『第4章:絆(2000年6月15日)-改訂』-1
「五代!聞こえるか?」
走るトライチェイサーのスピーカーから、一条さんの声がする。
「はい!」
俺は元気に答える。
一条さんに呼ばれて、いつもいつも俺の返事は「はい!」。
否定は…絶対しない。
「未確認生命体35号の現在地が入った。
品川方面に向かってくれ。俺もすぐ行く。」
「はい!」
俺はトライチェイサーを回して、来た道を戻る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日もまた、未確認生命体退治に明け暮れる。
最近、あまりポレポレのおやっさんの手伝いができない。
みのりの保育園の子供たちにも、しばらく会っていない。
(ごめん。でも、俺は俺の場所でがんばってるから…)
俺は、みんなの笑顔が好きだ。
だから、今日もあいつらと、闘っている。
みんなの笑顔を消してしまう、怪物たちと…。
一条さんに借りていたベルトをつけて、俺はクウガになった。
あの時…あのままだったら、みんな殺されていただろう…。
俺は、ベルトに呼ばれるままに、踏み切って。クウガになった。
すごく熱かった…。
そして、エネルギーが注入された感じ。すごく大きな力が沸いてきて。
俺は、使命を受け取った。ただ一言…『守れ』と。
そして、あいつらと闘える身体になった。
それは…気持ちのいいことじゃなかったけれど。
でも、俺も守りたかったから。
ベルトの意志と、俺の意志はぴったり重なり、俺は敵に向かった。
これは…気持ちのいいことじゃない。
どうなってしまうのかわからない身体になって、めちゃくちゃに強い化物と闘って。
俺も痛めつけられて、最後は、絶対に相手を殺さなくちゃならない…。
気持ちのいいこと、なんかじゃない…。
悪いやつら、ひどいやつらだったとしても、俺はいちいちぞっとする。
暴力は、気持ち悪い。吐き気がする。
殺すのは、嫌いだ。大嫌いだ。
こんな力なんて、全然自慢にならない。
でも…あいつらは、話し合える相手じゃない。
ゲームをしているみたいに、笑いながら、何の関係もない人々を殺す。
力で止めるしか、ないんだ。
目の前で、大事な誰かが危ない目にあっているなら…。
誰だって助けようとするよね。
助ける力がなくたって、命がけで、絶対助けたいと思う筈だ。
もし力があるなら…迷いなんかない。
力でしか守れないなら…俺は力で守る。
闘う力を手に入れたから、俺は闘ってきた。
やれるヤツがやるしかないから。
みんな自分の場所で、自分のできるだけのことをしている。
人々の笑顔を守るために、俺もできるだけのことをする。
それだけ。
考えこむ前に、まず俺は動く。
立ち止まっているより、一歩進む。
怖れていたとしても、先へ…一歩でも歩く。
少しだけ背伸びして、少しだけ無理をして、一歩だけ進む。
それを続けていけば、いつの間にか遠くまで行けるんだ。
俺は…まず、歩き出す。それが、俺流の生きかた…。
そして、今はこの運命を掴んで、俺は走っている…。
怖れは…もちろん、あるさ。
俺も怪我をしたり…殺されてしまうかもしれない。
怪我は…もう何度もした。
だけど、ベルトに付いていた石…アマダムの力で、怪我はすぐ治る。
普通なら全治三週間、なんていう怪我も一時間ぐらいで治ってしまう。
怪我…ならまだいいんだけれど。
俺はこの前、一度、死んでしまった…らしい。
26号が吐いた毒を吸ってしまって、苦しくて、気を失って…。
起きた時は、すごく元気になって、力がみなぎっている感じだったのに。
俺…一度死んで、甦ったんだ。
やっぱり、本当に怖いのは、そのことだ…。
俺の身体は、どんどん変化していく。
生き返ってからは、電気みたいな力も感じている。
あいつらはどんどん強くなる。
だから、俺ももっともっと強くなろうとする。
俺が望めば、アマダムは俺の身体を変える…。
腹の中のアマダムから熱が出る…。
骨がきしんで、筋肉を突き破られる感じがする。
時々は猛烈に痛い…。
強くなった身体は、暴れたがる。
俺はそれを抑え込んで、使いこなす。
アマダムは絶えず俺を試している…。
俺は、どんどん走る。どんどん強くなっていく。
どこに向かっているのか…時々、俺にはわからなくなる。
それでも、強くなった身体の先にもう一度、意志を伸ばして、俺はさらに強くなる。
必ず…守る。守りたいものがあるから。
どこまで強くなれば、終わるんだろう…。
俺は、どうなってしまうんだろう…。
…時々、俺はそんなことを、思う。
でも…俺は笑う。不安は、笑いとばしてしまう。
俺が選んだ運命だから、俺は笑って走る。
そして、「大丈夫!」ってサムズアップするんだ。
大丈夫、できるんだ、負けない…そう信じて、もう一歩前に進む。
俺は…絶対負けない。
…負けてはいけないんだ。
笑顔とサムズアップ…俺にとっての宝物。
それから、おやっさんや、桜子さんや、妹のみのりや、保育園の子供たち。
みんなみんな、俺の宝物だ。
俺は、たくさんの宝物を守っている…幸せな男だと思う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺はもうひとつ、宝物を持ってる。
…一条さん。
さっき、連絡をくれた刑事さんだ。
クウガになる前、あの遺跡の前で会ったのが、初めだった。
最初の頃は、よく怒られたっけ。民間人は関わるなって。
自分だって、無茶ばかりするのに…自分を大切にしろ、とも。
一条さんは、俺のことを心配して、言っていた。
俺には、よくわかった。
でも…今は、クウガとして闘うことが、自分を大切にすることだ。
闘う力を手に入れて、俺は逃げない。逃げられない。
力があるなら、守りたい。俺は…引けなかった。
そのうちに、一条さんはわかってくれた。
そして、俺にこのトライチェイサーを預けてくれた。
一条さんは、自分と同じ決意を見つけたんだ、と思う。俺の中に。
それから…俺たちはずっと一緒に闘って来た。
一条さんは、勇敢な強い人だ。静かで、優しい。
黙って、俺が闘いやすいように、援護してくれている。
危ない時は、必ず助けてくれる。
俺の後ろには、いつも一条さんがいてくれる。
俺と一緒に、一条さんの意志も闘ってくれていることを、俺は知っている。
一条さんは、俺の守護神だ…。
綺麗な守護神…。
一条さんは、とても綺麗な人だ。
容姿だけじゃない。すべて…綺麗だ、と俺は思う。
最初から、大好きだったけれど。
知れば知る程、好きになってしまって。
俺は…今は、もう…夢中だ。
ずっと、ただ憧れて、見ていたんだ。
俺には手の届かない人のように思っていた。
でも、三週間ぐらい前から、一条さんと俺の関係は変わった…。
一条さんは、しばらく様子が変だった…。
顔色が悪くて、少し痩せてしまって、食事もほとんどしない。
その上、一層過激になって、俺がいない時にでも飛び出していってしまう。
あの日の昼間、一条さんは深追いして、バラのタトゥの女にやられた。
気を失った一条さんに付き添っているうちに、俺は怖くなってきた。
一条さんは、やっぱり短い間に、急に痩せた…と思った。
目を閉じている姿は、やっぱり綺麗だったけれど。
すっと消えてしまいそうだった…俺には、そう見えた。
一条さんがいなくなる…
そんな筈はない、と思うのに、不安が止まらなくて…。
一条さんがいなくなったら、俺は闘えない。きっと殺されてしまう…。
どれだけ一条さんに頼っていたか、よくわかった。
目を覚ました一条さんは、普段通りだった。でも…。
別れて、夜になったら、もっと不安になった。
明日…一条さんは、もういないような気がした。
俺を呼んでいるような気もしていた…。
だから。一条さんの家に押し掛けてしまったんだ。
もう深夜だった。一条さんはパジャマ姿だったけれど。
何か憑かれたような目で、土気色の顔をしていて。
グラスを割ったとかで、顔に血が付いていた。
予感が…当たっていたような気がした。
指の傷の手当てをして、お茶を煎れてあげて。
少し顔色がよくなって、俺はほっとした。
ちょっとだけだけれど、笑ってもくれた。
一条さんの笑顔…。
めったに見られないんだ。
いつも、厳しい、冷たい表情をしている人だから。
でも…あの笑顔。
沁み入るように、優しい。
泣きたくなるぐらい、恋しい。
あの笑顔が見たくて、一瞬でも見たくて。
俺は、いつもふざけちらす…。
だから。笑ったりしてくれたから。
俺は、思いきって訊いてみた。
最近、どうかしましたか?って。
…でも、一条さんは、何も応えてくれなかった。
そう…あんなに誇り高い人が、言う筈はないのだけれど。
俺にも誇りはあるから、わかるけれど。
それでも、俺は、聞きたかった。どうしても…聞きたかった。
何も話してくれない。そして、帰れ…と一条さんは言う。
俺は、帰る振りをして、帰らなかった。
きっと一条さんは怒る。それでも、聞きたかった。
いや、違う…。
抱きしめてしまいたかったんだ…。
前にも抱きしめてしまったことがある…。
確か、俺が一度死んで、甦った日。
そうだ…あの時も、一条さんは貧血を起こしたみたいに倒れた。
すぐに元気になったけれど、抱き止めた感触が腕に残って。
俺は死なない。あなたを置いて、死ねない…。
そんなことを思って、たまらなくなって、俺は抱きしめた。
あの時は、それだけのことだったけれど。
あの人が俺の腕から逃れた時の、離したくない気持ちが、ずっとくすぶり続けていた…。
いっそ、抱きしめてしまおうか、と迷いながら。
俺は玄関に立っていた。
一条さんは鍵を閉めに来る。そして、俺に気付く。
そうしたら、抱きしめてしまおう…と。
でも、一条さんは来なかった。何の物音もしなかった。
部屋に戻ってみたら、一条さんはテーブルに突っ伏していた…。
呼んでも、一条さんは動かなかった…。
俺は…ようやく知った。
一条さんがいないと、闘えないだけじゃない。
いつの間にか、俺は愛していた。
一条さんがいないと生きて行けない程…愛していた。
特定の恋人はつくらず、俺は気楽に生きてきたんだ。
旅が恋人、冒険が恋人、出会う人はみんな恋人…そんなふうにして、生きてきたのに。
クウガという運命に、出会って。
その上、俺はもうひとつの運命にも出会ってしまったらしい…。
一条さん…あの綺麗な人が、俺のもうひとつの運命だった…。
一条さんを抱き起こして、俺はパニックになった。
蒼白な顔で、息が浅かった…冷たい汗に濡れて、苦しんでいた。
寝かせようとしたら、よけい苦しそうになってしまった。
救急車を呼ぼうとしたけれど、一条さんが俺の腕を掴んでいて…。
縋るようにずっと掴んでいるので、背中をさすっているしかなかった。
しばらくしたら、呼吸が普通になってきて、俺の腕を放したので、暖かいタオルで顔や手を拭いてあげて…。
ようやく、少し気持ちが良さそうになって、一条さんは眠った。
毛布をかけてあげて、俺もタオルケットを借りて、うずくまって…。
でも、眠るどころじゃなかった。
ずっと、一条さんを見ていた。
一条さんはたぶん、なにか病気だ。
それも、隠してるんだから、悪い病気だ。
一条さんは、きっと死んでしまう…
そう思って、俺は震えていた。
俺は脳天気な男で、悩むより行動してしまうから、普段はあまり落ち込んだりしない。
でも、あの時は、もう必死だった。
俺は最初から、好きだった。
男とか女とかは、俺はどうでもいいから。
恋をしてしまったらしい、とはわかっていたんだ。
でも、もうどきどき、とかわくわく、どころじゃなくて…。
胸がずきずき痛かった。
俺はずっといろいろ考えた。
一条さんは、連日未確認を追って走り回って。
おまけに、俺の件も一人で背負いこんでくれて。
警察の中では処理や報告なんかもあるだろう。
ほとんど眠ってないんじゃないか。
ただの過労であって欲しい…俺は祈った。
俺に何ができるのか、よくわからなかった。
ただもう悲しくて、怖くて、どうしようもなかった。
眠っている一条さんは、また消えてしまいそうだったけれど、それでも、とても綺麗で…。
俺はもう暴れたいような、泣きたいような気持ちで、一条さんの寝顔を見つめていた。
そういうのは、その日二度めだったから…特にこたえた。
そのうちに、一条さんの目が覚めた。
俺は、もう一度聞いてみた…一生懸命。
でも、一条さんは黙ったまま。冷たいまま。
とても辛そうで、とても苦しそうなのに、何も言ってくれない。
俺は悲しくて、くやしくて…とうとう涙が出て来てしまって…。
つまり、わぁわぁ泣いてしまったんだ。
一条さん、あきれたよなぁ…。
それで、尚悪いことに、泣いたヤケクソで…一条さんを…
だってたまらない。我慢なんかできなかった。
最初のうちは、頑な一条さんに腹を立てていたのだけれど。
じきに病気だってことも、忘れてしまって。
ずっとしたかったことを、した。
キスしてさわって、舐めて噛んで…。
俺…最近、一条さんの顔、見られない…。
でも、見てしまう…。
見ないではいられない…。
もう、目がどうしても行ってしまうんだ。
あんなことをしてしまったので、よけいに飢えてしまった。
あの人を見ていたくて、しょうがない。
そして、見ると、勃ちそうになってしまって、困る…。
あの時の一条さんは、色っぽすぎた…。
一条さんは、あまり抵抗しなかった。
いやだったのかもしれないけれど…でも、一条さんも勃っていた。
普段はあんなに冷たくて、真面目な人なのに、すごく感度がよくて。
目元を染めて、恥ずかしがって悶えていた…髪をふり乱して。
あんな姿を見てしまって、もう俺は引き返せなくなってしまった。
こんな闘いの最中なのに。
俺は一条さんに惚れて、もう、どうしようもなくなっている…。
俺は、あの後、ずっと一条さんから目を離さなかった。
恋心からだけじゃなくて、心配で心配で。
俺のいないところで、また倒れたら、と怖かった。
昼には必ず、飯に誘って。ポレポレにも付き合ってもらって。
うるさがられているかもしれないけれど、ちゃんと食事をしているのを見たかった。
最近…顔色が良くなってきたような気がする。
雰囲気も、落ち着いてきている。
微妙な変化なんだけれど…俺には、わかる。
…よかった。やっぱり過労だったんだ。
それとも、なにか心配事があったのかもしれない。
やっと、俺は、少し安心している…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この前。俺は、また一条さんのマンションを訪ねた。
会いたくて。二人だけになりたくて。
抱きたくて。我慢できなくなっていたから。
我慢は、したんだ。迷惑かもしれないから。
でも…我慢できなかった。
あの一夜のことだけにすることも、あきらめることも、俺にはできなかった。
一条さんは元気で、俺の持っていったうどんを食べてくれて。
何度も、笑ってくれた。
笑顔になってくれるたびに、俺は見とれて…。
もう、時が止まってくれればいい、と思いながら、あの笑顔を抱きしめる。
あわてて心の中の記憶の箱にしまい込む。
会わないでいる時間に、何度も取り出して見られるように…覚え込む。
大丈夫だ…一条さんは、もう元気だ。
俺はそう思って。告白した。
ちゃんと言わなければいけない、と思っていたから。
本気だと、わかって欲しかったから。
でも。一条さんは、何も応えてくれなかった。
困ったような、悲しいような顔になってしまった。
愛を告げて、笑顔を消してしまったんだ。
最低だった…。
俺は、何も訊かなかった。
訊いてもしょうがない。一条さんを困らせるばかりだ。
一条さんは、俺を嫌ってはいない。
でも、愛してもいない。
そういうことだ。
時々。愛されているような気になってしまうんだ。
俺の思い違いかもしれないけれど…思い違いなのかな…。
一条さんが、俺を見ていることがある。
優しい、それでいて哀しい、不思議な目で俺を見る。
一条さんの心が、流れ込んでくるような気がする。
だから、俺は誤解したくなっていた。
そういうことだ。
きっと、心配はしてくれている。
俺たちは戦友だから。同志だから。
それは…間違いないんだ。
そして、俺はクウガだから。一条さんの武器だから。
心配してくれている。
男同士は気持ち悪い、とか…そういう感覚はなさそうだ。
それは、すごく嬉しい。
でも。つまり、それ以上ではないんだ。
…そういうことだ。
困らせるくらいなら、あきらめて、もう引こうか…と思ったのだけれど。
でも、俺はあきらめられなくて。
好きでいさせてください、そばにいさせてください…そう、頼んだ。
一条さんは、また困りながら頷いて。
俺はとても悲しくて、そして、とても嬉しかった…。
離れられない。愛されていなくても、そばにいられれば、嬉しい。
優しくして、なんでもしてあげたい。
ほんのちょっと、笑顔が見られれば、いい。
俺はやっぱり…どうしようもなく、惚れてしまっている…。
でも、今日はもう帰ろうか…これ以上困らせちゃいけない…。
そう思った時。一条さんがベッドに誘った。
いや、もう遅いから、眠ろう…と言ったのだけれど。
俺は…だって、一緒にベッドに入ったら、抱いてしまう。
結局、ベッドで。我慢できずに、抱きしめてしまった。
一条さんは、我慢しないでいい…と言った。
愛してはいないのに、抱かせてくれる…。
同情?…それとも、経験豊富で遊び慣れているんだろうか…?
俺は、なにか荒んだ気持ちで、それでも我慢なんかできずに、一条さんが差し出している身体を抱いた…。
愛してはくれないのに…
どうして、あんなに一条さんは、感じるんだろう。
抱き返してさえくれないのに…
どうして、あんなによがるんだろう。
一条さんは、ひどく感じて…感じ過ぎて辛いように、震えた。
途中でやめて抱き込んで、宥めなければならない程だった。
遊び慣れている余裕なんか、見えなかった。苦しそうだった。
俺の腕の中で、一条さんは震え続けた。処女のようだ、と思った。
可愛くて、愛しくてしょうがなくて…。
でも、娼婦なのかもしれない、と思った…。
優しくしないでいい…と一条さんは、震えながら言った。
感じすぎて辛いから、いっそ惨くしてくれ…と聞こえた。
一瞬、強引に無理矢理に、犯してしまおうか、と思った。
まだ、最後まではいっていないんだ。
俺は、欲しかった。
全て奪って、俺のものにしたかった。
でも。身体を奪ったって俺のものにはならない。
そして。俺は、そんなことはできない。
好きで好きで…乱暴なんかできないんだ…。
無理に奪うには、もう愛し過ぎていた…。
だから、俺は優しく丁寧に愛し続けて。
一条さんはどんどん乱れた。仰け反って、叫んで、うめいて…
もう我を忘れたようになってしまって…。
俺が触れると、喘いで悶える。凄まじく色っぽい。
見ている俺も、狂ったような気分になっていった。
一度、指で後ろに触れたら、一条さんは脅えた。
俺はすぐに止めた…やはり、俺にはできなかった。
口で一条さんを追い上げて、飲み干した。
後で、一条さんの手を借りた。
一条さんは、自分から言い出して、すぐに触れてくれた。
やはり、セックスの経験は豊富なんだろうな…。
俺は一条さんの手が触れただけで、ほとんどすぐに達してしまった。
ずっと我慢していたから、ひどく…良かった。
二人でシャワーを浴びながら、また一条さんのあそこに触れた。
経験が豊富ならば、簡単に貰えそうな気がしていた。
俺はセックスフレンドの一人なのか…でも、それでも欲しくて。
ここで奪ってしまおうか…と思っていた。
でも…あそこの感触は、ひどく固かった。
一条さんはまた脅えて、逃れようとして。
倒れかかるのを、あわてて支えた。
俺はわからなくなって、訊いた。ヴァージンなのか…と。
経験はあるが、昔のことだ…今は、無理だ…と一条さんは言った。
やはり、経験はあるんだ。
でも、昔のことって…昔、遊んでいたんだろうか。
今も、俺を相手に遊んでいるのに。
今は、俺一人、なんだろうか。
そう思っていいんだろうか。
そして、無理じゃなければいいんだろうか。
その後は、一条さんは明るく、優しくて。
帰ろうとする俺を引き止めてくれた。
あんな笑顔を見せられると、俺は抵抗なんかできない。
パジャマを置いていけ、と言ってくれた。
遊びかもしれないし、ただのセックスフレンドかもしれないけれど、受け入れてはくれている…それはわかった。
遊び…そんなことをする人だとは思えない。
それは、何か一条さんのイメージには合わないんだ。
もっと一途で、綺麗な人だ、と思う。
けれど、一条さんは無口な人で、気持ちを滅多に語らない。
俺は、わからなくて、迷う。
でも、好きでしょうがなくて、離れられない。
俺がクウガだから。拒絶できないでいるんだろうか。
でも、やっぱり、俺を見る目は優しい。
愛しくて、可愛くてしょうがない、という目で笑う…。
俺は惑い続け、焦がれ続けてしまう。
だから。俺は決めた。
どうしても、どうしても欲しい。
どうしても、全てが欲しい。
今度…俺は、奪う。ひとつになる。
愛してくれたら、どんなにいいだろう。
俺だけのものになってくれたら、どんなに嬉しいだろう。
俺の腕の中で、震えていた一条さんを思い出す。
愛しくて、どうしようもない…俺は、苦しい…。
一条さん…俺はすべてをあげる。命もあげる…。
未確認生命体の殲滅は、一条さんの悲願だ。
だから、必ず、俺はあいつらを倒す。
あなたの敵は、俺が倒す。あなたの願いを、俺が叶える。
たくさんの笑顔を、俺は守っている。
でも、一条さんのあの笑顔…ただそれだけの為にも、命を賭ける。
あいつらを倒せば、もうあなたにも危険はない。
あんなに疲れてしまうことも、きっとなくなる。
そして、あなたはもっと笑ってくれるだろう…。
だから、俺は、もっと強くなる。
怖れを越えていく。
…この身体を引き裂かれても、あなたの笑顔を守る。
愛して欲しい。
愛してくれないなら…せめて、笑顔をください。
俺は、笑顔をいっぱいあげる。優しさを注ぐ。
愛し続ける。
あなたをください。俺もあげる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「五代雄介!」
一条さんだ…。
「はい!」
「35号は閃光弾に追われ、品川埠頭に逃走中だ。現在、付近の避難、封鎖を進めている。」
「はい、じゃあ俺、そっちに向かいます!」
よし。
じゃあ、行こう。
今日も、俺は…殺す。
必ず、倒す。
一条さん…俺を見ていてください。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
35号は爆発した。
俺は、息を切らしながら、変身を解いた。
一番近いパトカーの影から、一条さんが走って来る。
いつものように、俺の援護の為のライフルを片手に持っていた。
「五代!大丈夫か?」
さっき、ちょっと肩をやられた。
…まだ、少しずきずきする。でも、何でもない。
「はい!」
俺は、とっておきの笑顔とサムズアップで応える。
「そうか…」
ほら…こういう時。
口調は、いつもの通りにクールだけれど。
一条さんの瞳は、言っている。
五代、よくやったな…
無事でよかった…
それから。
辛かったろう?すまない…
何も言わないけれど。
一条さんは、すべてを見ている。
そして、すべてわかっている。
一条さんは、そういう人だ。
俺は、また笑って、思いきって訊くことにする。
「一条さん、今夜は…きっと部屋に帰ってますよね?」
一条さんの眉が、困った形になる。
けれど、僅かに嬉しそうだ、とも思う。
「…そうだな。」
「じゃあ、俺、行きますね。」
我ながら、強引なアタック。
もう少し、フォローしなくちゃ、いけない。
「美味しいおでん、おみやげにしてくれるとこ、見つけたんですよ。
持って行きますから。」
なんだか、いつも俺は、食べ物をネタにして、押しかけている。
でも、一条さんにはできるだけ食べて欲しい。
一条さんの食事がめちゃくちゃなのを、俺はもうよく知っていた。
「五代…おでんは、冬の食べ物じゃないのか?」
一条さんの緊張が解けていくのがわかる。
厳しい瞳がほんの少し緩むのが、嬉しい。
「暑くなる程、熱いものが美味しいんですよ〜。」
一条さんが、苦笑する。
その顔も、すごく好きだ。
「…じゃあ、ビールでも買っておこう…。」
約束するのは、初めてだ。
俺は、心の中で、インディアン踊りをした。
「じゃあ!俺、戻ります。」
一条さんの気持ちが変わらないうちに。
俺は急いでトライチェイサーに跨がる。
「…ああ。」
一条さんが軽く手を上げて、足早にパトカーのほうに戻っていく。
途中で何気なく掻き上げた髪が、初夏の風に靡く。
あんまり見とれないうちに、俺は発進した。
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