アンケートお礼SS













HERO −3−
 



 「ああっ!私のティラミスがー!!」

 「…はぁ?」


 噴水の側で立ち止まった総司は、突然そう叫んでしゃがみ込んだ。

 はぁはぁと息を切らせながら、セイは顔をしかめる。


 「何ですか、ティラミスって?」

 総司の隣にしゃがんで尋ねてみると、頭を抱えた総司が泣き出しそうな顔で言った。

 「あの店、ティラミスがすっごくおいしいんです。」

 「…はい。」

 「厨房の人と仲良くなって、余るといつもこっそり貰ってたんです。」

 「…で?」

 「なのに、お客さんにあんなことした挙句あなた連れて逃げてきちゃいました。」

 「…ええ。」

 「どう考えてもクビですよー。ていうか、二度とあの店行けないじゃないですか!」

 「…でしょうねぇ。」

 「つまり、もうあのティラミスが食べられないってことです。」

 「………。」

 打ちのめされた様に項垂れた総司に、セイは口元を引きつらせた。



 (今ここで言うことなの、それが!)



 あの後高本を開放した総司は、セイの手を掴んで「帰りますよ」と一言言った。

 状況の掴めないセイと周囲に構わず、スタスタと歩き出して、店を出ると急に走り出した。

 そうして辿り着いた、人気の無い夜の公園。

 これから一体何が起こるだろうかと、淡い期待を持った自分が馬鹿みたい。

 (相変わらずの野暮天!)

 繁華街を抜ける間も、壊れそうなほどドキドキしていたこの心臓をどうしてくれるのか。




 「神谷さん…?」

 無言で立ち上がるセイの気配に気づき、総司は上を見上げた。

 何とも情けないその表情を、セイは冷たく見下ろす。

 「先生、そんなにティラミスが大事ならさっさとお店に戻って謝ってきたらどうですか。」

 「え?」

 「私、帰りますから。助けてくれてありがとうございました。」

 「え、ちょっと…!」

 慌てた総司が踵を返したセイを追いかけようとした時、その場にピピピピ、と聞きなれた機械音が鳴り響いた。

 「あ…。」

 いつもの癖で、総司は自分のポケットを探る。

 しかし、目的の物を取り出す前にその音はプチッと消えた。

 「…もしもし。」

 聞こえた声に顔を上げると、目の前のセイが耳にシルバーの細長い物体を当てている。

 鳴ったのは、セイの携帯だったらしい。






 「もしもし、セイ?」

 「基子…。」

 セイはげんなりした声でその名を呼んだ。

 対する基子は、なぜかひどく弾んだ声。

 「もしかして、邪魔しちゃった?」

 「…別に。」

 「またまたぁ。」

 「で、何?」

 会話するのも億劫で、セイは用件を促した。

 「ああ、うん。セイってばバック置いてったでしょ?財布とか入ってたからどうするのかなーと思って。」

 「…あ!」

 「ドジ。」

 笑いながら言われ、セイはカチンときた。

 「元はといえば、基子の所為でしょ!?あんた、合コン相手にどういう教育してんのよ!」

 「……だって、あたしが育てたわけじゃないし。」

 一瞬の沈黙の後、基子がぽつりと言った。

 「ぐっ…。」

 自分でも馬鹿なことを口走った、と気づく。

 しかし、それでも反論ならば幾らでもあるのだ。

 「でもね、騙して私のこと連れてきたのは基子なんだからやっぱり悪いのはそっちじゃない!しかも、沖田先生がいる
  こと知っててあの店にしたの!?」

 怒鳴りつけた言葉に、基子は心外だ、という口調で言った。

 「まさか。そんなの知るわけ無いでしょう。たまたまだよ。店に入る時気付いたけど。」

 「だったら早く教えてよ!」

 「あー、ごめんごめん。」

 「ごめんって…、」

 気の無い謝罪にセイが文句をつけようとした時、遮るように基子が口を開いた。

 「でもさ、さっきは結構かっこよかった。」

 「…え?」

 「あんたの彼氏。」

 「かっ…!」

 何気なく言われた言葉に、セイは絶句した。

 「決まり、でしょ?だから言ったじゃない。絶対OKだって。」

 「………。」

 「何かヒーローとヒロインって感じ?ドラマでも見てるみたいだった。ほんとにあるんだぁ、こういうのって。」

 くすくす笑う基子に、何も言い返せない。

 ただただ顔が真っ赤になってゆくばかりだ。



 「…で、どうするの?バック。届けに行こうか?」



 少しして、笑いを収めた基子が尋ねる。

 「……預かってて。」

 セイは小さな声で返した。

 今から基子に会うのは気恥ずかしいし、ちょうどポケットに千円だけ入っていた。

 ここからなら、十分電車で帰れる額だ。

 「でも帰れるの?…あ、もしかしてお泊り?」

 「ばっ、馬鹿言わないでよ!ちゃんと帰れるくらいはお金あるの!」

 からかうように言われ、セイは再び叫んだ。

 しかしそれを聞いた基子は、途端に白けた口調になる。

 「何だ、つまんない。」

 「…あっそ。」

 なんだか力の抜けたセイは、もう言い返す気力もなくなった。

 「ま、いいか。あんたたちにそこまで期待するのもどうかと思うし、取り合えず明日学校でね。」

 「…うん。」

 「じゃあね。」

 「あ、基子、合コンどうなったの?」

 電話を切ろうとした基子を、セイは慌てて引き止めた。

 「ああ、あれからすぐお開き。」

 「……ごめん。」

 あっさりと言われ、少しだけ責任を感じてしまう。

 しゅんとした声になったセイを、しかし基子は笑い飛ばした。

 「いいよいいよ。謝られることじゃないって。どうせ今日のはハズレだったし。セイの言うとおり、教育がなってな
  かったみたい?」

 「…基子ってば…。」

 冗談めかした言葉に、セイもあきらめ半分で苦笑した。

 何かと振り回されながら、それでもいつも結局最後まで怒れないのだ。

 得な性格で羨ましい、と思わざるをえない。







 ピ、と電話を切る音がして、ぼんやりとしていた総司はセイに顔を向けた。

 目に映るのは、小さな背中。

 丈の短いデニムジャケットに、ふんわりとしたシフォンスカート。

 足元には、ロングブーツ。

 あの頃と同じように真っ直ぐで、綺麗な黒髪。

 しかしその天辺には、当然ながら月代はない。

 細い肩が息をつくのをみとめ、総司はそっと近づいた。

 「神谷さん。」

 「はい?」

 振り返ろうとしたセイを押しとどめ、後ろから抱きしめる。

 「せんっ…!」

 セイがビクリ、と身体を硬くしたのに気付くが、放さない。

 それどころか、ますます腕に力を込める。





 その柔らかさも、温かさも、昔とまるで変わらない。

 ツンと込み上げてくる感情に、総司は目を瞬かせた。

 それが何なのか、よく分からない。

 愛しさなのか、それともただの感傷なのか。

 ただ一つ言えるのは、この温もりが大切で大切で仕方ない、ということだけ。





 総司の深い溜め息を首筋に感じ、セイは涙が溢れそうになった。

 生まれ変わって、再び出会って。

 総司がこんな風に抱きしめてくれたのは、初めてだった。

 いつも、まるで腫れ物にでも触るかのような扱いばかりで。



 「ふふっ。」

 「神谷さん…?」



 胸元で聞こえた小さな笑い声に、総司はようやく少し腕を緩めた。

 セイは身体をくるりと回転させ、泣き笑いのような表情で総司を見上げる。

 「先生、オリーブオイルの匂いがする。」

 「…制服に染み付いてるんですよ。」

 「どうせ厨房に入り浸ってるんでしょ。」

 「あはは、分かっちゃいますか。」

 「……だって、先生のことだもの。」

 「…神谷さん…。」

 白い頬を伝う透明な雫。

 覚悟を決めるべきときは、今。

 ドクンドクン、となる心臓を必死で押さえつけ、総司は震えそうな声を搾り出した。





 「好きです。」





 大きな瞳に映るのは、緊張のあまり強張った顔をする一人の男。

 短い髪、ふち無し眼鏡。

 白いシャツに黒いパンツ、黒いエプロン。

 袴を履いて、二本を差していたあの頃とは、まるで違う。

 それでも、この心はやっぱりこの子を求めてならない。



 「本当に…?」

 「本当に。」



 顔を歪めて聞き返すセイに、ゆっくりと頷いてみせる。

 しかしセイは、唇を震わせてただ総司を見つめた。

 「神谷さん…?」

 答えの無いことに不安になった総司は、表情を曇らせる。

 違う意味でドクドクと鳴り出す音が、耳にうるさい。

 ぐっと足を踏ん張り、セイが口を開くのを待つ。

 それはひどく長い時間であり、あっという間の瞬間でもあった。

 セイの喉がコク、と小さく鳴る。



 「だ、だって、先生、あの時、何も言って…くれ、なくて…。」

 「え…。」



 つっかえつっかえ言われた言葉に、総司は軽く瞠目した。

 セイの言う“あの時”が何を示しているのか、聞くまでも無い。

 泣き濡れた瞳を見つめ、総司は少し辛そうに微笑んだ。

 「…ごめんなさい、神谷さん。」

 「え…?」

 「あなたの気持ちは本当に、本当に嬉しかったんです。だって、私もあの頃からあなたを好きだったから。」

 「だったら…っ」

 「でもね」

 セイの言葉を遮り、総司は言った。

 「あなたが好きで、最後の最後まで手放せなくて、ずっと側に置いて。それだけで、あの頃の私は幸せだった。」

 「………。」

 「それ以上は望んじゃいけないと思ってたんです。死に行く身で、あなたを縛るような言葉は口にできなかった。」

 「先生…。」

 「でも、それが余計にあなたを傷つけてたんですね。本当に…」

 ごめんなさい、と口にするより先に、セイが勢いよく抱きついてきた。

 そのまま、まるで子供のように声を上げて泣き出す。

 総司はその背を宥めるように撫でながら、耳元に囁いた。

 「…好きです、大好きです。あの頃も、今も、これからもずっと。」

 もう喋ることも出来ないセイは、その言葉にこくこくと必死で頷いた。















 「先生。」

 泣きつかれてその胸に寄りかかったまま、セイは小さな声で総司を呼んだ。

 「何ですか?」

 返される声がいつもより甘く優しく聞こえるのは、きっと気のせいでは無いと思う。

 セイは濡れた頬を軽く手の甲でこすり、外灯に照らされる総司の顔を見上げた。

 「…さっきの電話で、基子が言ってたんです。」

 「え?」

 「先生、ヒーローみたいだったって。」

 「ヒーロー、ですか?」

 「そう。」

 「でも私、変身したりできませんよ?」

 釈然としない表情でそう言った総司に、セイはきょとんとした。

 しかしすぐに、ぷっと可笑しそうに吹き出す。

 「か、神谷さん?」

 「い、いやだ先生、笑わせないで下さいよ。」

 「はあ?」

 「ご、ごめんなさい。で、でも、おかしー。」

 後から後から込み上げてくる笑い。

 必死になってそれを収め、セイは顔いっぱいにハテナマークを浮かべた総司の瞳を真っ直ぐ見つめた。




 「先生は、私にとってヒーローですよ。」

 「え?」

 「変身なんかしなくっても、先生はいつも、いつまでも、私にとっては最高のヒーローです。」

 もっとも、守られるばかりのヒロインでいたいとは一度も思ったことは無いけれど。




 にっこりと笑ったセイに、総司が尋ねる。

 「最高って、スーパーマンより?」

 「スーパーマンより。」

 「ウルトラマンより?」

 「ウルトラマンより。」

 「じゃあ、アンパンマンより?」

 「……なんですか、アンパンマンって。」

 真面目な顔で変なことを言い出した総司に、セイは眉を寄せた。

 しかし総司は、やっぱり真面目くさったまま。

 「だってアンパンマンは最高のヒーローでしょう。顔がアンパンなんですよ、アンパン。」

 「…先生らしいというか、なんと言うか…。」

 呆れたようなセイに、総司は返答を促す。

 「で、どうなんですか。」

 セイは苦笑し、溜め息交じりで言った。

 「はいはい。先生はアンパンマンより、食パンマンより、カレーパンマンより最高です。」

 「そうですか。」

 総司は、心底嬉しそうな表情で微笑む。

 つられて微笑みかけたセイは、突然落ちてきた柔らかな唇にそれを封じられた。

 「…っ。」

 見開いた瞳に映ったのは、信じられないほど近い位置にある総司の顔。

 驚きと喜びで浮き上がりそうな身体は、しっかりと太い腕に支えられている。

 薄い瞼が降りると同時に、セイの頬に一筋の雫が零れ落ちた。




 
 唇を離した後、額を合わせて見つめ合う。

 秋の夜風に吹き晒されたセイの頬を、総司は温めるように両手で包み込んだ。

 涙で湿った、冷たい頬。




 1868年5月30日

 死の間際、最後に総司の指を濡らしたのも、同じ涙だった。





                          












立夏様のアンケートにお応え致しましたところ、ステキな作品が

送られてきましたーーー!!

ばんざーーーーーーい!!

うーん。

総ちゃん、正義のミカタってかんじでカッコイイデスねーvvv

へへ。

現代版が最近スキでうれしいあさの感想でしたvv