ツボックの初体験
地球という星は全く理解しがたい惑星である。
科学技術の発達が著しく偏っている。
反重力装置も発明されていないのに、TVやDVDというメデイアがやたら進歩している。
ハイビジョンという、画像送受信のシステムは、バルカン星では、一部の学者の間でしか使われていない、それを普及させ、しかも、国民から強制的に費用を負担させようとしている、バルカン人には理解不可能である。
しかしながら、一部のTVプログラムは、我々、論理第一主義のバルカン人にとって、大変興味深い情報を提供してくれる。
昨夜も、私の探究心を刺激するシーンをTVで見た。
夏の夜、幾人かの男女がプールサイドでバーベキューパーティーをしている、最初は集団行動をしていたが、やがて、男女一対のペアが出来あがり、それぞれ、単独行動を行うようになる。
そして、建物の影などに身を潜め、互いの口唇を接触させる。
「これはなんだ!」
私はブラウン管に噛付くようにして、その光景を観察した。
どうやら、ストーリーから推測するに、これは地球のヒューマノイドの間で行われる、口づけという愛情表現の儀式のようだ。
しかし、私が奇異に感じたのは、原則として異性間だけで、執り行われると言う事、例外的に同性間でも行われるようだが、それについてはDVDを借りてきて、更なる観察が必要であろう。
我々バルカン人も同士の誓いを固めるため、日常的に執り行う儀式がある。
大きく開いた5本指を相手に見せるのである。
しかし、これは、老若男女違わず、誰とでも行う地球で言えばおじぎのようなもの、地球人の口づけとは随分、意味が異なるようだ。
バルカン人は全宇宙的にみても、大変探究心の旺盛な種族である、ビジュアルで見たものは、実体験として記録に留めて置きたい。
私は、さっそく、お隣のるびいさんに電話をした。
「るびいさんですか?ツボックです、夜分遅く、失礼します、今TV見てますか?56チャンネルの、そう、それ」
どうやら、人気ドラマのようだ、幸いるびいさんも、同じプログラムを見ていたようだ。
「あの〜、突然ですが、今やっている、それを、今度してもらえないでしょうか?」
電話の向こうのるびいさんはどんな様子なのだろう。
「え!」という困惑したような一言を発し、暫く沈黙が続いた。
「あの〜、あの〜、一度だけでいいですから」
私の探究心は電話を通じて伝わったようだ。
「え、ええ、一度だけなら・・・・いいですよ」
私は、その場で、ピョコンとジャンプした、何故飛び上がったのか、分からない、地球人的な嬉しいという感情が分かるようになったのかもしれない。
しかし、私がその感情を抱いたのは、るびいさんだからであろうか、それとも、他の女性でも、このように感じたのだろうか?
それは、今後の研究課題である。
土曜日の夕刻、私はるびいさんのお宅を訪れた、先日、約束した「それ」をしてもらう為だ。
るびいさんは、ノースリーブのサマードレスという軽装で玄関に現れた。
「じゃ、行きましょう」
るびいさんは、そういうと、スタスタとガレージに向かって歩き出した。
私は、るびいさんの後を追いかけ言った。
「あの〜、ここでも良いんですけど」
るびいさんは、立ち止まり、私の方に振り向き言った。
「ツボックさん、こういう事はね、雰囲気が大事なの、どこでも、出来る事じゃないのよ、とくにレディはね」
そうか、私が見たTVドラマでもプールサイドという、非日常的なロケーションであった、それに周囲が十分暗くなってから、この場所、今の時間は、口づけという儀式を行うには不適切なのである。
るびいさんのガレージには黄色いオープンカーが格納されていた。
るびいさんは、助手席に座ると、人差し指と親指でキーを挟み、私に差し出した。
「ツボックさん、ドライブ、御願いね」
これもTVで得た知識であるが、地球では特定の男女が乗り物を使い移動する場合、男性が操縦桿を握るのがしきたりのようだ。
どのような場合でも、操縦技術の優れた者がパイロットシートに座るバルカン人とはかなり異なるしきたりである。
私は地球の自動車という、原始的な内燃機関を操作するのは初めてである、多少の不安はあるが、シャトルの複雑な操縦と比べれば楽であろう。
私は、操縦席に座るとイグニッションキーを回した。
丸型操縦桿に慣れていないため、最初は右に左に蛇行し、助手席のるびいさんをひやひやさせたが、直ぐに慣れ、安全航行出来る様になった。
るびいさんの案内に従い、道を進んでいくと、やがて、眼前に大海原が広がって来た。
「ここは、砂が固いから、大丈夫なの、波打ち際の何処か適当な所に車を止めて」
私は、なるべく人がいない場所を選んで車を止めた。
次のページへ→
ご注意、次のページには効果音が挿入されています。