骨な言葉を口にする俺の笑顔を、五代はぽかん、と見とれていた。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 俺は立上がって、さっさとTシャツとトランクスを脱ぎ捨てた。
 明るい電灯の下で全裸になってしまった俺から、五代はうろたえたように目を逸らす。
 ベッドの上に置いておいたパジャマをどかし、カバーを剥ぎ取った。

(今晩は、パジャマを着る暇もないわけだ…)

 それから、振り返った。
 五代はやはり、俺の身体を見ていた。あわてて目をふせる。

「何してる?五代…さぁ、立って…」

 俺は五代の肘を持って、無理矢理五代を立たせてしまった。

「…一条さん…俺…今日は帰ります…」

 そう言いながらも、五代の目は俺の裸の腕や胸をむさぼっている。五代の喉がごくり、と鳴る。

「駄目だよ、五代。そんな疲れた顔をして…帰さないからな」

 俺はかまわず、五代のシャツを脱がせる。

「…一条さん…強引な人だったんだ…」

 五代の言葉に、微笑が混じった。だが、まだ五代は俺を抱こうとせず、両手は脇に力なく垂らされたまま、突っ立っていた。

「おまえが…欲しいんだよ、五代…」

 俺としては、とんでもない口説き文句だったが、実際そのとおりだったので、口にできて嬉しかった。こんな場合ではあったが、俺は心の底から微笑んで、五代を見つめた。手のほうはせっせと働き、五代のTシャツをまくり上げた。
 五代は、一瞬とろけたようになって、俺を見つめる。それから、苦しそうに目を逸らした。

「俺…でき…ません…」

 そう言いながらも、Tシャツを脱がされてしまう。
 それから、俺は五代のジーンズのボタンをはずし、ファスナーを降ろした。

「!…一条さん…!」

 だが、五代には俺に触れることができず、俺の手を拒めない。

「じゃあ、一緒に眠るだけでいいさ。ほら、足を抜いて…」

 そんなふうに、俺はとうとう、五代の衣服を総て剥ぎ取ってしまった。

 困惑したように立ちつくす全裸の五代は…それでも、美しかった。意外に厚い胸をしているんだよな…と俺は思い、心の中で舌なめずりした。
 五代の腰にゆるく手を廻し、俺は立ったままの五代を抱いた。半ば勃った性器同士が軽く触れ合う。俺はほとんど背の変わらない五代の目を、真直ぐに見ながら囁く。

「五代…綺麗だよ…」

「…綺麗じゃないです!俺は…!」

 意外に強い否定が返ってくる。…ああ…そうか…。
 俺は五代の唇に、唇を近付けながら、甘く答える。

「…いいじゃないか…俺には、綺麗に見えるんだから…」

 そして、ゆっくりくちづけた。
 五代の唇は、やはり乾いて震えている。俺は、傷に触らないように、ゆっくり舐めた。ようやく潤ってきた頃に、軽く噛んだ。唇で吸っておいて、そっと舌を入れる。時間をかけてなぞり、ゆるんできた歯の隙間から舌を入れ、五代の舌を探した。
 俺はゆるくゆるく、ゆっくり進めた。急いではいけない。固く強張っている五代のすべてを溶かすような、緩やかで淫媚で濃密なキスにしたかった。
 柔らかく五代の唇を包んで、粘膜を擦り合わせて、唾液を混ぜ合わせて、舌をからめて…。
 五代が喘ぐ。完全に立ち上がってしまった昂りが、俺の腰に当たる。俺もすっかり硬くなっていたので、軽くこすりつけた。五代が苦しそうにうめいたので、唇を解放した。

「…一条…さん…ひど…い…」

 目の色が欲情していた。

「そんな…キス…どこで…?」

「さぁ…どこ…かな?」

 俺はけだるく笑った。五代の目に嫉妬の影がかすめる。
 またくちづけようとすると、五代のほうから唇を近付けて来る。首を傾けて、いきなり深いくちづけになった。性急に舌をからめて吸ってくる。だが、五代が俺を抱かないから、ひどくじれったい。片手を五代の首に巻き付けて、五代を引き寄せ、俺もむさぼった。

「五代…抱いて…くれ…」

「…でも…」

 五代の目は、欲情と同時に怖れの色も見せている。

「手を使わなくても抱けるだろう…?」

 俺は挑発し、五代の身体を引いて、後ろのベッドに倒れこんだ。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

(まだだ…急いではいけない…)

 絶えずそう思い続けていないと、俺のほうが熱くなってしまいそうだった。
 まだ固い五代の身体にタオルケットをかける。
 眩しかった電灯を消して、五代の横に戻った。
 五代は強張った身体のまま、横たわっていた。
 俺は手を伸ばし、五代の頭を抱き取った。抱きかかえる形で身体を寄せた。五代の身体は、冷たく重い。時々、震えが走る。

「五代…寒いのか…?」

「はい…いえ…。」

 気温も、自分の体温も、五代にはわからなくなっている…。
 俺はゆっくり、五代の髪を撫でた。目が慣れてきて、五代の顔が見える。五代は俺を見つめていた。絶望しながらも、五代は俺に憧れていた。触れられないのに、見つめないではいられない…そんな目だった。

(大丈夫だ…。五代が俺を愛しているなら、俺はきっと助けられる…)

 ゆっくりゆっくり、五代の背を撫でた。五代の肩を撫でた。二の腕から手首へ、撫で降ろした。
 五代がやっと気付いた時には、俺は五代の手を握っていた。五代が逃れようとするが、俺は離さなかった。

「…一条…さん…放して…!」

「いやだ」

 俺は五代の震える手を口元に持って来て、ゆっくり唇を押し当てた。五代がうめく。

「…やめて…ください…!」

「五代…おまえの手は、綺麗だよ…」

「…ちがう…!」

「汚れてなんかいない…大丈夫だ…おまえは俺を傷つけない…五代…大丈夫だよ…」

 薄暗がりの中でも、五代の目が見開かれるのがわかる。図星だったようだ。

「一条さん…」

 五代の指の一本一本にくちづけながら、俺は話し続けた。

「いくら殺しても…おまえの手は汚れはしない…
 汚れているとしたら、俺の手も同じだ…
 それでも…おまえの手は、俺を傷つけない…
 俺の手も、おまえを傷つけない…
 五代…大丈夫だよ…」

「でも…俺は…一条さんを…」

「あれは、おまえじゃなかった…
 俺を傷つけようとしたのは、おまえじゃない…
 おまえは、止めてくれたんだ…」

「…俺は…」

「おまえは、勝ったんだ…これからも、勝てる…
 俺は、信じてる…」

「でも…俺は…!」

 五代は、無理矢理に手を引き戻した。自分の手で、自分の握った拳を押さえ込む。

「俺は…負けました…あの時…
 あの化物が憎くて、殺してやりたくて…憎しみでいっぱいになって…
 俺は…この手で殴った…何回も、何回も。
 俺は…気持ち良かった…殺してやる、殺してやるって…
 死ね、死ね、死んじまえって…

「その時に…見えた…
 真っ黒い…俺が…笑顔を忘れた時…なってしまう姿…
 俺…もう、人間じゃないのかもしれない…」

 五代の身体が震えていた。俺は五代を引き寄せて、強く抱きしめた。

「とうとうあいつをやっつけて…元の姿に戻った時…
 俺は…怖くて、逃げました…
 一条さんの顔は…見られなかった…
 一条さんが大好きなのに…怖かった…
 俺の手に感触が残って…あいつを殴って、殺す感触…快感…」

 俺の胸に抱かれて、五代が自分の拳を握りしめて…呟いていた。

「俺は!…大丈夫だと思ってた…
 俺は愛してる…みんなの笑顔を愛してる…
 一条さんを愛してる…
 だから、負けはしない…大丈夫だ…そう思ってた…でも…

「俺はバイクを飛ばして…逃げた…怖くて…
 一条さんに会いたかった…一条さんを呼び続けた…
 だけど…俺は、一条さんも傷つけるかもしれない…
 この手が…一条さんを…みんなを…傷つける…
 どこかに隠れなくっちゃと思った…
 でも、一条さんに会いたかった…そばにいたかった…
 俺の手…汚れて…もう一条さんにさわれない…
 こんな手で、一条さんにさわっちゃいけない…
 でも…一条さんに会いたかった…

「それから…わからなくなってしまった…
 気がついたら、一条さんのうちで…
 俺は…一条さんを…犯しかけてた…

「俺は…負けたんです…」

 俺は、目を閉じる。

 五代…もういい。やめてくれ。もう闘わないでくれ。
 もういいんだ。もう充分だ。これ以上、強くなろうとしないでくれ。
 お願いだ。どこかに逃げてくれ。あいつらのいない…遠い遠いところへ…。
 俺は…おまえが壊れていくのを、見たくない…。

(感情に…流されるな…。)

 俺は震えている五代を、しっかり抱いた。冷静な声を出すように努めた。

「一時的に錯乱したのかもしれないな…
 あるいは…その…黒いものに…なりかけていたのか…」

「一条さん!俺、やっぱり、そばにいちゃいけない…!」

 五代が身体を強張らせ、俺の腕に抗う。
 俺は…離さなかった。五代は手を使うまいとするから、俺の腕から逃れられない。

「五代…」

「一条さん!放してください…!」

「五代…聞いてくれ…。
 俺は…おまえに犯されたってかまわなかったんだ。」

 驚いたのか、五代はもがくのをやめた。俺はタオルケットをかけ直し、五代を腕の中にくるみ直した。

「俺は…おまえに犯されてもかまわない。おまえに殺されたってかまわない。
 ただあの時…俺は、おまえが悲しむと思った。
 俺を傷つけたり、殺したりしてしまったら…おまえが悲しむと思った。
 五代…そうだろう?」

「は…い…」

 泣いているような声で、五代が答える。

「おまえの身体は、俺を犯しかけていた…
 けれど、五代…俺はおまえを信じていた…
 おまえが悲しむだろう、と俺は気になっていた…

「その時…おまえは帰ってきた。
 五代…おまえはちゃんと俺を助けてくれたんだよ…
 俺は何も傷ついていない。
 いつものように、五代が俺を助けてくれたから…」

 沈黙があった。五代は必死に考えていた。俺は待った。
 やがて、五代が小さな声で訊ねた。

「…一条さん…あの時、俺を呼んだ…?」

「…ああ…呼んだよ…何度も。…聞こえたのか?」

「…わからない…でも、聞こえたような気もします…」

「五代…」

「はい…」

「俺は、信じている。
 おまえを、信じている…おまえの優しさを、信じている…
 おまえは大丈夫だと…信じている。
 五代…もし、自分で信じられないのなら…
 俺を、信じてくれ。」

「は…い…」

 五代は、やはり自分の拳をもう一方の手で握り込みながら、小さな声で応えた。

「五代…怖いか?」

「はい…」

「俺も…怖いよ…」

「はい…」

「だが…いつも、おまえの笑顔が見えるんだ…
 『大丈夫!』と笑うおまえが見える…
 そして、いつの間にか、大丈夫だと思えるんだ…
 かなり…感染しているらしいな…俺は…」

 俺の腕の中で、五代が小さく笑った。今日、初めての五代の笑顔だった。
 俺は五代の頭を引き寄せて、五代の額にくちづけた。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 小さな接吻を、五代の顔中に降らしていった。
 五代はくすぐったそうに、うっとりしている。今は、身体から力が抜けてきて、ゆったりと横たわっているように見える。俺は…嬉しかった。鼻の頭を舐めてやった。五代は、また少し笑った。
 だが、まだ五代は、手を伸ばして、俺を抱こうとはしなかった。五代の両手は、胸の上に握り合わされていた。

「五代…まだ自分の手が怖いか?」

「…はい…」

「俺を抱くのが怖いか?」

「…は…い…すみません、一条さん…」

「じゃあ、いいさ…おまえはじっと寝てろ。俺が勝手にいただくから。」

「…一条さん!」

「言っただろう?おまえが欲しいんだよ…」

 見つめて微笑むと、薄暗がりの中でも五代が俺に見とれるのがわかった。俺は五代の笑顔に完全に参っているが、どうやらそれは五代も同じらしい。

「おまえは?俺が欲しくないのか?」

「…欲…しい…です…」

「じゃあ、じっとしてろ。おまえは何もしなくていい。」

「…一条さん…そんな…」

 思いついて、俺は言い足す。

「そうか…いっそ本当に俺に抱かれてみるか?
 最初はちょっと辛いがな…慣れるとなかなかいいもんだぞ。」

「一条さん!それは…勘弁してください!!」

 五代が泣き笑いの悲鳴をあげる。俺は声をあげて笑った。

「じゃあ、覚悟しろよ、五代雄介。」

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 さっきの続きの、くちづけから始めた。
 ゆるくゆっくり、唇をなぶっておいて、耳に移り、首筋を下がっていく。
 焦らす愛撫が目的だったから、じっくり時間をかけた。ある意味では俺は必死だったが、今までは抱かれるばかりだった五代の身体を、隅々まで知ることは楽しかった。
 満足させてはいけない。もどかしくて、じれったくて、たまらなくなるように、俺は半端にさわり、すぐに離れて、また触れた。肌に届かないように、うぶ毛だけを撫で上げた。甘く噛んで、場所を変えた。舐めて吸ったが、跡はつけなかった。
 股間に辿り着く頃には、五代はのたうちまわりながら、悲鳴をあげていた。

「…いち…じょ…さん、も、ゆる…して…!」

 五代の両手は、もう握り合ってはいない。身体の脇のシーツを握りしめている。
 俺は五代の肩に歯を立てながら、軽く五代の昂りに触れた。もう腹に付いて、先から滑った液体がこぼれ出している。先端に軽く塗りつけると、五代の身体が跳ね上がった。が、それだけで、俺の手は内腿に逃げる。滑らかな肌をくすぐっておいて、柔らかく袋を揉む。
 悶える五代は、眉をしかめてうめき、俺は、攻める立場も悪くない…などと思う。
 もう一度、五代をかすめて撫で上げただけで、臍の愛撫にとりかかろうとすると、五代が切れ切れの声で哀願してきた。

「ゆる…して…もう…ゆるして、ください!いちじょう…さん!」

 可哀想な五代は、涙目になってしまっていた。

「ん?どうしたいんだ?五代?」

 五代の下の毛を撫でながら、俺は猫撫で声で言う。

「だ…出したい…んです!」

 相変わらず素直な男だ。
 俺は、五代を握り込んでやった。

「ち…ちがう…ああっだめっいちじょうさんっ」

「何が違うんだ?出したいんだろう?」

 俺はゆるくしごきながら、言葉で攻めた。

「いやっ…やだっ…いちじょうさんの…中でっ」

 必死の五代が可愛かった。

「…俺は、少し時間がかかる。一度、いったほうが楽だよ…五代…?」

 肩を抱き、浅くくちづけしながら、五代を握る手を動かした。もう寸前だった五代は、すぐに追い上げられていく。手の中の五代が、一段と硬く大きくなった。

「あっだめっいちじょ…さ…ああああ…いい…ああ…いく…い…く…あああああっ!!」

 五代の身体が跳ね上がり、がくがく揺れる。五代は俺に握られて、長く長く精を放っていた。

「あ…あああ…ん…」

 無我夢中の表情が美しく、愛しかった。俺まで一緒に放っているような快感があった。
 長い絶頂の果てに、五代はようやくベッドに沈み込み、静かになった。

「…いち…じょうさん…ひどいよ…」

 息も絶え絶えのくせに、文句を言う。俺よりおしゃべりなその口が有り難くて、また軽くくちづけた。
 俺の手も、五代の腹も、五代の放ったもので濡れていた。それを俺はすくい上げた。

(さて…これからが問題なのだが…。)

 五代の身体に跨がって、俺は五代の顔の横に片手をつき、身体を支えた。濡れた手は己の後門を探った。回りに塗り込め、開こうとする。自分で開くのは初めての経験だった。

「…んっ…」

 声が洩れてしまう。指一本収めるのがやっとだ。五代と繋がりたい気持ちはあるのだが、苦しかった。無理しようとすると痛みが走り、俺は萎えかけた。急いではいけない、と思う。俺は息を吐き、目を閉じて、己の快感を探そうとした。

 急に。その腕を握られて、俺は止められた。
 目を開くと、五代が俺を見上げて、笑っていた。

「駄目ですよ、一条さん。無理したら…
 俺にさせてください…。」

 そして、形勢は逆転した。

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