2人のライバル 〜前夜祭〜

 

 

 

 

配役が決まり、HRはつつがなく終了した。

部活へ行くもの、帰るもの。F組は、あっという間に人気がなくなった。

今日は実行委員会もなく、まだ脚本も出来ていない状態では劇の練習もない。

久しぶりに早く帰るかな・・・。

「あ、コナン君」

「ん?」

振り返ると、円谷がちょいちょいと俺を手招きする。

「今日、予定がなければちょっと付き合ってくれませんか?」

「別にいいけど・・・どこか行くのか?」

「いえ。脚本を書くのを、手伝ってもらおうかと思って」

ああ、そうか。

今回のクラスの劇については、脚本は円谷に一任されていた。

奴は作家希望らしく、任せてくださいと胸を張っていた。

「お前ねえ・・・自信ある態度で引き受けといて、いきなりそれかよ」

「違いますよ。何も、コナン君に書いてもらうんじゃないですから。セリフ

の言い回しとか、実際に聞きたいだけですよ」

それって、俺に実演しろってことか?・・・恥ずかしいぞ、かなり。

とはいえ、けんもほろろに断るのもどうかと思われ、とりあえず付き合うこ

とにした。

まずは、2人で昔の脚本を読み直す。

一通り目を通し終わった後には、教室には2人だけになっていた。

「・・・ベッタベタなラブストーリーだな。これ、マジでやるのか?」

思わず脚本を放り投げ、ため息をつく。この話を真面目に演じていたのだと

すれば、工藤新一とやらはたいした度胸だ。

「確かに、これは・・・」

円谷も思わずといった感じで、苦笑をもらす。

「でも、話自体は良く出来ていますよ。でも・・・そうか・・・」

何かを考え込んでいるような奴の表情に、なんだよ?と問うてみる。

「いえ・・・その、さすがにキスシーンだけは削ったほうがいいかなと思って」

少し顔を紅潮させながらそう言う円谷に、意外に純情だなあと呆れ半分感心

半分。

「だけどな、この黒衣の騎士がハート姫を抱きしめてっていうシーンは、い

わばクライマックスじゃないのか?これを無くすと、見せ場が無くなるよう

な気も・・・」

「だから!抱き合うのはまだいいんですけど!」

いきなりの大声。

「キスシーンだけは、絶対に許せないです!っていうか、その・・・」

あっけにとられたまま俺が見つめていることに気づいたのか、円谷はだんだ

ん声のトーンを落としていく。それに反して、顔はみるみるうちに真っ赤に

なる。

「あの・・・その・・・つまり、ですね」

・・・ふうん。つまり、そういうことか。

「な、なんですか、その意味ありげな視線は」

「いや。なんなら黒騎士役、代わろうか?そしたらキスシーン削らなくても、

いいんだろ?」

わざとからかうように言ってみると、あんのじょう奴は何か口の中でもごも

ごとつぶやく。

「なんだよ」

「・・・いいですよ、もう。このままにしておきますよ」

円谷は半分ヤケクソ気味にそう言った後、

「どうせ、お前には手に負えないってまた言うんでしょ」

と小さくつぶやいた。

「また、ってそんな事俺言ったか?」

一瞬俺を見て・・・そして、円谷は困ったような変な顔つきになる。

「・・・言ってないですけど。ええ、小南君は言ってないです」

こみなみ君は、ってことは・・・。

まあ、いい。

「ま、がんばれよな」

「頑張れって言っても・・・強力なライバルがいますからね」

苦笑する円谷。

それって、ひょっとして・・・。

「工藤新一?」

「・・・コナン君にもわかりましたか。そうですよ、彼です」

それはかなり、複雑だな。

よりによって、自分が尊敬している相手と灰原を張り合うなんて。

そんな事を考えているのがばれたのか、円谷は肩をすくめてみせる。

「ま、強力すぎて勝ち目なんて最初っからないですけどね。でも・・・」

「でも?」

「同じ高校生な分、僕の方が有利な面もあるんですよ。一緒に居れる時間と

かは、ね」

ふうん。なかなか、意外に強気じゃん。

「全く勝ち目がないわけないだろ?頑張れよ」

「そうですね。まあ・・・まだ、勝ち目があるほうかもしれません。少なくと

も、コナン君が相手に比べたら」

「え?」

どきりとした。俺が相手・・・って、つまり灰原が、じゃない、俺が灰原を・・・。

「あ、もちろん小南君のことじゃないですよ?」

「わっ・・・わかってるよ、えっと・・・そう、江戸川コナンの事なんだろ?」

そうか、江戸川コナンか。

その名前を自分で口に出して、自分で納得した。

そうだよな。俺のはずがないよな。・・・わかってるけど、さ。

・・・江戸川コナンは、灰原とそんなに親しかったのか。

「じゃ、そろそろいいか?俺、帰りてーんだけど」

「え、そうなんですか?」

円谷は続けて何か言いかけたが、俺があまりにも不機嫌そうな顔をしていた

からか、それ以上は無理押ししてこなかった。

 

「あ、黒騎士様だ」

廊下に出て、のんびり歩いていた俺をそんな声が迎える。

吉田歩美だ。さらさらの髪が、肩の上で揺れている。

「・・・なんだよ」

思わずぶっきらぼうに答えてしまったからか、相手は眉をひそめて人差し指

を立てる。

「もう、なによお、コナン君。黒騎士様はねえ、そんな顔しちゃいけないの

よ?」

ちっちっち、と指を動かす吉田。

「へいへい。わかりましたよ、お姫様」

「やーだ、お姫様は哀ちゃんだってば〜!」

きゃっきゃっと明るく笑う彼女に、俺の顔も少し緩む。

全く、灰原とは正反対の明るさだ。それでも2人は、とても仲がいい様子な

のだが。

そういえば、と気になっていた事を聞いてみる。

「お前さあ、なんで灰原にお姫様役やらせたかったわけ?」

「え、だって哀ちゃんならお姫様ぴったりだし・・・美人だし」

「それだけなのか?」

うーん・・・と、口ごもる吉田。言いたくないなら別にいいけど、と口に出し

かけた時、彼女はちょっと遠くを見つめるような表情になって言った。

「あのね、哀ちゃんって昔1度だけ舞台に立ったのね。小学校1年の時に、

私がやるはずだった鶴の役・・・ああ、鶴の恩返しの鶴ね?それを代わりに」

「灰原がやったのか?」

ううん、と吉田は笑う。

「違うの。やったのは、コナン君なの。哀ちゃんは、プロンプって言うの?

後ろで、セリフを教える人で」

「・・・はあ?」

なんで、江戸川コナンが鶴の役をやるんだ?あれって、女役だろ?

・・・ま、いいか。そういう趣味があったのかもしれないしな。

「でね、私は見てないんだけど、その劇の時に事故があったの。それで、哀

ちゃんが怪我しちゃって」

「え、ほんとか?」

「うん。なんか、舞台セットが崩れたらしいの。で、哀ちゃんしかそれに気

づかなくって、コナン君をかばって・・・」

・・・・・・。驚きのあまり、声も出なかった。

なんてことだよ、全く・・・。小学生だろ?小学生が普通、そんなことするか?

「あの時の事、多分もう皆忘れてると思う。だけど、哀ちゃんは絶対その後

も舞台とか立たなかったの。きっと、怖いんだと思う」

「そうかも、な」

「だけど、もうこんな機会最後だし。哀ちゃんの劇に対する思い出が、それ

だけだったら可哀相じゃない?」

別に、裏方でも思い出は作れる。多分、灰原もそうやって思い出は作ってき

てると思う。

だけど、吉田の真剣な表情に、それは言い出せなかった。

それに、小さい頃からずっと一緒の2人だ。ひょっとしたら灰原は舞台に立

ちたかったのかもしれない。それを、吉田だけが知っているのかもしれない。

「私ね、衣装グループに入ろうと思って。哀ちゃんに似合う、真っ白なドレ

スを頑張って作っちゃうんだからv」

「おう、頑張ってくれよ」

「コナン君こそ、頑張ってね?今度こそ、哀ちゃんにいい思い出を作ってあ

げようね?」

今度こそって・・・だから前回は、俺じゃないんだけどな。

まあ、いい。

吉田がいじらしくて、微笑ましい。その気持ちには、答えてやりたい。

・・・そんなことを2人で話しているうちに、昇降口まで来てしまったようだ。

そこには、さっきまで話の中心だった人物が立っていた。

「哀ちゃ〜ん!ごめん、お待たせ!」

「待ってないわよ、別に」

言い方は冷たいようだが、その表情は優しい。

吉田が灰原を思いやるように、灰原も吉田を大事に思っているのだろう。

「意外に早かったじゃない?忘れ物は取ってきたの?」

「あ!!」

「・・・あ、って・・・ひょっとして」

ごめん!!!と、吉田が手を合わせる。

「さっきそこでコナン君と会ったから、そのまま引き返してきちゃった〜!

もう一度、行って来るから!」

「・・・はいはい」

灰原がため息交じりで苦笑すると、吉田は「じゃ、コナン君ちょっとお願い

ね!」と言い残して走り去った。

・・・お願い、って何をだ?

ここでそのまま、灰原の相手をしろってことか?

困ったと思いながら灰原を見ると、彼女は俺など気にもしないといった感じ

でぼんやりと外を眺めている。

これは・・・俺は、別に用なしってことだろうか。

さっさと退散するか。そう思った時。

「私・・・あの話、嫌いなの」

「あの話?」

急に話し掛けられて、とまどう。いや、本人は話しかけたつもりなんてなか

ったのかもしれないけど。

「皮肉ね。まさか、自分で演じる事になるなんて、思ってもみなかったわ」

「演じるって・・・『シャッフル・ロマンス』のことか?お前、知ってるのか?」

灰原がうなずいた後に、気づく。知っていて、当然だ。

黒騎士は、工藤新一が演じたんだから。彼と近い位置にいるらしい灰原が知

っていても、おかしくはない。

・・・どういう関係なんだ?お前と、工藤新一は。

それを聞きたかった。でも・・・聞いて、どうするんだ?

「吉田は、お前が怪我した時の舞台の話を俺にしたんだ」

2人の関係を聞く代わりにそう言って、反応をうかがう。灰原は・・・軽くた

め息をついただけだった。

「・・・全く。歩美ちゃんったら、おしゃべりなんだから」

「でも、お前に思い出を作ってやりたいらしい」

灰原は、クスクスと笑う。

「今までので、充分なのに。でも・・・歩美ちゃんらしい考え方ね」

向こうから、走ってくる吉田の姿が見えた。今度こそ、手にプリントを持っ

ている。

俺は、思い切って灰原に聞いてみた。

「なあ、何でその時、江戸川コナンの事をかばったんだ?」

「何でって・・・」

灰原は困ったような顔で俺の顔を見た後、視線を外して吉田が近づいて来る

のを眺めた。

 

「怪我させたくなかったから。それだけね、きっと」

 

ぽつりとつぶやいたその言葉を聞いた瞬間。俺は心底うらやましいと思った。

工藤新一と、江戸川コナン。

灰原哀の心にいる、その2人のことが。

 

END


 

とりあえず、小南君編終了です。なんか、微妙な感じですな()

小南君にとっての2人のライバルとは、新一とコナンなわけです。

光彦や歩美ちゃんのセリフには、苦労します。年相応の話し方ってのが、イ

マイチよくわからないというか。こんなものなのかな??

 

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