君に会えて

 

 

1.元太

 

放課後の、図書館。それは、自分にとってもっとも縁のないと

ころである。

小嶋元太の辞書は、そう告げている。

とはいえ、高校2年生の夏。そろそろ『進路』というものを、

考えなくてはならないこの時期に頼れるところは、ここだけで

あった。

めんどくせーなー・・・

悪態をつきながら、がらっとドアを開けると。

「なんだ、誰もいねーじゃん」

思わず、そうつぶやく。

赤い夕日が、窓から差し込む。並んだ机と椅子、そして本棚。

少し埃っぽい空気に、慣れなくてなんだか緊張する。

そう思いながら元太が一歩踏み出した時、聞き覚えのある声が

した。

「誰かと思えば・・・珍しい、お客さんね」

奥の本棚の影から、姿をあらわしたのは1人の女生徒。

少し赤っぽい髪を耳の下で切りそろえた、切れ長で謎めいた瞳

の持ち主。

「なんだ、灰原か。何してんだ、お前」

灰原哀は、苦笑を浮かべる。

「何って、見ればわかるでしょう?本を読みに来たのよ」

・・・相変わらず、冷てー奴。

そっけない物言いに、元太は内心舌を出す。彼女とは小学校か

らの付き合いだが、一体何を考えているのか、全くわからない。

「あなたこそ、何をしてるの?」

「俺?・・・決まってっだろ、あしたのLHR(ロングホームルーム)の為だ」

「ああ・・・」

哀は、納得したようにうなずく。どうやら、明日のLHRが進

路相談なのは、どのクラスも共通のようだった。

それで気が済んだらしく、哀は手近な椅子に腰掛けると、本を

読み出した。元太にはよくわからなかったが、どうやら英語で

書かれているらしい。

・・・多分、こいつとは完全に別々になるだろうな。

進路の棚で資料を探しながら、元太は思う。

小学校で転校してきて以来、ずっと一緒だった哀。小さい頃は

『少年探偵団』なんて言って、皆で謎解きに熱中したものだっ

た。

あの頃から常に冷静沈着で、どこか冷めた目をしていた彼女。

クラスは何度も分かれたが、結局高校まではずっと一緒の学校

だった。

そんな、長い付き合いだからわかること。

それは・・・。

元太は、ちらりと哀を見る。

軽く頬杖をつき、本を読みふけっているその姿。夕陽に照らさ

れた彼女の髪は、淡い光を放っているかのようだ。

いつからだろう?男子生徒の間で、彼女のことが囁かれはじめ

たのは。

女子生徒にはナイショで、こっそり人気投票などをやると、必

ず挙がってくる哀の名前。

小学校から中学へ、そして高校へと上がるにつれ、確実に人気

が上がってきているらしい彼女。

・・・俺にまで、あいつの事を聞く奴がいるんだからなあ。

元太は、つくづくおかしいこともあるもんだと首をひねる。

彼はもともとあまり男女の間を意識する方ではなく、哀ともず

っと同じ調子で接してきている。小学校からの付き合いなのだ

から、無理もない。

それがもちろん、他の男子生徒にとってはうらやましい限りの

ようなのだが・・・。

目当ての本を何冊か取り、元太は哀の正面の席に腰掛ける。

彼女はちらりと顔を上げたが、別に何を問うわけでもなく、ま

た本に視線を落とす。

元太は、本を読むふりをしながら、ちらちらと哀を見る。

確かに、きれいな顔はしてる・・・。でも、もうちょっと愛想があ

った方がいい。

大きな瞳は、確かに魅力的だとも言えなくはない。

でも、それなら歩美の方が・・・。

「・・・小嶋君」

「へ?」

気づくと、自分を少しにらんでいる哀の姿。

「気になるんだけど。・・・何なの?」

相変わらず鋭い哀にとがめられ、元太はへへへ・・・と苦笑する。

「いや・・・な、お前、好きな奴とかいるのかよ?」

いきなりの元太の問いに、哀は目を大きく見開く。

「・・・なんだよ、その顔は」

「別に・・・『うな重』以外の単語も、知っていたのね」

「・・・おめーなあ・・・俺はもう、高校生だぞ・・・」

顔をしかめる元太に、哀はクスクス笑いながら「冗談よ」と言

う。

「小嶋君は?」

「え?」

「相変わらず、歩美ちゃんひとすじ?」

「・・・あったりめーじゃんか」

胸を張って、誇らしげに答える元太。そんな彼を、頼もしそう

に見つめる哀。

それから彼女は、窓の外へと視線をずらす。

どこか遠くを見つめているような、それでいて優しげなまなざ

し。

窓の隙間から入り込んだ風が、夕陽に照らされている彼女の横

顔をなでていった。

「・・・歩美ちゃんは、幸せね・・・」

「何言ってんだ。お前も、もてるくせに」

そう言いながら、元太は1人の少年を思い出す。

彼も同じく、小学校からの仲間。幼い頃から頭が良く、哀とは

よく話をしていた。

そして・・・多分、あの当時から彼女のことが好きだったのだろう。

最近ようやくその想いに気づいた元太だったが、心から応援す

るつもりだった。

ライバルが減るに、こしたことはねーしな・・・って、それだけじ

ゃねーけど。

物思いに耽っていた元太に、今度は哀が話しかける。

「ね・・・ところで、その資料・・・」

「お、これか?」

元太は、誇らしそうに手にしていた本を見せる。

本のタイトルは、『目指せ、明日のスーパーシェフ』。調理師学

校の本である。

「へへえ・・・俺はな、日本一の『うな重や』になってみせるぜ

っ!」

「・・・やっぱり、うな重なわけね・・・」

哀は呆れたようにつぶやいたが・・・やがてその表情を、笑みに変

える。

「ま、がんばってね。あなたなら、何にだってなれるわよ」

元太は、広い胸をドンと叩いてみせた。

「おうよ。いつかきっと、俺の店は日本一有名になるんだぜ。

でも、まあ・・・」

そこで元太はにやり、と笑って哀をみる。

「安心しな。おめーはちゃんと、VIP扱いで入れてやるから

よ。友達だからな」

とも・・・だち?

久しぶりに聞いた気のする、言葉。小学生の頃は、何かと寄り

集まっていた仲間だったが、あの頃のように照れも何も無く、

そんな言葉を聞くとは。

「なんだよ?」

黙ってしまった哀を、いぶかしげに見つめる元太。

・・・大事な友達。そうね、あなたに会えて良かったわ。

哀は、そう言う代わりにいたずらっぽく笑った。

「ありがと。で、その店にはエプロン姿のあゆみちゃんが居る

わけね?」

「・・・・・・」

赤くなる元太に、クスクス笑いを残して、哀は立ち上がった。

「もう、行くわ。それじゃあね」

「あ、おう。またな」

手を振る元太に同じように手を振り返し、哀は図書室を出て行

った。

 

 

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行き当たりばったり連載第2弾を、お届けいたします()

どんな話にするのか、まだ私自身あやふやなんですが、それで

も走り出してしまいました。

他のHPさんとかを見ていて、少し成長した少年探偵団の話を

書きたくなっちゃったんですよね〜。だからといって、高校2

年生はちょっとやりすぎ?とも思ってるんですが。

さて。元太メインなんて、すっごい書きにくかったし・・・()

まあ、これはなんというか導入部分ってことで。って、元太に

失礼かも・・・()

 

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