『件名:XXX』
   秘密の始まり







       マドンナと秘密とティータイムを * ふた葉







 秘めやかに、鮮やかに、染いく、彩(いろ)。
 赤く、紅く、消えいく、生命(せい)。
 黒く、寒々としたアスファルトに散る、小さく薫る、花びら。
 息をする度に、ぱたぱたと、こぼれ落ちるそれは、愛しい人の命(はな)。

 「……、……」

 音のない声は、それでも、確かに届いた。
 小さな手が掻き抱く、冷たくも温かい、手。
 泣く事の叶えられぬ、守るべき、モノ。

 「     」

 夜に消えた、想い、と言う名の、秘密。
 繰り返し、繰り返す、夢と云う名の記憶。
 ただ静かに、忘れえぬ、過去(トキ)。
 責める様に、泣く様に、降り積もる。



       * * * * * * *



 灯りが、人を誘う。艶(いろ)が、闇を彩る。
 黄昏が夕闇を連れてくる狭間の時間。足早に家路を急ぐ人の波がふっと途切れ、通りを通る人並みが様変わりをする。それは昼の賑わいが夜の喧噪へと瞬く間に表情を変える時間。

 「じゃ、お願いね」

 そう云って派手な服装の女性は夜の街へ足を向ける。女性が立ち去ったその場所は、夜迫る時分にあって可愛らしい声で賑わっていた。
 すもも保育園。ノクターン横町にある夜間専門の託児所だ。夜の街に稼ぎに出る女達は此処に子供を預けていく。
 カラリと開いた扉に顔を上げた伊沢は入ってきた人物に、おそらくは限られた者にしか見せない表情、と云っても変わらないが、で出迎える。

 「今日は早いな、臣」

 一七夜月もまた限られた者にしか見せぬ表情で

 「ちわっす、なり兄ぃ。そうか? あー、そうかも」

 ふと視界に映った時計はいつもより少し早い時間を指していた。どこか砕けた物言いと猫の様な雰囲気。それは学校での一七夜月しか知らない者は驚くだろう。
 一七夜月が保育園(ここ)にやってくるのはいつもの事だ。夜になるとほぼ2〜3日置きに訪れる。
 ノクターン横町。ここは夜と昼の境目。昼であっても夜であってもそれは変わらない。普段何気に生活している分には気付かない闇の部分。それは横町(ここ)が昼と夜の境目であると同時に、表と裏の境目であるからだ。
 一七夜月が裏に出向く際はここでおよそ1時間を過ごし、着替えをしてから街へと繰り出していく。『一七夜月 臣』と云う名と共に、不要なモノをすべて、此処に置いて。

 「なり兄ぃ、これよっしく」

 そう云って出かげに手渡したのは、チャラリとその両手首に幾重にも飾られているブレスレットの一つ。幅のある輪とサークルチェーンの二重のタイプで、チェーンの先に四つ葉のクローバーの飾りがついているモノだ。

 「ああ」

 一七夜月がシークレット・クローバーになった時に身分証明書代わりに支給された物で、裏に行く時に一番不要な、邪魔な物。それでいて必要な物。それがクローバーのブレスレット。
 だから信用出来る相手に託していく。誰よりも信頼出来るハトコ。何も云わずに預かってくれる。一七夜月自身シークレット・クローバーの事は何一つとして話した事はないがそれでも知っている様で、一七夜月の知る内でここまで信を預けられる人物もそうそういない。

 「行って来る」
 「気を付けてな」

 手を挙げて応えるとするりと裏口から、闇に紛れる様に出ていく。
 街の灯りは陰る事無く、ただどん欲に吐き出される欲を喰らい続ける。そんな表とは裏腹に静かな空間は闇の深さを伺わせる。その細い裏道を迷う事無く歩く先は夜の歓楽街。
 その歓楽街とノクターン横町の間に小さな探偵事務所がある。入り口のドアには小さくアライバル探偵事務所と書かれたプレートが付けられていた。

 「こんばんは」
 「おー? どーしたよって聞くまでねーか」

 出迎えてくれたのは此処の所長である石橋。煙草をふかしながら新聞を読んでいる。石橋の他には出払っているのだろう、2名の所員がいた。
 基本的にシークレット・クローバーは学校内での事件を担当している。だがそうでない場合、事件が大きく拡大した場合や、また今回の事件の様に警察や探偵社からのアプローチもなくもない。その為いくつかの探偵社に協力と名前を借りている。
 ここ、アライバル探偵事務所もその一つだ。
 一七夜月が事務所にやってくるのは珍しくない。ふらりとやってきては特に何をするわけでもなく、所員と世間話をしている時もあれば事件について探りを入れにくる時もある。今日は探りを入れに来たか、と石橋は煙草の煙を吐き出す。

 「コーヒーしかないけど、ごめんね?」

 そう云って一七夜月にコーヒーを差し出したのは成井。整った顔立ちで、この事務所の中で唯一の良心であると云われている。いいえ、と受け取りながら一七夜月は

 「聞きてー事があんだけど?」

 その割には気にした風もなくコーヒーを飲む一七夜月に石橋はにやりと笑う。その笑みは何処か皮肉めいていてそれでいて楽しくて仕方がない、そんな感じが見て取れた。
 一七夜月は思い出した様に

 「処で、ジェリさん『裏』?」
 「おう。あいつは此処最近『裏』だな、なんだ? ジェリーに頼み事か?」

 一七夜月の一番近くにいた星野が応える。その昔は走り屋で、喧嘩でも今でもその名を聞けば知らぬ者はいない強者だ。

 「まぁ、ちょっと」
 「ジェリーじゃなきゃ駄目な事?」

 成井が自分のカップを手に、星野にも星野のカップを渡す。

 「ん〜? いや、ただメカに一番強いのジェリさんじゃん? だから」
 「それ、俺で良いならやるよ?」

 目だけでいいの? と問いかければ極上の笑みが返ってくる。

 「なら、お願いしよーかな? 相手の了承取れたら来るわ」

 話がまとまった処で一七夜月はコトリとカップをテーブルに置く。その表情には笑みが浮かんでいた。
 石橋に向けられた笑み。その笑みは冷たく、それでいて熱を押さえている様な。

 「なぁ? 何、隠してんだ? あんなもん押しつけやがって黙りはねーよな? 別に今すぐ総てを寄越せ、とは云わねーよ。けど、あんな薄っぺらな資料(モン)が役に立つんなら、俺らは必要ねぇ。だろう?」

 一言一言発する事に場の雰囲気が冷ややかに張りつめていく。一七夜月の纏う空気が見えそうな位鋭くなっていく。その事に背筋に走るものがある石橋。星野も成井もその場の空気にただ固唾をのむ。

 (たかだか13・14の娘が発する気じゃねーな。さすが『ヤツ』が認めただけのこたぁある)

 石橋は新しい煙草に火を付けながら静かに

 「いずれ、話してやるよ」



       * * * * * * *



 カタカタ、カタ。カタカタ……。
 無機質にキーボードを鳴らす音だけが部屋に響く。その部屋は、その部屋の主を反映しているかの様に無機質だった。何も無いとかではない。ただ、生活感がまるで乏しいのだ。
 備え付けのクローゼットに、ベッドと机があるだけ。生活感を醸し出す物があるとすればCDコンポ。整然と並べられたCDラックはしかし、雑多と言うべきだろう。クラシック・ポップス・民俗音楽・ヒーリングなどそのジャンルに統一性はない。
 そしてパソコン。生活感の乏しさを更に大きな物にする。
 ミステリアスなペール・アクアとエメラルドグリーンの醒めたきつめの眼差しがやけに印象に残る少女、東世々巴。彼女が部屋の住人である。
 カタリ、とキーボードを打つ手が止まった。
 画面に表示されている字の羅列は、普通の人が読む事の出来ない暗号化された個人情報。
どんな暗号も世々巴の前では簡単なパズルにも成らない。ハッカーとしての才能は世々巴自身が持つ能力と生い立ちが関係しているが望んだ訳ではなく、望まれた訳でもない。疎ましい以外の何物でもない能力。それがシークレット・クローバーとして役に立っているのだから皮肉なものだ。

 「……折登谷産婦人科」

 そこではるかの母親、優子ははるかと兄の敬志を生んでいるが父親の名前はない。やはり水上の云う様に未婚で生んだのだろう。
 その頃の住所は資料の物とは違う事からおそらく一人暮らしをしていたのだろう。だからはるかの祖父母が、父親の事を知らないのも当然だし、話せない。
 画面をスクロールさせながら、カルテは見込めない。誰か覚えている人はいないだろうか? と考えていたその手が止まる。いくつか開いていたウィンドウの一つの変化。

 「……」

 世々巴は直ぐさま松山優子に関する情報だけダウンロードをし、終わったと同時に回線を遮断する。もしも追尾された時の事を考えてトラップを仕掛ける事も忘れない。

 (意図して入ってきた。……彼女を狙っている連中かは知らないけど、どちらにしろ、私の管轄じゃない)

 世々巴は机の上に置いてある携帯に目をやる。しかし世々巴は机の上にある携帯ではなく、鞄の中から別な携帯を取り出してメールを打ち始める。
 その表情にはいつもの醒めた様な表情は無く、その目には明らかな感情が見えていた。
 ピッと送信すると携帯を枕元に置いて、ただ静かに待つ。彼が静かに現れるのを。
 そしてそれは、大した時をかける事なく訪れた。
 ベランダに面した大きな窓。そのカーテンの向こう、ゆらりと風に吹かれたわけでもなく、ましてや物音がしたわけでもない。それでも彼が来た事が分かる。
 世々巴は静かにゆっくりとベランダに向かう。おそらくいつもと同じ、不機嫌の様で、斜に構えた様で、それでいて余裕にも似た飢(かつ)えた表情でそこにいるのだ。

 (……)

 ベランダの縁に持たれる様に背を預けて、腕を組み、こちらの動きに気付いているのに眸を伏せたまま動く気配がない。世々巴が窓硝子に手をかけた時、おもむろに彼、うちはサスケは眸を開けた。黒くだが爛と強い意志の見える眸が闇に陰る事無く輝いていた。
 サスケが世々巴よりも先にガラリと窓を開けてズカズカと部屋に入る。世々巴は何も云わずそれでも少し可笑しそうな表情でサスケが開けた窓を閉める。

 「何を探る?」

 既に解っているのか単刀直入に聞いてくる。世々巴がうちはに連絡をする時は限られている。他人と接触しなくてはならない時だ。
 世々巴は接触恐怖症でも、対人恐怖症でもないが他人との関わりを拒む。何故かは知っているがその根底までは知らないし、その事に興味はない。話せない、と云う事はその抱えているものが現在進行形だからだ。
 世々巴が本当の自分自身の事を話せる時があるとしたら、その傷に触れた時だろう。今はまだその傷に触れる事が出来なくてもいずれは向き合う時が来る。サスケには世々巴が抱えている傷(もの)が今の世々巴を作り上げ、生かしてきたのだと思える。
 サスケ自身抱えている過去(もの)がある。少なくともそれがサスケを生かしてきた。今も、朱に濡れる記憶は生暖かく錆の味を思い出させる。
 サスケは部屋の真ん中で、気配だけで世々巴の動きを追う。世々巴は机に向かってカリカリとメモを記すとそれを何も云わずにサスケに差し出す。メモに記されていたのは調べる相手の氏名と住所、そして何時までという指定だけ。

 「ふん、いつにもまして急ぎだな」
 「二人、子供を産んでいるの。その頃に、重点を置いてくれる?」

 サスケは応える変わりにメモを燃す。それは引き受けたと云う意思表示。はらりと床に向かって落ちるかと思われた灰。しかしそれが落ちる事はなく、床は綺麗なまま。

 「報告はいつも通りでいいな?」
 「ええ」

 サスケは世々巴を見る。その表情はいつもと変わらない。けれども

 「何かあったか?」

 そう尋ねてしまった己にサスケは内心舌打ちした。
 世々巴は驚いた素振りも見せず、それでも何処か戸惑う様な、泣き笑いの様な表情を一瞬だけ垣間見せる。心を開いた相手にしか見せないであろう表情。それと知る者は極めて少ない。それは世々巴自身にも言える。

 「どうして、そう、思うの?」
 「強い感情が、眸に現れている」

 何かまでは知らんがな、とサスケは世々巴に云いそう、とだけ応えて世々巴は首を傾げるその動作は、何処か幼い危うさを感じさせた。



       * * * * * * *



 濡れた髪をタオルで拭きながら、飛鳥がリビングでくつろいでテレビを見ている月代の隣に座る。その手にはポカリのペットボトルが握られていた。

 「あ……、上がった……んですね」

 お気に入りのクッションを抱え込む様に座っている月代。普段から何処か眠そうな感じだが、いつも以上にぽややんとしている。おそらく眠いのだろう、これではテレビも見ていたのか怪しい処だ。

 「先に寝ててもよかったのに」

 口にしたものの、昼間はともかく夜は絶対先に寝ない事を飛鳥は知っている。夜は安らかな眠りをくれるが同時に、孤独という寒さを生む。誰よりも独りぼっちを怖がっている幼馴染み。それを知っていたのに一度だけ、独りにしてしまった事がある。
 理由はもうなんだったのか覚えていない。覚えているのは、── 痛み。
 灯りが点いていない、ただそれだけなのにその部屋は寒くて、吐く息が白く感じたのを覚えている。彼女は一人、ベッドの脇で掛布に身を包んで孤独と寒さに震えていた。紅く泣き腫らした眸は虚ろに宙を、ただ静かに涙を流していた。触れたその躯は、ひんやりと冷たくて、どれだけ彼女が暗く寒い時間を過ごしたのか伺い知れた。
 それから出来るだけ飛鳥は月代を一人にしない様にしてきた。どうしても一人にせざるを得ない時は真白や和久寺姉妹に一緒にいてくれる様に頼む。それしか出来る事がない自分が、歯痒くもある。
 思い出す度に、彼女が独りを感じる事の無い様に願う。これから先、共にある事は出来ないから。

 「怜……ちゃん?」

 月代が不思議そうに飛鳥を覗き込んでいる。思考に填っていたらしい。飛鳥は少しだけ決まりが悪そうに笑うと

 「ごめん、何でもないよ」
 「ほんと……ですか?」
 「うん。今回のミッションで、一七夜月先輩と東先輩が単独行動しないといーな、と思ってただけだから」

 嘘とはいえ、飛鳥が心配している事の一つ。メンバーの単独行動は原則的に禁じられているが一七夜月と東、そして虎累。この三人の単独行動は群を抜いている。再三注意を受けているにも変わらず単独行動が減る気配はなく、それでいて仕事に支障が出るかと云えばそうでもない。

 「……一七夜月先輩と、東先輩。……ちょっと、近寄りがたい、かな?」

 小さく呟く月代。おそらくそれはほとんどのメンバーが思っているのではないだろうか。かく云う飛鳥もあまり得意としていない。
 飛鳥は周りから自分と一七夜月が似ていると云うのを聞く度に、少し不思議でならなかった。口に出した事はないが一七夜月と似ているのは東だと思っているからだ。だが似ていると云うよりも、あの二人は近いのかも知れない。兎に角他人(ひと)を拒絶する。余程親しくも無い限りは。方向性は違えどそれが端的に現れている二人。

 「まぁ、ね」

 飛鳥はため息をついてまだ濡れている髪をくしゃりと掻き上げる。仕事よりもあの二人をまとめるのは疲れるんだよな、と一人ごち、思い出した様に

 「あ、音夢」
 「……はい?」
 「今回ちょっと厄介かもしれないからさ、雪兎や未羽、紅羽達と一緒にいろよ?」

 ごめんな、と言外に語る飛鳥に月代はふにゃっと笑いながら

 「仕方、ないです。お仕事……ですから」

 決して寂しいとは云わない。ただ云わないのではなくて、云えないのではないかと飛鳥は思う時がある。あまりにも大きな感情に絶えきれなくて、それと認識しないままにすっぽりと落としてしまったのではないかと。
 月代は幼少の頃から病弱で常に周りに人がいた。一人で居ると云う事が無かった。それが知らず知らずのうちに彼女に独りぼっちと言う恐怖を植え付けたのかも知れない。
 自分が、作ってしまったかも知れない独りぼっちという恐怖。飛鳥はそれを思うと自分を許す事が出来ない。
 再び黙っている飛鳥を覗き込む月代に腕を伸ばして、ふにっとその頬を軽くつねる。

 「れ、怜ひゃん? はにゃして、くら……さい」

 驚いた様にぱたぱたと暴れる月代が可笑しくて飛鳥は笑いながらそれでもふにふにとその感触を楽しむ。

 「やだ」

と言えば

 「怜ひゃんの、いひわう〜」

 ぽかぽかと叩かれる。これ以上やると本格的に拗ねられそうだと飛鳥は笑いながら手を離すと、月代は頬をさすりながらちょっと恨みがましそうな眼で飛鳥を見上げる。ごめんと笑いながらその髪を撫で

 「事件解決したらお茶しに行こーな」
 「……奢ってくれますか?」

 少しだけ拗ねた言い方に飛鳥はにっと笑みを浮かべ戯けた様にポーズを付けて

 「姫の命ならば」

 視線が合うと申し合わせたように二人は笑いだした。ひとしきり笑うと飛鳥は

 「ミッションの進展はミーティングで報告されるし、毎回云ってるけど危ない真似はしないから。近い内に、な?」

 嬉しそうに頷く月代は雪兎ちゃん達と一緒に行こうね、と笑う。しかしすぐに不思議そうに

 「でも、珍しい……ですよね」

 珍しい、とは今回のミッションの事だろう。『他に知られては成らない』、それがシークレット・クローバーの絶対。もっとも、警察や探偵事務所からのアプローチがあったミッションに『絶対』などありはしない。それもまた当然だが危険度が増す為大学部や高等部のメンバーが主体になる事が多い。
 むー、と考え込んでいる月代に、手の着ける事の無かったポカリを手に飛鳥は

 「んじゃ、やすむぞ。テレビと電気忘れるなよ?」

 一人で寝室に行こうとする飛鳥に慌てたように月代は立ち上がろうとする。

 「……え? あ、待って下さっ、きゃう?!」

 ぼふっと月代がクッションに埋まる。引っかかった、と云うのが正しいだろうか。ふえ? と瞬きをする月代に飛鳥は驚きと呆れと可笑しさと、はっきり云って反応出来なかった。
 テレビの音に紛れる様に小さく照れ笑いをする月代。飛鳥は大きくため息をついて

 「ねーむー?」

 わざと呆れた様な、それでいて笑っているその声。月代はその声にふわりと笑う。本人も気付かぬ危うさを秘めたまま。



       * * * * * * *



 眼下に広がるのは見慣れた夜の街。この街では揉め事は華。無くては成らないものの一つで、そして、たった一つの秩序。
 吐き出された紫煙が宙に消える。石橋は睨む様に窓の向こうに広がる景色を見ていた。何処かピンと張りつめた空気が、夜の静けさと煩さに鋭い深さを与える。

 「あれま、ほんとだ」

 静けさを破る様に響く声は長年聞き慣れたもの。振り返るまでもなく硝子に映る姿が誰であるかを教えている。己に近く、遠い相棒(そんざい)。
 不機嫌を背負っている石橋に近づく物好きはそうそういないが、そんな事木梨には関係ない。

 「カンとか怯えてたよ? あんまりいじめちゃだめよん?」

 その場を和ませるのとは違う、ワザと茶化した云い方をするのは真面目な話をする時の癖。

 「誰もいじめてねーよ」

 石橋は笑いながら隣に来た木梨に何も云わず煙草を差し出す。1本抜き取ると火を付けて煙を吐き出すと同じ様に

 「で? 何感傷に浸ってんのさ。ま、解らなくもないけどね」

 静かに時が遡る。二人にとって忘れる事の出来ない苦い記憶。それを語るべき相手は此処には居ない。

 「もう少し、静かに暮らさせたいけどな」
 「そうだね。でも、馬鹿な奴もいたもんだ」
 「……」

 さぁ、さぁ、と降ってもいない記憶の雨が、感傷を呼ぶ。霧雨降りしきる中、冷たいアスファルトに倒れている男性。その手を握りしめ、泣く事よりも重い約束を守る子供。
 その場に居合わせたのは偶然。歓楽街に転がる死体は珍しくもない。それが裏に近ければ。歓楽街の闇は深い。知らずに入れば戻る事は出来ない。最初は、そんな一人なのかと思った。けれどこの出会いが、石橋に『仕事』を受け継ぐ決心をさせる事になる。

 「なぁ、貴明」
 「あんだ」
 「一人で、守るのは辛いだろうね」

 あれから、ずっと見守ってきた。父親代わりなんて云うつもりはない。それでもそれが約束で、だからこそ幸せに成って欲しいと願う。

 「……覚えてるか?」
 「忘れるわけないでしょ? なんなら今云って差し上げてよ?」

 あの時交わした言葉を、伝えるために。

 「いらねーよ、その時までとっとけ」

 軽く木梨の頭を小突くと石橋は大きくのびをする。小突かれた処をさする木梨は仕方なさそうに苦笑して、それから思い出した様に

 「そうそう貴明、臣ちゃん来たそうだけど、指名したの?」

 はぁ? と呆れた様に石橋は

 「してねーぞ。対象者と同じ学年が条件で、まぁついでに俺らと連絡つけれる奴、情報につえー奴、対象者に親身になれる奴に護衛が出来る奴がいいとは云ったけど」

 それって指定したって云わないかい? と思ったが云わずに木梨はため息をついて

 「絶対秘密でサポートありなのねん?」

 当たり前だと云わんばかりの笑み浮かべて石橋は新しい煙草を手にする。

 「俺らが手を出すより確実だよ、危険はあるけどな」
 「まーたまた、そこが狙いなクセに」

 くわえ煙草で人の悪い笑みを浮かべる石橋。
 危険はある。それを承知で依頼した。どうして狙われているのか、知りたければ自分で動けばいい。そして此処までたどり着いて欲しい。俺らから近付くのは、答えを示すのは簡単だ。けどそれでは駄目なんだ。
 約束した。守ると。それを違(たが)えないために、歩んで欲しい。

 「此処までたどり着いたら、誉めてやるか……?」
 「そだね」

 穏やかな笑みに隠された過去と云う懐かしさ。願うはただ、しあわせに笑う君。







   秘密のクローバー
   その葉は謎で出来ている











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   * * * お謝り * * *

 えーと、アライバル探偵事務所(ともう一つあるんですが)は撤収された11匹のおしゃりゅしゃんが切り盛りしています。分かる人だけ分かって下さい。
 キャラの私生活(?)は私なりの解釈です。骨格を崩さない様に、と頑張っては見ましたが、駄目駄目ですね……。(がふ/吐血)


*コメント*

またまた和泉さんより届きましたドリです。
アライバル事務所の沸かない自分はかなりジレンマです。(涙)
名前だけを聞くとあるコンビを連想するのですが…確信がもてないです。
…ちょっと、知識の乏しい自分を恨んでしまいました。
でも、サスケ君たちの書き分けがやはり素晴らしいです。
個人的に思ってる通りのサスケ君だったので思わず画面に叫んでしまいました。(笑)
では、続きも楽しみしています。