おかしなふたり 連載221〜230

第221回(2003.4.10.)
 一瞬ぽっと頬が赤らむ担任。
 いつもお祭りみたいに賑やかなキャラクターである聡(さとり)が何やら初恋の少女みたいな初々しさで可愛らしく喋っているのである。それは最初から大人しい女の子がそうした挙動を執っているよりも効果的だった。
「そ、そう・・・か」


第222回(2003.4.11.)
「じゃ、じゃあ・・・またな・・・」
 いそいそと去っていく担任。
「あれれー?普段はもっと絡んでくるのに・・・」
「お前・・・いつもあれとじゃれてるの?」
 男言葉を使う女の子は可愛い。
「うん」
「いいからとにかくさっさと元に戻せよ」
 といって、両手を広げる女子高生。
「何で?」
 無邪気に聞くニコニコ顔。
「・・・“何で”・・・ってお前・・・役目はもう果たしたから」
「だって、なんであたしを男の子にしてるわけ?」
「だからそれは、同じ姿で並んだらおかしいから・・・」
 何故か声が小さくなる。
「あ、そーなんだ」
 初めて気が付いたみたいな事を言うしらじらしい妹。いや、本当に気付いていないのかも知れない。
 じい・・・とこちらを見ている聡(さとり)。
 自分に見詰められているというのは何とも妙な気分である。


第223回(2003.4.12.)

「ねえお兄ちゃん」
「な、何だよ」
「折角だから今日はこのまま過ごさない?」
 しばらく時が止まった。
「・・・え?」
「ありがと、じゃあそういうことで」
 すたすた歩いて行こうとする歩(あゆみ)。
「ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょっと待って!」
 慌てて止める歩(あゆみ)


第224回(2003.4.13.)

「無理だよそんなの!無理だって!」
 泣きそうになっている歩(あゆみ)。
「大丈夫だって!大人しくしてればそれでいいから」
「お前の友達の顔も名前も分からないし!無理だよ!」
「そっかー、それは問題かもね」
「だろ?」
 少し交渉の余地が出てきたみたいで安心が表情一杯に広がる。
「じゃあ、今日はちょっと体調が悪いことにしときなよ」
「そんな馬鹿な!」
「大丈夫だって!あたしは」
「お前はそうかも知れんけどなあ!」
 その時だった。
「さっちん!」
 背後からまた声が掛かった。


第225回(2003.4.14.)

「うぃーす!」
「とりゃあ!」
 いきなりプリーツスカートもまぶしいお尻に軽い蹴りを見舞うクラスメート。
「わあっ!」
 女の子同士なのに何をするのか。
「あ、お兄さん!」
「こんにちはー」
 可愛らしく振舞う。
 『お兄さん』と呼ばれているのにその視線が別の方向に行っていることに戸惑う歩(あゆみ)。
「おっすう!」
 にこにこ顔でしゅた!と手を挙げる聡(さとり)。男の子の挙動として全く慣れていない。
 歩(あゆみ)はこの二人については憶えがあった。敬子とアケミである。カラオケに来ていた仲良し二人組だ。
 と、二人して両側からその腕が拘束される。
「それじゃあね!お兄さん!」
「ちょ、ちょっと・・・」
「行こー!さっちん!」
「おー!」
「ちょ、ちょっと待ってええ〜!」
「なーに可愛っ子ぶってんのよ!行くよ!ほら!」
 すっかり聡(さとり)と思い込まれている歩(あゆみ)だった。
「妹をよろしくねー」
 無邪気に手を振る自分の姿をした妹に見送られながらクラスへと連行されていく歩(あゆみ)だった・・・。


第226回(2003.4.15.)

 そこは1年2組だった。
 1年生のクラスに来るのは久しぶりだ。
 でも今は“上級生”として来ている訳では無いのだ。


第227回(2003.4.16.)

 物凄いハイペースで何事かを話しながら席に向かう3人娘。
 いや、実際には妹の肉体に閉じ込められた様な格好になった哀れな兄は殆ど会話に参加していないので2人娘状態ではあるのだが。
 ともあれ、どうやらこの3人でいつもつるんでいるみたいだった。
 いつになったら戻して貰えるのかはよく分からないのだが、このグループに入っていればいいということなら少しは心理的に楽ではある。不特定多数相手には口裏を合わせるのも難しい。
 一応携帯電話を持ってはいるのだが、自宅には聡(さとり)の友達と思われる女の子からちょくちょく電話が掛かってくる。歩(あゆみ)だって別にコミュニケーション不全では無いのだが、妹の交友範囲の広さというか、誰とでもすぐに友達になってしまう才能には適わない。
 まだ昼休みが続いて入るので人の出入りが激しい教室。
 学生にとって“自分の教室”というのはなんとも複雑な空間である。
 少なくとも人生のうちでその期間だけは最も多くの時間を過ごすその空間は、住み慣れた自室の様な感慨をもたらしてくれる。


第228回(2003.4.17.)

 そこまで考えて、女子高生バージョンの歩(あゆみ)はちょっとした問題に考え当たった。
 実は、この“お互いを変身させる”能力というのは、多少なりと“慣れ”が必要なのである。妹の聡(さとり)の方は、大喜びで毎日こちらを性転換&女装させまくっているので、性転換させるのも戻すのも自由自在なのだが、問題はこちら側である。
 何と言うか、男が女になるよりも女が男になるほうが、ある意味で精神的ダメージがありそうな気がするのである。
 ん?何かヘンだな、と思うけど気にしないことにする。
 妹の様に他人の迷惑顧みず、という性格でも無いので相手の意思に反して性転換&異性装というのはどうにも気が引けるのである。
 いや、実際には妹は“男の子になる”ことを面白がっているのだが、させてやると“お返し”とばかりにもっと可愛い格好にしてくれるのだった・・・。
 それが嫌でなかなか“練習”するのも億劫になってしまっている。
 だって、殆ど何もしてない状態でも毎日の様に性転換&異性装させられているのである。もしもこちらも毎日聡(さとり)を・・・なんてことになったら・・・考えただけで寒気がする。


第229回(2003.4.18.)

 これまでの経験で関東一円の女子高生の制服は制覇しちゃったし、メイド衣装まで着せられたし。この間は遂にウェディングドレスまで・・・。もしもこっちもそれなりに研究して、男の衣装を聡(さとり)に次々着せたりしたらそれに見合うだけの“お返し”が待っているに違いない。・・・だからいつまで経っても兄の歩(あゆみ)は妹を男にしたり戻したりする“技術”が上達しないのである。
 それにしてもこの間のウェディングドレス・・・。
 歩(あゆみ)は自らの身体を締め付けるキツい下着や、つるつるのドレスの感触、耳たぶを引っ張るイヤリングや、や剥き出しになった首元をもてあそぶネックレス・・・。自らの身体からするお化粧や香水の甘い香り・・・。
 聡(さとり)に見せられた変わり果てた自分の花嫁姿が蘇ってくる。
「さっちん!」
 びくっ!とした。
「どしたのよ?おかしいよ」
「あ、あの・・・」
 い、いかんいかん。思わずぽ〜っとしていたみたいだ。


第230回(2003.4.19.)

「あ、うんうん。何でも無い」
 何が“何でも無い”だ!歩(あゆみ)は自らの“女子高生”ぶりに落ち込んだ。
 よくよく考えれば、これまでのものはいくら性転換されたり女装させられたりといっても、基本的には誰も外部の人間の目にはさらされないで来たのだ。
 極論すれば「物凄く良く出来た女装」みたいなもんである。全部本物だけど・・・。ましてやその肉体を使ってあんなことやこんなことをやっている訳でも無いので・・・。
 でもこれで遂に、「その肉体を利用して」女として振舞ってしまった・・・。“文化的”に女になってみた瞬間だった。
「これ、さっさと飲んじゃいなよ」
 と、目の前に紙製の容器が差し出される。
「?」
 状況が良く分からない。