「神谷さーんっ!本当にもう、何処言ったんでしょうね!!私が死に掛けているというのに」
一番隊隊士の部屋を出てから言われたとおり庭を探しても見たものの一向にお目当てのセイの姿が見つからず、総司は一人でブツブツ呟いている。この呟きをもし斉藤が聞いていたら、『あんたは殺しても死なんだろうよ(怒)』と言ったに違いなかった。
・・・・が当の斉藤がいなく(昼間から飲みに行ったので)誰も言わなかった。
「もう、何処行ったんでしょうねー」言いながらキョロキョロとあたりを見回した。
いろいろ探してみたもののセイの姿は一向に見当たらない。総司は軽く溜息を吐き出した。
(仕方ない、一人で行きましょうかねぇ)
しぶしぶ出かける用意ををするために部屋に戻ろうとすると縁の下の人影が見える。西本願寺の縁の下は広く人が潜みやすい。特に小柄なセイは低い体制の練習といってはそこで稽古していることが多かった。
「あんなところにいたんですねぇーvvv、見つからないはずです」
怒ったような口調で話しながら嬉しさを隠し切れない顔で、セイに気づかれないようにそうっと近づいていった。
「かっみやさーん」
大声で叫びならがセイを背後から思いっきり抱きしめた。そうしてセイの反応を待つ。
いつもだったらここで、『沖田先生ー』という罵声と鉄拳の一つも飛んでくるはずだったのに、セイは微動だにしない。少々あてが外れて、総司は不思議そうにセイの顔を覗き込んだ。
「神谷さん、どうしたんです?」
「・・・・・・・・・・」
セイからの返答はない。
それどころか反対に一層顔を下に向けてしまった。
「神谷さん?」
総司はセイの前に回りこんで顔を覗き込んだ。思ったとおり、セイの目は赤く腫れていて泣いていたことを裏付けていた。
「もう、いつまでたっても泣き虫は治らないですね。何を泣くことがあったんです?」
セイの涙を袖で拭きながら優しく尋ねた。
「おっ、沖田先生っ、ごめんなさいっ」
下を向いたまま、嗚咽交じりにやっとそれだけ言うとセイは一層下を向いてしまう。急に誤られても何のことか検討もつかず総司は首を軽く横に傾げた。
「それだけでは何のこと言っているのか、見当もつきませんよ。私に分かるように説明してください。」
優しくセイの頭を撫でながら総司はセイが口を開くのを辛抱強く待った。
膝に顔を押し付けて嗚咽を漏らしながら、セイは指さした。総司もセイが指さしたほうへ視線を移す。
そこにはあまり大きくはない植木鉢が置かれていた。
植木鉢の上には本来あったはずの植物の姿はなく、無残にも途中でへし折れ枯れてしまっている。この植木にはどこか見覚えがあったが、なかなか総司は思い出せずにいた。
「折角、先生に買っていただいたのに・・・・・・・・・・・・・・っ」
セイの嗚咽が激しさを増した。
セイの言葉でやっと総司は思い当たった。
(何時だったか神谷さんと一緒に土方さんの俳句帳を買いに行った帰りに買ったあれですか)
いつも節約家なセイが珍しく食い入るように見ていた花だった。花を見つめる視線があまりにも真剣で、総司がつい『私が、買ってあげましょう』と言ってしまったぐらいだ。
そういった総司を見た時のセイの顔を今でも総司は覚えている。嬉しさと恥ずかしさと切なさとその他のいろいろな表情が入り混じって、言葉では表せない表情をしていて —————————、
それはとても美しかった。
何故そう思ったかは自分でも分からなかったが、セイの表情を見たときに心臓が飛び跳ねて顔が熱くなってしまった。
それが何だか気恥ずかしくて、顔を隠すようにして話題を変えようとしたのに咄嗟に気の利いたことが言えず
『この花がいいんですか?神谷さんなら桜のほうが似合っていると思いますが』
とあまり意味のないことを言ってしまった。
『この花がいいです。沖田先生はこの花をご存じないのですか?』
『ええ、始めてみる花ですね。なんという花ですか?』
総司の答えにセイが残念そうな顔をした
『では、この花の花言葉もご存じないのですか?』
『花言葉ですか?私はその手のことは疎くって・・・・・・。』
総司はぽりぽりと頭をかきながら土方さんなら知っていると思いますがと続けた。
セイの落胆ぶりと、総司の野暮天ぶりに見かねた店主が呆れたように口を開いた。
『この花は”忍冬(すいかずら)”といいますねん』 その顔がセイに同情の視線を投げかけている。
『忍冬ですか?何かおいしい実でもなるんですかねぇ?・・・・じゃ、これでいいですか?神谷さん』
『はい・・・・・・(沖田先生の野暮天!!(怒))』
『じゃぁ、これ一鉢下さい』と総司の言葉に言葉をなくしている店主ににっこり笑いかける。
店主にいい鉢を選んでもらい、セイに一鉢買い与えた。
それからセイが、毎日毎日一日も欠かさず、朝起きて一番にこの鉢の様子を見に行っていたことは周知のことだった。
見に行っては鉢に語りかけるように水をやり、雑草をぬき、日当たりのいい所に移動してやる。傍からみてもそれは”恋人に会いに行っているよう”で、他の隊士達にからかわれていた。
その甲斐甲斐しい世話振りに、忍冬に嫉妬する隊士も少なくはなかった。
実は総司もそのうちの一人で、甘味処や遊びに誘っても、花が心配だからと何度も断られ寂しい思いをしていた。
それが枯れてしまったのだから、セイが泣くのも分かる気がする。
が、どうしてこの花にそんな価値があるのかは総司にはさっぱり分からなかった。
「神谷さんが大事にしていたことは知っていますし、わざとではないのでしょう?仕方ありませんよ」
言いながらセイの頭を撫で続けた。
セイはただ、大きく首を振って泣き続ける。
「泣かないで下さいよ〜。花だっていつか枯れるときが来ますよ」
総司は困り果ててセイの顔を覗き込んだ
「神谷さん、また買ってあげますから・・・・、ねっ」
セイは目に一杯涙を溜めて大きく首を振る。
その反動で涙が飛び散った。
「あぁ、もう。本当に泣き虫ですね」
総司は懐から手拭を出してセイの涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を拭いてやった。
「花が枯れたぐらいで泣くようでは、武士失格ですよって、——————かっ神谷さん!!どうしたんですか!!!」
慌てふためいた声を無視して、セイは総司の懐に顔を押し付けて、そのまま嗚咽を漏らし始めた。
「ねぇー、神谷さん。泣かないでくさいよ〜」
何が何だか分からす総司はセイの背中に腕を回し、あやす様に叩きながら空を仰いだ。
(泣きたいのはこっちですよ〜)
見上げた空には真っ青な夏の空が広がっている。
セイは、総司の胸で泣き続けた。
どうしてこんなにも悲しいのか、涙が止まらないのか分からない
何故か胸が痛かった
無理やり引きちぎられたように、胸が苦しかった
花が枯れたぐらいで、武士は泣いてはいけないと分かっている
おかしい事だと、分かっている
それでも
それでも、自分だけは、この花のために泣いてもいいと思った
泣いてあげなくてはならないと思った
セイだけが、枯れた意味を知っているのだから —————————
真っ青な夏の空に、薄い雲が流れた
この花は叶えの花
一輪の花で、一つの願いが叶う
でも
叶えの花を手折ってはいけないよ
これは神の花
神の怒りに触れてしまうから
叶えの花を手折ってはいけないよ
願うことは
『失う』ことだから ——————
叶えの花の言い伝えは迷信だと斉藤先生は仰いました。
けれども神様は沖田先生の病と引き換えに大切なものを私から奪っていかれました。
言い伝えは本当だったのです
沖田先生があの花を買ってくださったとき、嬉しくて仕方なかった
あの花だからこそ、涙が出るほど嬉しかったのです。
きっと沖田先生は何気なく買ってくださったのでしょう
それでも大切で大切で仕方なかったのです
あの花は私が叶わない、伝えられない沖田先生への思い全てを注いでいたものでした。
沖田先生への私の思いでした。
私の心の一部でした
神は沖田先生への思いを、私の心を
引き裂いて持っていかれました
とても大切な思いを持っていかれました
神様 ——————————
神様は知っておられたのですね
私が思いの全てを注いで育てていたことを———————。
あの花が『沖田先生』あったことを ——————————
———————— 忍冬の花言葉を知っていますか?沖田先生
『愛の絆』 というのです ———————————————
《終わり》
***** あとがき(木花翠心様) *****
あさ様、本当にごめんなさい!!救いようのないぐらいの駄文になってしまいました。
リクエストは『夏』だったはず・・・・・・がこんなことになってしまいました。
私の中では夏=ホラー?とか思ってしまいちょっと怖い目の不思議な話にしようかと思ったら・・・・ははは(汗)
一応、忍冬は夏の季語らしいので勘弁してください。あと、この時代に花言葉があったのか?という突っ込みはなしでお願いします(笑)
実はこの話にははじめ、総司が花言葉に気づくところ(つまりセイちゃんへの気持ちとセイちゃんの思いに気付く)まであったのですが、あまりに長いのでカットしました。
いやー、私の文章はクドイ、暗い、汚いの3Kですね。
あははは・・・・・・・(涙)
出直してまいります!!!
皆様の慰めなど頂けましたら幸いです。
それでは・・・・・(脱兎)
もーーーーーーーーー!!
やばいですって!!
何このすてき作品!
ほんっとはまりそうです!!
やばいです!!
興奮!!