「沖田さん、誰かの使いらしい小者が、門のところで貴方にこれを、と。」


 床の下を探しても、蔵の中を探してもセイはもちろん見つからず、総司は、ぐったりと縁側に


腰掛けていたところだった。そこに隊士が、ことづかった物を持ってやって来た。


「ありがとう。・・て、文ですか?珍しいものが来るものですねえ」


 首をかしげながら総司は、その場で文を開き出す。


「では確かにお届けしましたので」


 と届けた隊士は去りかけたところで、後ろから呼び止められた。


「・・どんな人でした、これを貴方にことづけたのは」


「・・・?」


 隊士は動揺する。総司の普段低く落ち着きのある声が、いま怒りに満ちていたのだ。


「—町人使用の小者の様ななりをしていました、道で人に預かったとか言ってましたが・・」


「そうですか」


 そう言って立ち上がった総司の表情が、確かに険しい。


「あの、何かあったのでしょうか・・」


「いいえ、大丈夫。・・ありがとう」


 言い残し彼は、足早に去っていった。


「・・・」


 ひとり残された隊士が、茫然とその方角を見つめた。





「神谷が人質、だと?」


 土方がぎょっとした声で聞き返す。


「これ読んで、後から来たかったら来てください。ただし私が合図するまでは、姿を見せるのを


お控え願います」


「・・て、おいっ」


 総司はすでに部屋を出ていた。


「〜〜〜」


 土方の視線は、渡された文へと落ちる。





神谷清三郎は預かっている。人質を生きて返してほしくば、三条大橋下にひとりで参られよ。


——————————————————————————————尊王志士一同





 刀を引っつかみ、土方は立ち上がっていた。


(総司、頼むから無茶すんなよ)


 加勢を呼びに、土方は部屋を出る。








(これ・・)


 見覚えのある風呂敷が、道端に落ちていた。


 もしやと総司は、その小包を拾い上げる。


 中にあったものは綿の上着。


 セイがなぜ屯所に居なかったのか、気がつく。


『先生、この寒いのに何て薄着してるんですかっ』


 今朝セイに怒鳴られた。


『洗濯して干してあるままなんですよ』


『に、二着とも・・?』


『それが一着はおととい既に洗って干しておいたんですけど、一昨夜の強風でどっか行っちゃって』


『どっか行っちゃって・・って・・何で昨日すぐに買い足しておかないんですっ』


『それがねえ、買いにでかけたんですけど途中で美味そうな団子屋があって、ちょっと味見ってつもり


が超おいしくって!食いまくってるうちに金使い切っちゃいましたっ』


『先生(怒)・・殴っていいですか』


『まあまあ。その団子屋なんですよ、昨日私がお話したのは。朝食たべたらさっそく行きましょうねっ』


『先生をこんな寒気のなかに連れ出せませんよっ私が呼びに伺うまでおとなしく部屋にいること!!』


『はあ?』


『返事はっ』


『はあい、わかりましたけど早く行きましょうね』


『わかってないっっ』


(まさか、あれから買いに行ってくれてたなんて)


 団子屋へ行くついでに買えばいいやと思っていた総司には、まさか町に行く前に、セイが先にいちど


町に行って買って帰ってくるなんて考えてもみなかった。


(そういえば神谷さんだったら、そんな手間をかけてでも、してくれそうなものだった、)


 もっとすぐに気づいていればこんな事になるのを避けれたかもしれない。


 わきあがる鋭い怒りが総司を翻弄した。


(神谷さん、無事で・・!)


 駆け出した総司の手には、しっかりと綿着が握られている。








「新撰組もふざけたところだな。衆道のためにそんな童っぱも入隊させるのか」


 誰かの放ったことばに、橋下で合流した男たちが、そろって笑う。


 セイを肩にかついでいた男が、セイをどさっと川岸におろした。横にいた男が、まだ気を失ったままの


セイの、両刀を離れた所に投げ捨てる。


「文は届けたのだな」


「ああ、沖田が出たことを確認し次第、堀井が、こっちに合流してくるはずだ」


「堀井は今回大手柄だな」


「全くだ。この計画で沖田は亡き者だ」


「わからぬぞ、堀井が言っていた”まさかの時”があるやもしれぬ。油断は禁物だ」


「ひとりで来い、と文に書いたんだ。そうでなかった時はこの童っぱの命が尽きるまでよ」


ん・・・


 周りの騒々しさにセイの意識は返っていく。


「おい、気づいたようだぞ」


「どうする」


 そんな声が耳に入ってきた。


(だれ・・?)


 薄目を開けたセイの視界に、どこかで見た男の覗き込む顔が映る。


「——!」


 セイの記憶に、一瞬にそれは甦った。


「貴様っ!ここはどこだ、私をどこへ連れてきた!」


 後ろから殴られて自分が気を失ったこと、———この目の前の男があのとき「沖田を殺す」と言ったこと・・


 全てを思い出したセイの、怒りに塗れた声が辺りに響く。


「おとなしく黙っていろ、童っぱ」


「童っぱじゃない!お前ら、沖田先生に何かあったら死んでも許さない・・・!!」


「両想いか。安心しろ、そんなに沖田といたければ奴が死んだ後、あとを追わせてやるよ」


(両想い?)


 なに言ってるの、こいつ。


(先生が、そんなわけないじゃない・・・)


 怒りに瞬間よぎった哀しみが、セイを憤慨させた。


「馬鹿どもめがっ、どうやって先生を呼び出すのか知らないが、あの人は、貴様らみたいな馬鹿にかかって


簡単に死ぬような人ではない!」


「このっ童っぱが!」


 ばしっと、セイの頬に男の平手打ちが走った。


 暴れるセイを押えていた男の腕から、その衝撃でセイの体が崩れ離れる。


 反射的にセイをつかんだ男の手には着物だけが残り、セイの体は襟元をはだけて横へ倒れおちた。


「・・なんだ、そのサラシは」


 視界に現れた不自然なそれに、そばにいた男が手をのばす。


「触るなっ!!!」


 その手を避けて、セイの露わになった細い肩が傾いた。


 肩下で留まる着物ごと、セイは慌てて両腕で、自分の前を覆うと体をかがめた。


 だがそれは逆効果であった。


「こいつ・・女みたいな体だな」


 誰ともなく口にする。


「なっ、私は女じゃないっ!!」


 セイはぞっとして叫ぶ。


 だがすでに男達の視線は、セイの細い首や肩線をとらえていた。









































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