涙、笑顔、瞳の奥の








                  元高校生探偵、いまは大学生となっている工藤新一は今日もなじみの警部に
          呼ばれ、ある事件を解決して帰宅している。
                  まだ時間も早く、現場は自宅からそう離れていなかったこともあり、パトカー
          で送らせようか?という警部の言葉を断って、赤く染まる空を見上げながら
          帰ってきていた。

                  自宅近くにさしかかったころ、隣の阿笠邸からボンッと音がして、灰色の煙
          があがっていた。またどうせくだらないものでも作ってんだろう、と本人に
          してみれば失礼極まりないことを思い、煙の上がっているその家の2階部分
          を見た。

                  一瞬、何が起こっているのかわからなかった。というかわからない。
                  何があってあの少女の部屋にアイツがいるのか。
          少女、とは自分と運命を共にした大切なヒト。
          その少女の部屋のベランダに自分もよく知っている白装束の怪盗が立っている
          のだ。

                  
                 
                  
                  
                  
                  
                  




                 「おいっ!キッド!!オマエそこで何してやがる!!」
                 気が付いたら走っていた。勝手知ったる他人の家である。
                 合鍵だって持っているし、その家の主人だって自分を快く迎えてくれる。 
                 一瞬、「お?新一か?」と言う声が聞こえたような気がするがそんなこと気に
         してなんかいられない。
                 少女の頬に伝う光るものを見てしまったら、何も聞こえなくなってしまった。
                「おや、名探偵殿。お久しぶりですね。」
                 怪盗キッドはそう落ち着いた口ぶりで話し掛けてくる。
                「お前っ!!灰原に何をしたっ!!!!」
                「名探偵、そんな人聞きの悪い言い方しないでいただけませんか。私は何もして
         いませんよ。」
                 何もしていないなんてそんなわけはない。
                 哀の顔はどう見ても泣いていた、とわかるものだったから。

                「・・・デート。」
                「はぁ?」
                 いきなりキッドに真剣な声でそんなこと言われるとビックリするもので口をポカン
         と開けたまま彼のほうを見た。
                 一瞬、キッドに自分のマヌケ面を見られたかと思うと腹がたつような気がしたのだが。
                「だから、何してたのかって聞かれたら『デート』としか答えようがないわけ、わ
         かるか名探偵?」
                「わかんねーよっ!!最初から説明しろっ!!」
                「ものわかりの悪いヤツだな、名探偵は。『デート』つったら『デート』なのに。
         ねぇ?哀ちゃん。」
                『哀ちゃん』とはかなり親しげである。なんたって哀自信がそう呼ばれることを嫌
         がるのだから。
                 新一はこの2人に何か接点があったろうか?と顎に手をあて本気で考え込んでいた。











                 いきなり部屋に飛び込んできた名探偵は下を向いて何かを考え込んでいるよう
         だった。
                 たぶん・・・オレ、怪盗キッドと灰原哀の接点ぐらいだろう。  


                 出会いは新月の夜。
                 このベランダで寂しそうな瞳をした少女に出会った。
                 それが・・・哀だった。 
                 月に翳さなければ結果の見えない宝石を探しているから新月の夜には仕事をしない。
                 でも、その夜は冷たい風にあたりたくてキッドの格好をして飛んだ。
                 あの格好でなけりゃ、さすがにハングライダーで空を飛ぶのには抵抗がある。
                 まぁともかく、オレは暗闇を飛んでいたわけだ。
                 そこで見たのが探偵工藤新一の家の隣の家。
                 そのベランダに少女が立っていた。確かあの家は阿笠という独身の科学者が住
         んでいたはずなのだが、と思いしばらくその少女を見下ろしながら飛んだ。
                 上から見た彼女の瞳は深くて吸い込まれそうだった
                 その瞳で何を想い考えているのか、興味はあった。
                 そして、本当に吸い込まれたんだろうか。気付いたらそのベランダに降り立っ
         ていた。

                 彼女はいきなりのオレの出現にも動揺せず、空を見上げていた。
                 あまりにも真剣な眼差しで空を見上げる彼女の横顔は綺麗で、話し掛けるとそ
         の瞳が、いや彼女自身壊れてしまうのではないか、とまで思いその晩はそのまま
         別れた。
                 別れた、と言ってもオレが一方的に飛び立っただけなのだが。     

                 その晩から、毎月新月の夜と仕事の帰りには哀に会うようになっていた。
                 強くて子どもらしくもなく、弱くて大人らしくもない彼女。
                 最初の頃は行く度に嫌そうな顔をしてきた彼女だったけれど、慣れれば彼女から
                 も話し掛けてくれるようになった。
                 それと同時期に、オレは彼女のことを調べていた。・・・実在するはずのない彼
                 女のことを。
                 それがわかって愕然とした。彼女は誰なんだろう、と。彼女のあの横顔は本物で
                 あるはずなのに。

                 ある晩、哀はすべてを話してくれた。そろそろオレが感づいてくる頃だろう、と
                 思ったのだろうか。
                 怪盗キッドであるという自分のあるべき場所の重さ、今思えばそういうものを信
         頼してくれていたのだろうか。 
                 聞いてみれば、それはオレには重たすぎる話。彼女の背負ってきたもの、オレに
         はどうしようもなかった。 
                 だから少しでも彼女の微笑みを絶やさぬように、これからも会いに来るよ。と言
         って別れた。
                 何をしていいのかわからない。キッドである自分に何ができるというのか。
                 彼女の微笑が絶えぬよう、それだけを祈った。
                 だから、オレのことは話していない。それが彼女にとってのオモリになっては困
         るから。
                 でも、彼女はなにもかも知っているのかもしれない。それでもよい。
                 負担になっていなければ、オレはそれでよかった。

                 そして、ハッキリと聞いたわけではないが哀は江戸川コナン、否工藤新一に好意
         を寄せているようだった。  
                 工藤のことは、前から知っていた。オレはアイツに変装したことまであるのだから。




                 今夜は新月で、哀と会う日であったのでいつものように来て、いつものように彼女
         と話していただけ。
                『わたしも「KID」になれたらどんなにいいことか。』
                 そう言いだした彼女に
                『私の前でなら、貴女は「KID」になることを許される。なってもいい。
               「KID」になって泣いてくれればいい。好きなだけ。素直になればいい。
                何も言わずに待っているから。貴女が微笑んでくれのを待つから。』
                 なんて言ったのはオレ。冗談なんかではない。本気だった。
                 けど、彼女が本当に涙を流すとは思わなかった。その涙はあの瞳が生み出す宝石。 
                 彼女に助けられることは多々ある。いつもその瞳に助けられる。
                 だから、今日は———。

                 そこに、荒い息で部屋に入ってきた工藤の様子である。
                 彼女の涙を見ることのできる限られた人。彼女が好意を寄せている人。
                『デート』なんて答えたけど…ウソじゃないぜ?
                 オレとしては立派なデートなのだから。彼女はそうは思ってないだろうけどな。









                 しばらく考え込んでいた名探偵は、顔を上げた。
                 そして哀の顔を一瞬見て、オレのほうを向いた。その不敵な笑みで。

                 今日はもう帰ったほうがいいのかもしれない。また次の仕事の帰りにここに寄ろう。
                 そうしてまた彼女の微笑みのために祈ろう。話そう。文句だっていっぱい聞こう。      
                 あの冷淡な眼差しを向けられて、そして笑顔も向けられよう。
                 そのためにも仕事、がんばらないとな。


                「ごめん、な。」
                 どちらに言うわけでもなく、オレは彼女の部屋から消えた。









                 名探偵、彼女を頼むぜ?
                 お前だって彼女に助けられること、あると思うから。
                 オレも、今日はそのお返しだよ。彼女を泣かせるようなことがあってみろ。
                 オレはいつだって彼女の瞳をさらいにくる。
                 大切なヒトの心、瞳を怪盗なんかに盗まれたくないだろう?
                 そのためにも名探偵、彼女のとびっきりの笑顔を頼むぜ?

 



           
やよいさまのHP「Black Rose Garden」6210スペ番記念にいただきました。

             「キッドと新一(コナン)と哀ちゃんとの淡い三角関係」とお願いして、書いていただいた

             作品。く〜。キッドはカッコいいし、哀ちゃんは切なげで素敵だし。もう、サイコーです。

             身体も頭脳もオトナなくせに、哀ちゃんの事となると思いっきり取り乱してしまう新一が

             今作のツボですねv本当に、ありがとうございました。

 

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