〜EPISODE20【笑顔】より〜 その2
◇◆◇
「あの、五代くんは?」
「そ…れが…」
桜子の当然とも思える問いに、一条は困り果てた様子で、桜子が背にしている窓を見た。
その仕草ひとつで総てを了解した桜子は、ちょうどのタイミングでよじ登ってきた雄介に、振り返りながら「元気そうじゃない?」と言った。
(なるほど。沢渡さんと五代の仲は睦まじいものなんだな)
ユニセクシャルな関係とでも言うのだろうか、あくまでも爽やかな雰囲気をまとっている二人の会話に、自然と一条の表情も和らぐが、言葉にならないモヤモヤも、心の内に確かにあるのだった。
「アマダム…か」
雄介の腹の中にある不思議な石の名前が、桜子の解読によって判明した。
名前が判ったからと言って、その不思議が総て解決したわけでもないのだが、雄介は、愛しそうに自分の腹を撫ぜた。
みのりの勤める保育園へ向かって再びパトカーを走らせながら、一条は助手席に座る雄介をそっと垣間見た。
「沢渡さんの修士論文、進んでいるのか…?」
(別にこんな話がしたいわけじゃないんだが……)
「進んでると思います、頑張り屋だから彼女」
(彼女のことなら、何でもお見通し…か…?)
「俺がお願いしなければ、苦労をかけずにすんだかもしれないが…」
(俺は見苦しいな…。話の接ぎ穂に彼女を選んでる…)
「オレじゃないでしょ、一条さん」
「え?」
「オレたち、ですよ」
「!」
完全に虚を突かれた一条だった。
雄介がどう思って「オレたち」と言ったのか、それまでの本音の思考があまりにも誉められたものではなかったので、一条は戸惑った。
「それにいいんですよ、あれはあれで! 桜子さん、前より断然溌剌として見えます。前から結構パワフルな人だったけど最近ますます! …自分の研究が、人を助けることに繋がってるからだと思うんですよね…」
何の頓着もなく一条の横顔を見ながら話す雄介に、一条は身の置き所がないほど恥かしく思うのだった。
「そうか…」
(まるっきり嫉妬じゃないか! 俺は醜い!)
邪推に歪んでいるであろう自分の顔を雄介に見られたくないと思った一条は、無意識に左へ頭を傾がせた。
その仕草に、雄介は思わず呟いた。
「…桜子さんが椿さんと付き合うようになればなぁ…」
口に出す筈ではなかった言葉が自分の耳にも届いて、雄介は慌てた。
「え?」
一条もまた、自分の思考の奥深くを読まれたような気がして、驚愕していた。
「! いや、オレっ …あの……実は…一条さんと椿さんの…か、関係に…醜く嫉妬してるんです。…さっきの…アレ…もう、自分でもワケわかんなくなるほど、急にダメダメになっちゃって! ごめんなさい、一条さん! オレ、頭の中で、一条さんをいっぱい穢しました!」
雄介の決死の告白に、一条は思わず大声で笑い出しそうになった。同じようなことでそれぞれの胸の内を焦がしていたと判って、一条はその馬鹿らしさに、次第に立腹していった。
(何なんだ、おまえは! そんなに大らかに「嫉妬しているんです」って言うヤツがあるか! 俺の苦悩はいったい何だったんだ!)
「でも、もう大丈夫! オレは一条さんを信じることに決めたんです。椿さんに付け入る隙を与えないほど、オレが一条さんをガードします!」
「ガードって…。五代、それは、やっぱりオレの事が信じられないからガードしなくちゃならないってことじゃないのか?」
「ええ? ち、違いますよー! 椿さんから一条さんをガードするんですよー!」
「あいつはそんなにケダモノなのか?」
「獰猛そうじゃないですかー。オレの頭の中じゃ、とにかく凄かったんですから、椿さんって。オレの一条さんに、あーんなことや、こーんなこと…」
「ほう。楽しそうじゃないか、おまえの頭の中」
「へ? そう? 楽しそうですかー? それって、オレも一条さんに試していいってこと…じゃーないですよね、あははは〜」
「…ばか…」
胸の奥からじんわりと暖まるような、ほのぼのとした幸せを味わう一条だった。
保育園が見えてきて、一条は速度を緩めた。
(それにしても鋭いヤツだな。椿との仲を看破したって言うのか…)
肯定も否定もしていないが、雄介も不問にするつもりなのか、椿の話はそれ以後、出なかった。
改めて訊かれて気分の好いものではないだろうが、土台、雄介は、肝心なところで一条の返事を期待していないような素振りだった。
興味がないわけではないのだろうが、一条に負担をかけないようにと思う雄介の気遣いは、充分に一条へ伝わっていた。
その気遣いが切ないと思う一条だった。
「一条さん、オレ…また…今度、一条さんの部屋に行ってもいいですか?」
(まただ…。五代、今おまえはまた迷子の子どものような顔をしているぞ。そんな寂しい顔、おまえにさせたくない!)
「ああ」
保育園の駐車場に車を停めながら、感情が出ないように願いつつ一条は短く答えた。
「うわっ、よかった〜」
胸元に手を乗せ、軽く目を閉じ、口元に笑みを刷き、雄介は心底安堵したように言った。
「もう、無茶はしませんから」
ドアを開けようとしていた一条は、悪戯っぽく一言付け加えた雄介を振り返って睨みつけ、やはり幸せそうに「ばか」と短く言った。
◇◆◇
園庭は、目敏く雄介を見止めた子どもたちで溢れていた。
すかさず雄介に戯れる子どもたちの無邪気な顔の向こうに、一条はみのりを見つけた。
「色々混乱させてしまったでしょう。…申し訳ありません」
「いえ、そんな…」
「一言それが言いたかったんです…」
一条とみのりの会話に、もみくちゃになっていた雄介が加わってきた。
「遅くなっちゃったな」
「うん」
「…ごめんな、心配かけて」
「…そんなにしなかった」
「…そっか」
「…でもちゃんと来てくれて…ありがとう」
雄介は最高の笑顔で、妹にサムズアップして見せた。
子どもたちにせがまれるまま、雄介は約束のストンプを披露し終え、再び一条と車中の人になった。
と、一条の携帯電話が鳴った。
(未確認か!?)ビクリと反応する一条を尻目に、雄介は発信者を画面に見て暢気に言った。
「榎田さんだー。出ていいですかー?」
「え? いや…」
「トライチェイサー、どうなったかも聞きたいし」
一条の返答も待たず、雄介はオンフックボタンを押した。
「はい、一条です」
(それが俺の真似のつもりか、五代!?)
榎田がどう反応しているのか判らない一条は、頻りに会話の内容を気にしていたが、雄介のほうでは、一条に携帯電話を渡すつもりはまったくなさそうだった。
自分の知っている好い店で昼食が終わってから科警研に向かうということで電話を切った雄介に、早速一条は尋ねた。
「いい店って…まさか…?」
にっこり微笑んで大きく肯く雄介だった。
ポレポレでの昼食がつつがなく終わり、科警研に車を走らせる一条は、今しがた店のオーナーから聞いた雄介の家族にまつわることを話し出した。
「あの人が君たちの親代わりだとは知らなかった」
「親代わりっていうか、おやっさんですけどね。六年の時、仕事先のアフガニスタンで父親が死んで、十八の時、母親も病気で死んで…。まぁ色々たどっておやっさんのとこに落ち着いたんですよ」
「そうか…」
「一条さんは…いいお母さんがいるみたいですね。お父さんは何している人ですか?」
「…父は早くに亡くした」
「じゃ同じですね」
「…そうだな」
「…そっかそっか…」
「…だから、母だけはな…」
「そうですよねー、オレも同じでした! 母親や妹をどうしたら笑顔に出来るかいっつも考えてましたよ!」
「! …笑顔に…」
一条は、雄介の笑顔に拘る理由の一端が判り、自分との違いに慄然としていた。
(俺は、母に心配させまいと学力や素行には注意したが、言動に於いてはいつも気を遣わせる一方だったな…)
当時、周囲を笑わせていたというくだらないギャグを思い出そうとしている雄介の微笑ましさを、改めて愛しく思う一条だった。
「今日はホントにデート日和で良かったですよね!」
「は?」
「一条さんは楽しくないですか?」
「…」
「オレ、めっちゃめちゃ楽しんでます! 大好きな一条さんと、オレの大切な人達に会いに行く。メシも一緒に食ったし。ドライブも動く密室の中に二人っきりっていうシチュエーションですからね!」
「…前向きなヤツだな、おまえは」
アルカイックな微笑で雄介のほうに顔を向けると、満面の笑みプラス、サムズアップの雄介が、果たして一条のすぐ隣にいた。
「また、こんな機会があるといいですねー」
しみじみと言う雄介に、「ああ」と、我知らず素直に応じてしまった一条だった。
◇◆◇
科捜研では、一条と雄介の到着を待っていた榎田が、早速ゴウラムの破片を安置してある研究室に連れて行った。
榎田の読み通り、雄介が破片のひとつである緑色の石に手を触れると忽ち発光し、散らばっていた破片が見る間に寄って来出した。
固唾を飲んで見守っていた研究員達も、その不思議な様子に喜色を浮かべた。
と、そこへ、別の研究室で培養していた第二六号の菌糸が成長しているという知らせが飛び込んで来た。
咄嗟に駆け込んだ雄介が、限りなく不気味に成長した菌糸を、冷静にバーナーで燃やした。
異様な焦げ臭さに皆で鼻を蔽い渋面を作っていると、あろうことか杉田から第二六号再出現の知らせが舞い込んだ。一条と榎田が呆然と焼けた物体を見下ろしている中、雄介が一番先に反応した。
「行きます!」
雄介は、科警研で修理されたばかりのトライチェイサーで、現場に向かって疾走した。
「五代、聞こえるか!?」
「はい!」
「今こっちも科警研を出た! 榎田さんが残っていた細胞のサンプルを調べた結果、二六号のクローン細胞は突然変異で生まれた不完全なものだ! 爆発してもまた再生する能力はないらしい!」
「じゃあ、いつも通りやってみます!」
クウガが現場に到着した時、またもや杉田がピンチに晒されていた。トライチェイサーで第二六号の変異体を払い飛ばし、肉弾戦に持ち込んだ。
クウガ必殺のマイティキックが決まり、第二六号の変異体には死が訪れた。だが、いつものような爆発はしないで溶けてしまった。
「…なぜ奴は爆発しなかったんだ…」
駆け寄ってきた一条は、まず雄介にそう問うた。
「…わかりません。…オレはいつもと変わらなかったと思うんですけど…」
変身の解けた雄介は、今度は逆に一条に尋ねた。いや、口に出すつもりではなかったのに、また滑り出てしまったという感じだった。
「変わらないですよね?」
「え…?」
雄介は内心を悟られないように、にかっと笑って見せた。
(オレは未だ人間だ! 死んで甦ってきたって言っても、オレにとってはただ眠っていただけのことだ! オレは…生物兵器でも化け物でもないんだ!)
一条は「…君は本当に不思議なヤツだ」と、妙に他人行儀に言った。
それが一条的な照れと解って、雄介は更に「…変ですか?」と突っ込んで訊いた。
「いや、いいんだがな」
小さな溜め息と共に吐かれた言葉には、温か味が充ちていた。
「さあ、帰りましょう! 今日は一条さん、非番なんですから。後のことは杉田さん達に任せて、オレ達は帰りましょう!」
力んで言う雄介に、怪訝そうな顔で一条は応えた。
「そんな訳にはいかないだろう。立ち合ったんだし…」
そのまま仲間の刑事達のいるほうに歩き出そうとした一条を、雄介は慌てて引き留めた。
「ダメですよー! すぐに帰りましょう!」
「おまえ、帰る帰るって、いったいどこへ帰るつもりなんだ!?」
キッときつい視線で雄介を見ると、あからさまに雄介は狼狽した。
「うッ」
「…おまえ」
雄介のあまりのいじらしさに、一条には胸の底からじわじわと染み出してくる感情があったが、やはり顔には出せなかった。
「……疲れちゃったなぁー。…横になりたいなぁー。あ、シャワーも浴びたいよなぁー。んで、ビールをチビリとやった後、優しさと温もりに包まれてー、あ〜んなことや…」
「ご、五代!」
(こんな所で何を言い出す気だ、コイツはっ)
今度は一条がうろたえる番だった。
「今日だけの我が侭です! 一条さん、許して!」
断れる一条ではないと計算ずくではなかったのか…、そう疑われても仕方がないほど、雄介の態度はシタテだった。
ゴソゴソと背広のポケットを探っていた一条は、キィケースを取り出すと、鍵の束から一本を抜き取った。
「…先に行ってろッ」
ぞんざいにその鍵を雄介に突き付けながら、一条は早口で小さく言った。
雄介は驚きと歓びを隠さない素直な表情で、一頻り鍵と一条を見比べていたが、一条の間がそろそろ持たなくなるかも…という絶妙のタイミングで、一条の手を包み込むようにして鍵を受け取った。
「オレ、メシ作って待ってていいですか」
感激からか、少し潤んだ瞳と八の字眉になった、情けなさ気な雄介の顔…、声の表情ですら、感激を纏い、伝えている。こう乞われて、誰が否と言えるだろう。しかし、素直になれない男は、どこにでもいるものだった。
「…まさか、このままトライチェイサーで買い出しに行くつもりじゃないだろうな…!」
「はい! これから早速スーパー寄って帰ります!」
「冗談じゃないぞ、五代! そんなことに…」
「大丈夫、馴れてますから。ポレポレの仕入れも手伝ってるから、良い材料を安く買う自信あるんです。おっいしー料理作ってますからね。一条さん、なるだけ早く帰って来てくださいね!」
(…こいつには通じないんだ…)
一条は「そんなことを言ってるんじゃないだろう!」と声を荒げるところだったのを、グッと飲み込んだ。雄介犬の尻尾は、最早ちぎれんばかりに振られている。一条には判っていた。
雄介が果たして確信犯であるかどうか、いつもいつでも一条を翻弄できるほど、計算に基づいての言動なのかは計り知れない。
「そんな心配しないでも大丈夫ですよー。スペアキーなんて作りませんから」
しかし、今は完全に、雄介の掌の上の一条だった。
「ば、ばかッ やっぱり返せ! 五代!」
顔を引き攣らせながら手を伸ばしてきた一条を難なく躱し、ジーンズの尻ポケットに鍵をしまった雄介は、軽やかにステップを踏みつつ駆け出して行った。
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