あなたと過ごすクリスマス   光彦 edition

 

 

 

 

「・・・やっぱり、すごい人ですね」

「ええ。・・・これは、有名だものね」

哀と彼女の相手・・・円谷光彦は、米花中央公園に来ていた。ここは街中にあ

るものの、敷地面積が広く普段は閑静な公園である。

ところが「景気復興の願いを込めて」とかで、クリスマスシーズンにこの公

園の一番大きな木に、クリスマスツリーとしてイルミネーションが飾られる

ようになったのは、つい最近の話。

とはいえ、クリスマスデートスポットとして、ここ数年ですっかり定着して

いた。

今日はまさしくイブだけあって、かなりの人で賑わっている。

「人ごみは・・・苦手ですよね、すみません」

・・・確かに、あまり得意なほうではない。

けれど、自分を気遣っている光彦の言葉には、自然と首を振る哀。

「・・・構わないわ」

「そう言ってもらえると・・・おっと」

人に押されて、少し体勢を崩した哀を、軽く片手で光彦が支える。

その、意外に力強い腕に戸惑ってしまう哀。

・・・そうね、もう小学生じゃない・・・。

高校生になって、光彦はぐんと背が伸びた。色白の顔にうっすらと浮かんだ

そばかすは相変わらずだが、むしろ整った顔を優しげに見せている。

「あ、すみません・・・大丈夫ですか?」

「ええ。ありがとう」

そう、この話し方も相変わらずだ。

どの女の子に対しても丁寧で優しい彼は、今はかなりの人気者だ。

しかし、彼の想いもまた、変わることはなく・・・。

「・・・この辺で、少し休みませんか?」

「そうね」

2人は、人ごみから少し離れた場所で木々の間からツリーを仰ぎ見た。

巨大なツリーからは遠くなるので、人の数はずいぶん減っている。2人のま

わりでは疲れたカップルや、親子連れが思い思いに休んでいる。

そんな親子連れに目をやった光彦が、ポツンとつぶやいた。

「僕は、冬休みの前日・・・つまり12月24日。今日が、とても好きだった

んです」

「どうして?」

問う哀に、彼は少し照れくさそうに笑う。そんな表情は、昔から変わらない。

「だって・・・次の日から、学校はお休み。で、起きたら枕もとにはサンタさ

んからのプレゼントがある・・・わくわくして寝れなかったはずなのに、いつ

の間にか眠ってしまったことが、反対に嬉しくてたまらなかったです」

「そう・・・」

哀の顔にも、自然と笑みが浮かぶ。厳格な彼の両親ではあるが、いかにも子

供を喜ばすための親心がわかる。・・・さもなくば、彼のように素直な少年は

育たないだろう。

「あの・・・灰原さんは何か、クリスマスの思い出ってあるんですか?」

光彦は、恐る恐る訪ねる。聞きたいような聞きたくないような、そんな気持

ち。

「別に・・・何も」

哀は、どことなくそっけなく答える。

両親と過ごした記憶は、ほとんどない。姉とも・・・そう、姉ともない。

あの場所では、そんな余裕すらなかった。その日が何日かなんて、半ばどう

でもよかった。

「・・・まあ、思い出なんてこれからいくらだって作れますしね?」

意外な言葉を聞いたような気がして、哀は光彦を見上げた。

穏やかで、優しい笑みを浮かべている彼。包み込むような瞳。

「どうしました?」

自分が何者なのか。そして、どんな人生を歩いてきたか。そんなことは話し

ていないし、これからももちろん話すつもりはない。

しかし、最近時々思う。ひょっとして、彼はすべてを知っているのではない

かと。

いつからだろう?彼に救われていたのは。

自分に向けられた気持ちは、ただの気の迷いだと思っていた。すぐに、そん

な感情など忘れて、彼に似合う同じ年代の可愛い女の子を、好きになるだろ

うと思っていた。

・・・しかし、そうはならなかった。あれからもう10年経つが、いまだにそ

ばにいてくれる。

そして。

いつの間にか哀もまた、彼の存在が自分のそばにあることを望むようになっ

ていた・・・。

哀は、光彦を見つめ・・・そっと微笑んだ。

「・・・ううん。これからも、あなたと思い出を作りたいと・・・そう、思っただ

け」

「灰原さん・・・」

見つめ合う2人の肩に、空から雪が舞い降りてきた。

どこか遠くで、鐘の鳴る音が聞こえる・・・。

 

「メリークリスマス、灰・・・いえ、哀さん」

「メリークリスマス・・・光彦くん」

 

END

 

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