5月9日 日曜日 電車のとなりのおんなのこ
用事があって新宿に出る電車の中。僕のとなりのおんなんこは、ウトウトと頭を上下左右させている。大きなトランクケースを足下に置いているところをみると、ゴールデンウィークに海外旅行に行っていた帰りといったところか。居眠りを続けるそのおんなのこは右に左にゆらゆらと揺れ、多分にもれず僕の方にも倒れてくる。よく、疲れきったおやじがこういう状態になって、同じように僕の方に頭をのせてくる。そういう時は咳払いをしたり、肩を動かしたりして起こしにかかったりするものだ。おやじに肩を貸すなんて気持ち悪いし、まっぴらごめんだ。しかしながら、今日のおんなのこは、ちょっと横を覗き込んでみたところ、なかなかのかわいい子で、おやじがもたれかかってくる時のような嫌な気分にはならなかった。本を読んでいる僕にとっては気が散るし、またいつものように肩を動かすなどして起こそうと思ったが、何となく気が引けたのでそのままにしておいた。そのままにしておいても、となりの客にもたげていることには寝ていても気付くもので、そのおんなのこは何度も目を開けてはまっすぐに座り直す。それの繰り返しだ。そこで僕は考えた。新宿に着くまで、このおんなのこに快適な睡眠を提供しよう。僕は次におんなのこが僕に倒れかかってきた時に、出来るだけ僕の体が動かず、壁のように安定した状態を保てるように集中した。彼女は、がっちり安定した僕の肩に頭をのせ、そのまま静止した。「やった」僕はと思った。僕は新宿まで、神経を集中し彼女が起きないように肩を提供し続けた。どうやら、彼女と僕の目的地は同じだったようで、彼女も新宿で目を覚まし電車を降りた。もちろん、彼女は僕が彼女の安眠のためにどれだけの努力と注意を払ったかなど知る由もない。その、誰にも知られることのない善意を提供したことにより、僕はささやかな満足感を経て、一日を気持ち良く過ごすことができたのだった。