アンケートお礼SS













HERO −1−
 



 「この時代の何がいいってねぇ…。」

 ぽりぽりとお菓子を食べながら総司は満面の笑みを見せた。

 「甘いものが美味しい。」

 「え?」

 「でしょ?」

 先回りしてそういったセイを、総司は吃驚したように見つめた。

 「よく分かりましたね。」

 分からない訳ないだろ、と思うが、何となく悔しくてセイはにっこり笑ってみせる。

 「そりゃあ、先生のことですから。」

 「………。」

 途端、総司はかぁっと赤くなってもじもじと俯いた。

 驚いたのはセイ。

 「ちょ、ちょっと、何でそこでそんな照れるんです!」

 「だって、神谷さんが…。」

 セイの顔を直視できないのか、視線がうろうろと定まらない。

 総司のそんな様子を見たセイも、今更ながらみるみるうちに頬を高潮させる。

 二人は揃って耳まで真っ赤にし、残りの菓子を黙々と空にしていった。



 「そっ、そろそろ行きましょうか!」



 昼休みも終わりに近づき、総司は立ち上がりながらセイに言った。

 声が少し裏返っていることに、半ば慌てながら。

 「あ、は、はい。」

 しかしセイはセイで、自分のことでいっぱいいっぱい。

 総司の不自然な声にも気付かず、慌てて立ち上がった。

 空の食器とお菓子の箱を片付け、食堂を後にする。

 どこかぎくしゃくした雰囲気のままで、二人は講義棟の前に辿り着いた。

 「じゃあ、また。」
 
 「はい。」

 「あの、神谷さん。」

 「何ですか?」

 「…いえ、何でもないです。」

 「…そうですか…。」 

 名残惜しそうに何度も振り返りながら教室へ向かうセイの姿が完全に見えなくなると、総司は大きな溜め息をついた。



 (また、何も言えなかった…。)



 一年生である上に真面目なセイは、四年生の自分と違って極端に空き時間が少ない。 

 互いに他の友人達と一緒に居ることも多いし、二人きりになんて中々なれない。

 その上、総司は今卒論やバイトで忙しい。

 貴重な時間を割いて会っているのというのに、今日もまた食事をしただけで終ってしまった。  

 (一体いつになったら、神谷さんの“特別”になれるんだろう。)

 それとも、そんなことを望む方が間違っているのかもしれない。

 ———セイが今でも自分のことを好きだとは、限らないのだから。









 セイと総司が再び現世で出会ったのは、一年半前。

 家庭教師のバイト先で派遣された先にいたのが、セイだった。

 あの時は、長い時間二人して呆然と立ち尽くしたものだ。

 それから一緒に勉強して、半年前にセイは無事総司と同じ大学に入学を果たした。

 家庭教師は終わったけれど、それでもこうしてちょくちょく連絡は取り合っている。


 けれど、ただそれだけ。


 一年を経た今でも、二人は相変わらず先生と生徒のままだった。

 (名前まで“沖田総司”と“神谷セイ”で、二人とも昔の記憶を持ってるのに…。)

 これはきっと運命なのだと、確かにそう思ったのに。




















 「セイ、どうしたの?」

 「え?」

 虚ろな眼差しで黒板を見ながらノートを取っていたセイは、隣にいた友人の基子に声をかけられた。

 機械的に動かしていた手を止め、顔を基子に向ける。



 目に映るのは、大人びた雰囲気の美人。

 柔らかそうに肩まで緩く波打った髪は、きれいな茶色に染まっている。

 確かつい最近ハニーブラウンに染め直したのだとか何とか言っていたような気がする。

 最も一度も髪を染めたことの無いセイには、普通の茶髪とどう違うのかよく分からないけれど。



 ぼんやりと自分を見つめるセイに、基子は小首を傾げて言った。

 「溜め息。さっきから連続五回はついてるよ。」

 「…まさか。」

 身に覚えのないセイは、少し顔をしかめた。

 「嘘じゃないって。」

 「そんなことないもん。」

 そう言って、再び前を向く。

 しかしその直後、誤字を消しゴムで消し終えたセイは基子の言葉が正しかったことを自ら証明した。

 「…はぁ…。」

 「ほらぁ!」

 「あ…。」


 「そこ、うるさいぞ!」


 「す、すみません…。」

 大教室のど真ん中で教授に指差され、セイと基子は首を竦める。

 しかし基子は声を押さえ、目を黒板に置いたまま懲りずにひそひそとセイに喋りかけた。

 「それで、どうしたの?」

 「…別に…。」

 セイも目線を正面に保ったまま、小さな声で答えた。

 「ほらあの、沖田先輩だっけ?あの人となんかあったんでしょ。」

 「…ないよ。」

 「うそぉ。」

 「…ないから溜め息ついてんじゃない。」

 「……なるほど。」
  
 納得したように頷かれ、セイは少しムッとした。

 その拍子に、ポキッとシャープペンの芯が折れる。

 カチカチとペンの上部を連打し、再び書き始めようとするが、ノートに当てた途端再びあっけなく折れた。

 「………。」

 白い紙の上に転がるのは、出し過ぎが明白な長さの細い芯。

 「何やってんの。」

 「うるさいなぁ。」

 すかさず突っ込む基子に、セイは苦々しげに応じた。

 しかし基子は気にする風もなく、さらっと言ってのけた。

 「でもさ、あんたたち一緒に食堂居たでしょ?二人とも真っ赤になって俯いちゃって。何も無いとは言わせないよ?」

 「なっ…!」

 思わず上げそうになった声を、セイは慌てて喉の奥に押さえ込む。

 もう一度小声を作り直し、横目で基子を睨む。

 「み、見てたの?」

 「み・え・た・の。」

 「………。」

 ふてくされたセイに苦笑した後、基子は妙に優しげな口調で問いかけた。

 「で、ほんとに何があったの?」

 「………。」

 「話してみなって。いいことあるよー。」


 とてもそうは思えなかったが、セイは仕方なく口を開いた。
 
 どうせ話すまでしつこく聞かれるに決まってるのだ。

 基子にも伝わるよう、前世云々のことは端折りながら、さっきの総司とのやり取りを手早く伝える。

 しかし返ってきたのは、呆れたような声と視線だった。
 

 「あんたたち、バカ…?」

 「何それ。」


 膨らんだセイの頬を指で突付き、基子はわざとらしい溜め息をつく。
 
 「だってさぁ、何でそれでお互いの気持ちに気付かないの?もう好きって言ってるようなもんでしょ?」

 「…分かんないじゃない。」

 「分かるって。」

 「分かんない。」

 「あたしには分かるのー。ためしにさっさと告ってみなよ。間違いなくOKだから。」

 「…そんな単純じゃないもん。」

 「ならどう複雑なわけ?」

 「………。」



 黙りこくったセイの横顔を眺めながら、基子はこれ以上何を言っても無駄だと判断した。

 とびきり可愛らしい顔をしているくせに、この友人はひどく頑固で意地っ張りなところがある。

 普段は背中まで伸びたこの真っ直ぐな黒髪みたいにきっぱりさっぱりとして、とてもいい子なのだけれど。

 (…でも自分のこと知らなさ過ぎだよね、セイって。)

 本人はまったく気付いていないが、容姿も性格も抜群なセイは相当モテる。

 だからこそ、何もあんなぱっとしない人好きにならなくても、と思ってしまうのは仕方ない。

 (そうだ。)

 基子はあることを思いつき、くすりと笑みを浮かべた。

 再びノートを取り始めていたセイに向かって、猫なで声を出す。



 「じゃあさ、可哀想なセイちゃんのために今日はご飯おごっちゃおうか?」

 「え?」

 「おいしーいイタリアンの店、見つけたんだよねぇ。」

 「…いいの?」

 ケチな基子にしては珍しい、とセイは思わずきょとんした顔をした。

 「もち。こないだ映画の約束寝坊してすっぽかしちゃったし、その埋め合わせ。ね?」

 「…うん、ありがと。」

 嬉しそうな笑顔になったセイに、基子もにっこりと微笑んだ。

 (ごめんね、セイ。)

 内心、こっそりと舌を出しながら。




                      
2へ