君に会えて

 

 

 

2.歩美

 

夕焼けに染まるグラウンドは、ここからの眺めが1番いい。

北校舎と南校舎を結ぶこの渡り廊下は、ちょうどグラウンドを見渡せ

る位置にある。

今の時間、グラウンドを走るサッカー部員やラグビー部員達がオレン

ジ色に染まって、とても綺麗だ。

吉田歩美はぼんやりと手すりにもたれ、そんな風景を眺めていた。

はあ、と我知らずついてしまうのは大きなため息。

探しても探しても探し物が見つからないような、そんな不安感。

廊下を吹き抜けていく風が、歩美の長い髪を揺らしていた。

「歩美ちゃん」

ふいに、そんな呼び声。

歩美は、廊下の端に目をやる。そこに立っていたのは、幼なじみの親

友。

「哀ちゃん。また、図書室にいたんだ?」

「ええ」

哀は、ゆっくりこちらへと向かって歩いてくる。その姿を、歩美は複

雑な思いで見つめた。

均整のとれた、華奢な身体つき。長くて白い手足。明晰な頭脳。

風にたなびく髪は、夕焼けを帯びて金色に光っている。

自慢の親友。だけども・・・。

「・・・歩美ちゃん?」

いぶかしげに形のいい眉を、きゅっと寄せる哀。

その表情に、歩美は慌てたようにグラウンドを指差す。

「あ、あ、ねえ。見て?キレイよね」

哀は少し小首をかしげ、視線をグラウンドの方へと向ける。

オレンジ色の夕陽。図書館から眺めるのとは、また違う。

「・・・そうね」

「あーあ・・・やっぱり、マネージャーになれば良かったかなあ」

歩美のつぶやきに、哀はクスッと笑う。

「・・・キャプテンが怖そうって、すぐあきらめたのに?」

「・・・それは、それ」

歩美は、照れたように笑う。

好きな人を1番近くで見たいから、なんて甘い感情を吹き飛ばされた

上級生の威圧感。

一緒にやろうと誘った哀に、即効で断られたせいもあるけれど。

・・・好きな人。そう、好きだった、人・・・。

彼が好きだったのは、彼女。最初からわかっていた、届かない想い。

それでもあの頃はただ、好きな人を好きだというだけで良かった。そ

れだけで、毎日が楽しくて仕方がなかった。

いつからだろう?想いには、想いで返して欲しいと贅沢な考えをもつ

ようになったのは・・・。

「・・・・・・?」

はっと気づくと、哀の心配そうな顔。じっと、歩美を見つめている。

「・・・あのね、哀ちゃん」

なに?と、目線だけで穏やかに問う哀。

「あのね・・・私ね・・・好きかなって、思う人がいるの」

黙ったまま、促すようにうなずく哀に、歩美はへへっと笑って見せる。

「おかしいんだけどね。何で、好きなのかちっともわからないんだけ

どね。だけど・・・」

歩美は、じっと遠くを見つめる。

視線の先の、太陽のように。いつも自分を励まし、支えてくれた大事

な彼の存在。

ずっとずっと気づかなかった。ううん、気づかないふりをしていた。

そこにある、幸せに。

「・・・小嶋君、ね」

哀の問いに、歩美はコクリとうなずいた。

出会った頃からの、友達同士として。歩美の、たくさんの恋の遍歴を

見てきたけど。

それでも、その相手以上に祝福できる相手はいないと。哀は心から、

そう思う。

好きな人に想われて。あれだけ一途な彼に、想われて。

「歩美ちゃんは、幸せね・・・」

「え?」

なんでもない、と哀は笑ってみせる。

そんな彼女に、歩美は思い切ったかのように問う。

「ねえ、哀ちゃんは?哀ちゃんの、好きな人・・・は?」

「・・・私?」

歩美は、少しうつむいて早口で話す。

「あ、あのね。哀ちゃん、綺麗だし・・・だからね、その・・・もし・・・」

勘のいい哀は、すぐにピンと来る。そして、思わず苦笑する。

だけれども、彼女はわざとそっけない口調で言ってみる。

「そうねえ。私も、小嶋君が好きよ」

「え!やだ!」

思わず口を突いて出た言葉に、歩美はハッと手で口を押さえる。

その瞬間、哀には珍しく、思いっきり吹きだしていた。

「・・・ただし、もちろん友達としてだけど」

友達。元太は、哀のことをそう評価してくれていた。

だから、哀も思う。彼は、大切な男友達だと。

「ほんとに?」

「安心して。最初から、勝てない土俵に上がるつもりなんてないから」

「・・・土俵?」

きょとんとして、聞き返す歩美の姿が可愛くて、気にしなくていいわ

と、クスクス笑いながら哀は言う。

その態度に、どうやら自分の心配は杞憂に過ぎなかったことに気づき、

ホッとする歩美。

疲れた、とばかりに廊下の手すりにもたれかかる。

「良かった・・・だって、私は哀ちゃんも大好きなんだもの」

歩美は、ニッコリと笑う。

その笑顔は、小学生の頃から変わらない。氷のように冷めていた自分

の心を、いつもその笑みで照らしてくれていた、大事な親友。

「・・・私もよ、歩美ちゃん」

あなたに会えてよかったと。その言葉は、胸が一杯で言えなかったけ

ど。

それでも、哀の気持ちは十分歩美に届いたようだった。

「・・・じゃ、帰ろっか?」

そう言って、歩美は手にしていたカバンを肩から下げる。

しかし哀は、微笑んで言った。その瞳に、少しばかりのいたずらっぽ

い輝きを秘めて。

「いいけど・・・歩美ちゃん、明日のLHRの準備、出来てる?」

「いっけない!忘れてたわ。進路希望を、出すんだったよね?」

歩美は、ぺろっと舌を出す。

「図書室なら、結構資料そろってるわよ?」

「・・・ずるーい、哀ちゃん。だから、図書室にいたのね?私も、誘って

くれればよかったのに」

歩美の訴えには耳を貸さず、哀はポンと彼女の背中を押す。

「じゃ、行ってらっしゃいv」

もう、と膨れてみたものの、よくよく考えると明日慌てるよりかは、

ずいぶんマシだとも言える。

少なくとも、多少はこれから調べ物が出来るのだから。

「・・・行ってくる。じゃあね、哀ちゃん」

「ええ。また、明日」

手を振って、図書室へと向かう歩美を見つめる哀。

これから歩美が会うであろう人物と、それに対する歩美の反応を、思

い浮かべる。

きっと、2人は楽しそうに将来の夢について語り合った後、仲良く家

まで一緒に帰ることだろう。

そんな光景が容易に想像できて、哀はなんだか自分の気持ちまで暖か

くなったように思う。

哀は少し軽い足取りで、穏やかな色の渡り廊下を後にした。

 

 

NEXT

 


 

さて。続きです。

こういう設定、嫌だ〜という方・・・すみません。あやまります。

ただ、風峰自身としてはこの2人、とてもお似合いだと思うんですよ

ね。

ですから、あえてここでは歩美ちゃんの気持ちを元太に向けました。

良かったねえ、元太・・・って、私がいうのも変ですが()

次回から、いよいよメイン・・・のはずです。

 

HOME / コナンTOP