『第4章:絆-改訂』-2
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして、夜。
俺は、おでんの入った鍋を両手で抱えて、一条さんの部屋の前に立って、困っていた。
両手が塞がっていて、ドアチャイムが押せないんだ。
(よし…鼻で押そう!)
と、思った時。
ドアが静かに開いて、一条さんの顔が覗いた。
(え…待っててくれたの…?)
「一条さん!」
我ながら、犬のようだ、と思う。
しっぽがあったら、ぶんぶん振っているよ、俺は。
「五代…」
玄関のライトの影になっていて、一条さんの表情は見えない。
でも、なんだか言葉に困っている感じだったから。
俺は、あわてて、元気に言った。
「あ〜、よかったです〜
俺、どうやってチャイム押そうかと〜
もう、鼻で押しちゃおうかな〜なんて。
でも、ちょっと難しいですよねぇ。」
一条さんが笑いを含んだ声で言う。
「五代…上がれよ…」
「はい。」
俺はいそいそ、一条さんの後に付いて部屋に入った。
やっぱり。テーブルの上にグラスがふたつ出ている。
俺を待っていてくれたんだ、と思うと、ひどく嬉しかった。
今夜の一条さんは、グレーのトレーナーの上下だ。
スーツ姿ではない、普段着の一条さんを、俺は和んで見る。
生きるか死ぬかの闘いは、今夜はちょっと休みだな、と思う。
(…ずっと、休みならいいのにね、一条さん…)
平和な、普通の日々への憧れがこみ上がってしまう。
…できることなら、殺すことや、死ぬことが遠い世界で、一条さんに会いたかった。
でも…俺たちは、もう選んでしまっている。
こみ上がった憧れを、俺はさりげなく、やり過ごす。
あいつらがいなくならない限り、俺たちにはのんびりした休日はない。
俺がもっと頑張って、強くなって、あいつらを倒せばいいんだ…。
トレーナー姿の一条さんは、とてもよかった。
でも、本当は、前開きのパジャマのほうが脱がせやすいのだけれど。
おっと。おでん…おでんだった。
「今、あっためますからね〜」
勝手知ったるキッチンに運び込んで、レンジで暖め始める。
一条さんは、やかんしか持っていないから、俺は、この前、うどんをつくるのに苦労した。
あれ?…皿は、あるんだろうか。
「一条さん、お皿あります?」
冷蔵庫からビールを出そうとしていた一条さんが、ちょっと振り向く。
「さぁ…どうかな。何かあったとは思うが。」
「ええ〜〜。一条さん、皿ぐらい買ってくださいよ〜
人間には、笑顔とおでん皿が必要なんですよ〜
あ、今度一緒に買いに行きましょう!」
俺はふざけちらしてしまう。
こういう普通のなにげない時間が、とても大切に感じられて…
でも、一条さんの顔はふっと曇る。
「…そんな…暇はないだろう…?」
悲しい、苦しい顔になりかけた。
一条さんは、未確認退治に、すべてを捧げている…。
「いつか…買いに行きましょうね?」
俺はそっと言った。
大丈夫。一条さん、俺が闘う…。
あなたの願いは、俺がきっと叶える…。
「そう…だな。」
一条さんも静かに言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しゃべるのは、ほとんど俺ばかり。
一条さんは、時々あいずちを打ってくれるだけ。
でも、なんだか、気持ちいいんだ。
くつろいだ、柔らかな時間が流れてる。
俺は、おでん種についてせっせとしゃべり、あれもこれも一条さんに食べさせようとして、笑われた。
一条さんが笑えば、俺は単純にただ嬉しくて…俺も笑う。
食べ終わると、一条さんはテレビをつけた。
ニュースが始まったところだった。
未確認生命体について、キャスターがしゃべり散らしている。
4号…つまり俺に頼りすぎる危険を、解説者が説く。
結局は、4号も未確認の一匹にすぎない、と言っていた。
俺は黙って観ていた。
一条さんも、何も言わなかった。
俺が4号であることは、一条さんを始め、ほんの一握りの人しか知らない。
誉めてもらう為にしていることではないから、俺は気にしない。
ただ…あいつらを倒した時の爆発がだんだん大きくなってきていて…俺は気になっていた。
俺の力のせいで、もし怪我人が出たら…
気をつけよう…俺が判断を間違ったら、非難されるのは、一条さんだ。
テレビでは、解説者が警察の対応を責め始めた。
一条さんが、そっと溜め息をついた。
(一条さん…俺たち、辛いね…)
缶ビールを一本飲んだだけなのに。
気分がちょっと落ち込んだせいか、俺はぼおっとしてきてしまった。
変身して闘った後は、妙に眠くなることがある。
今、腹の中のアマダムは暖かくて、一瞬、今日痛んだ肩がずきり、と疼く。
また、俺のダメージをアマダムが治している…。
(駄目だ…もう、猛烈に眠い…)
どうだろう、嫌がられるかもしれない…と思いながら、黙ってニュースを観ている一条さんに、俺に擦り寄る。
一条さんの肩に額を寄せて、甘えてみる。
「俺…眠くなっちゃいました…」
一条さんの匂いがする。
最初はコロンかと思ったけれど…これは、一条さんの匂いだ。
「…五代…眠いなら、ベッドで休め。」
一条さんの声は、少し困っていた。
「いえ…大丈夫…」
そう言いかけたところまでは覚えている。
でも、俺は吸い込まれるように、一条さんの肩にもたれて、眠ってしまったらしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目を醒ましかけた。
小さく、テレビのアナウンサーの声が聞こえた。
もう、未確認のことじゃない、何か外国のこと…
(え…?)
俺は、一条さんの膝枕で横になっていた。
胡座になった一条さんの腿のあたりに、頭を乗せて。
いつの間にか、こんな姿勢になってしまったらしい。
どうしよう…。
でも、気持ちよかった。
スエット越しに、一条さんの体温が伝わって来る。
もう少しだけ…こうしていていいだろうか…と思っていた時。
一条さんの向こう側の手が動く気配がした。
そして、俺の髪に触れた。
優しく、一条さんが俺の髪を撫でた。
俺の目を覚まさないように気遣いながら、静かに俺の髪に触れていた。
一条さんの指から、心が流れ込んできた。
五代…お疲れさん…
俺は、みんな知っている…気にするなよ…
身体は…大丈夫か…?
一条さんの指は俺を労り、俺を慈しんでいた。
なんだか、涙が出そうになった。
「う…ん…」
もったいなかったけれど、泣いてしまいたくなかった。
俺はいつも笑って、元気に走っていくのがいいんだ。
俺は声を出し、姿勢を変える。
一条さんの手が、すっと離れていった。
(やっぱり…もったいなかった…)
俺は、未練がましく思う。
それから、今起きた振りをする。
「あれ…?俺、こんなかっこで…
ずいぶん寝ちゃったのかな?」
「いや…30分ぐらいだろう…」
一条さんの声が、一条さんの身体の中からも聞こえて来る。
ちょっと身動きして、テレビの音がぷつっと切れた。
急に静かになった。でも、一条さんは俺を退かそうとはしない。
こうしていると、一条さんの息や、心臓の音も聞こえるような気がする。
至福の時、なのだけれど。こうしているわけにもいかなかった。
俺はもそもそ起き上がった。
「すみません、俺…重かったですよね?」
「いや…ちょっと痺れただけだ。」
と、一条さんは苦笑しながら言う。
「ああっすみません、俺マッサージを…!」
また一条さんに触る口実ができたので、俺は喜んで飛びつこうとしたのだけど。
一条さんは真面目な顔で、言葉を続けた。
「…五代…身体の調子が悪いなら、椿に…」
「いえいえっ俺、ちょっと酔っ払っちゃっただけですよ〜」
いきなり眠ってしまったので、心配させてしまったらしい。
椿さんのところになんか、行く気はなかった。
今夜は、どうしても…一条さんが、欲しかった。
「大丈夫ですからっ。」
俺は笑って、一条さんを見た。
眉をしかめていた一条さんが、何か眩しそうな顔をした。
「…そう…か。」
それから、一条さんは、すっと目を逸らして、呟くように言う。
「五代…泊まっていくなら、シャワーを浴びて来い。」
一条さんの頬のあたりが、うっすらピンク色になっていた。
(一条さん?…何か、今、変なことを考えませんでした…?)
でも、俺も真面目に何気なく答える。
一条さんを、恥ずかしがらせてはいけないから。
「あ、一条さんもまだだったら、先に浴びてください。
俺、なんだかぼ〜っとしちゃってるから。」
「そうか。じゃあ…」
立上がりかける一条さんに、俺は言った。
「あ、一条さん、よかったら一緒に入りません?」
「…二人には狭過ぎるぞ、五代。」
この前は、二人でシャワーを浴びたのに。
一条さんの耳が染まっている。
俺は見ない振りをした。
一条さんはなにかあわててバスルームに入っていった。
俺は、バックパックからある物を取り出して、ベッドのほうに行く。
そして、あれこれ考えたあげく、壁側のマットの下に、チューブの潤滑剤を押し込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バスルームから、水音が聞こえている。
俺は、一緒に入りたかった。
口実をつけて、一条さんの身体に触れたいだけかもしれない。
でも、洗ってあげたり…世話をしたくてしょうがない。
特に、髪を…洗ってあげたかった。
俺は、憧れていた。
嫌がるかもしれない、と思いながら、服を脱ぎ始める。
でも、俺にはわかっているような気がする。
俺が強引なぐらいでいいんだ、きっと。
俺が甘えて、わがまま言って、させてもらって…そういう形が、きっといいんだ。
俺の強引さに引きずられて、しょうがない、と笑って…それできっと、一条さんも俺に甘えられる。
そんな気がしていた。
俺はさっさと服を脱ぎ捨てて、そっとバスルームに入っていった。
脱衣コーナーの向こうの半透明のガラス戸が、雫と湯気で曇ってる。
一条さんの影がうっすら見える。
俺はガラス戸を引き開けて、入っていった。
一条さんはシャワーの下に立って、髪を洗っていた。
程よく筋肉のついた肩から、ぐっと締まったお尻に続き、長くて形のいい足になる。
…目が離せなくなった。
一条さんが、俺の気配に気付いて、顔だけ振り返る。
「…五代…!」
「すみません、待っていられなくて…」
言いながら俺は近付いて…背中の真ん中を背骨に沿って、上から下まで撫でた。
綺麗な背中だった。触らないでいられない。
「ん…!」
感度のいい一条さんが、少し仰け反る。
脇に両手を入れて、後ろから抱きしめた。
暖かいお湯がたちまち俺も濡らす。
濡れた肌に、俺はぴったり重なって、首筋にキスする。
(あなたが好き…欲しい…)
「…ごだ…い…シャンプーがまだ…」
そう、シャンプー味だった。
水音と篭った湯気の中で、一条さんの戸惑った声が遠く聞こえる。
ちょっとかすれた声…俺の股間が反応する。
「俺、流してあげます…」
そう言って、俺はシャワーヘッドを手に取る。
一条さんは不安そうに俺を横目で見る。
「目をつぶって、上向いてくださいよ。
ああ、壁につかまってくださいね。」
髪にお湯を当て始めると、一条さんは観念して目を閉じた。
眉を少ししかめて、反らした首筋に、湯が流れ落ちていく。
たまらない、色気…。
俺は我慢して、丁寧に一条さんの髪を流した。
真直ぐで滑らかな一条さんの髪に触れていく。
暖かい湯で一条さんをもっと綺麗にする…。
流し終えたら、我慢できなくなった。
シャワーヘッドを急いで戻して、もう一度、後ろから抱きしめる。
落ちてくるお湯の下で、もう一度、首筋にキス。
「ん…シャンプー味じゃなくなりましたよ…
お湯と、一条さんの味…」
「ばか…やろう…」
二人とも声がかすれて、いやらしい。
一条さんの手が、胸を抱いている俺の片手を掴んで止めようとする。
もう一方の手は掴まらないよう、引き締まったおなかを撫で降ろした。
口のほうは首筋を登って、耳へ到着。
とっくに勃っている分身も、お尻にこすりつけてしまう。
「この…す…けべ…が…」
甘い声だから、悪口には聞こえない…。
自由なほうの手は、おへそを撫でて、さらに一気にその下へ。
一条さんも、勃っていた。
「あれぇ?一条さんもすけべになってるみたいですけど〜?」
いろいろしゃべりながら、するのが、いい。
言葉で煽れば、よけいにいやらしくなれるから。
濡れた一条さんに優しく触って、そっと掴む。
一条さんがうめいて、前のめりになった。
「…五代…やめろ…」
手を放してくれたので、喉をなで上げて、濡れた髪を掻き上げて、耳に噛みついた。
一条さんは、耳が弱い。俺は、耳に息を吹き込むように囁く。
「いやです…やめません…」
一条さんは、もがいて俺の腕から逃れようとした。
でも、俺の手に握り込まれてしまっているから…一条さんはもう逃げられない。
「ああ…う…ん…」
脳髄に響く声だった。
俺は、一条さんの耳を舐めながら、いじって、しごく。
一条さんは壁に手をついたままで、喘いでいる。
膝ががくがくしてきていた。空いている手で一条さんを抱きとめる。
「…一条…さん…俺に…よりかかって…」
「ああ…あ…ごだ…やめ…」
すごくいい声。
「…一条さん…気持ちいい?」
「…ごだい…やめ…てくれ…」
気持ちだけは、まだ抵抗している。
お湯が落ちてきて、声が湯気でかすむ。
急に顔が、見たくなった。
俺は手を放し、肩を掴んで一条さんの身体を廻した。
濡れた髪が顔に乱れて、情慾にけぶる目をして…一条さんは壁に寄り掛かり、だるそうに俺を見る。
両手でその頭を掴み、俺は荒々しくくちづける。
好き…この人の全てが、欲しかった。
深い深いくちづけをしているのに、一条さんはまだ僅かに抗おうとする。
(こんなに感じているくせに…!)
めちゃめちゃに壊してしまいたい…。
一気に犯してしまいたい欲望が、突然、生まれた。
俺は、一条さんの両手首を乱暴に握り、タイルの壁に押し付けた。
でも…俺に自由を奪われ、抵抗をやめて、無言で俺を見る一条さんは…。
脅えてもいない、恨んでもいない…哀しいような、俺への信頼だけが、一条さんの目にあった。
タイルの壁に張り付けられた一条さんの身体に、湯が流れ落ちる。
とても美しかった。
俺は…また負けてしまう。
(駄目だ…俺は、乱暴なんかできない…)
無理に奪うには、もう愛しすぎている自分を、また思い知る。
心がひざまづいてしまっている。
犯せない…。俺は、崇拝しきっていた。
「ごめんなさい…冷たくないですか…?」
俺の声はかすれてしまっている。
一条さんは何も言わず、不思議に優しい表情で俺を見ていた。
俺はまだ掴んでいた手首からそのまま手を滑らせて、一条さんの指に俺の指を組む。
それから、今度はそっとくちづけた。
唇を舐めて、それから侵入していく。一条さんの舌を吸ってからませる。
一条さんはもう抵抗しなかった。
唇を離して、舌で顎から首の線を辿る。
首筋を舐め上がって、濡れた髪を舌で掻き分け、耳を噛んで侵す。
小さく叫んで顔を背けるところを、また追って侵した。
繋いだ指に力が入って震えるのがわかった。
それから、俺は一条さんの指に指をからませたまま、ゆっくり一条さんの身体を降りていった。
両胸の色づいた可愛いものも濡れている。静かに舐めて、噛んで吸った。
「くっ…。」
一条さんは目を閉じて、堪えている。
脇腹を舐めて、腹をなぞって、俺はひざまずく。
さっきから硬くなっている一条さんをくわえた。
「ああっ…ごだい…」
捕らえられた指を自由にしようと、一条さんが少しもがく。
(…逃がさない。あなたは、俺のものだ…。)
焦らす為に、わざとゆっくり音を立ててしゃぶった。
一条さんは背中をタイルの壁につけて、震える脚を支えていた。
顔を背け、唇を噛むけれど、時々耐え切れない喘ぎが漏れる。
俺もたまらなくなって、深くくわえ込んで吸い、一条さんを追い上げる。
「あああっよせっ!」
いやです…やめません…と、俺は思いながら、責めた。
温い湯が落ちてきて、何もかも濡らす。俺も良かった。
「やめ、ろ…いって、しまう…ああ…」
一条さんの悶える声が聞こえて、口の中の昂りが、硬さを増した。
俺はこね回しながら、奥まで吸い込む。
「ああっいく…ご、だい…いや…」
緩めてまた吸い上げたところで、一条さんが達した。
律動しながら放出される液体も愛しくて、俺は飲み干す。
「あ…ああ…」
一条さんがため息をついた。よじれていた身体の力が抜けて来る。
俺はさらに絞って、舐め尽くして…口を離した。
きつく握ってしまっていた指も放した。
落ちてくる湯で、一条さんを洗って…立ち上がる。
一条さんは眉を寄せて、目を固くつぶったままだった。
また壮絶に乱れて、額や頬にかかってしまった濡れた髪を、俺はそっとそっと掻き上げた。
それから、そっとそっとくちづけする。
「一条さん…すみません…。」
一条さんが壁に寄り掛かったまま、けだるく薄目をあけた。
俺を睨む。
睨む目も、余韻で色っぽい。
「まったく…油断も隙もないな…」
俺の唇に触れている、一条さんの唇がつぶやいて、ちょっと歪んで苦笑いした。
俺は、この人が本当に好きだ…。
どうしてなのか、なんて、もうわからない。
ただ、とてもとても好きだ…。
一条さんに抱きついて、また深くキスした。
一条さんはしばらく俺のするままになっていたけど、そのうち、俺の胸を押した。
「…もう…よせ。のぼせそうだ。俺は出るぞ。」
「あっじゃあ俺もっ。」
あわててついて出ようとすると、振り返って睨まれた。
「ちゃんと身体を洗ってから出て来い。」
そう言って、出て行ってしまった。
俺は股間を猛らせたまま、取り残されて…。
とても、鎮まりそうにはなかった。
俺は冷たい一条さんを少し恨みながら…。
でも、恨みきれる筈もなく、さっきの色っぽい声を思い出しながら、自分でした。
最近は、一条さんを思い出しさえすれば、簡単だった。
俺はすぐに果てて…あわてて身体を洗い出した。
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