11月23日 日曜日 ぼくたち登れると思うんですけど…。


 目の前に現れた南アルプスの山々はあまりに雄大だった。巨大に立ちはだかる山々の頂上付近は、すでに雪化粧だ。その中で一番高い山が北岳。それを囲むように仙丈ガ岳や甲斐駒ヶ岳など、3000m級の山々が立ち並ぶ。軽い気持ちでやってきたのだけど、どの山も、ぼくたちを少しも受け入れてくれなさそうに見えた。今日は会社の仲間と4人で、冬登山に挑戦するため山梨県に来たのだ。ノリはいたって軽い。今回のメンバーのひとり、藤井氏が一か月ほど前に「どこに登りたい」との問いに「南アルプスがいい」と、思いつきで答えた。なので南アルプスにしたのだけど、彼は南アルプスをひとつの山の名前だと思っていたことが後日わかった。それは違う。南アルプスはあくまで地域の名前だ。つまり、僕らはそのレベルなのである。山の名前も地域の名前もよく分かっていない。そんなこんなで南アルプスにやってきたものの、その中でどの山に登るかはまだ決めていない。山のふもとの小さな温泉地に宿をとってある。そこの主人と相談して、僕らが登れそうな山を教えてもらうつもりだ。

 宿には13時頃には到着。チェックインは15時だから、それまでは2時間ほど時間がある。町営の「山岳館」という建物に行ってみるといいと、宿の主人にいわれたので、勧められるまま、僕らは山岳館へ向かって、明日の作戦をたてた。地図を見る限りでは「鳳凰三山」と呼ばれる観音岳、薬師岳や地蔵岳が、僕らの華麗なる冬登山デビューには良さそうだった。高さも3000m級で、挑戦感も充分にある。しかし、いくら考えても、結局のところ、素人の僕らにはその作戦が正しいかどうかがよく分からなかった。なので、ひとまず山岳館の職員に相談をしてみた。

「すいません、ぼくたち、鳳凰三山に登りたいんですけど、日帰りで行けますかね?」「ひ、ひ、日帰り?そりゃ無理ですよ。すぐ日が暮れてしまいますし。ヘッドライトとか持ってますか?」「い、い、いえ。もってないですけど…。」「コンパスは?」「 …。」「だめですかね。」「だめです、ぜったい」「でも、ぼくたち登れると思うんですけど。」「いや、絶対辞めておいた方がいいと思います。」「ん〜、でもなんとなく登れるような気がするんですけど。」「お願いだからやめて下さい。」とかやっているうちに、困った職員は山岳館の館長を連れて来て、本格的に僕達を引き止めに入った。ぼくたちは地図で見る限り10cmくらいの距離だし、なんとなく登れるような気がしてならなかったのだけど、どうも山岳館の人たちの必死の引き止め作戦を見ていると、それは本当に無理のようだった。それでも黙って登りにいっちゃおうと思ったりしたのだけど、ふと「素人登山家、無茶な計画で遭難。前日の山岳館職員のアドバイスも無視する暴挙」のような新聞の見出しが目に浮かび思いとどまった。

 結局のところ、八ヶ岳という南アルプスからは少し離れた山に登ることにした。八ヶ岳にもいくつかの頂上があり、ぼくらはその中で編笠山という一番低い山に登った。それでも2500m以上はある。今年は暖冬のせいか、頂上付近でも雪の気配はなかった。頂上では、念願のマルちゃんワンタンを食べ、目的達成といったところだ。これから刻まれるであろう、僕の登山人生の第二歩は刻まれた。今年のうちに必ずや冬の日本アルプスを一度は制するつもりである。スキーかスノボを背負って冬山を登り、頂上から滑り降りてくるのが目標のようなきがしてきた。まだ、物語は始まったばかりである。わくわくする。

念願のマルちゃんワンタンを食べる直前の絵

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