13th key 枸子:高1 夏
「なに?事故でもあったの?」
花火は中断され、みんなざわざわとしている。
そのざわめきは告げていた。

女の子がはねられたって!
彼氏らしい男の子は無事だったって!

「俺ちょっと見てきたけど、撥ねられた女の子、浴衣着てたよ!」
すぐ側で誰かが言っていた。いやな予感がして、とっさに聞いた。

「どんな浴衣ですか?!」
「ぇ。あ。かわいい。彼女一人?」
「てめぇ。オレがみえねぇのかよ。」
「そんなことどうでもいいから、教えて!」
「え。え〜と」


「まさか、黒で、少し花の模様がかいてあって、
女の子は髪の毛を結んでなくて、
髪の長さはせみロングで…
なんていわないだろうな!」
枻杜はものすごい剣幕でいった。

「え?なんで知っているんだ?」
「依子!」
「やっぱり。行くぞ。枸子」
「うんっ」
人がそこから中には入れなかったので、場所はすぐに分かった。
警官は中に入ろうとする人たちを止めるロープのこっち側にいた。

「依子っ依子っ依子ぉ!」
「枸子…走れるな?」
「ぇ」
枻杜を見上げると枻杜はまっすぐに警官のほうを向いていた。
「…うん?」
「じゃあ、行くぞ。」
「え?」


枻杜は枸子を後ろにかばいつつ、はってあったロープの向こう側に入った。

「あっこらっおまえら!!」
そして枸子を追ってくる警官からかばいつつ、事故のあった現場へ急いだ。
枻杜は早いから警官なんぞに追いつけるわけがない。
その現場に先に着いたのは、枻杜だった。

「ぁ。枸子!」
枻杜は枸子を抱きしめ、見えないようにした。

「枻杜?なんで止めるのっ!ねぇ!依子じゃないよね?たまたま特徴の会った人よね?ねぇ!」
追いついた警官は枸子たちの会話を耳にして聞いた。

「もしかして、彼女と彼氏の知り合いか?」
「違」

違いますといいたかった。だけど枻杜がその声をさえぎった。

「はい。」

枻杜はそういった。
「…ぇ?」
「間違いありません。木里依子さんです。彼女を抱いているのは、彼女の彼氏の金裕先輩です。」
「ありがとう。彼女の連絡先は?」
「枸子?」

枻杜は枸子の名を呼んだ。
枸子はつぶやいた。
機械的に、
依子の家の電話番号を。
そして枻杜に問いただす。

「うそでしょ・・・ねぇ?離して!枻杜!離して!」
「それは、できない。」
「どうしてよっ」



「車に撥ねられた。これでわからないか?枸子。」

枻杜が枸子を拘束する手は少し強まり、その手は震えていた。
…状態がかんばしくない…
そういっていた。

だが、車に撥ねられたぐらいじゃ、そんなことはないはずだ。
後々から考えると、死にそうな彼女の姿を見せたくなかったのだろう。

枻杜は絶対に見ないことを約束として、枸子から手を離した。
枸子の目からは涙がこぼれた。
そして
「ぇ」
枻杜に抱きついた。枻杜の胸に顔をつけて、なき始めた。
枻杜は枸子をきつく抱きしめてくれた。

「とりあえず、警察の車に乗ってください。救急車が来ましたので。」
枻杜と枸子は警察の車に乗った。
枸子は枻杜に抱きついたままだ。

「あの…どうして救急車よりも先に、警察の方が?」
「ああ。警察の連中数人で祭りを見に来ていたんです。
そして部下の者がひき逃げを目撃したと言ってきました。
犯人は、捕まります、ナンバーもしっかり覚えていました。」


そして病院。

病院についてすぐに裕が倒れた。
精神的ショックの大きさが原因だろうと思われた。
隣に枻杜がいなかったら…枸子もきっと倒れていた。
そして、依子は集中治療室に入った。
そのすぐあと、依子と裕の両親が一緒に病院に駆け込んできた。

「あっ!枸子さん!娘は?娘はどこ?」

枸子は聞かれたが、何も言うことができず、ただ枻杜の胸の中で泣いていた。

「ここをまっすぐ行って突き当たったら右に曲がってください。そこの集中治療室にいます。」
「ありがとう!」
依子と裕の両親は、走っていった。


枸子は何も反応できなかった。そして、枻杜に申し訳なく思った。
枻杜もつらいはずだ。依子の重症な姿も見ているし、壊れそうな枸子を抱きしめてもいる。

だから…枸子は、枻杜にごめんと言おうと思った。
泣きながら顔を上げようとした。けど、顔を少し動かすと
すぐに今までより強い力が枸子の背中に回されている手に加わった。

「わかってるから…。」

枻杜は消え入りそうな声を枸子の耳元でつぶやいた。
枸子は無言でうなづき、枻杜の胸の中で涙を流し続けていた。
かなりの時間がたつと、自然と涙が止まってきた。
涙が止まると疲れてきた。
「ね…枻杜?」
「ん?」
「寝ても…いい?」
「寝る?じゃあ、離す。」

枻杜は枸子の背中に回した手を離そうとしたが、
離して欲しくなかったから、枻杜の服をつかんだ。

「え?」
「このままがいい…。」
「えっ?」
「いやなら…しょうがないけど…。」
「いやじゃない…!。どうぞ。」
「ごめんね…ありがと……」
枸子は枻杜のあったかい腕の中で、眠りについた。



枻杜は見た。

依子の体が…ぼろぼろに傷ついているのを…。
そんな依子を呆然と抱きしめている裕を…。
21世紀なら…治せないものじゃない。
だけど…今は20世紀だから…………。
望みが限りなく薄いのは、枻杜にもわかった。

傷ついた依子を見て欲しくなかった…。
もう助からない依子を…見て欲しくなかった。

だからこそ…枻杜は枸子をとめた。

その後に抱きつかれたけど、うれしいとか…そんな気持ちはなかった。

つらすぎること…。誰でもいいから側にいてほしいということ。
わかっているのは…それだけだった。


病院についてすぐに、裕はたおれた。その気持ちは、枻杜にもよく分かった。


もし撥ねられたのが、枸子だったとしたら…枻杜の心はすぐにでも壊れていただろう。
だが、実際にはねられたのは、依子だった…。

知り合ってあまり時間はたっていないけど、依子と裕は枻杜を応援してくれた。
枸子に恋している枻杜を、応援してくれた。

枸子のこと以外でもたくさん話をした。出会って間もない枻杜でも、
これだけつらいのだ。
枸子の苦しみは、枻杜の何十倍だろう…?

両親が枸子と一緒に住まなくなってから、きっと依子や裕が枸子の支えだった。
二人がいるから、ここまで回復した枸子がいる。


そんな親友が一人いなくなってしまう。


想像するだけで…本当につらい。
今、枸子は枻杜の胸の中で眠っている。
壊れてしまいそうな枸子を抱きしめていることしか…。
今の枻杜にはできない。だから、できることだけをしっかりやろう、そう思った。



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