アンケートお礼SS













HERO −2−   



 「ちょっと、基子…。」

 「やだなぁ、ここまできて怒んないでよー。」

 「…怒るに決まってんでしょ?」

 「だって、女の子一人ドタキャンしちゃってさぁ。」

 「………。」

 ごめーん、と両手を顔の前で合わせられ、セイは口を尖らせてそっぽを向いた。

 正面を見るのが、ものすごく悔しい。

 おいしいイタリアンという言葉に釣られ、のこのこついて来た自分が馬鹿みたいだ。



 (騙された…。合コンなんて、聞いてない!)



 4対4の小さな合コン。

 払いは男性側、ということだから、おごりという点は間違っていない。

 しかしこれでは、かえって気詰まりでしょうがない。

 自分で払って、一人で食べたほうがまだマシだ。

 こんなところが“セイってちょっと変わってるよねぇ”と友人たちに言われる所以。

 しかしどうしてもそう思ってしまうのだから、仕方ないではないか。




 「セイー、謝るからさぁ、そんな不機嫌な顔しないでよ。…ほら、みんな結構イケてるでしょ?」

 基子がコソコソとそう耳打ちする。

 知るか、と思っても、いつまでも仏頂面をしている訳にもいかないのは事実だ。

 セイは仕方なく表情を取り繕い、正面を向いた。

 そこに座っているのは、同年代くらいの4人の男。

 自己紹介はさっきし終えたが、セイはずっと基子を睨んでいたから碌に覚えていない。

 (まぁいいか、関係ないし。)

 別段思うところもなく、セイはフォークを手に取ると目の前のサラダにぐさりと突き刺した。

 ぱくりとトマトを口に運ぶと、ドレッシングと絡まりあって中々いい味を出してる。

 こちらの方の基子の言葉は、嘘ではなかったようだ。

 セイの今日の目的は、これで決した。


 (食べて食べて、食べつくしてやる。)


 そうでもしなければ、気が治まらない。

 ガツガツ食べ始めたセイに、基子は少し嫌そうな顔をしてみせた。

 それに気づきながらも、セイは知らん振りを決めこむ。

 熱心に話しかけてくる男達に生返事を返しながら、ただただ時間が過ぎるのを待つ。

 二次会もあるのだろうが勿論行く気はないし、さっさと食べてさっさと帰りたい。

 (そういえば沖田先生、何してるかなぁ…。)

 出てきたパスタを周囲に配りながら、セイは昼間に会った総司のことを考え始めた。







 昔とちっとも変わらない笑顔で突然セイの前に現れてから、早一年半。

 あの頃と同じように、今でもやっぱり自分は総司が好きだ。

 しかし、日を追う毎に膨らんでゆく気持ちを伝える術が分からない。

 伝えていいものかどうかさえも。

 (だって先生、あの時何も言ってくれなかった…。)

 死の直前、痩せ細った総司の身体に縋り付いてセイは泣いた。

 ずっとずっと、あなただけを愛していたと。

 けれど、セイに残されたものはたった一つの微笑みだけ。

 あの笑顔に囚われながら、その後の人生を生きねばならなかった。

 それは、ほんの短い時間だったけれど。







 「はぁ…。」

 「セイちゃん、セイちゃん?」

 「あ、え…?」

 顔を上げたセイの目の前に顔を出したのは、明るい金髪の男だった。

 確か高本だったか、高山だったか、そんな名前。

 「ねぇ、セイちゃんって可愛いよねぇ。彼氏とかいんの?」

 「はぁ…。」

 気のない返事を返したセイに、男は渋い顔をした。

 「え、マジいるの?」

 「嫌だ高本君。いるわけないでしょー。いたらこんなところ来ないし!ねぇ、セイ?」」

 慌てて、隣の基子がフォローに入る。

 しかしセイは、無言のままテーブルの下で基子の手の甲をぎゅっと抓った。

 「いっ…!」

 笑顔を引きつらせた基子に睨まれても、セイはそ知らぬ顔をする。

 “あんたこそ彼氏いるでしょ”
 
 そう暴露しないだけでも感謝してほしい。  

 代わりに、セイは心の中で毒づいた。


 (この合コン好きめ。)
 

 男探しをするわけでもなく、基子はただ純粋にこういう場を楽しんでいる。

 彼氏に内緒で一体どれだけの合コンをしているのか知らないが、ばれたら修羅場は免れないに違いない。

 その時になっても、助けてなんてやるものか。

 ムカムカしながらグラスに手を伸ばそうとしたセイは、それがすっかり空であることに気付いた。

 仕方なくドリンクメニューを取り、目を通す。 

 何かすっきりするようなものが飲みたい気分だ。

 (…スプモー二でいっか。)

 グレープフルーツとカンパリを合わせたそのカクテルは、セイのお気に入りの一つ。

 注文が決まってきょろきょろ辺りを見回したセイに、黒いロングエプロンを腰に巻いた一人のスタッフが気付く。

 しかしセイの目は、近づいてくるそのウェイターの肩の向こうに釘付けになった。

 そこに立っているのは、同じ白と黒を基調にした制服姿の、背の高い男。

 彼は、セイがひどく見慣れた横顔を持っている。

 (せ、先生…!?)

 それはどこをどう見ても、さっきまで自分の思考を支配していた人物以外にありえなかった。

 (そ、そういえばどっかのイタリア料理店で最近バイト始めたって…。)

 それがどうしてよりによって、この店なのだ。




 「セイちゃん、どしたの?」

 「えっ、あ、もと…あれ?高山…さん?」





 しばらく口を半開きにしたまま固まっていたセイは、隣から肩を叩かれて我に返った。

 しかしそこに居たのは、基子ではなかった。

 いつの間にか席を入れ替えていた高本が、少し不満げに眉を上げる。

 「高本だけど…。」

 「あ…、すみません…。」

 「うわー、傷つくー。セイちゃん俺にぜんっぜん関心ないって感じ?俺はセイちゃん気に入ってんだけどなぁ。」

 「え、え、あの…。」

 突然肩を抱かれて動揺したセイは、ちらりと総司に視線を向けた。

 しかし総司は何やら他の店員と話していて、未だセイに気付く様子はない。

 少しだけほっとし、けれどすぐに隣のバカ男に対する怒りが湧いてくる。

 (馴れ馴れしく触んないでよっ!)

 とはさすがに言えず、セイは作り笑いをしてどうにか高本の手から逃れようとした。

 幾ら奥まった席とはいえ、大して酒が入っている訳でもないのに一次会のノリか、これが。

 第一、どう考えてもそういう雰囲気の店じゃない。

 「おい高本、やめとけよ。」

 空気を察した合コン相手の男の一人が、声をかける。

 しかし高本の返答にセイはブチ切れそうになった。

 「いいじゃん、嫌よ嫌よも好きのうちー、て?」


 (冗談…!)


 身体を捩じらせながら基子を探すと、向かい側の一番端の席にいた。

 あらまぁ、とでも言いたげな顔で、こちらを見守っている。

 「ちょっと、助けてよ!」
 
 声に出さず、口の動きだけでそう伝える。

 大学に入ってからの付き合いだが、セイがこういうタイプを思いきり嫌っていることは知っているはずだ。

 ここで見捨てるようなら友達なんかやめてやる、という思いが伝わったのかどうか知らないが、基子はこくりと頷いた。

 合コン経験の豊富な基子なら、こういう手合いの扱いにも慣れているはず。


 (早く何とかして…。)


 しかし次に基子が取った行動は、セイの予想の範囲を大幅に超えていた。

 素早く席を立ち、ピンヒールの音を板張りの床にコツコツと響かせながらテーブルを離れてゆく。

 「も、基子…!?」

 あろうことか、その細い後姿が向かう先には、総司がいる。

 あわあわとするセイを尻目に、基子は総司に話しかけた。

 少しの後、驚いたような表情をした総司が、セイのいる席に顔を向ける。

 かちり、と視線がかち合って、セイはサッと血の気が引くのを感じた。 


 「何、どうしたの基子ちゃん?」

 「あのウェイターと知り合い?」


 ざわつくテーブルにも、頓着している暇など無い。
 
 セイはとにかく高本から離れなくては、と必死になった。

 「すみません、放してくれますか。」
 
 「え?何で?」

 「何でって…。」

 何を言ってるんだこいつは、とセイは呆れ果てた目で高本を見た。

 「あの、だって…。」

 「それよりさぁ、セイちゃんって髪綺麗だよねー。」

 「ちょっ…!」

 さらりとした髪を一房指で弄ばれ、セイは思わずぞっとした。

 現世では、総司にさえろくに触られたことなんてないのに。

 もう我慢ならない、とセイが腕を振り切って立ち上がろうとした時、突然頭上にふっと影ができた。


 「え?」

 
 慌てて見上げると、そこに居たのは珍しく表情の無い能面のような顔をした総司。

 「何?あんた。」

 高本は突然の招かれざる客を、威嚇するような目つきで見た。

 しかし総司は無言で高本の腕を捻り上げると、セイから無理やり手を離させた。

 「いって!おい、いきなり何すんだよ!!」

 「神谷さんに、気安く触らないで下さい。」

 あくまで冷静にそう言った総司に、高本はおろか誰もが呆気に取られた顔をする。

 一人基子だけが、少し離れた位置から面白そうな顔で高みの見物を決め込んでいた。

 「はぁ?」

 思い切り顔をしかめる高本に、総司は再び口を開いた。

 「神谷さんは、私のものですから。」

 「あんた何言って…。」

 「聞こえませんでしたか?神谷さんは私の大切な人です。あなたなんかに、こんなことをされる謂われは無い。」


 「せんせ…!」


 呆然と二人のやり取りを見ていたセイは、その言葉に目を見開いた。




                      
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