『第3章:決意』-3完


         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 結局は、一緒にシャワーを浴びることになってしまった、と俺は笑う。
 やはり、五代は上機嫌だった。

「俺、洗ってあげます〜」

 汚れているのは自分の身体なのに、目を細めて笑い、シャワーヘッドを握りしめている。

「自分を洗え。」

 俺は、命令した。

「はい、でも、一条さんが風邪ひいちゃう〜」

 慌ただしく、いい加減に自分の身体に湯をかける。

「ほら…貸せ。」

 しかたなく、五代の手からシャワーヘッドを奪った。
 肩から湯をかけ、腹のあたりは、丁寧に手で擦って落としてやる。

「ああ〜ぬるぬる〜」

 馬鹿なことを言って笑っているばかりなので、さらに股間も洗ってやった。

(まるで、これは五代のペースだ…)

 思う壺に嵌められている自分を知るが、不快ではなかった。
 むしろ、こういうじゃれ合いが俺も嬉しく、嬉しいと思うと、また胸が痛んだ。

(五代がクウガでなければ…)

 俺は思念を断ち切る。

「こんなもんだろう…」

 自分の身体に湯をかけ始めると、今度は五代に奪い取られる。

「駄目です。一条さんは、俺が洗うんです。」

 楽しそうに笑う。駄々っ子のようだった。
 そして、この男の笑顔を見せられると、俺は言うなりになるしかなかった。

 五代は俺の全身に湯をかけて、丁寧に流していく。嬉しそうなので、止められない。
 ひざまづいて、股間も洗う。
 俺自身を流した後に、すっと奥に手が差し込まれた。

 俺はふいを突かれ、止める間もないうちに、再び後門に触れられてしまっていた。
 さっきはそれほど感じなかった、奇妙な感触に怯み、俺は五代を見おろした。
 五代はもう笑いを潜め、また真剣な目を光らせて、俺を見上げていた。
 僅かに押され、俺の身体が揺らぐ。

「五代…」

 奪うことはできないくせに…

「…欲しい、んです…」

 五代が囁いた。

「一条さん…だめ?」

 冗談ぽく言うが、眼差しは焦げついている。
 そっと撫でられる感触に、俺は仰け反りかける。手を払い除ければいいのに、動けない。

「五代…やめてくれ…」

 弱々しい声で言うしかなかった。
 目を光らせて、五代は口許を歪め、笑った。

「…いやです、と言ったら?」

「うっ…」

 急にぐっと挿し込まれかけ、俺は逃れようとして、よろめいた。
 あっと言う間に五代が立ち上がり、脇から手を回して、俺を支えていた。
 そのまま、俺を抱き寄せ、五代は俺の肩に顔を伏せる。

「ごめんなさい…一条さん…嫌わないで…。
 俺、乱暴はしません…できません…。でも…欲しい…欲しいんです。」

(馬鹿野郎…欲しければ、俺を奪え…)

 伏せた五代の頭に僅かに頬を寄せ、髪にかすめるように俺はくちづける。

「一条さん…ヴァージンなの?」

 五代の呟きが訊ねる。俺は首を振った。
 正直に言うしかなかった。

「経験したことは、ある…。
 だが、昔のことだ…。
 今は、無理だ…と思う。」

 あれが快感だったことは、一度もない。
 あの苦痛を、俺の身体は覚えていて、どうしても脅える。怯んでしまう。
 俺は、おまえに俺をやりたい。
 だが、俺の身体は開かないだろう。
 だから、奪え。奪ってくれ、五代。

「すみません…一条さん…身体が冷えてきちゃいましたね…」

 五代は、もう一度、シャワーの湯を俺の身体にかけ始めていた。

(おまえ…優しすぎて…できないな、そんなことは…)

 その優しさが、どうかおまえを殺さないように…。

 俺は目を閉じて、祈った。

           ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 それっきり、五代はその話に触れなかった。
 風呂から出ると、俺の身体を丁寧にタオルで拭い、自分が脱がしたパジャマを見つけ出して、俺に着せた。
 自分は下着をつけたきりだったから、五代のほうが風邪をひきそうだ、と俺は思ったが、されるままになっていた。
 細々と、俺の世話をするのが本当に嬉しそうだった。

 こんな男をクウガにしてしまったあの石を俺はまた恨み、その石のベルトを五代に渡した己を俺はまた呪った。
 それでも、すべては決まり、始まってしまっている。
 五代は走り、俺も五代を追って走るしかなかった。
 クウガは五代の運命であり、すでに俺の運命でもあった…。

「明日、早いんですよね。
 一条さん、もう寝てください。」

 乱れてしまったベッドまで直して、五代は俺を呼ぶ。

「俺は…帰りますね…」

 五代は服に着替え始めていた。後ろを向いた肩が寂しそうだった。

「五代…帰らないでくれ。」

 俺はとっさに言ってしまう。
 寂しい表情のまま、振り向いた五代に、さらにかける言葉を探さなくてはならなかった。

「…もう遅い。泊まっていってくれ。」

 帰したほうがいいのかもしれなかった。
 それでも、俺は帰したくなかった…。
 五代の悲しみに、結局は俺は耐えられない。  揺れ続けてしまう。

 だが…それでいい。俺は揺れ続け、愛し続けていよう。
 五代…おまえを愛している。
 俺は、揺れ続け、苦しみ続けて、きっと…強くなろう。
 五代…おまえと共に駆けていけるように。

 愛しくて…俺は笑った。

「そんな…顔されたら、俺…帰れない…」

 俺を見つめ、五代が呟いていた。

「帰るな、と言っているんだ。
 狭いシングルベッドでよければ、一緒に眠ろう。」

 俺は、できる限りの明るい声で言う。

「一条さん…」

 五代は迷い続ける。

「ただし、今夜はこれ以上、何もするな。
 手出ししたら、叩き出す。」

 俺が決めつけると、とうとう五代が笑い出す。

「はい。」

 五代は俺を愛しているから。
 五代もまた、俺次第で揺れてしまう。
 考えてみると、誰かと愛し合うのは初めてだった。
 俺は、こんなに人を愛したことはなかったから。
 覚えなければいけないことは、まだ沢山ありそうだった…。

「五代…早く着替えてくれ。」

 笑って急かしたが、服を脱ぎかけていた五代は、また俺に見とれ、手を止めてしまった。
 それから、すごい勢いでパジャマに着替え、電灯を消して、先にベッドに入っていた俺の横に飛び込んできた…。

         ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 五代は、また躊躇いながら手を伸ばし、俺の頭を抱き取る。
 大の男が二人…シングルベッドの上で眠るには、抱き合うしかなかった。
 俺の身体を腕の中に抱き込み、額にくちづけて、五代はひとつ深い息を吐いて、落ち着いた。

 なぜ…こんなに安らいでしまうのだろう、俺は。
 なぜ…この男の腕の中で、これ程に幸福になれるのだろう。
 愛も伝えられず、怖れ続けているのに。
 俺は、この愛をあきらめる気にはなれなかった。

 それで…と、俺はまた考える。
 五代の為に…と考え始めた時から、俺の頭脳は高速で回転し始めていた。
 愛をグリスにして、叶えるべき目的を得て、俺は走り始める。

 それで…この愛を拒絶してしまうよりも、五代の生存の可能性は高くなるのか?
 おそらく…おそらく…応えは、是。
 俺自身の欲も含まれてしまうのだが…おそらく…是。
 俺たちは、一人ずつでは、おそらく耐えられない。
 俺たちは、愛し合ってようやく、この運命を駆けていける。

(そして、これから…どうなる?)

 戦闘の行く末を思い、思わず身震いしてしまう俺を、五代は僅かに引き寄せて抱きしめる。
 優しい指が、俺の髪をそっと撫でた。

「一条さん、俺は…もっと、強くなります。
 必ず…終らせます。
 だから…一条さん、見ていてください…俺を、見ていて…」

 静かに、五代が囁いていた。

「俺は、いつも見ている。俺は、いつも後ろにいる。
 五代…俺を信じてくれ…」

 俺も、囁きを返す。

 信じてくれ。
 必ず、おまえを支える。
 どこまでも、おまえを追っていく。
 振り返らずに、おまえは走れ。

 そうして…おまえは…何処まで行くのか…
 いつまで…殺し続けなければならないのか…
 どうして…おまえがしなければならないのか…

 根源の悲しみにまた捕らえられて、俺は恋しい名前を呼んでしまう。

「五代…」

「はい…」

 僅かに深く、俺を抱き込みながら、恋人が応える。
 恋しくて、ただ呼びたくて、俺はまた呼ぶ。

「五代…」

「はい…」

 用もなくて呼ぶのに、優しい男はいちいち応える。
 その優しさが哀しくて、俺はもう一度だけ呼ぶ。

「五代…」

「はい…」

 伝えられる言葉は、何もない。
 俺はまだ怖れている。

 だが…必ず。
 俺も、必ず強くなる…。

 ふと思いついて、俺は言った。

「五代、明日脱いだパジャマは置いていけ。
 洗っておいてやるから…。」

「はい。」

 幸福そうにため息をつく五代の、暖かい腕に抱かれ、俺は眠った。

       (第3章:決意 完)

 

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