10月4日 土曜日 死の匂いがする納豆
昨晩もまた飲みすぎた。銀座の地べたで眠る僕の姿の目撃証言あり。芋焼酎をロックでがぶがぶ飲んじゃったからな。最近、酒にも弱くなったし、記憶もすぐになくなるようになっている。気を付けなくてはと思うけれども、いつも同じパターン。昨日も同じ。でも、そんな明くる朝に限って、目覚めは早くやってくる。酒の残ったような残らないような、キレの無い意識の中で目覚めた土曜日の朝、午前6時。早起きで三文の得。僕はパソコンをいじったり、本を読んだりして、平和な週末の幕を開ける。10時には家を出て、いつもと同じように、有楽町の英会話学校へ向かう。
僕が毎週、土曜日の朝に通っている、この英会話教室の教師たちは、みなどこか変わった人が多い。なにせ、自分の母国を離れて、遠い東洋の島国で英語教師をすることになっているのだから、普通の人たちではないのが前提だ。それぞれにドラマがあるってもんだろう。出身はアメリカ、オーストラリア、カナダ、イギリスなど様々。今日の教師はアリゾナ生まれのアメリカ人。18才の時にハワイへ移り、ホテルのマネジメントやヒッピーなどをしていたらしい。25才の時に、当時バブルの真っ盛りだった日本へ呼ばれて、麻布の高給クラブで働いていたが、バブルがはじけ、その後いろんなことをしながら、結局15年も日本にいるとのこと。来年には、日本を脱出しオーストラリアで過ごしたいと、彼は言う。
今日の授業の中でpreferの使い方の練習があって、僕はそれを使って教師に質問をしなければならなかった。僕は「納豆は好きか?」という、わりとべたな質問をしたのだけど、その時に返ってきた答えで、彼の上記の素性が分かることになる。彼はとても嫌なものを思い出すように「No」とだけ答えた。外人にありがちの「あんなくさいものたべられたもんじゃない」とかいうアンビリーバブル的な顔ではなかった。もっと、本当に思い出したくないものを思い出したような顔だった。話を聞くと、日本で職を失っていた時期があって、その時にひもじい思いをしながら、いやいや食べていたのが納豆だったという。彼は納豆に対して「あの食べ物は僕に死を思い起こさせる。死の匂いがする」と、真剣な顔で語った。「死の匂いのする納豆」って、なんだか緊張感が無いし、いろいろあるなかから何故納豆を選んでいたかも謎だけど、とにかく彼は納豆を食べることが出来るけど、好きではない。そういうことらしい。納豆も「死の匂い」呼ばわりされてかわいそうだと、納豆ファンの僕としては思ったけど、人にも、納豆にも、いろんな物語が潜んでいるのです。しょうがないでしょう。
そこまで飛び切りに明るかった彼が、そんな納豆の話で教室のテンションを下げた後、僕は話の方向を音楽に変えた。僕がギターを少しやることを話すと、彼はJack Johnsonというギタリストが最高にかっこいいと教えてくれた。僕は家に戻る前に、有楽町のHMVで教えられたアルバムを買って帰った。そのアルバムを聴きながら部屋の掃除をする。今日は友達が多数、家に来ることになっているのだ。モノが増えすぎたせいで、いろいろなものが収納できなくなっていて、部屋は煩雑に散らかっている。思い切って部屋の収納の構造を変えてみた。その作戦は成功し、僕の部屋は随分とすっきりした。Jack Johnsonも、期待以上にクールでかっこよかった。すっきりした僕の部屋になかなかよく合う。部屋が奇麗って気持ちいい。Jack Johnsonのおかげで、その気持ちよさも3倍増。部屋に寝転んで、ウイスキーを飲みながら客人を待った、土曜日の夕方、18時くらい。その後、また僕は飲みすぎて9時前には酔いつぶれてしまうのだけど。ああ、またいつも通り。