2人のライバル 〜前夜祭〜

 

 

本当は、最初から気になっていた。

始業式の日。その少女が教室に入ってきたときの、軽いざわめき。

綺麗な子だ、とまず思った。色が白く、少し赤っぽい髪がサラリと揺れる。

そして、その独特の雰囲気。

高校生なら誰もが憧れる、少し大人びた柔らかなもの。

隣りに座っている男子生徒が、つぶやいた。

「灰原哀、だ」

・・・本人は、口に出したつもりなんて無かっただろうけど。

 

「・・・各クラスの学園祭実行委員は提出物を持って、至急生徒会室にまで来

て下さい・・・くり返します・・・」

ああ、もうわかってるよ!一度はおまえらが来いってんだ!

すました声の放送に毒づきながら、廊下を早足で歩く。この年代物の校舎は、

マジで走ると床が抜けるような気がする。

ガラっと生徒会室の戸を開けると、すでに数人の実行委員たちが群がってい

た。どいつもこいつも、皆俺と同じ用事に間違いない。来るべき学園祭に向

け、クラスの出展を何にするかという書類を提出しなければならないのだ。

とりあえず大人しく順番を待ち、生徒会の担当者に手にした用紙を突き出し

た。

そいつは、むっとした表情で顔を上げ・・・。

「・・・ああ、なんだ。小南(コナン)君でしたか」

「なんだ、じゃねーよ。円谷、お前もちょっとは協力しろよな」

「仕方ないじゃないですか、僕には生徒会の仕事もあるんですから」

口を尖らせる円谷光彦を見下ろして、いいから早く受け付けろと手振りで示

す。

まったくもう、とか何とかぶつぶつ言いながら円谷は、受け取った用紙をじ

っと見つめている。

やがて、その視線が止まった。

「2年F組、舞台演劇・・・『シャッフル・ロマンス』?これって・・・」

「これって・・・って、何だよ?お前も知ってるのか?」

この高校の2年生は、学園祭の出し物は舞台で演劇をすることに決まってい

る。ついさっきまでのHRにて、何の演劇をやるかで話し合っていたのだ。

ある生徒が、「シャッフル・ロマンスがいい」と言い出し、賛成するもの多

数。

聞いたことのない話だが、そんなことは俺の知ったことじゃない。提出時間

までに間に合わないと、余計な飛ばっちりを食らうのは実行委員である自分

なのだから。

「もちろん知ってますよ。この劇は帝丹高校の歴史に残るとまで、言われて

いるんですから」

「はあ?そんなに、いい話なのか?」

いいえ違います、と少しもったいぶった顔つきで円谷は話し始めた。

それによると、今から数年前にこの高校で殺人事件が起こったらしい。しか

も、学園祭の真っ最中に。ちょうどその時、舞台で上演されていたのが『シ

ャッフル・ロマンス』。

その殺人事件を解決したのが、劇の登場人物・・・黒衣の騎士らしい。

「その正体は、以前から高校生探偵として絶賛されていた、あの工藤新一さ

んだったんですよ!」

「・・・ふうん」

「当時、彼は謎の活動休止状態にありました。失踪の噂も立ち始めたころの、

華麗な登場!」

「・・・へえ」

「まあ、重要な任務についていたことは確かです。その事件を目の当たりに

した生徒や関係者たちに、新一さんが解決したのは口外しないようにという

達しがあったそうですからね」

・・・たかだか一介の高校生がつく重要な任務って、なんだよ。スパイじゃあ

るまいし。

相槌をうつのも嫌になって、やれやれと心の中でつぶやく。

「まあ、そんな知らないやつの話はどうでもいいよ。もう、行っていいの

か?」

「え、知ってますよ?この間、会ったじゃないですか。新一さんの家で」

「この間って、俺はそんなとこ・・・」

行ったことがないと言いかけて、気づいた。あの、雨の日のこと。

昇降口で、降り続く雨を見つめていた灰原。

その横顔に引き寄せられるように、声をかけた。思いがけない相合傘。他愛

もない会話。

そして、たどり着いた家ではお前は誰かと詰問されて・・・。

そうか。あいつが・・・あの、灰原を守るように俺の前に立ちふさがった奴が。

きっと、工藤新一だ。そういえば、どこかで見たことのある顔だと思ったん

だ。

「じゃ、確かに受け付けました。楽しみですね」

円谷の声にはっと我に返る。

「おう。じゃ、頼むな」

あいまいな笑みを返し、また一人飛び込んできた委員とすれ違うようにして

廊下へと出た。

窓の外では、運動部の威勢のいいかけ声が聞こえる。

今から教室へ戻り、また実行委員としての仕事に戻らなくてはならない。そ

れなのに、なんとなく運動場を眺めてしまう。

ほとんどのクラスメート達が、部活に入っている。今のこの時期は、文化部

であれ運動部であれ忙しいことには変わりはない。

俺が学園祭の実行委員なのも、帰宅部で暇そうだからというれっきとした理

由があるわけだ。

・・・そういえば。工藤新一は、サッカー部だったらしい。

頭脳明晰、成績優秀。おまけに運動神経も抜群。そして、今や日本を代表す

る名探偵。

天に二物も三物も与えられた、たぐいまれなる存在。

灰原とは、どういう関係なんだろう。「知り合いの家に行く」と、あの日彼

女はそう言っていたが。

・・・って、何考えてんだ俺は。

頭を振り振り、教室へ向かう。

最近は少しばかり、雑念が多いような気がする。

 

「じゃあ、ハート姫役は灰原さんに。それから・・・黒衣の騎士は・・・」

投票結果を示す黒板を見つめ、口ごもる。

クラスの男子の名前の下、書かれた正の字。1番多いのは、なぜかダントツ

で俺だった。

「・・・俺、小南ってことで」

・・・ウソだろ、おい。自分で思わず突っ込んでみる。

『シャッフル・ロマンス』の主役2人。それを、俺と灰原でやるなんて。

ヤケクソなのか何なのか。沸きあがる拍手に、俺は絶対唖然とした表情に違

いない。

もともとは、吉田が推薦されたのだ。

可愛い顔をしている彼女は、確かにお姫様という役割がぴったりだろう。

誰も文句が無いはずだったのに、なぜか本人はどうしても灰原にやらせたい

と言い出した。

「お願い、哀ちゃん!」

両手を合わせて、泣きそうになりながら言う吉田。周りで見ている俺たちは

まるで怒っているかのように黙っている灰原を見つめる。

当然、あいつは突っぱねると思っていた。

しかし、灰原は・・・仕方ないわね、と小さくつぶやくと「じゃあ、やります」

とキッパリ言ったのだ。

俺の隣りで、小嶋がボソッと言った。

「灰原は、昔から歩美に弱いんだよなあ〜」と。

そして相手の黒衣の騎士役は、遠慮してるのか気が引けるのか、立候補はお

ろか推薦まで出て来ない始末。結局、男子生徒全員を対象とした投票結果

が・・・これだ。

「上手くやったよな」なんて顔をしているクラスの男どもの視線に、うんざ

りさせられる。

・・・うらやましいなら、最初っから立候補しろよな。

灰原哀は、確かに人気がある。それは、間違いない。

なにせ頭が良くて、とびっきりの美人。

けれど、なぜか男子はほぼ全員、同時に彼女が苦手だった。

同じ人気のある子でも、おしゃべりでよく笑う吉田の方が話しやすい。

逆に、灰原の方はなんとなく敬遠されがちだ。

彼女と屈託なく話す男子は、おそらく小嶋と円谷だけだろう。

・・・まあ、決まった事は仕方がない。

窓際の、前から3番目。あごに軽く手をやり、涼しげな顔つきで前を見てい

た灰原に、思い切って声をかける。

「頑張ろうな」

彼女は俺を見つめ・・・そして、かすかに微笑んだ。

「そうね。・・・頑張りましょう」

 

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え〜と、なぜか巷で大人気の小南君主役です()

メールなどで再登場を願う声があり、調子に乗って書いてしまいました(^^;

前後編くらいの長さになると思います。でも、予定は未定。

 

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