『第4章:絆-改訂』-3
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺が風呂から出て来ると、一条さんはパジャマ姿で、ベッドに寄り掛かり、目を閉じていた。
近付いても、目を開けない…うたた寝してしまったらしい。
俺も疲れていたけれど、一条さんもいつも疲れている…。
髪が濡れたままだった。
俺はドライヤーと綺麗なタオルを探し出してきて、一条さんの脇のベッドに座った。
静かに声をかける。
「一条さん…駄目ですよ、髪濡れたままで…。
俺、乾かしてあげますね…。」
「…ん…」
一条さんの頭を膝に乗せるようにして。
タオルでだいたい拭っておいて、ドライヤーで乾かしていった。
温度は低めにした。
丁寧に、髪を梳きながら、乾かしていく。
だんだん、乾いて滑らかになっていく感触が心地良かった。
一条さんは、まだ夢うつつのようで、力を抜いて、俺に身を任せてくれている。
いつも厳しく、緊張しているこの人が、こんなふうに俺に寄りかかってくれていて…
俺は、満ち足りて幸福になる。
もっと力を抜いて、もっと楽になって、もっと甘えて…。
俺は、なんでもしてあげる…。
ふいに。一条さんが膝の上であおのいて、俺を見上げていた。
「五代…ありがとう…」
まっすぐに、俺を見上げていた。
青みがかった目が澄んで、美しかった。
「さっきの膝枕のお礼です〜」
とっさに、ふざけてしまったけれど。
信頼しきった眼差しに、どきどきしてきていた。
今なら…訊いていいかな…?
身体の具合は、どうですか?
よく眠れていますか?
俺がいなくても、ちゃんと食事していますか?
病気、じゃないですよね?
過労だったか…何か辛いことがあったんですよね?
その辛かったこと、少しは楽になりました?
俺、ちょっとは役に立ってます?
それから…
俺のこと、どう思っているんですか?
少しは、好きになってくれましたか?
…でも、俺は訊かなかった。
訊きたかったけれど…訊かなくても、答えはわかっているような気がした。
一条さんが話したくないことなら、俺が聞かなくていいことなんだ。
話さなくても、心は通じているような気がしていた。
一条さんは、だんだん俺を好きになってくれている…。
愛している…と言えるほどではないにしても…。
「眠いなら、ベッドで休んでくださいよ、一条さん。」
俺は、これだけ言った。
「さっきとは逆の科白だな…。」
一条さんは、珍しくクスクス笑って、それからベッドによじ登ろうとした。
「ああ、一条さん、カバー取らないとダメですよ〜。」
俺は、あわててカバーをめくる。
「五代…マメな男だな…」
一条さんはなんだか機嫌がよくて、まだ笑いを含んだ声で言う。
普段は無口な人で、必要なことしか言わないから…。
こんなふうに少しふざけてくれるだけでも俺は有頂天だ。
一条さんは本気で寝るつもりらしい。
タオルケットを胸までかけて、大きくのびをした。
「ああ…疲れたな。
五代も、はやく寝ろよ…。」
ああ、目をつぶってしまわないで…一条さん。
「お、俺も寝ます!」
急いで電気を消して、強引に一条さんの横に潜り込む。
一条さんがまたちょっと笑った気配がして、黙って場所をあけてくれた。
俺はまたそれだけでひどく嬉しくて、想像上のしっぽを振る。
それから、少しの間、一条さんと並んで横になっていたけれど。
やっぱり…
腕を伸ばして一条さんの頭を抱き取った。
最初の時からこういう姿勢で、俺たちは眠っている。
狭いシングルベッドだから、抱き合わないと落ちそうだし、それに…俺は、こうしたいので。
一条さんが寝苦しくないといいんだけれど。
少し抱き寄せて、髪にくちづけた。
俺が乾かしてあげた髪は、さらさらして、いい匂いがする。
「五代…」
一条さんが俺を呼ぶ。
「はい…」
「…五代…」
「…はい…」
それ以上、一条さんは何も言わない。
俺も何も言わない。
こうして一緒にベッドにいる時。一条さんは、時々、こんなふうに俺を呼ぶ。
何か言いたくて、呼んでいるのではなさそうだから、俺もただ応えるだけだ。
ただ、呼びたくて…呼んでしまうように、聞こえる。
こんな時。もしかすると、一条さんは俺が考えているよりずっと、俺のことを想ってくれているのかもしれない…そんな気がしてしまう。
愛している…とは、言ってくれないのに、一条さんはせつない声で、俺を呼ぶ…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
灯を消した部屋。カーテン越しに、街灯の光がわずかに射して。
時々、車が通り過ぎる時に、ライトで少し明るくなって、また暗くなる。
そんなベッドの上で、俺は静かに一条さんを抱いて、横になっている。
だんだん目が慣れてきた。
一条さんの顔も見える。
目を閉じて、安らかな表情をしていた。
髪に当てていた唇をずらして、額に触れる。
それから、こめかみにも眉にも高い鼻筋にも。
そっとそっと。
なぜだろう…俺は、いつも、一条さんを確かめて、なぞってみたくなるんだ。
腕の中にいるこの綺麗な人の全てを…最初から辿り直したくなる。
本当に俺の腕の中にいるのか、確かめたくなるんだ。
この人があまりにも夢のように綺麗で、俺は憧れすぎていて…。
昼間の残酷な戦闘と同じ世界だということが信じられなくて…。
たくさん、殺してきた…。
悪い奴らではあるけれど、俺は…たくさんの命を奪ってきた…。
これからも、きっと殺し合いは続く…。
俺は、これからも殺し続ける…あいつらを殺し尽くすまで…。
俺の手は、汚れていないかな?
俺は、一条さんに触れてもいいの…?
頭を動かして、一条さんの頬にもくちづけた。
それから、そっとそっと一条さんの唇の端を舐めた。
触れたら汚してしまうような気がするのに、俺は触れずにはいられない…。
一条さんは動かない。
目を閉じたまま、俺の腕に頭を預けて。
少しだけこちらを向いて、静かな息が聞こえる…。
俺は、本当にこの人が好きだ…。
この人の命は…痛々しいぐらい真直ぐで、静かに銀色に光ってる。
俺の命は、この人に預けてあるんだ。この人がいなかったら、クウガとしての俺もない。
そして…この人は、たぶん俺を殺してくれる人…。
(ごめんね…一条さん…俺…。)
なんだか、胸が痛い…。
俺は空いているほうの手を伸ばして、一条さんの頬を撫でる。
一条さんの唇を舐めながら、そっとそっと一条の頬に、それから首筋に触った。
だんだん手を降ろして、綺麗な鎖骨にも触った。
もっと深く触りたくなったけど…パジャマに阻まれた。
迷いながら、そっとパジャマのボタンを探り、一番上をはずした。
一条さんが、かすかに笑った気配がする。
「…やはり…寝かせてはくれないらしいな…」
「すいません。俺…でも…」
「この…淫乱魔人…」
「一条さん、そ、それ、ひどいですよぉ〜〜〜」
俺はがばっと起き上がって、一条さんの上に乗りかかった。
「あつっ…五代…重い…」
「だってだって〜〜一条さんが俺のことを〜〜〜」
「ふふ…」
俺は、たまらなくなって、一条さんに深くくちづける。
俺は…わかってきていた。
たぶん、一条さんは、こうやって俺を誘っているんだ…。
一条さんは、自分からは、キスしたり、抱いたりはしてくれない。
でも、嫌じゃないんだ。俺をたぶん…待ってる。
だから…すねたり怒ったりしてみせて、俺はちょっと乱暴にする。
そして…こうやって、たわいなくじゃれている時間が、俺には嬉しい。
きっと、一条さんも同じだ。
こんな時間が、大切で、嬉しい…。
(一条さん…俺たち…どこまで行くんだろう…ね。)
俺は勢い込んで、一条さんのパジャマのボタンを全部外してしまった。
胸も腹もはだけさせて、背中に手を回して、抱きすくめて。
そして、一条さんの首筋を齧った。
「…五代…痕はつけな…いでくれ…」
一条さんの声は、もう弾み始めている。
(わかっています…。)
最初の時、俺は思いきり齧って、派手なキスマークをつけてしまった。
そう、ちょうど、このへんだ。
一条さんの命が、ここに流れている…。
なだらかな線を描いた、滑らかな皮膚の下に、…命の血が流れている…。
愛しくて…俺は、噛みついてしまう。
舐めるだけでは足りなくて、噛んだり吸ったりしたくなってしまう…。
でも、あの翌日。一条さんは一日中シャツの襟やコートの襟を気にして、立てて…
ちょっと可笑しかったけど、申し訳なかったから…もう、しない。
そのかわり…見えないところなら、いいのかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺はそれから、一条さんの全身を触って、舐めた。
最初はふざけて、荒っぽくしていたのだけど…どうしても、丁寧に優しくなってしまう。
俺は、結局は一条さんに乱暴なんて、絶対できない。
途中で、俺も全部脱いで、一条さんも全部脱がしてしまった。
丁寧に触れていくと、一条さんはどんどん乱れていく。
この前のように、感じすぎて苦しむこともなく、どんどん柔らかく崩れていく。
部屋中が、一条さんの喘ぎ声でいっぱいになっていく…。
かすれた甘い声が聞きたくて、俺はまた触れる。
そして、俺の指は、ようやく後ろの蕾に辿り着いた。
一条さんの脇腹を舐め上げながら、俺はそっと押してみる。
思ったより、柔らかい。
急に、一条さんの身体が強張った。
蕾も俺の指を拒む。
「…五代…」
脅えた声が、俺の名を呟く。
俺は、一条さんの身体を上り、目を合わせた。
指は蕾から離さなかった。一条さんの表情を見ながら、周りを撫でる。
一条さんは、逃れようとはしなかったけれど、柔らかく溶けていた身体は、硬直してしまった。
「一条さん…ください…お願い…」
一条さんは、辛そうな表情だった。少し震えていた。
俺は、また引いてしまいたくなって…でも、気持ちが焦げついてしまって。
「…無理は、しません…
優しく、します…だから、お願い…」
「…五代…とにかく…離して、くれ…
口が…きけない…」
一条さんは、苦しそうに、やっと…言った。
俺は、指を引いた。
そんなに嫌ならば…俺は、できない。
一条さんは、詰めていた息を吐いた…。
それから、言った。
「…五代は…経験あるのか…?」
「…ええと…はい…あのぉ…タイに行った時に…その道の達人と意気投合しまして…」
こういう話は、とても恥ずかしかった。
でも、一条さんは笑っていた。腹筋が揺れるのがわかる。
「…なんか…五代らしいな、それ…。」
「…俺らしいって、どういうことですか〜?」
俺はよほど情けない顔をしたらしい。
一条さんは、俺を見上げて微笑んだ。優しい微笑だった…。
それから、微笑は自嘲の色を帯びて、一条さんは言った。
「五代…俺は…経験はある。
だが、昔のことだ。最近は、まるで…なかった…。」
じゃあ…今は俺だけ、なの?
本当に?
「…だから、身体が怖がって、竦んでしまう。
五代…どうしても欲しければ、奪うしかないよ…?」
静かな目で俺を見ていた。
「…奪って…いいんですか…?」
俺がかすれた声で囁くと、静かな目がまた僅かに脅える。
俺の眼差しに焼かれて苦しいように、目が反らされた。
「怪我は…させないでくれ…」
「はい…どうしても無理だったら…やめますから…」
やめられたら…。
やめられそうにないような気もした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
もう一度、一条さんを見つめて、くちづけるところから始めた。
頭を抱き込みながら、くちづけを繰り返し、もう一方の手で腹を撫で降ろし、腿に触れて、膝を立てさせて、奥に届こうとした。
でも、一条さんの身体は、固く強張ってしまっていた。前もすっかり萎えてしまっている。
目を閉じて、一条さんはかすかに震えていた。
遊んでいる、なんてとんでもない誤解だった。
こんなに震えているのに…
こんなに脅えているのに…
一条さんは、俺に抱かれようとしていた。
俺は、一条さんの身体を下り、膝を抱え上げた。
できるだけ優しく、腿や尻を愛撫しながら、萎えてしまったものを口に含む。
かすかに…一条さんの喘ぎが聞こえる。
口の中で可愛がっているうちに、一条さんは少しずつ熱を帯びて育つ。
手で周りを弄りながら、だんだんに蕾に近付いて、到達した。
そっと押してみる。さっきより固い…身体がまた強張る…これじゃあ、駄目だ…。
口を放して、手で可愛がる。
そうしながら、舌を後ろへ後ろへと這わせていった。
「ああっ…ごだい…やめ…」
一条さんの絶え絶えの声がする。
辿り着いた。片手で広げながら、舐めて充分に濡らす。襞を少しずつ、舌で押してみる。
手のほうは、少し乱暴にこすり上げる。
肩にかついだ一条さんの脚が跳ね上がる。悲鳴が聞こえてくる。
(手…噛まないでいて…一条さん…。)
それから、もう一度、指と舌の役目を交替した。
俺の唾で濡れているから、今度はいくらか指が沈む。中指の先が入った。
また悲鳴が聞こえたので、俺は心配になった。
指はそのままにして、一条さんの顔が見える位置まで上がる。
潤滑剤も取りたかった。
一条さんはやっぱり腕を噛んでいた。はずしてあげると、肩にしがみついてくる。
「ごだい…やっぱり、いや、だ…」
「…もう…少し…がまんして…」
俺の声もかすれている。
指を少しだけ深くして、軽く抜き差ししてみる。きつくしめつけられる。
一条さんは暴れかけて、俺の肩を掴む。爪を立てられて、ちょっと痛い。
「いやだ…いや…」
急いでマットの下から潤滑剤を出した。
一度指を抜いて、潤滑剤をたっぷり取る。
抜いた時に一度叫んだきり、一条さんは目を閉じたまま、震えていた。
(ごめんなさい…一条さん…でも、俺、これではやめられない…。)
濡れた指で、もう一度蕾に触れ、周りに塗った後に、押し込んだ。
今度は、一気にかなり奥まで入ってしまった。
「ああああっ!!」
一条さんの身体が反って跳ね上がる。
俺は抱きしめて、必死にくちづけしながら、宥めた。
「力…抜いてください…俺にまかせて…一条さん…。」
「ご…だい…気持ち…わるいんだ…やめ…」
「ごめんなさい…一条さん…もうちょっと…がまんして…」
乾きかけた一条さんの唇を舐める。一条さんが舌をからめてきて、俺の唾液を吸う。
俺はゆっくりゆっくり指を動かした。
潤滑剤のおかげで、ずっと楽に動かせる。
少しずつ深く埋め込んで…確か、このへん…。
と、少し指を曲げてさぐっていたら、急に一条さんが、びくり、とした。
「あっ…ああ…」
「…ここ…いいですか?」
「あ…変だ…そこ…ああ…」
一条さんはどうしようもない感じで悶え始めていた。
ゆるく首を振り、仰け反りかけて叫ぶ。
俺の足に脚をからませ、自分を擦りつけてくる。
「いやだ…ごだい…ああ…」
身体も、急に柔らかくなった。指を締め付ける力が弱まっている。
少しずつ、広げる動きに変えた。
一条さんがどんどん乱れて、崩れていく。
抵抗しようとしながら、慎みも恥ずかしさも捨てて、淫らに堕ちていく。
…今までとは比べられない、壮絶な色気だった…。
一条さんの姿を見ているだけで、俺も達しそうになっていた。
ポイントを中心に、抜いたり差したり廻したりして、俺は広げた。いやらしい音がする。
伸ばした手でまた肩を引き寄せられ、背中に爪を立てられた。
もうそんなには痛くない…一条さんはもう、力が入らないんだ…。
俺は思いきって、指を増やした。
一条さんは低くうめいて、また俺に縋る。
腰が揺れ始めていた。
もう…いいかな。
もう、我慢できない…。
指をゆっくり抜いたら、一条さんがまた叫んだ。
「…一条さん…姿勢…変えてください…うつぶせに…
後ろのほうが楽だっていうから…」
一条さんはけだるそうに身体を廻す。そして、自分から腰を上げてくれた。
「…ごだい…はやく…。」
(ああ…一条さんも…欲しいの?俺を、欲しいの?)
急いで潤滑剤を塗って、俺は一条さんを貫いた。
「…あ…あああっ!!」
どっちの声だったのか…わからない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
熱い。きつい。痛い。
…痛いのは、俺の心かもしれない…。
逃げかかる腰を掴み、途中で一度止めて、それから、ゆっくり俺を全部収めた。
一条さんは声もなく、がくがく震えながら、シーツを掴んでいた。
「一条…さん…ちから…抜いてください…痛い…」
「…五代…だから…無理…」
「でも…もう…入っちゃってます…」
「ああっ…動くなっ…」
さっき、バスルームで見た綺麗な背中が震えていた。
引き締まった腰からお尻に続いている。
そのお尻の中心は、俺に縫い止められている。すごい眺めだった。
少しだけ、俺は腰を引いて、また押し込む。
「ああっやめっ…」
少しずつ、少しずつ動かしていると、だんだん馴染んで来る。
一条さんの内側が俺にからまって、吸いついてくる。
(ああ…いい…一条さん…。
やっと…ひとつになれた…。)
一条さんは…?痛いだけ…?
前に触れてみると、また萎えかけていた。
でも、握っているうちに、どんどん硬く熱くなる。
「五代っ…」
「…はい…」
「五代っ…ああ…」
「…は…い…」
俺は、応えながら、ピッチを早めた。
もう少し頑張りたかったけど…全然駄目だ。もう爆発しそう…。
「…一条さんっ…いっしょにっ…」
「ああああっっ!!五代っ五代っ!!」
俺の名を性急に呼んで、俺の手の中の一条さんは一段と大きくなり、精を放った。
同時に俺は、腰を打ちつけて、一条さんの身体の奥で果てた。
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