3月28日 日曜日 時間がゆっくり流れる部屋で
「静かってこういうことなんだなぁって思いましたよ」。おばちゃんが言った。おばちゃんは整体師のようなことをしていて、体の曲がっているところとかをまっすぐにしてくれる人だ。僕は福岡に帰ると、必ずおばちゃんに体をまっすぐにしてもらうようにしているのだ。おばちゃんたちは昔の家を引き払って、新しい部屋に引っ越していて、そこが昔の家よりずっと閑静なところにあるものだから、そう言ったのであった。そこは確かに静かで、世の中が忙しく動いていることなんか他人事のように思えるいいところだった。部屋にはまだなにもなくて、おばちゃんのその声は部屋に反射して響いた。あまりに静かで、テーブルに出されたお茶の湯気からさえも音が聞こえそうだった。新築のアパートの部屋には建材の匂いがほのかに漂っていて、それは僕が東京ではじめて一人暮しをはじめたときの部屋と同じ匂いがした。新築の部屋の匂いは、何かが始まる予感がする匂いだ。その匂いで、僕は4年前に意識がフラッシュバックする。4年前の自分と今の自分は、変わってないようでもあり、大きく変わったようでもある。「いくら自分が変わったとおもっていても、そのひとは結局そのひと。人間の根本なんてそう変わりはしない。」と知人が言っていたのを思い出した。お茶を飲み終わると、静かな部屋で僕の体をまっすぐにする作業が始まった。部屋にさし込む光の量と、音のバランスが僕にはたまらなく懐かしく感じ、僕は徐々に心地よくなった。体をまっすぐにする作業は淡々と続き、終わった頃には2時間の時間が過ぎていた。こんなにゆっくり時間が流れている部屋での、あっという間の2時間だった。