「かっ神谷さ〜んっvv 鍵善のくずきり食べに行きましょー!!!もう、甘いもの欠乏症で、死にそうですよ〜!!!!」



叫びながらスパンと障子を開け放つ。中にいた一番隊隊士たちの目がいっせいに総司に向けられた。

みな一様に刀を手入れしていた手や将棋を打っていた手、それぞれの手を止めて呆気に取られている。

無理もない。

つい先日、鬼と呼ばれる一番隊組長の沖田総司が倒れたのは有名な話である。一部では死線を彷徨った、という噂さえ囁かれたぐらいだ。大事にはいたらなったものの、症状はかなり酷いものだったと聞いていた。

それが今、甘いもの欠乏症で死にそうだから葛きりが食べたいと叫んでいるのだから、一番隊隊士たちが沈黙するのも無理のないことだった。



「あれー、神谷さんがいない。何処いったんでしょう?」

固まってしまっている隊士たちをよそに、当の本人は部屋の中をくるりと見回して、小さく首を傾げた。

どうやらお目当ての隊士の姿が見当たらないようだ。



「おっ、沖田先生、お体はもういいのですか?」

それまで固まって総司を見ていた平隊士の一人が顔を引きつらせながらやっとのことで口を開いた。

その一言で目が覚めたように、他の隊士達も止めていた手を動かし始めた。

「えぇ、もうこのとおり。すっかり良くなりましたよ!大体土方さんも神谷さんも心配しすぎなんですよ。大したことないのに」

ねぇ?、と隊士達に相槌を求めて首を少し横に傾けながら、ニコニコ笑っている。



((沖田先生、それはないでしょう・・・・・・・!))



隊士達は総司に気づかれないように一斉に溜息をついた。

倒れた彼が屯所の運び込まれたときの騒ぎは、唯事ではなかった。組長である近藤だけではなく、大抵のことでは動揺を見せない副長までが、血相を変えて駆けつけて隊士達を驚かせた。

加えて総司が倒れた時のセイの慌てぶりと寝ずの看病。

見ているこっちがうらやましくて仕方ないぐらいのそれを目の当たりにしているだけに、一層セイが哀れで仕方ない。


「そんなことより、葛きりです!! 神谷さんです!!」

((そっそんなことですか・・・・・沖田先生!!))


「神谷さんが何処行ったか、知りませんか? もう、ちょっと目を離すとすぐにいなくなってしまうんですから・・・・・困ったものですよね。」

「・・・・・・・・・・・」

隊士達に沈黙が訪れる

「あれ、誰も知らないんですか!? 今すぐに葛きりが食べたいのに、何しているんでしょうね神谷さんは!病み上がりの私を置いて!!」

勝手なことを言いながら完全にいじけてしまっている

((・・・・・・・・・・・・・・病み上がりって・・・・・、哀れ神谷。))



「おっ、沖田先生」

「何ですvv 知ってるんですか、神谷さんの居所」

先刻までいじけていたのが、ぱっと明るい顔になり隊士にずずっと詰め寄った。顔と顔が触れるのではないかというぐらい接近され、隊士が驚きのあまり、口をパクパクさせた。

「何処で見たんです?」

にっこり笑いながら、目が笑っていない。ここで黙っていると殺されそうな気さえしてくる。

近づけられた総司の顔を見ながら、隊士は背中に冷たいものが流れ落ちるのを感じた

「かっ、神谷なら、先刻斉藤先生と庭に」

「斉藤さんとですか!?」隊士の言葉を遮って、さらに詰め寄る

総司の額に深いしわが寄った。見るからに不機嫌そうだ。

「おっ、沖田先生・・・・、何か・・・・・?」

「斉藤さんねぇー」

発言した隊士は、自分が責められている空気をひしひしと感じて、小さく後ず去った。もちろん彼が悪いわけでは決してないのだが・・・・・。

「おっ、沖田先生・・・・・・?」

「ふーん」

何が『ふーん』なのかは分からないが、やっと総司の殺気立った視線から開放されて隊士は息をつくことができた。

当の総司はそんなことにはお構いなしで、少し考えた後不意にクルリと踵を返して部屋を出て行ってしまった。

姿が見えなくなると誰ともなく、一斉に溜息が漏れた。

総司がセイを探しに行ったことは誰の目にも明らかで・・・・・、そして、見つかった後セイが折角の休みを総司の我侭で振り回されることも目に見えていた。

((神谷・・・・・、すまん。。。。。。。。そして、斉藤先生。))


























セイの代わりに一番隊の隊士達が総司の餌食(?)になっている頃、当の本人は縁側に腰を下ろしてお茶を啜っていた。

もちろん彼女の隣には斉藤一が内心嬉しくて仕方ない顔を仏頂面で覆い隠して座っている。

それもそのはず、つい先日まで総司の看病にかかりっきりで他の隊士のことなど全く目に入っていなかったセイがお茶に誘ってくれたのだ、嬉しくないはずがない。

もちろん、総司の体調がすっかり良くなってセイの中に余裕ができたから、というのは言うまでもないが・・・・・・。

どちらにしろ、久しぶりに二人っきりで心なしか斉藤の表情も緩んでいる。

一方、セイのほうも久しぶりにゆっくりした時間を送っていた。

総司が倒れてからというもの毎日総司の看病にかかりきりになっていた。(もちろん、心配でそうせずにはいられなかったのだが————)

それが先日、総司の調子が良くなってふと溜まりに溜まっている雑用に気づいた。

看病を優先していたために後回しになっていたものが積み重なってかなりの量になっていたのだ。

今日は非番を利用して、その中の1つである庭掃除をしようと決心して、セイは手をつけ始めた。

ところが、セイが手入れを怠ると誰もする人がいないのか、至る所に雑草が生え荒れ放題になっていて、庭掃除が一段落つく頃には、日ごろ慣れているセイでも、流石に疲れてしまった。

休憩しようとしたところに斉藤が通りかかったため(もちろん確信犯)一緒にお茶をしているという訳だ。

「はぁ〜、こんなにゆっくりしたのは久しぶりです、兄上。お茶がおいしいーv」

「清三郎は沖田さんにかかりきりで看病していたからな(怒)  ・・・・・・まぁ、とにかく大事に至らなくて良かったな」

ずずー、と茶を啜る。怒っているが、少し嬉しそうである。

「そうですね。お元気になられて良かったです・・・・・・・・。」

斉藤は湯のみに落としていた視線をチラッとセイに向けた。

「どうした?あまり嬉しそうには見えないが?」

「いっ、いえっ、お元気になられて嬉しいです!!」

動揺を隠すように持っていた茶をずずーっと啜る。

総司の回復が嬉しくないわけがない。でも、心のどこかで何かが胸を締め付けるのだ。

夢とも現実とも言えない闇の中で見た花、花、花—————。

この風景が頭を掠めるたびにセイの胸は言いようのない不安で一杯になり、苦しくさせる。

その度にあのとき聞いた声が何処からか聞こえてくる気がして、より一層不安が胸に去来するのだ。



この花は叶えの花

一輪の花で、一つの願いが叶う

でも

叶えの花を手折ってはいけないよ

これは神の花

神の怒りに触れてしまうから

叶えの花を手折ってはいけないよ

願うことは

『失う』ことだから ——————





———でも、でも斉藤先生、私はまだなにも失っていないのです。

確かに私の願いは叶えられました、でもその代償を私はまだ何も払っていないのです。だから、不安で仕方ない。

神が私から何かを奪っていかれるまで沖田先生の回復が信じられなくて、これは夢ではないかと疑いたくなる。

もしかしたら、また悪くなるのではと心配で、不安で仕方ないのです。




「—————— 斉藤先生、先生は『叶えの花』の言い伝えをご存知ですか?」




セイは気が付くと無意識のうちに口に出してしまっていた。

(何言ってるんだろう、斉藤先生が知っているわけないのに。こんなこと聞いたら、変に思われてしまう)

「あっ、あのっ、斉藤先生今のは」

「知っているが?」

取り繕うとしたセイの言葉を遮って斉藤は意外な答えを返した。

「へっ?!」

あまりのことに声が裏返ってしまい、セイは恥ずかしくて顔を赤らめた。

「『叶えの花』の言い伝えだろう?聞いたことがあるな・・・・・確か」

記憶を辿るようにずずーっとセイの入れたお茶をすすった。

確か、どこかは知らんが神の庭がある。そこには色とりどりの花が咲いていて同じ色の花は一つとして存在していない。この叶えの花一本で一つの願い事が叶うが、それと引き換えに手折った者は一つ何かを失う。それが何かは失ってみないと分からない。

「そんな話じゃなかったか?」と言葉を区切って再び茶を啜った。

少しの沈黙に耐え切れず先に言葉を発したのはセイだった。

「斉藤先生は、『叶えの花』の言い伝えを信じておられますか?願い事と引き換えに神が何かを奪っていかれると」

「いや」

斉藤は短く否定した、顔からはいつものように何の感情も読み取れない。

どうして?と問うセイの視線に気づいたのか小さく笑った。

「この話を俺にしたのは父上だった。話を聞かされたとき俺も小さかったから、信じそうになったさ。」

「では、何故?」セイは小さく身を乗り出した。

「話をした後、父がいった」



”この話は迷信だ”  と————。



斉藤は懐かしむように遠くを見つめている

「では、何ゆえその戯言を私に態々したのかと聞いたら父は笑ってこう言った。」

そこで一息ついて、視線をゆっくりと戻して、セイの顔をしっかりと見据えた。



”言い伝えには教訓があると、それこそが重要なのだと・・・・・”



「・・・・・・ 教訓ですか?」

「父はそれしか言わなかったから、その時俺には何が言いたいのかさっぱり分からなかったが、今になって考えれば分かる気がするな」

セイは食い入るように斉藤を見つめて次の言葉を待った

「『叶えの花』が本当に存在するかは実際見た人でないと分からんことだろう。
 しかしな、————————  神は何も奪ってはいかれない。」

セイの中を一陣の風が吹き抜けて、心が少し軽くなったような気がした。

「自分の何を代価として持っていかれるのか分からない中で、それでも引き換えにして叶えたい願いなのか、そうでないのか、願う人間の意思を試しておられるのだろうと」

「意思・・・・ですか?」

「ああ、神に願うにはそれだけの覚悟がいる。

 反対に、自分の何を差し出してもいいと思えるほどの願いでなければ、神には届かない。」

そこまで言って、自嘲する様に小さく笑った。

「まぁこれは俺なりの考えだからな、正しいとは言い切れんが。」

言いながら湯のみの中に残っていた茶を一気に飲み干した。セイも同じように湯飲みを口に運んだ。



「・・・・・・・・やはり、兄上には叶いません」

聞こえるかどうかの小さな声を発して、セイはうつむいた。



セイの様子がおかしいと気づいてた。

何故、急に叶えの花のことを聞いてきたのか気にはなったが、斉藤はあえて気付かない振りをした。

「まぁ、何を悩んでいるかは知らんが、考えすぎんことだ。あんたにはやるべきことがあるだろう?」

言いながら考え込んでしまったセイの頭を軽く撫でた。

(やるべきこと?)

不意に言われても思い当たることが多すぎて、答えに詰まってしまいセイは不思議そうに斉藤を見つめ返した。

「一昨日、強い風が吹いただろう。あの風では小さい苗木は弱っているだろうな」

「あっ!!」セイは勢いよく立ち上がった。

その拍子に持っていた湯のみから茶が勢いよく飛び出して庭の土に沁み込んだ。

セイの頭によぎる小さな影がある。

「ありがとうございます!!兄上vv 」

ペコリと頭を下げ、そのまま一目散に駆け出していった。

それを見送った斉藤の顔がちょっと不機嫌そうだったことは言うまでもない。

















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