秘こころ
届いてしまえば
壊れてしまう
そんな気がする
神谷さんが、いなかった。
「神谷さん知りませんかね?」
「見ませんでしたなあ」
「いいえ。会ったら沖田先生がお探しと伝えておきますよ」
「知りませんなあ、そういえば今日いちども見ておりません」
「見てませんな。ところで沖田さん、俺の褌、一枚どこか知らんですかね・・?」
「神谷?知らねえなあ、んなことより総司、はやく春画本返せ」
「知らねえよ。てめえ部屋入るときは声くらいかけろっつてんだろ」
「ああ、総司か。神谷君なら見てないよ。会ったら伝えておくよ」
「いいえ知りません」
「いいえ、見てませんが」
・・・どこにも、いなかった。
(まったく、どこ行っちゃったんでしょうねえ)
総司とセイは、この非番の一日の予定を昨日、すでに約束したはずだった。
(あの人って目離すと、もういない。今朝見た時に、捕まえておくんだった)
どうしようもなく総司は、ひとり屯所を廻り歩く。
(どうしよう)
と道端で嘆いたのはセイ。
こんな時だというのに、セイは胸にかかえている小包を思った。放り投げたくはなかった。
だがそうしなければ、刀を握ることはできない。しかしどうせ戦うにしても絶望的だった。
相手は四人。
屯所へ走っていたセイの前に、その四つの影は踊り出た。
「神谷清三郎、だな」
違う、と言ってやればよかったのではなかったか。
が、その時セイは反射的に答えていた。
「だったら何だ?」
「あんたのことは調べがついている。囮になってもらう」
「何だって?」
「おとなしく、することだ。まさかこの人数に向かう馬鹿ではあるまいな」
セイは数歩あとずさり、自分を輪にして囲む、四人の存在に目を配る。
そのうちの二人が手に抜き身を掲げ、抵抗すればどうなるかわかってるな、とばかりにセイに
刃を向けている。
(ばか、セイ)
昼だと思って油断していた。
もう目と鼻の先に屯所があるというのに。
(先生ごめんなさい)
セイは立ちつくし、胸の小包をきつく抱きしめる。
「痛い目にあいたくなければ刀をこちらへ投げろ」
男が言い放つ。
「・・囮とは何のことだ」
セイは構わず返す。
男たちが、不意に笑った。
何故そこで笑われるのかセイには分からない。
「愚弄するか!」
セイは叫ぶ。
だがセイを本当に怒らせたのは、次の男の返事だった。
「あんたを囮に、沖田総司を殺す」
セイは瞬間、自分でも見苦しいほど、うろたえていた。
そして次に、腹の底から煮えくり返るような怒りにかられた。
「ばかなことを!!貴様ら何を言っている!!」
「しらばくれるな。あんたが沖田の念友だと分かっている。」
念、友?
(なにそれ、こいつら私と先生がそういう仲だと言ってるの?)
そりゃ私達、仲よく見えるだろうけど、だからって町で私達を見たくらいでは、そんな事まで思う
はずない。
だいたい、そんなことを勘ぐる人間なんて・・・
(きっと隊内だ)
セイはぞっとして、今出た答えに、固まる。
(隊内に誰か、こういう計画を考えた間者がいる)
せんせい・・・
セイの胸が不安にうずく。
精一杯つくろって、セイは強がる。
「勘違いもいいところだ、沖田先生が私などのために来ると思ったら大間違いだ!」
だが男達は、余裕で笑う。
「それはやってみれば知れることよ」
その瞬間、セイの後頭部に、鋭い痛みが走りぬけた。
——セイの意識が、薄れてゆく。
次へ…