蛍(セイ)
蛍を見にいきましょう。
そう言ったのは沖田先生だった。
月欠けのきれいな夜、沖田先生の後ろを、薄暗い森の中をさくさくと歩いていた。
沖田先生は、ずっと黙っている。
沈黙が、なんだか切ないです。先生。せっかく二人きりなのに…。
もっとお話もしたいし、沖田先生の笑顔もみたいです。
やっぱり、いきなり蛍を見にいこうだなんて、沖田先生、何かあったのですか。
「沖田先生、今日は無口なんですね。」
その言葉に、沖田先生はぎょっとした顔をして慌ててふりむいてくれました。
先生の顔が、やっと見れました。
「あ、あっ、すみません、神谷さん。」
「いえ、…沖田先生、何かありました?」
「な、何もありませんよ。ただ、蛍がいないなあって…」
「…そうですか?」
やっぱり、何か考え事をしていたのでしょうか。
話す気はないのですね。
「あっ。」
沖田先生の背中ばかり見つめていたせいか、木の幹の存在に気づくことが出来ませんでした。
「だいじょうぶですか」
そう言うと、沖田先生は、困ったような顔をして手を差し伸べてくれました。
そういうさりげないやさしさが、私は大好きなんです。沖田先生。
その時。
白い影が、さっと通り過ぎるのが目に入ったんです。
「きゃあ!」
とっさに沖田にしがみついてしまいました。
「い、今の白いの、何ですか?」
沖田先生の、返答がありません。
言っておきますが、私はお化けとか、だめなんです。
まさか、今しがみついているのは…、そう考えるとこわくって、おそるおそる先生を見上げたんです。
良かった、これはちゃんと沖田先生です。
ふう、と私は安堵の息を漏らしました。
「せんせえ…?」
せんせい?先生も震えているんですか?
「…もしかして、先生…?」
「えっ?!」
私はくす、と笑ってしまいました。
だって、だって沖田先生まで、お化けが苦手なんて、思わなかったんです。
「きづかなくって、すみません」
私は、自分だって怖いけれど、精一杯にっこりと笑いました。
先生に、安心してほしいと。そう思って。
先生の顔が、みるみる赤くなるのが、月明かりの中よく見てとれました。
先生のことだから、武士ゆえに恥ずかしいとそうお思いなんでしょう。
「大丈夫です、先生。でも…」
「で、でも、なんですか?」
沖田先生は、もう顔を真っ赤にしながら、言いました。
「すみません…、私もなんです」
「ええっ?!」
あ、何ですかその驚きようは。
先生だって同じのくせして。私がお化け、苦手だと、だめなんですかね?
「なんですかソレ」
私は急に恥ずかしくなって、頬が赤むのを感じながらせんせいをちろと睨みました。
「い、いえ、…そうなんですか?」
先生の私の肩に置く手は、力をこめられたように感じられました。
「ええ、だから先生も、がまんしなくっていいんですよ」
その瞬間、先生は私にしがみつきました。
やっぱり、震えながら。
なんだかへんな感じです。いつもは先生に守ってもらっていますけど、私でも先生を守ることができるんですね。
少し、うれしくて、私はふふ、とほほえみました。
「先生、じゃあ蛍はあきらめて帰りましょう」
その言葉に、先生はぱっ、と離れて、
「あ、そ、そうですよね。すみません。きづかなくって」
「ええ」
いいんです。先生だって怖かったのですから、私の恐怖にきづけなくても、仕方ないですもの。
私達はにっこりと笑うと、立ち上がりました。
先生はそのまま私の手を引いて、帰り道へと足を運びました。
先生は、こころなしか急いでいるような足取りで。
なんだか、沖田先生、かわいい。
私は、そう思って、つないだ手のぬくもりに幸せを感じながら、また、ほほえみました。
<その後>
私、先生とはもう一生口を聞きませんから。
こちらは総司とセットになっています。