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「2回目の相談ですね。今回も張り切っていきましょう」 |
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「……ちょっといいかい」 |
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「何ですか」 |
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「君は私になにか恨みでもあるのか。もう少し相談の内容を選んだらどうだ。このような相談、私に答えられるはずがないだろう。私に相談してくるより、真面目に就職活動をしてまっとうな仕事についている人に相談した方がよっぽど役に立つ。どう見ても、これは私に対する嫌がらせとしか解釈できないぞ」 |
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「また自虐モードに入りましたか。嫌ならやめてもいいのですよ」 |
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「いや、やる。自分で決めたことだからな。しかし初っ端から、こんなにテンションが下がることになろうとは思わなんだ」 |
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「ごちゃごちゃ言ってないで、早く質問に答えてあげてください」 |
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「わかったわかった。相談の文章は3行しかないから細かい点は推測するしかできないが、この相談を持ってきた人に対して私からアドバイスするようなことはないな」 |
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「投げやりじゃないですか」 |
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「いや、投げやりではなくて事実だよ。考えてもみろ。この相談者はまだ3回生だというのに、もう就職のことについて考え始めている。それだけ早くから準備をしていれば十分に就職活動を乗り切れるはずだ。私が3回生の頃は『アタック25』に出られるというだけで喜んでいて、就職のことなど頭の片隅にすらなかったぞ」 |
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「それは館長が単に怠け者だからですよ。普通は3回生ぐらいのときにはおぼろげながらでも就職について考えているものです。そして少なからず不安を抱くものなのですよ」 |
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「そういうものなのか」 |
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「そういうものです」 |
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「なら私が就職の心得を教えてやるとするか。だが、これはあくまでも私の考えであって、これを真似して失敗しても、責任はもたんぞ」 |
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「無責任な話ですね」 |
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「そもそも相談される側というのは無責任なものだよ」 |
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「それは、あなたの偏見です」 |
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「頼る側は気楽かもしれんが、頼られる側は楽じゃないんだぞ」 |
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「もういいですから、早く本題に移ってください。何行無駄にするつもりですか」 |
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「就職に重要なのはやはり面接だ。今は面接重視になっているから、これができるかどうかが生き残るための重要なポイントになる」 |
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「普通ですね」 |
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「ああ、普通だとも。オレも何回面接で落とされたことか。これまで一次試験は、O県、K県、S市、T町と合格してきたというのに、二次試験の面接でことごとく落とされ、唯一クソ田舎のT町だけに補欠合格したのだが、未だに連絡がないというザマだ」 |
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「館長は内弁慶ですからね」 |
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「まあな。とにかく喋れないとダメなのだ。君が社交的で、緊張もせず、喋ることを苦にしない人間なら大して就職の対策をしなくても十分だろう。もしあまり自信がないというのなら、教養試験の勉強などする必要がないからひたすら喋る訓練をすることだ。わかったかな相談者のキミ」 |
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「そんな適当でいいのですか」 |
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「チェック・メイト」 |
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「何ですか急に」 |
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「チェスを知らないのか。チェスで詰んだときの決まり文句だ」 |
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「それぐらい知っています。なぜ急にそのような決まり文句を言ったのかを聞いているのです」 |
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「ふと思い出したんだよ。アイゼナッハのことを」 |
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「何ですか。アイゼナッハというのは」 |
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「田中芳樹の小説『銀河英雄伝説』に出てくる人物だ。知らないのか」 |
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「それは知りません。しかしなぜここでそのようなマニアックな話題をもってくるのですか」 |
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「マニアックではない。この本は構成も文章力も非常に秀逸で、娯楽小説としては超一流というべき作品だ。単なるSF小説ではなく、複雑なストーリーを持った教養小説なのだ。読んだことがない方がもぐりというものだぞ。是非一度は通読するべきだ」 |
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「館長の『銀河英雄伝説』に対する愛はよくわかりました。で、そのアイゼナッハという人物と『チェック・メイト』という決まり文句に何の関係があるのですか」 |
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「この作品は文章だけでなく、台詞回しなどにも見るべき点が多い。そもそも『名言日記』を続けていくことができるのも、この作品から得た膨大な数の名言が存在するからだ」 |
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「もういいですって」 |
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「しかもこの作品はわざわざネットオークションで愛蔵版まで買ってしまったほどなのだ」 |
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「もうええっちゅーとんじゃ」 |
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「やれやれ、仕方ない。説明してやろう。アイゼナッハというのは『沈黙提督』という異名を持つ名将だ。小説『銀河英雄伝説』全10巻、またOVA『銀河英雄伝説』全110話の中で彼が口にした唯一の台詞がこの『チェック・メイト』なのだよ」 |
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「それが今回の相談に関係があるとでも」 |
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「大いにある。そもそもこのアイゼナッハという人物は極端に無口な人物という設定なのだが、ここまで喋らないというのは、無口を通り越して異常だぞ。戦闘で艦隊指揮をするときですら、何も喋らず、ただ手を動かすだけで指揮をとるのだ。そんなことができるはずがないだろう」 |
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「何が言いたいのですか。さっぱりわかりません」 |
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「これほどまでに喋れない人間が、なぜ艦隊を指揮する提督などになれるのだ。おかしいじゃないか。面接で『チェック・メイト』しか口にしなかったら、絶対合格せんぞ」 |
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「軍隊ですから面接などないのでしょう」 |
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「それもそうだな。話が長くなってしまったが、要は無口というのは就職活動においてマイナスにはなってもプラスにはならんということだ。もし無口を直せないというのなら、それ以外のところに自分の美点を見つけ出し、それをアピールすることだ」 |
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「強引なまとめかたですね」 |
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「コー・ホー」 |
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「そういえば、あんたも無口だな」 |