『第4章:絆(2000年6月15日)-改訂』-1


「五代!聞こえるか?」

 走るトライチェイサーのスピーカーから、一条さんの声がする。

「はい!」

 俺は元気に答える。
 一条さんに呼ばれて、いつもいつも俺の返事は「はい!」。
 否定は…絶対しない。

「未確認生命体35号の現在地が入った。
 品川方面に向かってくれ。俺もすぐ行く。」

「はい!」

 俺はトライチェイサーを回して、来た道を戻る。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 今日もまた、未確認生命体退治に明け暮れる。
 最近、あまりポレポレのおやっさんの手伝いができない。
 みのりの保育園の子供たちにも、しばらく会っていない。

(ごめん。でも、俺は俺の場所でがんばってるから…)

 俺は、みんなの笑顔が好きだ。
 だから、今日もあいつらと、闘っている。
 みんなの笑顔を消してしまう、怪物たちと…。

 一条さんに借りていたベルトをつけて、俺はクウガになった。
 あの時…あのままだったら、みんな殺されていただろう…。
 俺は、ベルトに呼ばれるままに、踏み切って。クウガになった。

 すごく熱かった…。
 そして、エネルギーが注入された感じ。すごく大きな力が沸いてきて。
 俺は、使命を受け取った。ただ一言…『守れ』と。

 そして、あいつらと闘える身体になった。
 それは…気持ちのいいことじゃなかったけれど。
 でも、俺も守りたかったから。
 ベルトの意志と、俺の意志はぴったり重なり、俺は敵に向かった。

 これは…気持ちのいいことじゃない。
 どうなってしまうのかわからない身体になって、めちゃくちゃに強い化物と闘って。
 俺も痛めつけられて、最後は、絶対に相手を殺さなくちゃならない…。
 気持ちのいいこと、なんかじゃない…。

 悪いやつら、ひどいやつらだったとしても、俺はいちいちぞっとする。
 暴力は、気持ち悪い。吐き気がする。
 殺すのは、嫌いだ。大嫌いだ。
 こんな力なんて、全然自慢にならない。

 でも…あいつらは、話し合える相手じゃない。
 ゲームをしているみたいに、笑いながら、何の関係もない人々を殺す。
 力で止めるしか、ないんだ。

 目の前で、大事な誰かが危ない目にあっているなら…。
 誰だって助けようとするよね。
 助ける力がなくたって、命がけで、絶対助けたいと思う筈だ。
 もし力があるなら…迷いなんかない。
 力でしか守れないなら…俺は力で守る。

 闘う力を手に入れたから、俺は闘ってきた。
 やれるヤツがやるしかないから。
 みんな自分の場所で、自分のできるだけのことをしている。
 人々の笑顔を守るために、俺もできるだけのことをする。
 それだけ。

 考えこむ前に、まず俺は動く。
 立ち止まっているより、一歩進む。
 怖れていたとしても、先へ…一歩でも歩く。
 少しだけ背伸びして、少しだけ無理をして、一歩だけ進む。
 それを続けていけば、いつの間にか遠くまで行けるんだ。
 俺は…まず、歩き出す。それが、俺流の生きかた…。
 そして、今はこの運命を掴んで、俺は走っている…。

 怖れは…もちろん、あるさ。
 俺も怪我をしたり…殺されてしまうかもしれない。
 怪我は…もう何度もした。
 だけど、ベルトに付いていた石…アマダムの力で、怪我はすぐ治る。
 普通なら全治三週間、なんていう怪我も一時間ぐらいで治ってしまう。

 怪我…ならまだいいんだけれど。
 俺はこの前、一度、死んでしまった…らしい。
 26号が吐いた毒を吸ってしまって、苦しくて、気を失って…。
 起きた時は、すごく元気になって、力がみなぎっている感じだったのに。
 俺…一度死んで、甦ったんだ。

 やっぱり、本当に怖いのは、そのことだ…。
 俺の身体は、どんどん変化していく。
 生き返ってからは、電気みたいな力も感じている。
 あいつらはどんどん強くなる。
 だから、俺ももっともっと強くなろうとする。
 俺が望めば、アマダムは俺の身体を変える…。

 腹の中のアマダムから熱が出る…。
 骨がきしんで、筋肉を突き破られる感じがする。
 時々は猛烈に痛い…。
 強くなった身体は、暴れたがる。
 俺はそれを抑え込んで、使いこなす。
 アマダムは絶えず俺を試している…。

 俺は、どんどん走る。どんどん強くなっていく。
 どこに向かっているのか…時々、俺にはわからなくなる。
 それでも、強くなった身体の先にもう一度、意志を伸ばして、俺はさらに強くなる。
 必ず…守る。守りたいものがあるから。

 どこまで強くなれば、終わるんだろう…。
 俺は、どうなってしまうんだろう…。
 …時々、俺はそんなことを、思う。

 でも…俺は笑う。不安は、笑いとばしてしまう。
 俺が選んだ運命だから、俺は笑って走る。
 そして、「大丈夫!」ってサムズアップするんだ。
 大丈夫、できるんだ、負けない…そう信じて、もう一歩前に進む。
 俺は…絶対負けない。
 …負けてはいけないんだ。

 笑顔とサムズアップ…俺にとっての宝物。
 それから、おやっさんや、桜子さんや、妹のみのりや、保育園の子供たち。
 みんなみんな、俺の宝物だ。
 俺は、たくさんの宝物を守っている…幸せな男だと思う。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 俺はもうひとつ、宝物を持ってる。
 …一条さん。
 さっき、連絡をくれた刑事さんだ。
 クウガになる前、あの遺跡の前で会ったのが、初めだった。
 最初の頃は、よく怒られたっけ。民間人は関わるなって。
 自分だって、無茶ばかりするのに…自分を大切にしろ、とも。

 一条さんは、俺のことを心配して、言っていた。
 俺には、よくわかった。
 でも…今は、クウガとして闘うことが、自分を大切にすることだ。
 闘う力を手に入れて、俺は逃げない。逃げられない。
 力があるなら、守りたい。俺は…引けなかった。
 そのうちに、一条さんはわかってくれた。
 そして、俺にこのトライチェイサーを預けてくれた。
 一条さんは、自分と同じ決意を見つけたんだ、と思う。俺の中に。

 それから…俺たちはずっと一緒に闘って来た。

 一条さんは、勇敢な強い人だ。静かで、優しい。
 黙って、俺が闘いやすいように、援護してくれている。
 危ない時は、必ず助けてくれる。

 俺の後ろには、いつも一条さんがいてくれる。
 俺と一緒に、一条さんの意志も闘ってくれていることを、俺は知っている。
 一条さんは、俺の守護神だ…。

 綺麗な守護神…。
 一条さんは、とても綺麗な人だ。
 容姿だけじゃない。すべて…綺麗だ、と俺は思う。
 最初から、大好きだったけれど。
 知れば知る程、好きになってしまって。
 俺は…今は、もう…夢中だ。

 ずっと、ただ憧れて、見ていたんだ。
 俺には手の届かない人のように思っていた。
 でも、三週間ぐらい前から、一条さんと俺の関係は変わった…。

 一条さんは、しばらく様子が変だった…。
 顔色が悪くて、少し痩せてしまって、食事もほとんどしない。
 その上、一層過激になって、俺がいない時にでも飛び出していってしまう。

 あの日の昼間、一条さんは深追いして、バラのタトゥの女にやられた。
 気を失った一条さんに付き添っているうちに、俺は怖くなってきた。
 一条さんは、やっぱり短い間に、急に痩せた…と思った。
 目を閉じている姿は、やっぱり綺麗だったけれど。
 すっと消えてしまいそうだった…俺には、そう見えた。

 一条さんがいなくなる…
 そんな筈はない、と思うのに、不安が止まらなくて…。
 一条さんがいなくなったら、俺は闘えない。きっと殺されてしまう…。
 どれだけ一条さんに頼っていたか、よくわかった。

 目を覚ました一条さんは、普段通りだった。でも…。
 別れて、夜になったら、もっと不安になった。
 明日…一条さんは、もういないような気がした。
 俺を呼んでいるような気もしていた…。

 だから。一条さんの家に押し掛けてしまったんだ。
 もう深夜だった。一条さんはパジャマ姿だったけれど。
 何か憑かれたような目で、土気色の顔をしていて。
 グラスを割ったとかで、顔に血が付いていた。
 予感が…当たっていたような気がした。

 指の傷の手当てをして、お茶を煎れてあげて。
 少し顔色がよくなって、俺はほっとした。
 ちょっとだけだけれど、笑ってもくれた。

 一条さんの笑顔…。
 めったに見られないんだ。
 いつも、厳しい、冷たい表情をしている人だから。
 でも…あの笑顔。
 沁み入るように、優しい。
 泣きたくなるぐらい、恋しい。
 あの笑顔が見たくて、一瞬でも見たくて。
 俺は、いつもふざけちらす…。

 だから。笑ったりしてくれたから。
 俺は、思いきって訊いてみた。
 最近、どうかしましたか?って。
 …でも、一条さんは、何も応えてくれなかった。

 そう…あんなに誇り高い人が、言う筈はないのだけれど。
 俺にも誇りはあるから、わかるけれど。
 それでも、俺は、聞きたかった。どうしても…聞きたかった。

 何も話してくれない。そして、帰れ…と一条さんは言う。
 俺は、帰る振りをして、帰らなかった。
 きっと一条さんは怒る。それでも、聞きたかった。
 いや、違う…。
 抱きしめてしまいたかったんだ…。

 前にも抱きしめてしまったことがある…。
 確か、俺が一度死んで、甦った日。
 そうだ…あの時も、一条さんは貧血を起こしたみたいに倒れた。
 すぐに元気になったけれど、抱き止めた感触が腕に残って。

 俺は死なない。あなたを置いて、死ねない…。
 そんなことを思って、たまらなくなって、俺は抱きしめた。
 あの時は、それだけのことだったけれど。
 あの人が俺の腕から逃れた時の、離したくない気持ちが、ずっとくすぶり続けていた…。

 いっそ、抱きしめてしまおうか、と迷いながら。
 俺は玄関に立っていた。
 一条さんは鍵を閉めに来る。そして、俺に気付く。
 そうしたら、抱きしめてしまおう…と。

 でも、一条さんは来なかった。何の物音もしなかった。
 部屋に戻ってみたら、一条さんはテーブルに突っ伏していた…。
 呼んでも、一条さんは動かなかった…。

 俺は…ようやく知った。
 一条さんがいないと、闘えないだけじゃない。
 いつの間にか、俺は愛していた。
 一条さんがいないと生きて行けない程…愛していた。

 特定の恋人はつくらず、俺は気楽に生きてきたんだ。
 旅が恋人、冒険が恋人、出会う人はみんな恋人…そんなふうにして、生きてきたのに。
 クウガという運命に、出会って。
 その上、俺はもうひとつの運命にも出会ってしまったらしい…。
 一条さん…あの綺麗な人が、俺のもうひとつの運命だった…。

 一条さんを抱き起こして、俺はパニックになった。
 蒼白な顔で、息が浅かった…冷たい汗に濡れて、苦しんでいた。
 寝かせようとしたら、よけい苦しそうになってしまった。
 救急車を呼ぼうとしたけれど、一条さんが俺の腕を掴んでいて…。
 縋るようにずっと掴んでいるので、背中をさすっているしかなかった。
 しばらくしたら、呼吸が普通になってきて、俺の腕を放したので、暖かいタオルで顔や手を拭いてあげて…。
 ようやく、少し気持ちが良さそうになって、一条さんは眠った。

 毛布をかけてあげて、俺もタオルケットを借りて、うずくまって…。
 でも、眠るどころじゃなかった。
 ずっと、一条さんを見ていた。

 一条さんはたぶん、なにか病気だ。
 それも、隠してるんだから、悪い病気だ。
 一条さんは、きっと死んでしまう…
 そう思って、俺は震えていた。

 俺は脳天気な男で、悩むより行動してしまうから、普段はあまり落ち込んだりしない。
 でも、あの時は、もう必死だった。
 俺は最初から、好きだった。
 男とか女とかは、俺はどうでもいいから。
 恋をしてしまったらしい、とはわかっていたんだ。
 でも、もうどきどき、とかわくわく、どころじゃなくて…。
 胸がずきずき痛かった。

 俺はずっといろいろ考えた。
 一条さんは、連日未確認を追って走り回って。
 おまけに、俺の件も一人で背負いこんでくれて。
 警察の中では処理や報告なんかもあるだろう。
 ほとんど眠ってないんじゃないか。
 ただの過労であって欲しい…俺は祈った。

 俺に何ができるのか、よくわからなかった。
 ただもう悲しくて、怖くて、どうしようもなかった。
 眠っている一条さんは、また消えてしまいそうだったけれど、それでも、とても綺麗で…。
 俺はもう暴れたいような、泣きたいような気持ちで、一条さんの寝顔を見つめていた。
 そういうのは、その日二度めだったから…特にこたえた。

 そのうちに、一条さんの目が覚めた。
 俺は、もう一度聞いてみた…一生懸命。
 でも、一条さんは黙ったまま。冷たいまま。
 とても辛そうで、とても苦しそうなのに、何も言ってくれない。
 俺は悲しくて、くやしくて…とうとう涙が出て来てしまって…。
 つまり、わぁわぁ泣いてしまったんだ。

 一条さん、あきれたよなぁ…。
 それで、尚悪いことに、泣いたヤケクソで…一条さんを…
 だってたまらない。我慢なんかできなかった。
 最初のうちは、頑な一条さんに腹を立てていたのだけれど。
 じきに病気だってことも、忘れてしまって。
 ずっとしたかったことを、した。
 キスしてさわって、舐めて噛んで…。
 俺…最近、一条さんの顔、見られない…。

 でも、見てしまう…。
 見ないではいられない…。
 もう、目がどうしても行ってしまうんだ。
 あんなことをしてしまったので、よけいに飢えてしまった。
 あの人を見ていたくて、しょうがない。
 そして、見ると、勃ちそうになってしまって、困る…。
 あの時の一条さんは、色っぽすぎた…。

 一条さんは、あまり抵抗しなかった。
 いやだったのかもしれないけれど…でも、一条さんも勃っていた。
 普段はあんなに冷たくて、真面目な人なのに、すごく感度がよくて。
 目元を染めて、恥ずかしがって悶えていた…髪をふり乱して。
 あんな姿を見てしまって、もう俺は引き返せなくなってしまった。
 こんな闘いの最中なのに。
 俺は一条さんに惚れて、もう、どうしようもなくなっている…。

 俺は、あの後、ずっと一条さんから目を離さなかった。
 恋心からだけじゃなくて、心配で心配で。
 俺のいないところで、また倒れたら、と怖かった。
 昼には必ず、飯に誘って。ポレポレにも付き合ってもらって。
 うるさがられているかもしれないけれど、ちゃんと食事をしているのを見たかった。

 最近…顔色が良くなってきたような気がする。
 雰囲気も、落ち着いてきている。
 微妙な変化なんだけれど…俺には、わかる。
 …よかった。やっぱり過労だったんだ。
 それとも、なにか心配事があったのかもしれない。
 やっと、俺は、少し安心している…。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 この前。俺は、また一条さんのマンションを訪ねた。
 会いたくて。二人だけになりたくて。
 抱きたくて。我慢できなくなっていたから。
 我慢は、したんだ。迷惑かもしれないから。
 でも…我慢できなかった。
 あの一夜のことだけにすることも、あきらめることも、俺にはできなかった。

 一条さんは元気で、俺の持っていったうどんを食べてくれて。
 何度も、笑ってくれた。
 笑顔になってくれるたびに、俺は見とれて…。
 もう、時が止まってくれればいい、と思いながら、あの笑顔を抱きしめる。
 あわてて心の中の記憶の箱にしまい込む。
 会わないでいる時間に、何度も取り出して見られるように…覚え込む。

 大丈夫だ…一条さんは、もう元気だ。
 俺はそう思って。告白した。
 ちゃんと言わなければいけない、と思っていたから。
 本気だと、わかって欲しかったから。

 でも。一条さんは、何も応えてくれなかった。
 困ったような、悲しいような顔になってしまった。
 愛を告げて、笑顔を消してしまったんだ。
 最低だった…。

 俺は、何も訊かなかった。
 訊いてもしょうがない。一条さんを困らせるばかりだ。
 一条さんは、俺を嫌ってはいない。
 でも、愛してもいない。
 そういうことだ。

 時々。愛されているような気になってしまうんだ。
 俺の思い違いかもしれないけれど…思い違いなのかな…。
 一条さんが、俺を見ていることがある。
 優しい、それでいて哀しい、不思議な目で俺を見る。
 一条さんの心が、流れ込んでくるような気がする。
 だから、俺は誤解したくなっていた。
 そういうことだ。

 きっと、心配はしてくれている。
 俺たちは戦友だから。同志だから。
 それは…間違いないんだ。
 そして、俺はクウガだから。一条さんの武器だから。
 心配してくれている。

 男同士は気持ち悪い、とか…そういう感覚はなさそうだ。
 それは、すごく嬉しい。
 でも。つまり、それ以上ではないんだ。
 …そういうことだ。

 困らせるくらいなら、あきらめて、もう引こうか…と思ったのだけれど。
 でも、俺はあきらめられなくて。
 好きでいさせてください、そばにいさせてください…そう、頼んだ。
 一条さんは、また困りながら頷いて。
 俺はとても悲しくて、そして、とても嬉しかった…。

 離れられない。愛されていなくても、そばにいられれば、嬉しい。
 優しくして、なんでもしてあげたい。
 ほんのちょっと、笑顔が見られれば、いい。
 俺はやっぱり…どうしようもなく、惚れてしまっている…。

 でも、今日はもう帰ろうか…これ以上困らせちゃいけない…。
 そう思った時。一条さんがベッドに誘った。
 いや、もう遅いから、眠ろう…と言ったのだけれど。
 俺は…だって、一緒にベッドに入ったら、抱いてしまう。

 結局、ベッドで。我慢できずに、抱きしめてしまった。
 一条さんは、我慢しないでいい…と言った。
 愛してはいないのに、抱かせてくれる…。
 同情?…それとも、経験豊富で遊び慣れているんだろうか…?
 俺は、なにか荒んだ気持ちで、それでも我慢なんかできずに、一条さんが差し出している身体を抱いた…。

 愛してはくれないのに…
 どうして、あんなに一条さんは、感じるんだろう。
 抱き返してさえくれないのに…
 どうして、あんなによがるんだろう。

 一条さんは、ひどく感じて…感じ過ぎて辛いように、震えた。
 途中でやめて抱き込んで、宥めなければならない程だった。
 遊び慣れている余裕なんか、見えなかった。苦しそうだった。
 俺の腕の中で、一条さんは震え続けた。処女のようだ、と思った。
 可愛くて、愛しくてしょうがなくて…。
 でも、娼婦なのかもしれない、と思った…。

 優しくしないでいい…と一条さんは、震えながら言った。
 感じすぎて辛いから、いっそ惨くしてくれ…と聞こえた。
 一瞬、強引に無理矢理に、犯してしまおうか、と思った。
 まだ、最後まではいっていないんだ。
 俺は、欲しかった。
 全て奪って、俺のものにしたかった。

 でも。身体を奪ったって俺のものにはならない。
 そして。俺は、そんなことはできない。
 好きで好きで…乱暴なんかできないんだ…。
 無理に奪うには、もう愛し過ぎていた…。

 だから、俺は優しく丁寧に愛し続けて。
 一条さんはどんどん乱れた。仰け反って、叫んで、うめいて…
 もう我を忘れたようになってしまって…。
 俺が触れると、喘いで悶える。凄まじく色っぽい。
 見ている俺も、狂ったような気分になっていった。

 一度、指で後ろに触れたら、一条さんは脅えた。
 俺はすぐに止めた…やはり、俺にはできなかった。
 口で一条さんを追い上げて、飲み干した。

 後で、一条さんの手を借りた。
 一条さんは、自分から言い出して、すぐに触れてくれた。
 やはり、セックスの経験は豊富なんだろうな…。
 俺は一条さんの手が触れただけで、ほとんどすぐに達してしまった。
 ずっと我慢していたから、ひどく…良かった。

 二人でシャワーを浴びながら、また一条さんのあそこに触れた。
 経験が豊富ならば、簡単に貰えそうな気がしていた。
 俺はセックスフレンドの一人なのか…でも、それでも欲しくて。
 ここで奪ってしまおうか…と思っていた。

 でも…あそこの感触は、ひどく固かった。
 一条さんはまた脅えて、逃れようとして。
 倒れかかるのを、あわてて支えた。
 俺はわからなくなって、訊いた。ヴァージンなのか…と。

 経験はあるが、昔のことだ…今は、無理だ…と一条さんは言った。

 やはり、経験はあるんだ。
 でも、昔のことって…昔、遊んでいたんだろうか。
 今も、俺を相手に遊んでいるのに。
 今は、俺一人、なんだろうか。
 そう思っていいんだろうか。
 そして、無理じゃなければいいんだろうか。

 その後は、一条さんは明るく、優しくて。
 帰ろうとする俺を引き止めてくれた。
 あんな笑顔を見せられると、俺は抵抗なんかできない。
 パジャマを置いていけ、と言ってくれた。
 遊びかもしれないし、ただのセックスフレンドかもしれないけれど、受け入れてはくれている…それはわかった。

 遊び…そんなことをする人だとは思えない。
 それは、何か一条さんのイメージには合わないんだ。
 もっと一途で、綺麗な人だ、と思う。
 けれど、一条さんは無口な人で、気持ちを滅多に語らない。
 俺は、わからなくて、迷う。
 でも、好きでしょうがなくて、離れられない。

 俺がクウガだから。拒絶できないでいるんだろうか。
 でも、やっぱり、俺を見る目は優しい。
 愛しくて、可愛くてしょうがない、という目で笑う…。
 俺は惑い続け、焦がれ続けてしまう。

 だから。俺は決めた。
 どうしても、どうしても欲しい。
 どうしても、全てが欲しい。
 今度…俺は、奪う。ひとつになる。

 愛してくれたら、どんなにいいだろう。
 俺だけのものになってくれたら、どんなに嬉しいだろう。
 俺の腕の中で、震えていた一条さんを思い出す。
 愛しくて、どうしようもない…俺は、苦しい…。

 一条さん…俺はすべてをあげる。命もあげる…。
 未確認生命体の殲滅は、一条さんの悲願だ。
 だから、必ず、俺はあいつらを倒す。
 あなたの敵は、俺が倒す。あなたの願いを、俺が叶える。

 たくさんの笑顔を、俺は守っている。
 でも、一条さんのあの笑顔…ただそれだけの為にも、命を賭ける。
 あいつらを倒せば、もうあなたにも危険はない。
 あんなに疲れてしまうことも、きっとなくなる。
 そして、あなたはもっと笑ってくれるだろう…。

 だから、俺は、もっと強くなる。
 怖れを越えていく。
 …この身体を引き裂かれても、あなたの笑顔を守る。

 愛して欲しい。
 愛してくれないなら…せめて、笑顔をください。
 俺は、笑顔をいっぱいあげる。優しさを注ぐ。
 愛し続ける。
 あなたをください。俺もあげる。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「五代雄介!」

 一条さんだ…。

「はい!」

「35号は閃光弾に追われ、品川埠頭に逃走中だ。現在、付近の避難、封鎖を進めている。」

「はい、じゃあ俺、そっちに向かいます!」

 よし。
 じゃあ、行こう。

 今日も、俺は…殺す。
 必ず、倒す。
 一条さん…俺を見ていてください。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 35号は爆発した。
 俺は、息を切らしながら、変身を解いた。

 一番近いパトカーの影から、一条さんが走って来る。
 いつものように、俺の援護の為のライフルを片手に持っていた。

「五代!大丈夫か?」

 さっき、ちょっと肩をやられた。
 …まだ、少しずきずきする。でも、何でもない。

「はい!」

 俺は、とっておきの笑顔とサムズアップで応える。

「そうか…」

 ほら…こういう時。
 口調は、いつもの通りにクールだけれど。
 一条さんの瞳は、言っている。

 五代、よくやったな…
 無事でよかった…
 それから。
 辛かったろう?すまない…

 何も言わないけれど。
 一条さんは、すべてを見ている。
 そして、すべてわかっている。
 一条さんは、そういう人だ。

 俺は、また笑って、思いきって訊くことにする。

「一条さん、今夜は…きっと部屋に帰ってますよね?」

 一条さんの眉が、困った形になる。
 けれど、僅かに嬉しそうだ、とも思う。

「…そうだな。」

「じゃあ、俺、行きますね。」

 我ながら、強引なアタック。
 もう少し、フォローしなくちゃ、いけない。

「美味しいおでん、おみやげにしてくれるとこ、見つけたんですよ。
 持って行きますから。」

 なんだか、いつも俺は、食べ物をネタにして、押しかけている。
 でも、一条さんにはできるだけ食べて欲しい。
 一条さんの食事がめちゃくちゃなのを、俺はもうよく知っていた。

「五代…おでんは、冬の食べ物じゃないのか?」

 一条さんの緊張が解けていくのがわかる。
 厳しい瞳がほんの少し緩むのが、嬉しい。

「暑くなる程、熱いものが美味しいんですよ〜。」

 一条さんが、苦笑する。
 その顔も、すごく好きだ。

「…じゃあ、ビールでも買っておこう…。」

 約束するのは、初めてだ。
 俺は、心の中で、インディアン踊りをした。

「じゃあ!俺、戻ります。」

 一条さんの気持ちが変わらないうちに。
 俺は急いでトライチェイサーに跨がる。

「…ああ。」

 一条さんが軽く手を上げて、足早にパトカーのほうに戻っていく。
 途中で何気なく掻き上げた髪が、初夏の風に靡く。

 あんまり見とれないうちに、俺は発進した。

 

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