あなたと過ごすクリスマス   平次 edition

 

 

 

 

「哀ちゃん、早よう!間にあわへんがな〜!!」

服部平次の呼び声に、哀は発車ベルの鳴り響くホームを走った。

2人が飛び込むと同時に、新幹線のドアが閉まる。

はあ・・・とその場に座り込む平次に、哀は荒い息を整えながら言った。

「あ・・・あのねえ・・・いきなり『大阪へ行く』はないでしょう・・・?」

「はあ・・・は・・・はは、いや、すまんすまん」

気の抜けたように、はははと笑う平次。

「せやけど、あんさんにめっちゃ見せたいもんがあってな・・・どうしても、

今日連れて行きたかったんや」

「・・・仕方ないわね」

苦笑する哀。

よいせっと平次は立ち上がると、ほな、席にいこかと彼女の肩を叩いた。

 

「・・・すごい人」

「なんやいな、綺麗って言うよりそれが先かいな」

哀の反応に、平次はがっかりしたように肩を落とす。

新幹線を新神戸駅で降り、地下鉄で三宮へ。

2人の目の前には、道から溢れんばかりの人ごみと・・・頭上に輝くイルミネ

ーションが、広がっていた。

「まあ、歩こうか」

人の波に飲まれて、2人は一緒に歩き出す。次から次へと変わる、美しい光。

「・・・神戸ルミナリエ・・・ちゅうやつや」

「ああ・・・聞いたことがあるわ。そう、これがそうなの・・・」

あの、関西の中心である大阪・神戸を揺るがした阪神大震災。

その復興のモニュメントとして、地震のあった年から毎年作られているイル

ミネーション。

神戸の街を彩る光の祭典。それが『神戸ルミナリエ』であった。

その美しさの評判は、遠い米花町にいる哀の耳にも届いている。

哀がそう言うと、平次は「そのとおりや」と大きくうなずいた。

「これはな、地震で落ち込んでいる人に、勇気と希望を与えるためにって考

えられたんや」

そう言って平次は、地震の時の自分の記憶を色々と話す。

初めは、何がなんだか分からなかったこと。大きな揺れにいつもと違う地震

であることを、とっさに感じたこと。TVで映像が映し出された時のショッ

ク・・・。

「・・・えらいことや、って思うた。この街は、立ち直れへんのと違うかって

思うた」

平次は、少し辛そうな顔で続ける。

「いまだに立ち直ってへんところもある・・・治ってない心の傷を持つ人かっ

て、居るねん」

「でしょうね・・・」

「せやけどなあ・・・哀ちゃん、これ見てみ?すごいやろ?」

指差した頭上には、輝く光のアーチ。美しい光に、人々はみんな見惚れてい

る。

「人間はなあ・・・いざとなったら、とことん強いんや。数年で、こんなに人

が集まるまでに回復しよったんや、この街も」

「そうね・・・たくましいわね」

哀が答えると、平次はがしっと彼女の頭をつかんだ。そしてそのまま、わし

ゃわしゃとなでる。

「な・・・何?」

「せやねんで・・・哀ちゃん。人間はな、いつだって前向いて歩いとんねん」

真剣な、それでいて哀のことを心から気遣っているような優しい平次の瞳。

「あんさんも、いいかげん過去のことは忘れ。いや、忘れんでもええけど・・・

もっと、楽して生きようや?」

・・・驚いた。

哀は、驚愕の表情を隠そうともせず、平次をじっと見つめた。

あの悪夢が終わり・・・そして、全てが元通りに戻った。

自分には、灰原哀という新しい名前と新しい家族ができ、そして新しい生活

が始まった。

だけど・・・哀は、時々考えるのだ。

もし、あの時自分があんな忌まわしい薬を作ることがなかったら・・・と。

この、新しい生活が幸せであればあるほど、それとひきかえに不幸にしてき

たたくさんの人々のことを考え、狂いそうなぐらいのもどかしさに襲われる。

自分だけ、幸せになっていいのかと・・・。

「・・・かまへんから、幸せになり?俺が許すから」

もう、充分罪は償われたから。もう、彼女の眠れない夜は終わるのだから。

「俺が、ついてるから。あんさんには、幸せになる権利があるんや・・・」

限りなく優しい言葉に、哀はぐっと喉を詰まらせる。

降り出した雪に、歓声を上げる人の波の中。平次は、ぎゅっと哀の肩を抱く。

 

「メリークリスマス、哀。俺が、一生守ったるからな・・・」

「・・・メリークリスマス・・・ありがとう、平次・・・」

 

END

 

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