8月10日 日曜日  夏の、夏による、夏のための。


 今日は台風一過で驚くほどの快晴だ。6月からつづく梅雨は、いまだに明けたのか、明けてないのかはっきりしない。こんなぱっとしない日が続く中、これほどの快晴はさすがに気持ちいい。僕は朝の7時半の街を歩きながら、雲ひとつない空を見上げ、藤井氏に電話を入れた。さすがに彼はまだ眠っていたけど、電話でたたき起こして海に誘った。海でビーチバレーをするのだ。今日しないでいつするのだ。夏には夏にしか味わえない1日を送るべきである。少なくともそういう1日が何日かでもあるべきである。梅雨明けが伸びているせいで、ただでさえ短い夏。実際問題として土日しか休みが取れないサラリーマンである僕らの夏は本当に少ない。お盆明けを夏としないならば、本格的な夏は土日3回分程度、つまり6日程度である。夏は6日しかない。たった6日だから、このチャンスを逃す手はない。

 家に戻って、テレビをつけ、30分くらい「台風10号が残した爪痕」をぼーっと眺める。僕が昨日の夜にお酒を飲みすぎて、ぶっつぶれている間に、何人かの人が台風の犠牲となり、怪我を負ったり、死んだりしていた。昨日まで普通に暮らしていた人が、次の朝に死んでいる。不思議な気がしたけど、悲しくはならなかった。徹夜明けであることを考えないようにして、海に行く支度をして待ち合わせの鵠沼海岸へ向かう。電車では、本を読んで過ごした。海岸まで約1時間ほどかかる。軽い読書には最適な時間。村上春樹の「ダンスダンスダンス」の冒頭は、かったるい朝にちょうど良いテンションだった。

 10時半には海岸に到着。黒い砂浜の上にも、どぶのような色をした海の中にも、腐るほどの人がいた。本当に腐っているのではないかと思うほどである。そんなうんざりする風景を眺めながら、水着に着替えた。空には相変わらず雲ひとつない。温度は36度といったところか。しかし、この人でごった返した風景も東京(正確には神奈川)ならではであり、夏の風物詩だと見ることだってできる。そう思うと、その風景を少し愛せる気がしてきた。東京には東京の夏がある。黒い砂浜、汚い海、カラフルな水着の女たち、江ノ島、湘南、ヤンキー。とても不健康だけど、そもそも東京なんて不健康な街なのだから。そんなことを考えながら、バレーボールを開始。一日中、藤井氏と延々パスをした。延々である。これは遊びではなく、部活に近い。本気であり、笑いはない。今年4回目のビーチバレー。かなり現役時代の感覚が戻って来ている。僕たちは泥だらけであり、汗だらけであり、お腹が出ていて、ビーチでギャルから熱いまなざしなど、絶対受けない様子だったけど、それがこの不健康な鵠沼海岸ビーチへのアンチテーゼの表明であった。この日は2人で延々やっていたせいもあり、体力のつきるのも早く、早めにあがることにした。

 砂だらけの体を洗いに、この日はじめて波打ち際に行ってみた。そこで遊ぶ人たちが平和な風景を作り出していたけれど、海からはドブの匂いがした。僕はドブの匂いを知っているから、この匂いが海の匂いではなく、ドブのにおいであることを知っているけど、ドブのない都会で育った子供が、この海を幼少体験とする場合、ある日ドブに出会った時に「海の匂いがする」と思うのだろうか。それだけは避けてあげたい気がする。僕らはドブの匂いがする海を後にし、馬鹿みたいに混んでいて400円も取られるコインシャワーを浴びて、海での1日に幕を下ろした。東京へは東海道線のグリーン車で戻る。この小さな贅沢、割と好きなのです。グリーン車に乗ると、どこか西の方から東京へやってきた人たちが、ちょっと得意げな顔で座っている。僕らもそれに混じって、ちょっと得意げな顔で東京へ帰る。


 ところで、今日は東京湾花火大会の日。その花火大会は、僕の勤める会社から奇麗に見えるので、お酒とつまみを買い込んで会社に侵入し、会議室に陣取った。藤井氏と、同期の鈴木氏と3人で「おー、おー、きれーきれー。」などと言いながら、夏の夜を楽しんだ。台風一過と海とビーチバレーと花火とビール。本当は家にこもって、いろんな作業をやる予定だった。予定していたことは何もできなかったけど、これはこれで良いはずである。夏の、夏による、夏のための一日。

生涯現役。

土曜日へBack! / Diary Topへ戻る

Home