あなたと過ごすクリスマス   キッド edition

 

 

 

 

いつものようにうやうやしく手を取られ、哀はキッドにリードされながら街

を歩いて行く。

街行く人が時々振り返るが、それは怪盗キッドを見る目ではなく、むしろ似

合いのカップルにそそがれる羨望の眼差し。

黒っぽいスーツに、片目のモノクル。

今日は、それだけだから。白のタキシードも、シルクハットも、ひるがえす

マントもない。

「おかしいですか?」

キッドは、哀に向かってちょっとおどけたように聞く。

「・・・そんなことはないけど。仕事帰り・・・では、ないのね」

「姫とのデートだというのに、そんな無粋なことはいたしませんよ」

「あら、本当に?」

哀はクスリと笑うと、背の高い彼の姿を見上げる。

その意味ありげな視線に、キッドは少しだけ黙ってしまったかと思うと・・・

肩をすくめる。

「・・・姫は、鋭いですね」

「今日は国立博物館特別展示の、一般公開最終日。世界最大のサファイアと

噂される・・・『Star of the miracle』が日本で見られる最後の日・・・」

よどみなく続ける哀に、キッドは苦笑して2枚のチケットを見せる。

「・・・見に行きますか?」

「もちろん」

 

国立博物館は、大勢の見物客で賑わっていた。

皆のお目当ては、特別展示室。そのなかで『Star of the miracle』は、美

しい輝きを静かに放っていた。

「綺麗ね〜」と騒ぐ、いかにもクリスマスのデート中らしい若いカップルか

ら、感慨深げに見つめる老夫婦まで。共通しているのはすべて、幸せそうな

表情であるということ。

そして哀もまた、その青く美しい光に見惚れる。

人の手で作り出したものではない、自然の輝き。それは、人工の模造品には

決して見ることが出来ない。

「・・・お気に召しましたか、姫?」

キッドの囁きには、哀は微笑で答えの代わりとする。

「それは良かった」

キッドもまた、ニッコリと笑って返す。

・・・不思議な瞳の人だ、と哀は思う。

優しげな顔つきをした紳士。その言葉がぴったり来る。

なぜ彼が怪盗をしているのか、その理由は聞いたことがないけれど・・・。

それでも無邪気で、どこまでも優しい彼の存在は・・・自分にとっていつの間

にか、かけがえのないものとなっていることを、哀は感じていた。

思う存分目の保養をしたあと、2人は特別展示室を後にする。

博物館の外に出ると、冷たい空気が2人を包み込んだ。

周囲に人があまりいないことを確認して、哀が訊ねる。

「で・・・本当に、手に入れるつもりなの?」

キッドはきょとんとした顔をして・・・クスクスと笑い出した。

「まさか。言ったでしょう?この聖なる夜にそんな、無粋な真似はいたしま

せんよ」

それに、と彼は続ける。

「ここは保存状態にも気を配っています。それからこの後は、収集品を大事

にすることでは世界一と名高い博物館に引き取られるのですから、私が保護

するまでもありません」

「そう・・・優しいわね、怪盗さん」

哀は、心なしかホッとしたようにキッドには見えた。

多くの人々の楽しみを、奪ってしまいたくないととっさに思ったのだろう。

キッドは、そんな彼女に微笑みかけながら言う。

「私には・・・世界で一番輝いている・・・世界で一番大切なあなたがいれば、そ

れでいいのです」

哀は、その言葉に彼を見て・・・あ、とつぶやいた。

そこに立っていたのは、いつの間にかいつもの白いタキシードに身を包んだ

怪盗キッド。

彼はパチンと指を鳴らし、現われた大きなバラの花束を哀に捧げる。

そして、今日一番の真剣な表情で言った。

「どうか、私に盗まれてやってもらえないでしょうか?」

キッド・・・怪盗キッドだ、と周りがだんだんざわめき始める。

「こんな大勢の観衆の中で・・・宝石ではなく、私を盗むの?」

哀の問いには、魅力的な笑顔でそうです、と言い切るキッド。

「・・・どうぞ」

キッドはその返事を聞くなり、ふわっと彼女を抱えあげた。

おりしも降り出した雪の中、2人は幸せそうに微笑みあった。

 

「メリークリスマス。・・・哀」

「メリークリスマス・・・快斗さん」

 

END

 

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