〜EPISODE19【霊石】より〜 その3
◇◆◇
短時間の睡眠だったが、久し振りに自宅のベッドで、しかも温もりに包まれながら、泥のように夢も見ず眠れたおかげで、
一条の目覚めは悪くなかった。
僅かにベッドが軋んだと感じてまぶたを開けた瞬間に、雄介のこぼれるような笑顔が目に入り、昨夜のことが自ずと思い出された。
「おはよう、一条さん」
「…ふっ… どこかで聴いたセリフだ。……いま何時だ?」
ベッドサイドに時計を置いている一条は、雄介の陰になって見えないと目顔で問うた。
「六時を少し回ったところです。一条さんって、早起きなんですね」
振り返ることもなく、即答だった。すると雄介も、近時差で時計を見たということか。
「…おまえの方が早起きじゃないか。…どのくらい前に起きたんだ?」
(いつから寝顔を見られてたんだ)
少し睨むように一条が目線をきつくすると、雄介は慌てたように、「今です、今です。たった今!」と言った。
とても怪しかった。しかし、一条は不問に伏した。
「…腹が減っているが、…何もなかったな」
話を変えるように呟くと、雄介はニヤリとした。
「ですよね〜。もう、ペッコペコ! …でも、ここから離れがたくてー」
上掛けの布団に潜り込むように、一条の胸元に擦り寄る雄介だった。
「バっ! おいっ やめない…か…!」
乳首を吸われ、その周囲を雄介の髪がくすぐり、一条の語尾が震えた。
「ご、五代! …や…めろっ」
一条は仰向けでシーツに押し付けられ、抵抗を封じられた。
耳から首にかけ、雄介の舌が這う。
ぞくりと背筋を登ってくる快感があって、一条の口からも抵抗の言葉は消された。
雄介は、一条の上腕を押さえていた手を、一条の胸に滑らせた。既にしこっていた一条の乳首を、抓むように愛撫する。
「くぅっ」
腰が自然とうねるのを、一条は自制できなかった。
「…オレ、沸点低くて…すみません…」
臍から下に向かって口付けを繰り返ししつつ、雄介は一条の肌を愛でながら囁いた。
「ああっ ダメだ、五代…!」
腰だけを突き出すような一条の動きは、自分の牡を宥めてくれと哀願しているようだった。
「感じてくれてるんですね、一条さん…。……もう、こんなに……」
雄介のもう片方の手は、一条の太ももの柔らかいところを撫でていたが、一条の中心に顔を被せると、少し力を加えて脚を開かせた。
体の奥の慎み深い箇所が、朝日の中、雄介の目に曝されている。
その秘めやかさとのあからさまな対比に、一条は眩暈がするほどの惑乱を覚え、強く下唇を噛み、ぎゅっと目を瞑った。
雄介の唇がとうとう一条の秘孔に届いた。昨夜、雄介の滾る欲望で、大きく開かせた孔だ。
一条は恥かしがって、とうとう明言しなかったが、いま雄介が舌を這わせても文句の出ないところをみると、幸い、怪我はなかったようだ。
きゅっと窄まる淡く熱を持った沢山の襞を、丹念に舐め溶いていく雄介。少し綻んだところで、舌を捻じ入れるようにした。
緩い快感の波だったのが、瞬間鋭くなり、思わず一条は手を伸ばし、雄介の髪を鷲掴みした。
一条の牡を扱く雄介の手の動きは、相変わらず緩急をつけたもので、追い上げては放るといったもどかしさだった。
「あああ……はぁっ あぅぅ…うぅっ は…ぅ…」
(こ…んな声……俺の……知らない…声…)
一度解き放たれた自我は、貪欲に雄介を求めていた。
雄介もまた、一条の艶っぽい喘ぎに、もう我慢の限界が近づいていた。
「一条さん、…いれます」
雄介は身を起こし、一条の両膝の裏に手を添え、押し上げ開いた。
勃ってからずいぶん経つ雄介の雄芯は、迸り激走する寸前まで欲情に膨れあがっていた。
暴発を恐れるようにそっと自分に手を添えた雄介は、滴りそうな先走りの露を助けに、一条の狭き孔へゆっくり侵入を試みた。
一番太いカリの部分が埋まってしまうと、肉鞘に剣を戻すように、雄介は徐々に腰を進めた。
一条の脹らみに再び手を這わせた雄介は、自分のほうに引き寄せるように角度を付けて扱き出した。
「はあぁぁぁぁぁっ!」
一条は挿入される塊に前立腺裏の好いところを刺激され、大きく息をつきながら、自制する間もなく果てた。
目許を朱に染め、潤んだ一条の瞳が、信じられないものでも見るように雄介の腹筋あたりを凝視している。
白くどろりとした一条の吐露した精が、重力に逆らわず流れ落ちる様を見ていた。
(…やっぱり…イッてしまったんだ……挿れられただけで……)
それでも尚、熾き火が燃え始めるように、新たに湧き上がる熱が一条にはあった。
(おかしい…俺は、…変だ!)
恥らいが、そのまま媚態になっているとは知らぬ一条が動かす喉仏を、雄介は焼き尽くすような眼差しで見ていた。
段々と激しい律動を刻む雄介。それを甘んじて受ける一条。お互いの忙しない呼吸が、滲む汗が、二人だけの世界を支配した。
「一条さん!!」
感極まった雄介の鋭い一声が呼び水となった。一条はぐぅんと高い波が自分を攫うのに逆らわなかった。
「五代ぃ——っっ」
半ば悲鳴のように、一条は声を上げた。
一瞬間、二人とも息を詰め、次いで、途方もない解放感と達成感を味わった。一条は、今度は雄介と同時に、自分がまた果てたのが判った。
ビクンビクンと不随意に痙攣するお互いの体。呼吸は肺が破れそうな苦しさ。でも、蜜のような快感と愛しさが、それらを軽く凌駕していた。
◇◆◇
雄介は、歯止めの利かなかった自分の劣情を自己嫌悪していた。
せっせと一条の体を清めながら、心の中で謝り倒していた。
鈍く痺れたような腰を、温めたタオルで拭かれながら、一条もまた、恥かしさに雄介に合わせる顔がなかった。
一見、不機嫌にいがみ合っているような無言の二人だったが、お互いの心の中では、(嫌いにならないで)と、気遣いあっていたのだった。
「……遅刻ですよね……」
あらかた清拭を終えた雄介が、心底申し訳なさそうに、おずおずと声を掛けた。
「……休みをとった……」
無表情に、うつ伏せのまま、小さく一条が応えた。
「え? 一条さん、今日はお休み?」
「…ああ、昨日…シャワーの後で連絡を入れておいた」
途端に、雄介犬の耳がピンと立った。尻尾が千切れるほど振られた。
「じゃあ、じゃあ! えっとぉー、デート! デートできますよねっ?」
じろっと目だけ動かし、一条は雄介を叱った。
「おまえはいろいろと顔を出さなきゃいけないところがあるだろう!」
ウッと詰まって、雄介は険しい顔で考えた。
「…バイク…、そうっ そう、そう! オレ、足がないんですよー!
一条さん、起きれるようになってからでいいですから、車に乗せて行ってくださいよー、榎田さんのところまでー」
榎田の名前を出されて、急速に仕事の顔になってしまう一条だった。
いつも無理を言って仕事を割り込ませてもらっている科警研には、自分も出来れば顔を出して、榎田にきちんと礼を尽くしたいと、常々一条は思っていたのだ。
それに、やはりみのりのことも気に懸かる。雄介の死亡を告げに行って、逆に励まされてしまった一条だったのだ。
雄介が生き返ったこと、電話で一報を入れただけで済ますわけにはいかないだろう。
桜子のもとにも訪れ、古代文字の解読がどの程度進んだか、確かめても見たい。
雄介の腹の中にある石が、雄介を甦らせたのには間違いない。その不思議についての記述もあるのか…。
考え進むにつれて、一条は寝ている暇などないことに思い至った。
「五代、飯の用意をしてくれないか。エントランスから右に折れてワンブロック歩くとコンビニがある。腹に貯まるものを見繕って買って来てくれ」
「は…い」
下唇を突き出し、不承不承といった感じで肯く雄介に、
「朝飯食ったら、…すぐに…出掛けるぞ。回るところが多いんだから、急いで行けっ」
一条は、照れから途中で顔を背け、早口に言った。
「あ、は、はいっ! 行って来ます!」
一条の投げかけた言葉の回路がやっと繋がったように、電光石火の勢いで洋服を身につけ、すっ飛んで部屋を出て行った。
(…ちゃんと財布、持って行ったんだろうな…)
一条がそろそろと体を起こそうと身じろいだ時、閉まったばかりのドアがバンと開いた。
「おサイフーっ 一条さーん、サイフ借りまーすっ」
歌うような節回しで言うだけ言うと、雄介は駆け込んで来て、駆け出して行った。
「アイツっ 土足のままで!」
腕立ての要領でぐいっと上体を一気に起こした一条は、思わず「痛!」と腰に手をやった。
「……本当に……沸点低すぎだ…!」
苦笑いに顔を引き攣らせながら、その後はゆったり動いた一条だった。
シャワーを浴びに浴室へ行くと、洗面台の鏡に自分の上半身が写っているのにふと気付いた。
(ん?)
一条の体中、至るところに、花びら大の、赤い小さな烙印が散っていた。
(あ…いつ…! いつの間に…)
されたことに気付かなかったことは棚に上げ、雄介を呪う一条だった。
‐了‐
EPISODE20【笑顔】に続く…かな…?
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