「ヒュート=ハインツ君とティア=グレーネ君だね?」
「はい」
返事をすると支部長は満足そうにこちらを見ていた。
「まあ、かけたまえ」
「はあ…」
俺達は言われた通り、ソファに座って支部長と向かい合った。
「あの………私達にどんな用でしょうか?」
「うむ。実は君ら二人に依頼したいことがあるんだ」
来たっ!!これがあるからここへは寄りたくなかったんだ!!!
ここを毛嫌いしている理由で一番大きな理由は、行く先々で仕事の依頼を受けるからだ。それがお金になるならまだしも、ほとんどただ同然の安い賃金で働かせるから救いようが無い。
しかし、連盟からの依頼をうかつに断るわけにもいかず、いつもしぶしぶ受けることになる。
それなりに称号が上がるとそういう依頼が多くなる。
つまりは面倒が多くなると言うことで、ほとんどの魔道士はここへは魔道書の閲覧以外で立ち寄らない。
「で……どんな依頼なんですか?」
「うむ………実は、悪党退治を依頼したいのだ」
「悪党退治?」
結構意外な依頼だった。そんな程度のことなら、この位大きな街には必ずと言っていいほど存在する魔道士隊にやらせればいいのに。
「そんなことなら魔道士隊にやらせれば済むんじゃないですか?」
「私も最初はそう思っていた。
だが、その魔道士隊が全滅してきたとあったら話は別だ」
魔道士隊が全滅って………。
魔道士隊は、街によって実力は様々だが、少なくとも街での選りすぐりの人材だけを扱っているので、滅多なことで負けるなどと言うことはない。
その魔道士隊を全滅させるなんて……そんなめちゃくちゃな奴の相手をしろと言うことか!?
「い…一体誰に……?」
「わからん。かろうじて生き延びてきた者は女とうわごとのように言っていたが……」
「女?」
「そう。わかっているのはそれだけだ。そこで、君たちに頼みたい。何とかその悪党を退治してはくれないか。無論礼金ははずむ。『黒の支配者(エンペラー・ブラック)』に『賢者(ワイズ)』の君達なら出来るはずだ!!」
そう熱弁されても…………。
俺はティアの方をちらっと見て、ティアが既に諦めているのを見て、俺も諦めざるを得なかった。
「はあ………わかりました」
「やってくれるかね!!」
この場合、もう受けるしかなかった。この業界では、連盟を敵に回さない方が得策なのである。
「でも、俺達はその悪党達が何処にいるのか知りませんから案内役を用意して下さい」
「わかった!では、今日はゆっくりと休んでくれ!!」
支部長が上機嫌なのをいいことに俺達はこっそりと部屋を出た。
「お話は済んだのですか?」
「はい」
さっきの受付の人がまだ入り口前で待っていた。
「それではお部屋にご案内致します。
受付の人は俺達を宿舎の方へと案内した。どうも、この堅苦しい雰囲気には慣れないな。
「こちらが、ヒュート様のお部屋でございます。ティア様はそのお隣のお部屋となっております」
う〜む。俺達が依頼を受けたことを知って、とりあえずはお客様扱いと言うことになったな。なかなかに世渡りの上手そうな人である。
「それでは、夕食のお時間になったらお呼び致します」
受付の人はそれだけ言って、来た道を戻っていった。
「結局、また面倒ごとに巻き込まれたな」
「予想はしてたから怒らないけど……それにしても、魔道士隊を全滅させるような連中を相手にしなきゃいけないなんてね」
「まあ、とにかく一晩の夜露はしのげるんだ。文句はあとで言おう……」
「……………そうね」
俺達は一つ溜め息を吐いて部屋に入った。
「へえ…………なかなか立派な部屋を用意してくれたな、あの支部長さん」
本来は来客用の部屋なのだろう。なかなか凝った装飾品などがきちんと並べられている。今回の仕事にこれだけの価値があるってことだろうか?
過ぎたことを悔やんでも仕方ないか。
とりあえず、せっかく魔道士連盟に来たんだから、変わった魔道書でもないか見てこよ。
俺は部屋を出て、来た道を戻って閲覧室へと向かった。さっきここに来る途中で、閲覧室を通ったから、場所はわかっていた。
「ここだここだ」
危うく通り過ぎそうになった部屋…そこが閲覧室だった。
俺は部屋の中に入った。中は結構人でいっぱいだった。
ただし、ほとんどが子供だが………。
「何で子供がこんなにたくさんここに……?」
「この街は、学校を開いて子供に魔術を教えているのだ」
いつのまにかさっきの支部長がそこにいた。
「えっと…………」
「マルクスだ。そう言えば、さっきは私の名前は名乗らなかったな」
「マルクス支部長。学校とは………?」
「うむ。この街は子供に魔術を教える学校があるんだ。まあ、一年かけて教える魔術は『一流魔道士(ファースト・クラス)』から見たら、子供だまし程度のものだが、護身として身につけるには丁度いい代物を教えている。
そして、学習意欲のある子供は、授業の後ここに来て勉強をするんだ」
「はあ………」
はっきり言って、その学校と言うのは実は大したこと無いのでは?と俺は思った。
護身程度の術なら独学でも充分身につけられるため、高い授業料だと素直に思った。まあ、独学で学んだ時より失敗する確率を落とすためと言えば、無駄とは言わないが……。
魔術の失敗と言うのはなかなか恐ろしいものなのだ。制御に失敗して命を落とすことも珍しくはない。
だから、学校と言うのは敢えて否定はしない。
「じゃあ、この子供達はみんな………」
「そう。ほとんどが学校の生徒だ。独学で魔術を学んでいる子供もいるがな」
「へえ」
閲覧室が、子供とは言えこんなに人で溢れているのを見たのは初めてだった。
大抵、閲覧室と言うのはいつもがらがらで紙の匂いが充満している所と俺は思っていた。
「ところで、マルクス支部長はどうしてここに?」
「子供達の様子を見に来ただけだよ。さて、そろそろ失礼するかな。どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
マルクス支部長は、軽く会釈をして去っていった。
俺はとりあえず子供に混じって書物を見たこと無い代物を適当に数冊本棚から引っ張り出してきた。
やはり、これだけの大きな街になるとほんの種類に困ることも無い。結構、勉強になったりするのだ。
ふ〜む。さすがに見たこと無い本でも載っている内容は今まで見てきたのとほとんど同じだな……。
全く……とは言わないが、本に載っていることはある程度理解できていて、実際に使える。もう少し、変わった術があると思ったんだけど………。
俺は次の本に手をつけた。表紙を捲ると最初のページにはこう書かれていた。
——我らが苦難を救いし
偉大なる魔道士
右手には裁きの光
左手には癒しの光
二つの光を持って
神の御栄光を呼び
悪しき者をこの大地に封印す——
「何だ……これ?」
表紙を見てみると、この国の歴史と書かれていた。
「こんな本を持ってきたのか」
すぐに俺はその本を読むのを止めて、次の本に移った。
「ねえ、お兄ちゃんも魔道士なの?」
すると、隣から子供の声がした。
見てみると、まだ七、八歳ぐらいの子供がいた。
「そうだけど」
「ねえ、称号は?」
「一応、『一流魔道士(ファースト・クラス)』だけど」
「すげえ!!!」
すると、辺りの子供達が今の会話を聞きつけたのかどんどん集まってきた。
ついでに、何故俺が黒魔道士としての称号を答えたか?
それは、魔道士達の間では黒魔道士の称号を言うのが普通だからだ。白魔道士は黒魔道士と比べるとその数は何万分の一にまで下がってしまい、その才能に気づかずに生涯を終えてしまう人も多くないからだ。要は、才能が無ければどうにもならないのが白魔術だと思ってくれればそれでいい。
「ねえねえ!『一流魔道士(ファースト・クラス)』になるにはどんな練習をすればいいの?」
「魔術見せて!!」
さっきの一言を俺は心の底から後悔した。
子供は嫌いではないのだが…こう大勢に押しかけられると嫌気が差してくる。
「え……えっと…とにかくいっぱい練習して、知識を身につければなれると思うからがんばってみたら?」
「がんばればいいんだね!!」
はっきり言って、今の一言はいい加減である。頑張ればなれるかもしれないが、なれないこともある。疑問形を言ったから決して嘘を言ったわけではない。
それでも子供が俺の前から消えることはなかった。
うーん………どうにかならないかな?
バタン!!
すると、一人の魔道士が閲覧室のドアを音が立つほど乱暴に開けた。その後ろにティアがいた。
嫌な予感………。
魔道士は辺りを少し見回して、俺の所にやってきた。
「ヒュート様!お願いします!!」
「な……何が…ですか?」
「外に妙な悪党達が!!」
「妙な?」
「とにかくお願いします!!」
「は…はあ……」
ティアの方を見ると、肩を竦める仕種を見せた。