スヌーピーの思い出 第3章
担任の先生の話では、彼女は脚が悪いので市内の県立病院に少し入院することになったらしい。
私はぼんやりとその事実を受け入れた。
そんなに脚が痛かったなんて・・・。
彼女の辛さがわからなかった自分、醜すぎる・・・
意固地になって勝手なことした自分、嫌いになる・・・
自分を責めながらも、彼女の病状に関しては楽観していた私だった。そのころは身近に病気で
入院した人もいなかったし、お見舞いも無縁だったので、入院と聞いてもピンと来てなかったから。
ただ一つ自覚したことは、彼女は当分は学校に来れないのだということだけだった。
あの旅行中のいさかいと、彼女がいなくなって統率が取れなくなったことが影響して、グループの中で
私と残りの3人の間に溝ができ初めていった。それでもなお、表面上は私と彼女たちは仲良しに
見えていたと思う。入院してしまった彼女の1番の親友だった子は、いつも一緒に行動していた
彼女がいなくなって精神的にとても不安定になっているようだった。だから自然と彼女のいない穴埋めを私に
求めるようになった。私たちは一緒にお弁当も食べたし帰るときも一緒だった。
気になる男の子や好きなロックの話をしながら歩いている間、その子は寂しさを紛らわしているような
表情を自然と見せる。それを私は敏感に感じ取るのだが、気づかない振りをして作り笑いで返す。
そんな不安定な関係で毎日が暮れていった。
彼女が入院してからもう一月近く経っていた。私の学校は2学期制だったので9月の終わりに前期の
終了試験がありその後少しだけの休みが入る。彼女のことは気にならない日はなかったのだが、
とりあえず試験勉強をしなくちゃいけないし、日々終われているうちに気付くと前期が終わっていた。
「そろそろお見舞いに行こうか?」
一番の親友の子が言い出した。
「あぁ、お見舞い行ったほうかいいよね。」
「もうすぐ退院かもしれないけど、行っておこうか。」
そんな会話が行き交い、私たちは試験後の休みに始めて彼女のお見舞いに行った。
県立病院は初めてではなかったけど、病棟に入るのはこれが最初だった。私たちは慣れない病棟を
進み、何とか彼女の病室に着いた。そこは外科だった。整形外科と外科の違いもよくわからなかった
私は彼女は病気じゃなくて怪我で入院してると思い込んでいた。
病室の中の彼女は、ベッドから体を起こして本を読んでいた。いつもと同じ白くて透き通った
肌に淡いピンクの頬、点滴も受けていないし、外見だけではどこが悪いのかわからないほどに
健康体に見えた。
彼女のサイドテーブルには、予想した通りにかわいいスヌーピーのマグカップが置いてあったし、
キャビネットにはキティの歯磨きセットとお揃いのハンドタオル、花瓶の中では可愛いフワフワした
花弁のピンクの花が踊っていた。
「退屈だぁ。」と彼女は笑いながら言った。
どこが悪いのかわからないほどに元気なのだから、退屈なのは当たり前だと思った。明日にも
学校へ行けそうに見えるのだから、そろそろ退院だなとも思った。
それから私たちは、ウッドストックの近況観察とか、クラスの話題とか、他愛のない事をあれこれ
話した。それを彼女は嬉しそうに聞いていた。特にウッドストックについては入院してる今も
好きでたまらないようだった。
私はやっぱり他の3人よりは言葉数も少なかったし、
愛想笑いしかできてなかったんじゃないかと思う。彼女に対する罪悪感と、いつもと変わらない
華やかな彼女を目の当たりにして、あこがれと嫉妬とが入り混じって、複雑に絡み合っている
感情・・・。それを持て余すように途方に暮れた表情で彼女をぼんやりと眺めていた。
「じゃあ、また来るからね。」
一通り話し終え彼女を励まして病室を出た私たちは、彼女の具合が思ったより全然軽そうでよかったとか、来月早々にも学校へ
出てくるんじゃないかとか、話しながら帰って行った。
だけど、休みが終わって10月になっても彼女の姿は教室にはなかった。そのうち出てくるだろうと
信じていた私たちは、文化祭や体育祭で忙しくなり、気付くと季節は初冬を迎えようとしていた。
そんなある日の朝、一番の親友の子が泣きはらした顔で教室にいた私に近づいてきた。
「別の病院に移ったんだって。」
それを聞いてもまだ私は事態を把握できないでいた。
その子は一番の親友だったから、彼女の親と頻繁に連絡を取り合っていたらしい。
「昨日電話があって、岐阜市の大学病院へ変わったんだって。」
大きな瞳からポロポロと涙を落として、その子は私に抱きついてきた。
「脚に腫瘍があってね、手術するんだって。脚切るんだよ・・・。」
私と彼女は抱き合って声を殺して泣いた。頭の中がわけがわからなくなりグルグルと回りだした。
スヌーピーの思い出第4章へ
語らせてお品書きへ