プロローグ


わたしは何処で間違えたのでしょうか。
何が、いけなかったのでしょうか。
ゆるりと密やかに緩慢に、だが確実に動かなくなってゆく身体で、己に問う。

わたしはただ、好きになって欲しかっただけなのに。
この世でただひとりの大切な貴方に。
叶うのならばやさしく抱き締めて、額にキスして欲しかった。
何の名誉も、力も、権勢も要らなかった。
貴方から奪いたいものなど何もなかった。
ただ日々を穏やかに、当り前に過ごして行ければ良かった。
世の多くの人々のように、ささやかでも温かい幸せを抱いて。
わたしが得るのは、いつもわたしの要らないものばかり。
けれど貴方は、それを欲していたのですか。

ああ、もう感覚がほとんどない。
それでも、ただひとつ、わたしの自由になる声で、唄を、歌った。
これは貴方に習った唄。
それすらも貴方は忘れ去っているだろうけれど。

白い闇が全てを奪い尽くす中で。
涙すらとうに枯れ果てて。

それでも。
ただ、歌う。
声が切れ切れに掠れても。
歌い続ける。
もう、声は届かない。
それでも、わたしはここに居るのだと。
そう、主張するかのように。

──それは、今はもうこの世の何処にもない国での、ひとりの青年の話。

物語の幕開けは、それから悠久に近い時が流れてからのこと。

 

続く/書庫