その当時、私は可愛い女の子になりたかった。
自分で言うのも何だけど、見ようによっては外見は決してブスではなかったと思う。
でも、これも自分でよくわかっていたのだけど、雰囲気が全然可愛くなかった。
別にこれと言って特別美人じゃなくても、可愛い感じの女の子、それが私の理想だった。
そのために、サンリオのかわいい商品を集めていた。学校へ持って行くお弁当箱もキティだったし、
筆箱はパティ&ジミー(昔はあったのだ)、下敷きはスヌーピーと、周囲からは注目されなくても
ひたすら集めていた。
服だって流行ってるアイテムには敏感になってたし、靴は絶対リーガルじゃなくちゃダメだった。
愛読していたのはMc Sisterというティーンのファッション誌だったし、地元で手に入らない
服は名古屋まで買いに行っていた。
でも、こんなに努力していても、私は全然可愛くなかった。
鏡に映る自分の姿は、どうしようもなくギスギスで近寄り難い頭でっかちの女に見えてしまうのだった。
たぶん、いや今でもそうだけど、素直になれないところや、臆病すぎるところが、隠そうとしても
自然と出てしまっていたのだと思う。
私は毎日モヤモヤとしていた。
だけど、高校に入って新しい環境で新しい友達の中で、自分も変われるかも
しれないと、ちょっとだけ期待していた。
私が入学した高校は県下でもある程度名の通った進学校で、あちこちの地域から生徒が集まっていた。
ガリ勉タイプも多かったけど、学校の方針が自由尊重の気風のせいか、華やかな生徒も同じくらいの数が
集まっていた。
新しいクラスに足を踏み入れると、一人の女の子が私の目を引いた。
その子は私が欲しいもの、
私が持っていないものを全部持っているのだと、一目でわかった。彼女は自然と可愛い雰囲気が出せる
私の憧れのタイプなのだと私はすぐに理解した。
彼女は色白で、髪が少し自然にカールしていて、
頬は、触れば絶対柔らかくフワフワなんだろうと想像できる桜色で、私が持っていないものを全部持って
生まれてきたような女の子だった。
新しいクラスで、彼女は当然に、自然とクラスの人気者になった。
私は彼女の代わりは絶対勤まらないと
思ったけど、運良く彼女を含めたいわゆる仲良しグループの一人に入ることができた。そのグループは彼女と私、
後3人の派手系女の子グループで、その中でも私は一番地味だった。
彼女と一緒に歩いてると先輩の男の子たち
の視線を背中に感じた。登下校中5人でぺちゃくちゃ話してる私たちは1年の女の子たちの中でも最高に
目立っていた。私はこのポジションに満足しながらも、絶対どう足掻いても彼女みたいに人を引き寄せられる
存在にはなれない自分が恨めしかった。
彼女は可愛いものをいっぱい持っていた。この町のサンリオショップには売ってない可愛いスヌーピーの
ハンカチ、キティのシャーペン・・・全部彼女に相応しかった。
私は前以上に必要以上にサンリオ商品を
集めるようになっていた。そうする事で少しでも彼女に近づきたい、少しでも彼女みたいな可愛い
女の子になって地味でギスギスしたイメージを払拭したいと思い、気持ちはいつももがいていた。
初めて彼女の部屋へ遊びに行って、私はより一層焦った。
その部屋は彼女に相応しかったし、彼女も
また、その部屋の装飾品の一つだった。例えば何気なくカラーボックスに飾ってある、可愛い小物。
スヌーピーやミッキーの大きなぬいぐるみ。ベッドの上には暖色のキルトカバー。
一番衝撃的だったのは金平糖や小さな丸いガムが
食べずにそのままの状態で入っている可愛いガラスのビン。こんな飾り方があるんだと初めて知った。
自分の部屋へ戻ってとてもやり切れない思いに駆られた。彼女と私は生まれながらに違う。どんなに
努力して真似しても、私は彼女にはなれない。わかっていても、認めたくなかった。
それからは
彼女の部屋を思い出し、あれこれと試行錯誤で模様替えしてみた。キャンディー入りのガラス製瓶は
3個も買いカラーボックスを飾りだなみたいにして、その中へ入れてみた。終いには母親から
「早く食べないと賞味期限が切れるよ。」と言われる始末だった。それでも私は食べずにひたすら
飾り続けていた。
誕生日には彼女の家にあったのと同じ大きさのスヌーピーのぬいぐるみを親に買って
もらったし、学年全体で行く夏休み前のキャンプ用に、めいっぱい流行の服も揃えた。
でもやっぱり、私は私以上になれなかった。
彼女には言い寄ってくる同級生や先輩がいっぱいで、私はそんな彼女の取り巻きの
一人だから同じように仲良くしてもらってるだけで、誰も私個人と進んで話したいと思ってないことは
一目瞭然だった。彼らから見れば、私は個性ゼロでパッとしなくてツマラナイ存在でしかなかった。
一方彼女には好きな先輩がいた。遠めで彼を眺めては「かっこいい!」と純粋にはしゃいでいた。自分が
男の子にモテルなんて意識もしてないようで、その先輩以外は眼中にないようだった。彼に自分が
好かれてるという自信がないようで、彼の話になるといつも片思い中の可愛い女の子の表情をする。
その表情は、好きな男の子を遠目で見てドキドキしてる私みたいな普通の女の子のそれと何ら変わりのない
ものだった。
まるで、その先輩以外の男の子は見えていないかのようで、彼女は一途に一人の先輩に思いを寄せていた。
あんなにモテルのに、全然鼻にもかけない彼女、それどころか好きな人の前ではいつも臆病な彼女、
そんな彼女の雰囲気がだんだんと無意識に私を苛立たせて行った。
彼女が片思い中の先輩を私たちはウッドストックと呼んでいた。彼の頭がツンツンしていて
ウッドストックによく似ていたからだ。
彼女がウッドストック以外に唯一男性と認めていたのは
当時大学生だった彼女のお兄さんだけだったと思う。彼女は
お兄さんのことがとても好きで、お兄さんも妹に無償の愛を注いでいる日常は、身近にいてヒシヒシと
伝わってきた。
例えば学校で気分が悪くなると、彼女は親ではなく迷わずお兄さんに電話した。すると、お兄さんは
すぐ車で走って来て先生に会い事情を話して彼女を乗せて家へ帰るのだった。彼女は普段は溌剌として
いるのだが、夏に近づくにつれ頻繁に気分が悪くなって早退をした。その度に現れるお兄さんの存在は
瞬く間にクラス中の女子の間で話題になった。かっこいいお兄さんがいてうらやましいと・・・。
兄弟のいない私には、そんなお兄さんを独り占めしている彼女が羨ましかった。二人で並んで校舎を
出て車に乗り込む姿を窓際から眺めながら、私は悟った。
そう、彼女は私にないものを全部もっている・・・。
月日が経つにつれ、純粋に彼女に憧れていた気持ちにだんだんと妬みが混ざってきたのを、ぼんやりと
自覚している自分がいた。でもその歪んだ感情は、まだ心の底に淀んでいる状態で、顕著に表面には
現れていないのだった。
屈折した感情を持ちながら、私はまだ彼女の仲良しでいたし、彼女はたぶん
そんな私の気持ちなど気づきもしていなかったと思う。彼女はすべてに対して寛容であったし、謙虚だったし、
故に人を惹きつける存在であったのだから。