Desert Moon

 

 

 

蒼い月の夜。

そんな夜が本当に在るのかどうかはわからないけれど、さしずめこん

な日は。

霞みがかったような、淡い月の色。蒼く。どこまでも、蒼い夜。

夜更けの散歩なんて、小学生がするようなことではないけれど。

それでも出かけずにはいられなかった。何かが起こりそうな、予感が

して。

 

灰原哀は、人気のない道路を一人、歩いていた。

時々気ままに歩く、この時間。さすがに遠くまで行く気にはならず、

近所を一周するだけなのだけれども。

ほとんどの家の明かりは消え、寝静まっている深夜。

下手に起きている人間に見咎められるより、こんな時間のほうが歩き

やすかった。

・・・?

ふいに、ポツンと哀の頬に水滴が落ちる。

そしてぼんやりと、道路に伸びる哀の影が薄くなる。

・・・雨?

見上げた哀の、視線の先には。

月を、横切るかのような大きな白い翼。真っ白な衣装に身を包んだ、

空飛ぶ人影。

その人物の頬が、月明かりで少し光るのがわかった。

あれは・・・もしかして・・・。

怪盗キッド。コナンから、教えてもらったことがある。

神出鬼没の白い怪盗。コナンにとっては、ライバルであり捕まえたい

と思っている相手。

翼のような大きなハングライダーに遮られ、月の光は哀の姿を照らさ

ない。

だからキッドがその存在に気づいたのは、少し高度を上げたときだっ

た。

あれは・・・確か、小さな探偵の・・・。

自分の、永遠のライバルとも言うべき存在。工藤新一。

訳あって少年の姿になってしまっているらしいが、その明晰な頭脳は

変わらない。

その新一の、今の同級生であり、運命共同体とも言える少女。灰原哀。

必要なデータを頭の引出しから取り出すと、くるりとレバーを引いて

方向を変える。

地上に降りる少し前に翼をたたみ、彼はそっと少女の前に降り立った。

衣装と同じ、真っ白なシルクハットを取り、優雅なしぐさで深々と礼

をする。

「こんばんは、お嬢さん。お散歩ですか?」

「・・・奇遇ね、怪盗さん。もう、お仕事は終わったのかしら?」

哀の言葉に、キッドはクスクスと笑い声をこぼす。

「おかげさまで、うまくいきましたよ。ありがとうございます」

シルクハットは持ったままモノクルを右手で直し、キッドは哀を観察

する。

ほとんど初対面に近いというのに、臆する様子もなくじっとこちらを

見ている。

その不思議な色を湛えた瞳に、知らず知らずのうちに圧倒されて、キ

ッドは息を飲む。

夜風にそよぐ赤みを帯びた髪を、細い指先でもてあそぶ彼女。

そんな、大人びたしぐさに目も心も奪われそうになる。

危うくなりそうな気持ちをもてあまし、キッドは少し目線をそらせる。

「こんな時間にお一人とは・・・誘拐されても知りませんよ?」

「そうね・・・」

哀の口元に、あるかなきかの微笑が浮かぶ。

「それも、いいかもね・・・」

愁い。そんな言葉が似合いそうな、物悲しい彼女の笑み。

その瞳はキッドを捉えているようで、どこか遠くを見ている。

「ここから、消えてしまいたいとお思いですか?」

キッドの言葉に、哀は黙ったまま月を見上げる。

ここから消える。組織も、解毒剤も、彼・・・工藤新一への想いも投げ出

して。

朝になれば見えなくなる、この月のように。

そっといなくなれるのなら。彼と彼女の前から。

思い耽っていた、その時。哀の身体がそっと抱えあげられた。

「じゃあ、私が誘拐させて頂きます」

哀の顔を自分の高さにまで上げ、目線を合わせてニッコリ笑うキッド。

白いマントで視界が遮られたかと思うと、次の瞬間には2人は阿笠邸

の屋根の上に座っていた。

「さすがにここなら、あの名探偵にも邪魔されないでしょう」

哀の身体を外したマントで包んでやりながら、キッドは恭しく礼をす

る。

屋根の上というのはさすがに初めてで、哀は少し戸惑ったようにあた

りを見渡す。

「怖いですか?・・・私は、好きなんですよ。高い所が、ね」

そんなことを言うキッドの顔を、哀はじっと見つめてつぶやく。

「・・・1人で、泣けるから?」

雨かと思った、冷たい雫。空から降ってきた、涙のかけら。

思いがけないことを聞いたとばかりに、キッドはまじまじと哀を見返

す。

しばらく、見つめ合っていただろうか。

キッドは、フッと微笑むと「あなたには、何もかもお見通しのようで

すね」と、優しげな声で告げた。

怪盗KIDとして、世間を欺きつづけること。

黒羽快斗としての、存在の喪失感に襲われて、時々弱気になることも

ある。

そのことを瞬時に読み取った哀に舌を巻くと同時に、キッドは気づい

てしまう。

隣りで不安そうな眼をしているこの少女も、同じなんだろうと。

自分の居場所を探して、求めて。失うことを恐れて。

自分自身すら、ときおり見失ってしまいそうで。

やるせなく、もどかしい感情に脅かされているのだろう。

そんな彼女の姿に、キッドはたまらなくいとおしい思いが湧きあがっ

てくるのを感じた。

キッドは少し、その表情に真剣さをこめて哀と向かい合う。

「・・・では、次からはあなたの前で泣くことにいたしましょう」

突然のキッドの言葉に、哀は眉をひそめる。

「別に・・・泣いてもらわなくてもいいけど」

「まあまあ、そうおっしゃらずに。その代わり・・・」

キッドはニッコリ笑いながら、くるりとシルクハットを回す。

その中から現われる、青い薔薇の花束。

「約束いたしますよ。あなたが泣きたいときには、いつでも私が見守

っていますから」

差し出された花束を、哀はそっと両手で包むように受け取る。

夜空の月に照らされて、闇にぼんやりと光るその美しさ。

哀の顔に、笑みが浮かぶ。しかしその笑みは、むしろ自嘲に近い。

「・・・そうね。でも、見つけられるかしら・・・こんな、小さな私を」

つぶやくように言う哀を、キッドはマントで包みなおす。

ためらって勇気が出ない、自分の腕の代わりに。

「ええ、必ず見つけます。私にとってあなたは、砂漠に咲く青い花で

すから」

力強いキッドの言葉。

青い薔薇。この花のようだと、あなたはそう言うの?

哀は、ようやく心からの笑みをもらす。

「じゃあ、あなたは月ね。砂漠を照らす、心強い月・・・」

 

蒼い月。Desert Moon

今夜の予感は彼に出会うためだったと。

 

END


 

この作品の最初の題は、『冷たい雨』でした。倉木麻衣ちゃんの曲をモ

チーフに、1作書きたいなと思っていたところ、届いたのがやよいさ

まからの小説。それを読んで、キッドが相手の作品を書きたい、と思

って書き出したのがこれです。

私は『まじっく快斗』を全く知らないので、間違ったとこがあったら

すみません。めちゃくちゃ自己流のキッドだと、思います(^_^;)

シリーズになるかどうかは、今のところ未定。でも、またコナンのラ

イバル役かも(笑)

結局書いているうちに、もうひとつ曲が思い浮かび、それがタイトル

にもなった谷山浩子さんの「Desert Moon」。古い歌なんですが、こ

ちらもいい歌なので、ぜひ聞いてみてくださいね。

 

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