でも私の気持ちは誰にも伝わるはずなかった。勿論、あなたからメールが来たときはうれしかったけど、本当は私の変わりようを見てほしかった。私がどういう風に考えて、どうしてこんな私になったのか、計算ずくで勝ち取ったものだと気付かせたい。私の頭の良さに感服させたい。だけど不可能だ。まず、あなたは私の頭の良さとかに気付きもしない鈍感男だし、次に、私はあなたに心を開く気はない。じゃなきゃ全部抱えて走り去ることなんてできない。あなたは偶像。本当はね。正直言うと、小学生くらいの私の夢は、あなたと一緒に歩いていくことだった。隣合わせで。いつからそれが不可能になったんだろう?いつから全部抱えて走り去ることが一番大事になったんだろう。それは、あなたが私の隣から離れて偶像化し始めたから。あなたが冷たい視線で普通の人になっていったから。あなたが遠い存在になりはじめたから。 そう、遠い存在だったのかもしれない。そうならそれと最初に言ってくれないと困るわ。憧れの対象にはならないけどね、鼻たれてお手手つないでた頃を知ってるから。
 この後、この人と寝る気があるかどうか、それだけ考えれば答えは出るのかもしれない。勿論、寝る気なんかない。ずっと心の中で支えにしてきたあの人と同一人物とは思えなかった。ヤキトリ屋の暗いあかりに浮かびあがるのは、にきび跡が目立つ顔、スポーツで鍛えた体、茶色く焼けた髪。こういう観察を続けていたら好きになってしまいそうだった。私の妄想と、実在する人との違いしか、観察してはいけない。それなのにもう記憶のエッジは曖昧になってきた。体育祭?どんなんだったっけ。ハチマキをしめて、タスキをかけて走ってきたあの人の髪は確か茶色だった。いや違ったっけ。バトンを渡したその手は土ぼこりで汚れていた。それとも白かったっけ。記憶の何もかもが、今目の前にいる人に合わせてしまいそうだった。いや違う。もっと素敵な人だった、こんな人じゃない、そう想像と違ってあたしはガッカリするのよ。そしてこの人から自由になるの。陳腐なシナリオだけど効果あるわ。
「中学校の頃さあ。自殺しそうになったことあるってみんなで話しててさあ。中山とお前が、あるって言って盛りあがってたじゃん。ベランダから飛び降りる話。あれ、俺全然わかんなくて、だって俺自殺なんて考えたことなかったし、なんか置いてきぼりな気がしたんだよね。でも最近になって、俺も自殺考えたりすることが、勿論絶対本気ではしないけど、でもちょっと辛いときとかさ、自殺したくなることがあって、お前たちはあの頃から自殺とか考えるくらい辛いことあったんかなって思ったりしたんやけど、何かあったん?」
酒が入ると深い話にしないといけないとでも思っているのだろうか。深いっていうのはつまり深刻という意味。別にこれも大して深刻じゃないけど。
 それがずっと気になってたの?と私は聞いてあげた。