「幼児狩り」河野多恵子 (「河野多恵子全集1」 新潮社 ISBN 4-10-645801-2)
・・・・うぅぅぅ〜ん。こりゃなかなかすごいお話で・・。
巻末の同時代批評で河上徹太郎氏が「その趣味のない私にはこの種のもの
は何も言えないのである」とかかれていたが、全くその通り・・なんだなあ。
サドマゾが入り交じった話。
そりゃあ、自分にそういう嗜好や性質がなかったら作品を楽しめない、とまで
は言わないんだけど。(そんなんいったらそもそも「お話」は読めないし)
この作品、初出が昭和37年。巻末作品評(当時)を見るとラインナップが・・
井伏鱒二、大岡昇平、三島由紀夫に川端康成・・・あ、永井龍男も。
こりゃすごい。これ見るだけでもこの全集読む価値ありです。
その当時の芥川賞の在り方とかが、選考委員の意見から伺えて興味深い。
まあ、モチーフとしては珍しいものではない。しかし、この当時としてはなかなか
ショッキングだったのでは。個人的には題材より文章のほうに気を取られた。
抑え目の・・静かな文章だが、何かを孕んでいるような・・そんなざわざわした
感じを与える文体。結構好きかも。(一歩間違えると退屈にも思えるが)
まあ、個人的には笑えるとこも結構あった。そら変態だよあんた・・・。
シャツを脱ぐときの男の子(幼児限定)の身を捩るさまに興奮
するようじゃなあ・・(更にそのお腹の肉の付き具合とかも観察してる)
・・イエローカード!
とりあえず同全集に収録の他作品も読んでみようと思う。
しかし改めてみるとすごい題だ。「幼児狩り」て・・・。
「アニマルロジック」山田詠美 新潮文庫 ISBN4-10-103619-5 本体819円
山田詠美という人の著作をまだまともに読んでいなかった頃には、
「黒人とソウルミュージックの出てくるちょっとスノッブなお話を書く人」
といういい加減な認識を持っていた。今でも、そのイメージを持ち続けてい
る人は少なくないと思う。
しかし、「色彩の息子」やその他の著作を何作か読了した後には、
「この人は純文学の人かな」と思うようになった。カテゴライズするのなんて
意味のない事なんだけど。
主人公は黒人の女性、ヤスミン。語るのは「私」。この世にたった一つしか
ないイノセンスの泉に棲み付いている・・。「私」には名前もなく個体の定義も
ない不可視の存在。作中ではヤスミンの視点ではなく、彼女の血液に棲む「私」
の視点から様々な出来事が客観的に、その本質を暴かれる。
ヤスミンが出会う男達や、愛情、セックス、中でも繰り返し出てくるのが
人種差別に関する見解だ。作中から読み取られるべきなのは、この問題には
必ずついてまわる政治的、ある種の運動的な主観ではなく、それらに関して
個人がどの程度、自分の中の差別的要素を自覚し、客観視できるかという事
であると思う。差別しない人間は、この世に存在しないと言いきれる、と個人的
には思っている。それ故に、自覚が大切なのだ、と思う。
(花村萬月氏が解説でこの事に触れていたが、この解説も一見の価値がある。
名文です。)
また「愛情」に関して。
ヤスミンは「比較を必要としない愛情をはじめから持っている人」であり、
特定の愛情を、執着を1人の男に注ぐ事はない。誰もがその愛情に触れたくて、
花に集まる蜜蜂のように彼女の周りに引き寄せられる。「私」も例外ではない。
そして「私」の世界で繰り広げられる愛情にまつわる話は、全くヤスミンの世界
とは反対の愛の理論に支配されている。一つの価値観で物語が進行していない。
それは表裏一体のものなのだ。どちらにしろ愛情に定義なんてないのだが。
しかし、この作品で一番に語りたいのは本当は上記の側面ではない。
ひとえに、物語としての重厚さと美しさ、これに尽きる。
紹介文に「小説の奔流、1000枚の至福」とあったが名コピーだ。
まさしく奔流なのだ。冒頭文から引き込まれ、終章で収束し、
新たに展開していく。たとえ一時でも、この流れに翻弄された事に
喜びを覚える。小説が、純然たる快楽だと思わされる瞬間だ。
「この闇と光」服部まゆみ 角川文庫 ISBN4-04-178504-9 本体514円
何年か前に図書館で見かけた時、その凝った装丁(カバーが斜めに3色
に分けてかけてある)に興味を引かれ、気にはなっていたが一度も手に
取った事のない作家、という事もあってそのままになっていた作品。
それが、最近になって文庫になり店頭に並んでいたのでつい購入。
(全く久しぶりに書店で本を買った)
結論から言うと、「良かった」。最初は○○○○○ーかと思っていたのが
さにあらず。まあ、これは書くとネタバレになるので控えるが。
展開そのものは、途中くらいで薄々分かってきちゃうんだけど、
(といっても組み立て方が薄っぺらという事ではありません)
この作品のポイントは、展開の妙にあるのではなくひとえに作者の
「美」への耽溺具合でしょう。少々病んでる感じの・・・私は耽美系は苦手
なはずなのに、この作品に関してはOK・すんなりはいっていけました。
というかうっとり。ラストの余韻・・なんともいえません。
なぜか、得手ではないジャンルのなかにも時折こうして
心の琴線に触れる作家が出てくるものです。何故かな・・。
人によっては多分苦手であろう文中の「・・・・」の多用もむしろ好きです。
(同じく夢野久作の「・・・」も好きなんですが)
この作品はヘッセの「デミアン」に出てくる神を引用したり−なのでその
あたりに詳しい方には一層楽しめるかと−、二極世界の対比、宗教的解釈など
様々な見方が出来る側面を持つが、とにかく読了後のなんとも言えない感じ・・
夢幻世界をさまようような・・その世界観。これにつきます。
お勧めです。他作品も読んでみようと思います。
「ねむりねずみ」近藤史恵 創元推理文庫 ISBN4-488-42702-2 本体520円
推理小説としての整合性やリアリティにはやや欠けてると思う。
解説でも言及されてるいるほどだ。しかし、登場人物やその作品世界、
作者の感性が何ともいとおしく思える。主人公は歌舞伎の大部屋役者
瀬川小菊。探偵役は別にいる訳だが、この小菊ちゃんがほんとに
かわいらしい。歌舞伎を本当に愛しているんだなぁ。主人公が名女形とかではなく、
大部屋役者ってのがみそだ。探偵役は小菊の学生時代の友人の今泉。
助手の山本少年も加わった3人組で、交わされる会話が微笑ましくて、楽しい。
また、役者・中村銀弥に注目。いつか、小菊と銀弥の会話が読みたい。
「散りしかたみに」近藤史恵 角川文庫 ISBN4-04-358501-2 本体457円
「ねむりねずみ」を読んだ2日後、書店をうろついていたらありました・・
角川の新刊コーナーに。なんてタイムリー。あいも変わらず小菊ちゃんが
お気に入り。しかし、日常生活でも女形の言葉づかいなので、女の子が
主人公なのかと勘違いしてくる・・
そして師匠!この師弟関係大好きだ。読んでると歌舞伎見に行きたく
なってくる。しかし主筋は悲しいお話。散りかかる花びらが印象的。
(今泉さん、過去に一体何があったんだ・・・。)
「溺れる魚」戸梶圭太 新潮文庫 ISBN4-10-124831-1 本体590円
最近映画化されてました。CM見たら窪塚君が女装しててびっくらこいた
覚えがあります。
この作家、初めて読みましたが、なるほど巷で言われてる通りスピード感
はあるな・・。結構好きですこの下品さは。よくもまあこれだけゲロだの
クソだのと・・。作中に不潔な人間が頻出するんですが、まあその描写の
気色悪いことといったら。なんかこれは作者の潔癖症の強迫観念の裏返しか?
と余計な詮索までしちまうほど。
しかし、この下品さは、作者の気質とイコールではないのでしょう。
下品な人間が書く下品な文章・描写ってのは見られたものではないですから。
品性がないと逆にこういうものは書けないはずだと思います。
それにしても割と面白かった。めちゃくちゃで。何よりも笑いのセンスが・・
電車の中で読んでたので、辛かったです。吹き出しかけた事が何回・・。
そして現代ならではの警察像。おいってかんじです。
現在「小説推理」という雑誌で「牛乳アンタッチャブル」という連載を
していて、それがかなり好みな感じ。ちょっと追っかけてみようと思ってます。
余談ですがこの方学習院卒なんですね・・・。学内の発行物に「卒業生紹介」
とかで載ったとしたらギャップがおもろいやろうなあ・・
「13階段」高野和明 講談社 ISBN4-06-210856-9 本体1600円
(帯より抜粋)
喧嘩で人を殺し仮釈放中の青年と、犯罪者の矯正に絶望した刑務官。
彼等に持ちかけられた仕事は、記憶を失った死刑囚の冤罪を晴らす事だった−−
第47回江戸川乱歩賞受賞作。
人は殺人の瞬間、またその結果に行き付くまでに何を考えるのか・・
そんなことは、実際に体験しない限り想像の範疇でしかない。
本書では被害者・加害者・彼等を取り巻く周囲の人間の、殺人が起こった後の
(または、まさにその瞬間の)心境を、多様な視点から描いている。
殺人を物語の切欠として扱うのではなく、主題として扱っている。
そしてそれは死刑の問題を絡ませる事によっていっそう深いものとなっている。
死刑問題に関して厄介なのは、それについて考えるのが本能と理性に
左右されてしまうという事だろう。あるノンフィクションものが切欠で、死刑制度
に関してはいろんな著作を読んだが、この作品では死刑を執行する側の心情を
味わわされる。また作中の刑務官が語る応報刑思想と目的刑思想に関する
ジレンマ・・。関連ニュースがある度にこのことについて考えるのだが、
やはり答えは決まってしまっているのだ。私の中では。(どちらの立場で
あるかは控えるが・・)しかし一般的にはそのジレンマに簡単に結論が出る事
はないだろう。人が人の命を奪う事を正義といいきれる絶対条件はないのだから。
この作品は、エンターテイメント、サスペンス・・その性質においても
かなり上質なものだ。個人的には展開の整合性に疑問の点はある、と思う。
しかし、それでも一気に読ませられてしまう。有無を言わせないその力。
なによりも作者の真摯な姿勢がもろに伝わってくる。多分、受賞後何を書いても、
どのジャンルにいってもその姿勢は変わらないのだろう、と確信させてくれる
作家だと思う。
余談だが久しぶりに定価で購入したハードカバーでした(笑)。
勧めて下さった方、本当にありがとうございました!
「停電の夜に」ジュンパ・ラヒリ/小川高義訳 新潮クレストブックス ISBN4-10-590019-6 本体1900円
2000年の刊行(日本では)であるが2001年の私の短編ベスト1。というかここ
何年かの中でもベスト。要するに惚れ込んでる訳だ。
心からいい、と思った作品に関してはあまり拙い紹介文をつけたくない。
熱狂的な文を書くと、未読なら絶対先入観をもつし、変に構えてしまうから。
まっさらの状態で読んで頂きたい作品。
特に最後の収録作品
「三度目で最後の大陸(The Third And Final Continent)」 は是非。
稀に恐ろしくパーフェクトな文章に邂逅することがあるが(内田百閒の
「冥途」もそうだ)、これもそう。震えた。
帯の堀江敏幸氏の紹介文が作品を、著者像をズバリ言い当ててると思う
ので、引用。
—慎重で冷静で、なおかつ慈悲深い観察者の位置。それが若き才能の依って立つ 美しい倫理である。—
読書日記
2001年11月
11月分は読了日を明記していません。12月からはあります。