春うらら
頓所の廊下に、騒がしい音と複数名の笑い声が鳴り響いていた。
空は明るく、春うららかな日であった。
「おっ、神谷じゃねえか!」
その中で一番大きな足音で駆け抜けていた原田佐之助がその足をぴたりと止めた。
その後方についていた、長倉新八も楽しそうに足を止めた。
「…なにをそんなに笑っているんですか?」
神谷清三郎こと花の乙女おセイは眉を少しひそめて原田達に向き直った。
「神谷もまざれって!どう思う、な、な、」
そんな神谷の顔色は露知らず、二人はどかどかと少女にたかった。
「何がですか、私は今掃除中で忙しいんですけど」
神谷はなおも迷惑そうに応答する。
原田は一冊の書物を少女の前で広げて見せると、またおかしそうに笑って言った。
「この女なんだがよ〜」
「げっ?!」
その途端、神谷の顔色が一瞬にして染めあがった。
そう、それはまだ幼い少女には刺激の強すぎる、春画本であったのである。
「おかしいと思わねえか、ぱっつぁんったらよ、これがイイなんて言いやがんだぜ!」
「い、い、イイって、何、何がですかっ」
神谷は少し肩をひき、逃げ腰で答える。
「うるせえな、佐之、その女の表情がまたいいんじゃあねえか」
長倉はいやにえばってみせながら応戦する。
「だがよう、この乳はねえだろう、小さすぎるってもんだぜ、なあ神谷」
原田はなおも神谷にずい、とその書物をあてがう。
(ひい〜っ)
神谷の顔がたこのように茹で上がり、目をつぶったその時、声がした。
「神谷さ〜ん」
その時の呼び声は神のおぼしめし、助っ人役沖田総司の声ではないか。
「お、おき、おき、沖田先生っ」
神谷は涙ながらに顔を上げた。そう、助けて下さいと言わんばかりに。
「あれ、みんなして、何をしているんですか?」
沖田は、三人の居る部屋に辿り着くと、不思議そうに見下ろした。
そこには、下品な表情を含んだ原田長倉と、泣きそうな顔をした神谷がいた。
「ああ……」
そうして次にその書物の存在に気づくと、何かを察したように三人の中に割って入った。
「だめですよ、二人ともそんな本神谷さんに見せちゃあ」
沖田先生……!
沖田のその背中に、神谷は感謝の色でさらに目をうるませた。
「何言ってんでい別にいいじゃねえか、それよりもよ、総司もまざれや」
原田達は反省の色無く神谷共に沖田にも春画本をすすめた。
「だめですってば、」
その時。沖田は神谷の目をまるくさせた。
「神谷さんは、おな……あ、うっ」
「お!とこです、はい、私もまぜらせていただきます!!」
やっぱり役に立たない、この人!神谷は、もうやけくそという感じで、涙ながらに片手をあげ沖田総司の言葉をさえぎった。
「そうこなくっちゃあ、神谷もおとこだ!で、どれが…」
そんな二人の声の中、沖田総司は、冷や汗をかきつつ、つぶやいた。
「すみません、神谷さん……」
「い、い、え。それよりも沖田先生が積極的に参加をして、助けてくださいね!」
神谷はあきらかに負のオーラを放ちながら沖田に小さく答えた。
「は、はい、神谷さん、頑張ります!」
沖田は冷や汗と共に神谷の怒りを感じると、姿勢を正した。
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