「沖田先生っ!!!」


 サラシを巻いて襟元を正したセイの、その小さな体が総司のほうへと走っていく。


「神谷さん、貴女は全く・・」


 血刀をぬぐいもせず、総司の腕は彼女を深く抱きとめた。


「せんせえ、ごめんなさいごめんなさい!!私が油断したんですっ」


「もう二度と、何も言わずにひとりで出て行ったりしないと約束なさい」


「約束しますっ・・」


 不意に総司が、セイを離した。


「先生?」


 見上げたセイの目のはしに、橋上を駆けてくる土方達が映る。


「神谷さん、綿着、ありがとう」


 セイの視線は、自分と距離を置いた総司へと戻った。


 懐紙で刀をぬぐう彼に、セイは大きく目を見開いて尋ねる。


「さらわれたとき落としたのに、先生あれを見つけられたんですか?!」


「ええ、屯所の近くの道で拾いました、風呂敷ですぐにわかった。」


 以前、貴女が買ってくれた羽織も、あの風呂敷に包まれていたから。


 総司は胸内で、そっと呟く。





「———総司っっ!!!」


 その声にふたりは、土手を降りてくる土方達を見た。


 辺りを埋める血の池に、土方はぎょっとした。


「おまっ・・これ、全部ひとりで片付けたのか?!」


 思わず叫んだ土方の横で、数人の平隊士が声もなく立ち尽くして死体の山を見つめる。


「やるなあ総司!」


 土方についてきた非番の永倉が、ひとり感嘆の声をもらした。


「副長、堀井さんが間者でした」


 セイが横から言う。


「ああん!?おい総司、だったら何で堀井を生かしておかねえんだっ、殺す前に今回の件の事情


聴取が先だろっ!!」


「・・すみません土方さん、そんな余裕はありませんでした」


 ウソもいいところだが、その場に居なかった土方は知らない。彼はそれを聞いて諦めた。


「・・神谷は無事のようだな。」


 セイを一瞥し、総司に向きなおる。


「総司てめえ、無茶もいいかげんにしろ!加勢が来ると分かっててなぜ待たなかった?お前に何か


あってみろ、ただじゃおかねえぞ!」


 と、怒鳴りつけた。総司が、つと頭をさげる。


「すみませんでした。以後気をつけます」


「・・なんだ、いやに素直だな」


 なかば気が抜けて、土方は溜息をつくと、後ろにいる隊士達を振り返った。


「帰るぞ! ・・吉岡さん、悪いが貴方は番所へ走ってこれを知らせてくれ」


「はい」


「神谷っお前は覚悟してろ、帰ったら説教だ!」


「・・はい。」


 今度ばかりは鬼副長に頭があがらない。セイは素直に返事をする。


 総司が、つと土手の一箇所へ歩み、立ち止まった。かがんだ彼の手にセイの風呂敷と、あの綿着が


握られている。


「あ、」


 セイが声をあげる。


「なんだそれは?」


 怪訝な面持ちで土方は尋ねた。


「見てのとおりですよ」


「何でそんな物がここにあるんだ」


「まあ、いいじゃないですか。」


 わけがわからない様子で土方は、隣にいた永倉と顔を見合わせる。


 セイがひとり、嬉しそうに微笑んだ。


「おい神谷、刀早く取って来い」


 不意に永倉に指摘されセイは、はっとしてその方角を見る。自分の刀が投げ捨てられてそこにある。


(私ったら刀差してないことに気がつかなかったの!?)


 瞬間、自分のなかに何かが、戻った。


 それは武士の心であったか。


 しかし次の瞬間に、セイの記憶はめぐり、ここへ至るまでの事も、覗き込んだ堀井の顔も、・・そして


自分が男に腕をつかまれ、裸の胸元を総司に晒した事も、・・一気に思い出した。


「ぎ、ぎゃあああああああっっっ!!!!」


「うわっっ」


 突然あたまを押さえて悲鳴を発射したセイに、皆がおののいて飛びさがる。


「何事だ神谷っ!?」


「いやああああ先生わすれてえええっっ!!!」


「はあ?」


 先生、が訝しげにセイを見る。


「何を、忘れろっていうんです」


「もう嫌、私生きていけないいいいっっ!!」


「どうしたってんです神谷さん!」


「神谷っ発狂するなら、よそでしてくれっ」


 土手をのぼって来るおぞましい集団に、町の者がみな慌てて逃げ出している。


「せんせえ、しらばっくれないでください、覚えてるくせにいいいいっ!!」


「何の事だか分かりませんよ!どうしたんだか言ってごらんなさい」


「い、言えるかコレが——————っ!!!」


「〜総司、こいつのおもりは任せるっ!あとで連れて帰ってこい!」


 そう言った土方の顔には「早く自分たちから離れろ」と書いてある。「了解」と総司は返して、ひょいと


セイをかつぎ上げ、列を離れた。


「ほらほら、あなた刀まだ取りにいってませんよ」


「あっ刀!」


 ほっ、と総司が息をついたのも、つかの間、今度は頭の上で暴れ出した。


「いやあ先生、おろしてくださいっっ!!おろして———!!!」


「あ—はいはい、今おろしますから、ったくどうしちゃったんですかアナタは」


「せんせ—本当に覚えてないのっ??」


「だから何がです」


 セイをおろしながら、げっそりとした顔で総司は尋ねる。


「わ、私のっ、その、・・ああもうっ本当に覚えてないんですね?!だったらいいですっ!!」


「はああ?も—何なんですかね全く。ほら、早く刀とってらっしゃ・・」


—ん?


 目の前で真っ赤になって自分を見ている(睨んでいる?)セイを、総司は改めて見やる。


(このコもしかして、)


「”あれ”の事ですか?神谷さん」


「え?!」


”あれ”って、何?!まさか先生、・・


「・・いま生きてる人間であなたの裸を知ってるのは私だけですから、その事なら大丈夫ですよv」


「×××?!?」


 セイのあんぐりとした顔が総司に向けられた。総司はにっこりと微笑んでやった。


ぶちっ


 総司の天使の微笑みにつられ、セイから何か切れた音がする。


「な、な、なにが大丈夫だっっ、やっぱり覚えてたんじゃないですか!!!!」


「いま思い出したんですってば。もう神谷さんったらあれを気にしてたんですね—」


(ですね—って・・怒)


「気にしないでいられますかっっ!!」


——あなたの裸を知っているのは私だけですから・・——


 セイの頭のなかで総司のセリフがぐるぐるまわる。


「先生の助平っ」


「はあ?いわれの無い疑いですよ!べつにあなたが好きで見せてきたものだったら、そりゃ


嬉しいですけどね、」


 他の男に見させられたものなど、冗談じゃないだけだ


 セイはそんな総司の胸の内など知らない。


「ふざけんなああ、誰が好きで見せるかっっ!!」


「あ、それ傷ついた。」


「か、勝手に傷つけっっ」


 ぷいっと横を向いたセイを、総司はいきなり抱きくるめた。驚いたのはセイである。


「・・こういうのを助平と言うなら、喜んで言われますよ。」


「せ、先生っ!!ふざけんのもいいかげんに・・っ」


「好きですよ、神谷さん」





・・・・え?


 いま先生、何て・・


「せ、せんせ?」


 抱きしめられたまま、どきどきと自分の心臓が高鳴るのを聞く。


(先生、いま好きって・・言ったよね?!)


 セイの脳裏に、堀井のセリフが思い起こされる。


—あんたは沖田のあの態度を、ただの責任感からくるものだと思うのか?—


—沖田は、あんたを・・—


(何て続くものだったの?)


—それ以上、貴方が言う必要はありませんよ—


 堀井を遮った総司のセリフ。


 それ以上・・って?


「先生あの、す、好きって・・・?」


 意を決して聞き返すセイの肩を、総司が離して、のぞきこむ。


「だから、好きですよ、こうやって抱きしめるの」


———





ぶっちんっ








・・・そして神谷セイは、完全に、切れた。





「何を怒ってるんですか神谷さんっっ!!」


「理由なんか言ってやるかっ」


「か〜みやさ〜〜〜ん!!」


「沖田先生なんか大大大大大っ嫌いだ————!!!」


「ひ、ひどぉぉぉい!!!」


——土手を上ってくるヤカマシイ二人に、やっぱり町の人々は逃げ出した。














 ふたりそれぞれの内に秘められた想いは、まだ伝わる術を知らない。






















































いやいや、萌えますって。

この設定。

やばいですって!!!

もう〜。

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