季節は夏を迎えようとしていた。長い夏休みを前にして、私たちグループはある計画を立てていた。
5人だけでどこかへ旅行しようと誰ともなく言い出したことから始まって、私たちはいけない冒険を
企んでいるかのように放課後毎日話し合った。そんなに遠くない場所で、1泊で、安全な場所に泊まって、
ちょっと憧れる街へ行こう。そこでは少しだけ大人っぽくなれて、5人だけの秘密を作ろう・・・。
私が勇気を出して、京都はどう?と提案してみた。京都は私にとっては憧れの街で、訪れるたびに穏やかな
気持ちになり胸の奥が澄んでいった。そんな自分のお気に入りの街を彼女たちにも気に入ってもらえたら
嬉しいという思いから出た言葉だった。
4人は歯ごたえがないほどに簡単にOKした。
「あっ、それでいいよ。」
「うん、京都にしようよ。」
それは私に対する思いやりではなく、旅行できるのならどこでもいいのだという態度だった。
でも私は自分をグループの中でアピールできる最高のチャンスだと思い、レディースホテルの手配から
2日分の行動予定、新幹線の切符の手配まで、可笑しいほどに張り切って動き回ったのだった。
旅行の当日、突然グループの一人がドタキャンした。
親のOKが出なかったことが理由だったけど、
だったらもう少し早く結論を出して欲かったと思った。でもその子が止めたことで、私たちのグループは
4人になってペアを作るのにも丁度いい人数になったわけで、たぶん一番嬉しかったのは私だったんじゃ
ないかと思う。他の3人が、旅行を止めてしまった彼女と私を天秤にかければ迷うことなく彼女を
選ぶのは目に見えていた。何故なら私は5人の中ではオマケに入れてあげてるような存在でしかなかったから。
でも私は、この旅行で皆にとって自分の存在が今まで以上に大きくなってくれればいいと
思い、欲を言えば彼女の一番の親友になれたらいいと思い、ワクワクして京都へ向かった。
私の希望が叶わないとわかるのに時間はかからなかった。
京都に着いてすぐ、私たちはレンタサイクルで嵯峨野巡りを始めた。ここまではプラン通りの進行
だった。小さくて古いお寺を巡りながら、静かにゆっくりと京都の空気を吸いたい・・・こんな気持ちで
自転車を漕いでいたのは私だけだった。お寺を拝観中も他の3人は明らかにつまらない顔をして、
さっさと機械的に目的を遂行しているだけだった。
私と彼女たちは本当に気があっているのだろうか?4人の関係に初めて疑問を持ったのはこの日だった。
今思うと、もっと早くに疑問に感じてもおかしくなかった。いや、本当はわかっていたはずだ。
彼女たちと私との間には相容れない感情がある事を・・・。それでも私はこのグループのメンバーである事に
自分のアイデンティティを確立したかったから、とても気が合っていると思い込みたくて3ヶ月もの
間気づかない振りをしていたのだ。
彼女たちはお寺巡りなんて本当はうんざりだったし、それよりお土産物屋さんで可愛い物を探したり、
洒落た喫茶店で大人ぶってドリンクを飲んでワイワイ喋ったりしていたかったのだ。それでも、
時間を割いてプランを立てた私に申し訳ないとの思いから、生あくびしながらもお寺の廊下を歩いている。
そうこうしているうちに、一日が終わろうとしていた。私たちは自転車を降りて、桂川の河原で休憩を
取った。
そのとき、初めて彼女が脚の違和感を訴えたのだった。
「右脚の太もものあたりが痛い・・・。」
彼女は、旅行の前日までバトミントン部の合宿をしていたので、
たぶんその筋肉痛が出たのだろうと憶測していた。それを聞いた私たちは、筋肉痛なら大したことないから
大丈夫だと安心してその日を終わらせたのだった。
ホテルにチェックインしてから、初めての親抜きの旅行だったので私たちは夜遅くまでトランプをしたり、
好きな人の話をしたりで、騒いで過ごした。そんな中で、私だけは一人冷めた気持ちで彼女たちを
観察していた。
うるさい・・・話してる内容もつまらない・・・疲れる・・・
心の中ではイラつきながら、作り笑いで騒いでいる自分はバカみたいだ。
どうして私、ここにいるんだろう?
全然面白くも何ともないのに・・・いっそのこと一人になりたい・・・
あの子たちと私とは、本当は合わないんだ・・・
私の心は歪みきり、耳の奥からはギシギシと不協和音のようないびつな音が聞こえてきそうだった。
彼女の脚の具合は全然良くならないようだった。他の3人は心配そうに彼女を労わってるのに、
私だけは素直に心配できないでいた。
筋肉痛なのに大げさじゃないの・・・
そうやって、あなたはいつも皆に心配してもらって、優しくしてもらって、いつもいつも、みんなの中心に
いるのね・・・
彼女が愛されていることが妬ましかった。私だってこんなに皆のために努力してるのに、どうして認めて
くれないの?どうして私に注目してくれないの?彼女はただいつも静かにそこにいるだけで愛されている。
この事実が許せなかった。私は鬱々としてその夜を過ごした。
翌朝も彼女の脚は痛んでいた。
プランではその日は苔寺へ行くことになっていたのだが、彼女が辛そうだから止めてお土産買ったりして
嵯峨野をぶらぶらしようかと誰ともなく言い出した。
彼女は自分のために苔寺へ行けなくなるのは悪いから、一人で嵯峨野で待っていると言いだした。
すると彼女と一番仲が良かった子が、
「じゃあ、私が付き添いで残るから、後の二人で行ってきて。」と提案した。
後の二人とはつまり私と残りの子だったのだが、結局その子も残ると言い出したのだった。
私は無性に腹が立った。彼女たちの判断は、脚の痛い彼女を一人にしておいたら可哀想だとの思いから
下したことに違いなかった。なのに、自分と彼女を天秤にかけてどちらが好きかを判断されたかのように感じてしまった
私は一人で拗ねてしまったのだ。
「じゃあ、いいよ。私一人で行くから・・・。」
遣る瀬無い思いに駆られた私は一人で自転車に乗り、彼女たちを後にしてしまった。
あぁ・・・これでもう友達じゃなくなったな・・・。
こうなる予感は前日からしていたんだ。もっと早くに友達じゃなくなっててもよかったんだ。
私の事を大切にしてくれないような友達ならいらない・・・。
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、私は一人で黙々と自転車を漕いだ。夏の京都は蒸し暑い。
汗が額から玉のように噴出すのがわかった。苔寺までは決して近い距離ではなかった。でも私は
意地になって自転車を走らせた。彼女たちに対する憎しみや妬みを忘れたくて、ただひたすらに
苔寺を目指した。
帰りの新幹線の中は気まずい雰囲気が漂っていた。最悪の旅行になってしまった。あんなに楽しみに
していたのに・・・本当は彼女ともっと仲良くなりたかったのに・・・それどころか私は決定的な行動を
取り、嫌でもこのグループに決別しなくちゃいけなくなった。
バカなことをしたと思いながらも、反面こうなったのは当たり前だとも思った。最初っから私は
味噌っかすだったのだから。それに気付くのが遅かっただけの話で、本当ならあのグループに
いるのは似合わなかったのだ。
旅行から帰ってからは、私はグループの誰にも会わなかったし電話もしなかった。当然のように彼女たち
からも何の連絡も来なかった。9月になって久しぶりの学校も、気が重い。
彼女たちとどうやって話そう・・・
もう話しかけられないかもね・・・仕方ないよね・・・友達じゃなくなったんだし・・・
でも事態は以外な方向へ進もうとしていた。
学校へ着いてすぐに、私はグループの一人から声をかけられた。そして知ったのだった。
彼女が入院してしまったことを・・・。