1st key 枸子:高2





少女が次の時間の教室へ向かっていた。
少女の名前は水島枸子(みずしま くこ)。
高校2年だ。
「枸子〜」
「え?」

枸子は誰かに呼ばれた。
振り返ると、そこにはここ数年見慣れた顔がいた。
とてもうれしそうに微笑みながら、枸子のもとへ走ってきた。
「枻杜…」

声をかけてきたのは、木下枻杜だった。
枻杜は枸子の1個下の高校1年生の男の子だ。
枻杜にあったのは…枻杜が、中1のときだから3年前だ。

「枻杜、呼び捨てはやめてって何度も言っているでしょ?」

中学校のときから枻杜は呼び捨てで、タメ口を使っていた。
なぜタメ口を使うのか。その理由を尋ねたら、
敬語を使うと壁があるような気がしていやだといっていた。
「ぜってぇやだ。枸子って呼ぶ。
だってさ、枸子って名前超いいじゃん!」

自分では良くも悪くもない名だが、枻杜はひどくおきにいりのようだ。
実を言うと、枻杜が名前を呼び捨てすることに
数年前からもう慣れていた。
確かに呼び捨てはやめてと言った。
しかし枸子さんとか、水島さんという風に呼ばれたことを想像すると
寒気?がしてくる。
しかし、呼び捨てを歓迎するわけでもなく、ため息がでてしまう。

「…はぁ…」
「ど〜した?」
枻杜はまったく分からないという顔で枸子を見つめた。
「なんでもないわよ。ところで、何か用でもあったの?」

用がなくても来るけどね枻杜は、と心の中で付け加えた。

「あぁ。2個。」
「なに?」
枸子は枻杜の自分に対しての用というものがまったく思い当たらなかったので、
わけの分からないという顔で聞いた。

「1個目…。あの…さ…」
「だから〜。な〜〜に?」

枻杜はここ数年、枸子にすぐ用件を伝えていた。
じらすということは何かある、ということだ。
それとも、恥ずかしいのだろうか?
枻杜には、たまに恥ずかしがることがあったのだ。
結構即急タイプだが、たま〜に照れるのだ。
その顔は、かわいいと思えるものだった。
だが、高校に入ってから枻杜は、よく大人びた…
いわゆるかっこいい顔を見せる。
そんな枻杜の顔を見ると、ほんの少しドキッとしてしまう。
枻杜は一個下の男の子だが、本当に一個下なのだろうか。
と最近ではよく思うようになった。

「今週の……土曜に!夏祭り…ある…だろ?」
「え?」
まさかそんな話が出てくるとは思わなかった枸子は驚いた。
「あぁ、もうそんな季節なのね。」

そういえば最近は季節を気にせず過ごしてきたなと思い、つぶやいた。
「ん。で……さ、誰かと、、行く約束……………したか?」

1年まえの悲劇を覚えていないわけはないはずだ。
もしかしたら枻杜は枸子をなぐさめようとしているのかもしれない。
きっと良い思い出として枸子の心に刻んでおきたいのだろう。
今年何もなかったら間違いなくそうなると枸子は思っていた。

「ううん。してないよ。今年はいくつもり、、、無かったからね。」
枻杜に対しては恩がある。だから、素直に答えた。
「…………誘われたら?」
枻杜は枸子の真意をさぐろうとする目で枸子をみつめた。
「よっぽど嫌いな人じゃなきゃ行くわよ。」
枻杜は枸子の言葉を聞くと、とても嬉しそうな顔をした。
「じゃ−さ!………………オレとっ!………行かないか?」
「枻杜と?」

一瞬びっくりした。
多少予想はしていた出来事だが、
まさか照れて言うようなことではないと思っていたからだ。

「ん!…そ。」
「う—ん。」

枸子は悩んだ。また何かあったらどうしようと。
だが、いつまでもこのままではいけないだろうということを
枸子は感じ始めていた。

「・・でも、嫌なら、しょうがない。」
枻杜は真剣な眼をして、そういった。
「枻杜は…なんで断ると思うの?」
分からなくともない。
もしあの時そばに枻杜がいなかったら、
傷は今より深く完全に断っていただろうと思う。

「………」
「枻杜?」
「…しばらくいい思い出…なかったじゃん。」
「………そうね。」

やっぱり、忘れていなかった、
いや忘れる人がいるほうがおかしいのだろう。

「で……?どう??」

申し訳なさそうな顔をして枻杜は聞いた。
その申し訳なさそうな顔を見た枸子は、
枻杜の気持ちをもう一度聞くことにした。

「枻杜は……どっちがいい??」
「もちろんっ行ってほし……い。
 …うん。行って欲しいさっ………………」

枻杜は少し照れていたようだ。

『しょうがないな…』

「いいわよ・」
「マジ?やったっ!」

枻杜はすごく嬉しそうな笑顔を見せた。
その顔が中学のときの笑顔と一緒だったため、枸子は笑ってしまった。
確かに大人びてはいるが、枻杜は枻杜なんだと思った。

「あははっ。」
「やっと…笑ったな。枸子。」
「え…」

びっくりした。まさかそのようなことを枻杜がいうとは、
まったく思っていなかったからだ。

「さっきの…2こめ…。はやく…元気、出せ!
枸子は、、笑った顔が1番・・」

「ぇ?1番なに?」
分からなかったので、素直に聞いた。

「………かわいい」
「え〜なに〜?」

枻杜をからかうチャンスだと思い、わざとらしくそう言った。

「も〜ぜってぇ、言わねぇからな!…マジなのにさ。」
「??」
最後のほうに枻杜が言っていた言葉が聞き取れなかったので、
分けの分からない顔で枻杜を見た。

「も〜ぜってぇかわいいなんて言わねぇ!!」

顔を多少赤くしながら枻杜はそういった。
枸子は始め笑おうとしたが、矛盾点?に気づき、その矛盾を指摘した。
「言っているよ〜枻杜!」
「へ…あ゛」

枻杜はしまったというような顔で枸子を見た。
その顔がとても面白くまた笑ってしまった。

「あはははっ」
「また、笑ってくれたな。」
「・・・元気、出さなきゃって…ちゃんと、思って…いるわよ。」

枻杜に言った言葉は嘘ではない。本当に思っている。
だが、精神的ショックの大きい枸子は、なかなか笑えなくなっていた。

「…枸子」

枻杜はそんな枸子を見ているのが本当につらいかのように、
そうつぶやいた。

「でも…信じたくないの…っ依子(いこ)…裕(ゆた)くん…。」


信じたくない。夢であって欲しい。
学校でまた二人は仲良く話している。そう何度も思った。
だが学校に来るたび、あれは事実だったことを実感してしまう。

「…じゃっオレ、またメールする!」

枻杜は暗くなった雰囲気を明るくするためか、
わざと元気な声を出して、そういった。

「え?」

考え込んでいたため、枻杜が言ったことの意味が分からず、
話題の変化もまったく理解できなかった枸子は、
ワンテンポ遅れてそう言った。

「祭り!」

枻杜の真意と話題の変化を少し理解し枸子は微笑んで、
感謝の意を込めていった。

「…ありがと。わかった。」
「おぅ。ばい!」
「うん。また…ね。」

『依子との最期のコトバも…裕くんとの最期のコトバも…また…ね。
だったな。』

その事実を思い起こした枸子は、思わず枻杜を呼び止めてしまった。

「ぁ…枻杜!」
「ふぇ??」

枻杜はかなりびっくりしていた。
枸子に呼び止められるとは、思っていなかったようだ。
呼び止めた枸子自身もわれに帰って多少びっくりしていた。

「あの…」
「ん??」
「気をつけて…ね」

心の底からそう思っていると理解できたのかは分からないが、
枸子にある、多少の不安を感じたらしく、微笑みながら言った。

「…大丈夫。オレは枸子に返事聞くまで、
枸子の側を離れるつもりは無いからな。
まぁ枸子にふられても、離れるつもりはないけどな。」

そういって枻杜は笑った。枸子もほんの少し、笑った。

「枸子も気をつけるんだぞ。」

枸子の身を案じた枻杜はそういった。

「うん。またね。」

枸子は笑顔でそういった。今度は、またねと言った。
区切るのが、怖かった。

「ああ」

枻杜を見送って、枸子は教室へまた歩き始めた。
そして依子と裕のことを思い返していた。

依子と裕は、枸子が小さいころから本当の…本当の親友だった。
普通親友というものは素のままの自分を見せられなかったり
隠し事があったりするのだが、
三人に関しては、恋という分野以外に隠し事は無かった。
もっとも、依子と裕くんは、付き合い始めてからは本当に何も
隠していなかったと思う。
もちろん、誕生日、クリスマスのプレゼントは、内緒にしていたが…。

枸子は悲しくなるので、二人のことを考える思考を中断した。
そして授業を受けた。

10分ほどの休み時間の間にまた二人のことを考えた。


そして中断して授業を受けた。このような生活はずっと続いたままだだった。



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