「———土方も隊をつれてくるぞ!」


 男たちの視線がセイひとりに集中した時、不意に、土手を駆け降りてきた堀井の叫び声が響いた。


「何だって?」


「ちっ、沖田はひとりで出なかったか」


「いや、沖田はひとりで、だいぶ前に出ている。だが土方に知らせたんだろう、土方が屯所で加勢を集めていた」


(どこかで聞いた声・・)


 こいつが間者に違いない、この声は誰だったか?


 セイはその男を見ようとするが、胸元を隠しながらしゃがみこんだ体勢では、立っている男達に視界をはばまれ


確認できない。


「ちっ、情にかられて行動するほど沖田も愚かではなかったようだなっ」


「来る時、壬生で第一隊が沖田を襲っていたのを見たが、この様だと後から来る土方達に任せて沖田はひとり先


にここへ来ると思われる!」


 堀井は叫ぶ。


 それを聞いた男たちのなかから、どよめきが起こった。


 まさか第一隊の十人に襲われる以上、沖田がここへ生きて来ることになるなどと思ってはいなかったのだ。


 計画は、こうだった。


 沖田に人質の命をちらつかせて一人で来るように仕向けておき、沖田が屯所を出た先の道で、彼を第一隊が


奇襲する。そして三条大橋においてその首を人目にさらす、というものだった。


「・・貴方の言っていた”まさかの時”に備えて、人数をここにも集めておいて正解でしたな!」


「畜生、第一隊がうまく土方達から逃げのびるといいが・・!」


「土方達の加勢の来る前になんとしても、先にやって来た沖田をここで殺る!その後、神戸屋で落ち合おう!」


 中心に立っていた男が、皆へ言い渡す。


「きゃっ」


 不意にひとりが、セイを無理矢理、抱き起こした。小刀をセイの首に突きつける。


「沖田は土方に知らせたわけだ。つまりお前は亡き者だ」


「・・組に間者がいて沖田の行動を見ていたとは、沖田も土方も思わなかったようだな、所詮その程度のものか」


 セイがその言葉にかっとなって叫ぶ。


「先生たちを馬鹿にするな!私と沖田先生が念友だなんて、お前らのその想像が馬鹿だから先生たちは気づか


なかったんだ!」


「どうであろうが、お前には死んでもらう」


 セイは、目の前の小刀を見た。


 だが今セイの心にあるものは、ただひとつになっている。


(加勢があるなら絶対、先生は大丈夫だ。)


 確固たる安堵感。セイの表情は安らいでいた。


「殺せ。私など、これで用済みだろう」


「——潔いではないか」


 セイは、覚悟を決めて目をつむった。


 そのまぶたの裏に、愛しい人を思い浮かべる。





「待てよ」


 だが小刀を持つ男の腕を、誰かが押えた。


「こいつが女だったら殺すのは、もったいないぜ」


「ふ、ふざけるな!私は武士だ!さっさと殺せ!!」


 わめき出すセイのその体に、男が手を伸ばす。


 そこへ怪訝な顔で、堀井が覗き込んだ。


「女って、お主、なにを言っている?」


「堀井さん・・!あんたが、あんたが間者かっ!」


 セイが堀井の顔を見とめて、罵倒する。


「悪いな神谷。あんたには病のとき世話になったが」


「堀井、この童っぱ、女か?」


 堀井の横合いから数人が問うた。


は?


 と堀井が聞き返す。


「さっきからお主ら、なにを言ってるんだ?」


「女じゃないのか」


「神谷が、女だと・・?」


「堀井が知らんということは隊内では知られていないのか。だったら今、確かめるまでよ」


 ひとりの男が応えて、セイの体を後ろから押さえつけた。前にいた男が、胸のサラシを解き出す。


「は、離せ!!私は女じゃない!」


 力の限りセイは暴れ出した。だがどんなに抵抗しても、セイのサラシは徐々に解かれてゆく。


 もう一人の男が、セイの暴れる足をも押さえつけた。


 そこにいる男達の視線は、セイの胸元へ集中する。


「やめろ!!さっさと殺すんなら殺せ————!!!」


「五月蝿い、黙れ!!」


 男が最後の一巻きを引いた。サラシが宙を舞う。





「・・・神谷、お前」


 立ちつくす堀井の、茫然とした声がセイの耳をかすめる。


 力が抜けた背後の男を振り切り、前かがみになってセイは露わになったその胸元を覆った。


 サラシを手にした男がセイを見下ろして言う。


「女が両刀に月さやで、何を考えて新撰組にいるのか知らんが、お前はいま殺さん、お前にはもっとするべき


ことをしてもらおう」


 卑しい笑い声が、セイのまわりを囲んだ。


 堀井がひとり複雑な表情で、セイをただ見つめる。


「・・沖田は新撰組に自分の女を置いておけるのか」


 セイは、顔をあげて堀井を睨みつけた。


「堀井さん、あんたが私と先生の何をみて勘違いし、こんな計画を立てたのか知らないけど、私と先生はそん


な仲じゃない。」


「馬鹿を言うな。信じられん、あれだけ仲睦まじくしていて、誰が恋仲でないと思うか」


 セイが嘲笑した。


「あの人は私への責任感で、私を面倒みてくれているだけだ!」


「責任感、だと?」


 今度は堀井が笑った。


「あんたは沖田のあの態度を、ただの責任感からくるものだと思うのか?」


(あの態度?)


「何を言ってるんだか分からぬ!」


「沖田は、あんたを・・」


「それ以上、貴方が言う必要はありませんよ」





—— 瞬間、いっせいに男達が抜刀した。


 そして声の主を、そこにいた全ての者が見やった。いつのまに土手を下っていたのか、沖田が、男達との


間合いの数歩手前に立っている。


 その総司を見て、セイはぞっとした。


 彼の表情が氷のように冷たい。


 眼が男達を射抜き、彼の周りを鋭い殺気がみなぎっている。


(こんな先生、巡察の時だって見たことなんか、ない)


「こ、来い、沖田っ!貴様の死場はここだっ」


 沖田の鋭い眼を前に、思わず尻込んでいた男のひとりが、はっとして声をあげる。


「・・せんせいっっ!!」


 その時セイの悲痛な叫び声がさえぎった。


「お願いします!加勢が来るまで、どうかその場でっ!」


「そうはさせん」


 背後の男がセイに近づいた。ぐいっとセイの腕が離され、胸元が虚空にさらされる。


「いやあ何をっ!」


 悲鳴をあげたセイの腕を押え続けて、男が叫ぶ。


「あんたがそこで加勢を待つなら、その間この女を辱しめる!」





「—」


 沖田が、何か言った。


「あん?」


 男が聞き返す。


 応えるように、沖田の体が数歩前へと歩んだ。


 「——今すぐ彼女を、離せ、」


 その声とともに、沖田の左手が、鯉口を切った。


「全員、死んでもらう」


 右手が、柄をつかむ。


「せんせいっ?!」


 セイの声は宙に消えた。その一瞬、目に追えぬ速さで男達の間合いに飛び込んだ沖田を前に、ひとりが


あっという間に崩れ落ちた。


「お、沖田ああああっ!!!」


 激昂した男達が一斉に沖田に向かっていくなか、セイは突き飛ばされた。咄嗟に胸元をかくまいながら、


総司の姿を男達の向こうに観とめる。


 足元の死体から、彼が後ろへ数歩、離れたのをセイは見た。


 つられて追った男が、とたんに死体の上に仰向けて、かぶさった。袈裟に切り裂かれた体を空へ見せる。


 沖田の足はさらに数歩下がって、橋の柱を背に、止まった。刀を振りかぶり男達がその沖田を狙っていく。


「・・来なさい、」


 左右から振りかぶった二人の胴が勢いよく薙ぎ払われ、沖田の前になだれ落ちる。


 沖田はそれを自分の片側へ、足で蹴りやった。


 片方の道を目の前でふさがれた男が、一方向から沖田へ向かったが、沖田と一対一で戦って勝てるはず


もなく、一、二度剣を合わせて崩れ果てる。


 再び沖田は自分の前方を一箇所、同じ動作で蹴り空けた。彼の周りにはその空間だけ除いて、血塗れた


死体が散乱する。唯一ひらけた所から斬りつけていく二人が、さらにその死体へと叩きつけられた。


 沖田の思惑どおりに、七人という人数は彼の前に難無く消し去られ、彼の剣先は最後の男へと向けられた。


「・・堀井さん」


 対峙する彼に、沖田が声をかける。


「神谷さんを女と知った以上、生かしてはおけませんよ」


「・・あんたは、」


 何かを言いかけた堀井の体は、そのまま仰け反った。のど元を真直ぐに突かれてその場へ崩れていく。


「余計なことを・・」


 余計なことを言うな


 音もなく沖田の唇が動いた。
































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